第6話 前編
昨夜の襲撃から夜が明け、キャラバンは出発の準備を行っていた。しかし行先はドウシアではなく、一度フラーリアに戻ることになった。出発の準備をする中、馬車で寝ていたギシムは外で準備しているパーシーを呼びかける。
「…お前らは本当に行くのか?」
ギシムは腹部を押さえながら、苦しそうに息をする。腹部に受けた魔法の直撃で、あばら骨が数本折れており、息をするのもつらい状況だった。
「ああ、一度ドウシアに行って確認しなきゃ、何が起きてるかわからねえだろ」
パーシーは離れて準備しているフーラルを見た。
「あのガキが、メグミを精霊として使役している精霊付憑きなら…この先必要だろうしな」
× × ×
昨夜の襲撃の後、フーラルとメグミはいくつかのことを話した。メグミが精霊でフーラルに憑いていること、コボルト達にも精霊が憑いていたこと、そしてその大本の男にも精霊が憑いており、コボルト達を操っていたこと。
パーシーとギシムは信じられないという顔をしていたが、すぐに現実を確認して納得をした。
「…精霊憑きに関しては知ってるのか?」
メグミはパーシー達に質問をした。
「俺は昔たまたま知る機会があったから知ってた」
パーシーは答えた。
「俺は昔会ったことがある。…さっきのやつと同じように見えない方向から魔法を撃たれた経験があったからすぐ察しがついた」
ギシムも腹部を押さえながら答えた。明らかに今すぐ治療が必要なほどの重傷ではあったが、唯一回復魔法を使えるジゼルはフーラルの治療を優先していた。全身打ち身と火傷だらけではあったが、重傷につながるものはなく、すぐに回復が終わるため、ギシムがフーラルを優先させたというのもある。フーラルはパーシーに尋ねる。
「…俺はドウシアで奴隷として10年近く働かされていた。そんでもってメグミが憑いたのもドウシアだし、ここはドウシアとフラーリアの国境沿いだ。…これは偶然なのか?」
「最近ドウシアにきなくさい話があったのは事実だ。ドウシアは30年前にフラーリアとの戦争で負けてから従属国扱いだからな。…独立を目指していてもなんら不思議じゃない」
パーシーは捕らえた男を寝かせている馬車を指さす。
「メグミの蹴りがあんまりにも綺麗に入ったからか、あの男は未だ目を覚まさないし、とにかく今は情報が足りねえ。ギシムもしばらくは動けないからな」
「おい!俺は…!」
ギシムは立ち上がろうとするが、腹部を押さえてうずくまる。
「明らかに重傷だからフーラルの治療を優先してんだろうが!自分で言ったんだからムキになんなって!」
パーシーは心配するように言った。しかしここまででメグミが疑問に思ったことを口にする。
「普通逆じゃないか?重傷者のが先に治療するだろ?」
「…まだ俺らの目的は終わっちちゃいない。これからドウシアに潜入する」
パーシーは普段とは違う、真剣な表情をして言った。
「俺とギシムは本当はこのあと、ドウシアに潜入して、ドウシアの調査を行うという“任務”を受けていた」
「任務、ね」
メグミは不満げに鼻を鳴らす。
「無論、お前らを巻き込むつもりは最初から無かった。キャラバンの護衛に人数が必要だったのは事実だし、そのあと俺とギシムだけでやるつもりだったからな」
パーシーはギシムを見る。
「しかしギシムは重傷だ…。それに精霊が関わってる案件だとは思いもしなかった。…精霊が見れる人間がどうしても必要になる」
「どうする?フーラル」
メグミはフーラルに訊ねた。フーラルは焚火の火を見ながら、考えごとをしていた。
「俺は…」
「大変だ!」
キャラバンの隊長がパーシー達の下へ駆けてきた。
「どうしたんです!?またコボルトが!?」
隊長のただならぬ様子を見て、パーシーは尋ねた。
「…先ほどの男が自殺した」
パーシー達は馬車に簀巻きにして詰め込んでいた男の下へ向かう。すると男が口から泡を吐いて、白目をむいて痙攣をしていた。
「毒を飲んだのか…!」
男を調べたパーシーが口の中を調べて言った。
「身元がわかるようなものは?」
メグミがパーシーに質問するが、パーシーは首を振る。
「さっき調べたがそのようなものは見つからなかった。…どこに突き出してもそこらの野盗で扱われて終わりだろうな」
泡を吹いてこと切れた男を見て、メグミは先の戦いを思い出す。
「…さっき“訓練”とかこいつが言っていたのを聞いた。もしそれが本当なら、ある程度組織化された集団なんじゃないか?」
パーシーは男を担ぎ、馬車から出る。
「とにかく今はこの男を埋葬して、身体を休めよう。明日、ドウシアに潜入して何が起こっているのか確かめるさ」
× × ×
荷物をまとめ終わり、キャラバンがフラーリアに戻っていくのを、フーラルは見送っていた。
「ジゼルは戻らなくてよかったのか?」
フーラルは自分の横にいたジゼルに言うが、ジゼルは首を振って拒否した。
「…どうしてあなたは行くの?」
逆にジゼルから質問を受け、フーラルは回答に困る。ドウシアにはもう行きたくないし、きなくさい話があるのも事実だ。
「なんでだろうな。…今回の事件に関して、どうも俺は無関係じゃないような気がするんだ」
フーラルは自分のこれまでの人生を思い返していた。6歳のころに村がドウシアの軍に襲撃され、両親と離れ離れにされて鉱山で10年間石を掘らされていた。兄貴と慕っていた者が死に、脱走したところにメグミと出会った。そしてドウシアの国境で今度はメグミと同じような精霊憑きと出会った。これは全部偶然なのか?
「お前はどうしてついてくるんだよ?いくら俺らと共にするっても、ここまで命がけでついてくる必要なないだろ?」
フーラルはジゼルに質問した。ジゼルは俯いて答えなくなってしまった。フーラルはその姿を見て、胸の奥が痛くなるような感覚を覚えた。
「あ~…悪いな。…俺らを心配してくれてる、ってことなんだろ?」
フーラルからの謝罪を受けて、ジゼルはパッと顔を上げて目を輝かす。その様子をメグミは後ろから見ていた。わかりやすいなぁ、と思ってはいたが、フーラルは全く自覚は無く、ジゼル自身も自分で言うことはないだろうから、しばらく黙っていることにした。
キャラバンを見送ったあと、二人は準備をしていたパーシーの下へ向かう。馬を1頭残してもらったので、その馬に荷物を積んでいるところであった。
「みんなもう行ったぜ」
フーラルはパーシーに言う。
「そうか…じゃあ俺らもそろそろ行くか」
パーシー達はドウシアに向けて出発した。本来朝に馬車で出発し、昼過ぎにはドウシアに着いて夜には商談を行う予定であったため、ドウシアの城下街まで極端に距離があるわけではなかった。馬に荷物を背負わせれば、朝から歩いて日暮れ前には着くだろうという計算だった。
5時間ほど歩き、昼の休憩に入った。冒険者であるパーシー、肉体労働には慣れているフーラルではあったが、ジゼルはそうもいかない。途中から馬に乗せてはいたが、それでもぐったりと疲れているようだった。
近くに川があったため、川のほとりでジゼルを休ませることにする。その間、パーシーとフーラルは二人で昼飯のための準備をすることになった。
「…メグミはすぐそばにいるのか?」
食事の支度をしながらパーシーはフーラルに質問する。
「ああ、精霊の状態だと何もできないから、ジゼルを見てもらってるけど」
フーラルはジゼルが横になっている方に指を向ける。メグミは座りながら、ジゼルの様子を見ていた。風魔法を最小出力で放ち、ジゼルに風を当ててやっていた。
「俺らが初めて会ったのが3週間前くらいだが…あの時からメグミはいたのか?」
「ああ、あの日にメグミに憑かれたからな」
「そうか…。ところでフーラル」
「なんだよ」
「お前、昨日の夜の戦いで割と無茶してたらしいな」
パーシーに言われてフーラルは押し黙る。
「そのせいでギシムは連携を取れず、かなり危ないところだったと聞いた」
フーラルは目線を落としながら肩を震わせて言う。
「…なんだよ。俺が弱いのが悪いのかよ…!」
パーシーはフーラルの肩に手を乗せ、落ち着かせるように言う。
「今のお前が弱くて当然だ。さっき聞いたが、3週間前まで奴隷だったんだろ?剣を持ったのだってそんくらいからだろ?たったそんだけの期間で強くなれるんだったら誰も苦労しねーって」
「でもメグミやジゼルは」
「ジゼルはマチルダさんの下で何年も魔法の勉強をしてきたから当然だ。メグミは…俺もよくわからないがあの身のこなしは何年も訓練してきたからだろう」
パーシーはフーラルの言葉を遮って言った。そして空を仰ぎながら言う。
「…お前を見ているとどうも昔の俺を思い出すんだよ。俺もお前みたいに仲間内で一番弱くて足手まといの時期があってな、何とかしようとシャカリキやって、そして失敗してた」
フーラルはパーシーを見た。その顔は慰めようと適当に取り繕ってる顔ではない、本当に昔を思い出しているような表情だった。
「だからお前が焦る気持ちもよくわかる。そうなっちまうのもわかる。…だからこそ少しは俺らの話も聞いてくれ」
フーラルは顔をそらし、黙ってしまった。今の話をメグミも聞いており、フーラルの方を見ないようにして気をかける。パーシーは笑みを浮かべ、ジゼルが寝ている方向に叫ぶ。
「…メグミ!食事の準備ができたからジゼルを起こしてやってくれ!」
メグミは返事をしようとして、意味がないと思いやめた。今のフーラルへの話を含め、一度礼を言いたいが、この身体は不便なものだと改めて自覚した。
食事の内容は乾燥麦をスープで戻したものだった。道中の簡単な昼食であるため、そう凝った物は出せないが、それでもフーラルは非常に美味しく感じた。今まで食べたことがない不思議な味だった。
「これ美味えな。見た目料理できなさそうなのに、案外できるんだな」
フーラルはおかわりをしながらパーシーに言う。
「案外は余計だ。…単に昔の女に教えられたってだけだよ」
「はえ~…まぁ美味ければいいんだけどさ」
フーラルは話半分に聞きながら、麦粥をかっこんでいた。メグミはその粥の色を見て、ちょっとした疑問が頭に浮かんだ。
(この茶色…何の色なんだ?私は食べれないからわからないし、このバカに味を聞いてもろくな回答な得られないだろうが…これって…?)
食事を取ってから一行は再び歩きだした。ジゼルは流石に疲労困憊だったため、初めから馬に乗せていたが、そのせいか予定の到着時間より遅れ、ドウシアの城下町に着いた頃にはすでに夜も更けてしまっていた。何とか泊まれる宿を見つけた時にはすでに日付が替わりかけているほどだった。




