第6話 中編
「目的地はドウシア城なんだが…歩くならあとここから3時間は歩かなくちゃいけない」
宿の一室でパーシーは机に地図を広げる。ドウシア城は街から離れた山奥に建てられており、要塞としての一面を持っていた。
「確かに…こんな山奥なら何か不穏な実験をしててもバレにくいか」
メグミは地図を見ながら言う。地図には他に鉱山の表記もあり、おそらくここがフーラルが働かされていた鉱山と思われた。
「で、私たちは明日何をするんだ?」
メグミがパーシーに質問する。―とはいえフーラルを通してだが。
「フラーリア国から国使としての命を預かっている」
パーシは机の上に書類を投げ出した。
「これはドウシア国への親書だ。偽物じゃないぜ?要はこれを使って、ドウシア王城で行われている不穏な動きについて調査してこいって任務だったのさ」
「ただの冒険者が国からのそんな指令をうけるか…?お前何者だ?」
メグミは警戒しながらパーシーに質問をする。
「…別に。ただ俺は今のフラーリア王と仲が良いからな。兵隊を動かしにくい任務に、信頼できて潰しがきく冒険者を選ぶのは理にかなってるだろ?」
パーシーは何の気もなしに言う。―ただこの会話がフーラルを介しているため、互いに向いている方向が微妙に違く、テンポもとても悪いため妙にシュールになっていた。フーラルは自分がその真ん中に関わっているので、思っていても言えなかったが―。
次の日の朝になり、パーシー達は城に行く準備を行った。パーシーは用意していた自分の正装に、フーラルとジゼルは取り急ぎ町で買った正装に袖を通し、馬車に乗って城へ向かっていた。
「これなんか窮屈で動きづらいんだけど…」
フーラルは袖を通したスーツに文句を言いながら、首元がかゆいのか掻いたりしていた。
「少しは我慢しろって。ちゃんとした場に行くんだから、ちゃんと身なりは整えないといけないからな」
メグミはフーラルの髪の毛を整えてやりながら言った。普段の適当な恰好の時とは違く、無理やり着せたその恰好はまさに馬子に衣装であり―有体に言えば似合っていなかった。パーシーはその恰好を見て笑いをこらえていたが、ジゼルがフーラルに向ける目線はどうやら違うようであった。
「…ジゼル?」
パーシーはフーラルをじっと見つめるジゼルに声をかけると、ジゼルはギョッとして顔を背ける。わかりやすいと思う反面、赤ん坊のころから面倒を見てきた娘のような存在が、よりによってあんなのにか―という思いも抱いたが、とりあえず考えるのをやめた。
城に着く直前に、フーラルは馬車から降り、事前に仕込んでいた準備を行う。メグミが受肉魔法を自身にかけ、ローブを全身に纏い、着ているスーツを隠した。
メグミ自身、この世界にミスマッチなこの服装を着替えたいとは思っていたが、他の服を着ても受肉魔法が切れると脱げてしまい、結果として着れるのが前の世界から持ってきたこの服だけだった。また、受肉魔法をかけていれば精霊であることも誤魔化せるとのことだった。これから潜入する先が精霊憑きがいるとなれば、精霊であることは隠さなければならないからだった。
パーシーは見張りの兵士に親書を渡し、案内を受けて城の中に入る。外から見る武骨さと同じように、内部も要塞そのものの武骨さだった。メグミは周囲を見回し、様々な武器が置かれ、兵士が訓練している様子を見て、パーシーに耳打ちをする。
「…平時にこんなに訓練したり、武器を用意したりするもんなのか?」
「いや…明らかに戦力過剰気味だな」
「…きなくさいって話、どうやら本当にそれっぽいな。とはいえまだ私たちを招く余裕はあるみたいだが」
城の中に入ると、大広間で役人がせわしなく動き回っていた。いかに武骨な城塞とはいえ、役人が動き回るのはどこも一緒だな、とメグミは思った。兵士に案内され、2階の待合室で待機するよう指示を受ける。パーシー達はおとなしく従い、待合室の中に入った。
「さて、こっからが任務開始だ。この城で何が行われてるかを調べる必要があるんだが…」
パーシーはメグミを見る。
「メグミのその受肉魔法はどんくらい持つ?」
「30分くらいだ」
メグミは答えた。
「短すぎるな…もうちょっと何とかなんないのか?」
「…私が魔法を上書きすれば、追加であと30分持つ」
ジゼルが答えた。
「ただ、2度目の方はジゼルが常に魔力を私に渡さないといけなくて、そんでもって私は常にヘロヘロな状態になるから、本当の緊急時だけって認識してくれ」
メグミが肩をすくめながら言う。パーシーは腕を組みながら考えて言った。
「いずれにしてもそう時間はかけられないか…。よし!とりあえず俺が城主のところに挨拶に行くから、お前らで何かありそうなところを目星つけてくれるか」
3人は頷いて、待合室から出た。兵士から待つように改めて指示を受けるが、パーシーが兵士に対し口八丁で色々言い含め、城主の下に案内させていった。そしてフリーになったフーラル達は一旦別れ、各階の状況を調べることにした。
フーラルが地下、メグミが1階、ジゼルが2階を調査することになり、フーラルは地下へと向かった。地下は1階以上からの喧騒から少し離れ静かだった。どうやら資材の保管や、休憩所として使われている階らしく、今はちょうど忙しい時間帯のためか、人がそもそもいないようだった。
警備の兵が立っていないところを一通り周り、今見れる個所からは何も手掛かりがないことを確認して、1階に戻ることにした。階段前の通路に戻ろうと曲がり角を曲がったところで、何かにぶつかってしまう。
「いてっ!?」
フーラルは尻餅をついて倒れ、声を上げてしまう。相手の方を見ると、60歳ほどの老人でフーラルは慌てて立ち上がり、老人を抱き起す。
「すまないなジイさん…前ちゃんと見てなかった」
老人はフーラルに謝りながら立ち上がった。
「いやこちらもすまないな。…お前さんフラーリアの者か?」
老人はフーラルの服装を見て言った。
「あ、ああ。連れてこられてここまで来たんだけど、道間違えてはぐれちゃって」
何か聞かれたらこう言っとけ、とメグミに言われた回答をフーラルは言った。
「上に戻る階段ならこの先にあるから、そこから戻れるぞ」
老人は階段の方を指さしてフーラルを案内する。
「ああ、ありがとう」
フーラルは会釈をして、さっさと離れようとした。
「…フーラル」
「え?」
離れようとしたその時、何者かに呼び止められる声が聞こえた。だがどこを見てもその声の主が見当たらない。
「…フーラル」
再度同じ声が聞こえた。今度ははっきりと。―しかもその声にはなぜか聞き覚えがあった。
「…爺さん、何か声が聞こえない?」
フーラルは老人に質問をした。だが老人の表情がみるみる険しいものになっていった。
「聞こえるのか。“お前も”」
フーラルは老人の声を聞き、とっさに逃げた。何が起きてるのかわからないが、とにかく最悪の事態になったことは確かだった。
1階に上がったフーラルは息を整え、思いっきり叫ぶ。
「見つかった!急いで逃げろぉ!!」




