第5話 後編
フーラル達は急いで走り、ギシムの下へ追いつく。少し開けた場所でフーラルが目にしたのは、力なく倒れているギシムと、黒いローブを着た男、そしてその男の背後にある白いもや―。
「精霊…なのか!?」
フーラルは驚きながらつい口に出してしまう。精霊という単語を聞き、ローブの男はフーラルを見た。
「ほう…お前精霊が見えるのか?まさか精霊憑きがいるとはな」
ローブの男はそれ以上話さず、フーラルに対し氷魔法を撃ちこんできた。フーラルは慌てて避け、倒れているギシムを担ぎあげ、逃走する。
「よし!フーラルナイス判断!今は逃げろ!」
フーラルの後ろからメグミが褒める。そしてメグミは後ろから追いかけてくるローブの男を見る。次の魔法の準備をしており、集中している魔力から炎魔法のようだった。メグミもフーラルと共に走りながら、中級の炎魔法を唱えるための集中をする。
「ファイエルン!」
メグミは敵よりも先に火球を撃ちだす。魔力の練る速度はこちらの方が早いのかまだ敵は射出までの準備ができていない。当たる―と思ったその時だった。
「アイラス!」
ローブの男の背後にいた精霊が、メグミの撃ちだした火球をかき消す氷魔法を放った。メグミは舌打ちし、フーラルの頭を掴む。
「伏せろーっ!!」
次の瞬間、フーラルの頭上を火球が通り過ぎる。
「なっ…!メグミあれ防げなかったのかよ!?」
フーラルはすぐに立ち上がり走りだすが、メグミも落ち着きなく言う。
「防ごうとはした!だけど…あいつら…!」
「メグミ…?メグミがいるのか…?」
フーラルに担がれたギシムがメグミという言葉に反応する。
「ああ!いるよ!今あの怪しい奴と戦ってるって!」
フーラルが言った。
「ま…待て!」
ギシムはフーラルの腕を掴み動きを止める。
「急いでメグミに伝えろ…!やつは…!」
ギシムが言い終わる前に、ローブの男はフーラル達に狙いを合わせ、炎魔法を放つ。メグミがその魔法を防ぐために、合わせて炎魔法を撃とうするが、横から別の魔力が練られているのを感じた。その方向を見ると、ローブの男の精霊がメグミに向けて氷魔法を放とうとしている。
「終わりだ」
ローブの男はそう言って精霊と同時に魔法を放つ。
大きな衝撃音が反対側から聞こえ、パーシーとジゼルはその方向を見る。
「あいつらか…!?魔法使えるやつはこっちにいないから…敵!?」
パーシーが敵を冷静に分析する中、ジゼルはすでに音の方向に走りだしていた。
「あ!おい!俺らはこっちの守備を…!」
ジゼルは無視して走っていく。
「あ~!もう!」
パーシーもジゼルを追いかけるため走り出す。
暗闇に加え、魔法がぶつかった衝撃による土煙が舞い上がり、ギシムは全く周りが見えなくなっていた。先ほどあのローブの男と相対した際、なぜか全く別方向から魔法が飛んできて、腹部に氷魔法が直撃していた。致命傷ではなかったが、骨が数本折れてしまっている重傷であった。
何かに地面に叩きつけられたメグミは、その何かをどけて立ち上がった。煙がまだ立ち込めており、周りがよくわからない。その何かを確認しようと足元を見ると―。
「…このバカ」
フーラルが焦げた状態で倒れていた。2方向からの魔法が来た際、メグミを庇うために炎魔法の直撃を受けたようだった。だが、直撃を受けた割には軽傷で済んでいることにメグミは気が付いた。
「これは…?ギシムの剣を使ったのか?」
先ほどギシムが魔法を防ぐために使用していた剣。それを盾替わりにして直撃だけは避けたようだった。
「まったく…バカなんだから…」
メグミはフーラルの頭をなでる。―あと5分。あと5分すれば私はこいつらに勝てる。今は時間を稼がなくては。メグミはそう思い息を潜めようとするが、突如強風が吹き、土煙が払われる。煙が晴れた先に、ローブが少し焦げ、怒り心頭の顔をした先ほどの男がいた。
「魔法を弾き返すとは…舐めた真似しやがって…!」
男の後ろには精霊もついており、さきほどの弾き返した魔法が当たってはいたが、まだ軽傷で戦闘に問題がないようだった。メグミはフーラルを起こそうとするが、フーラルは目を覚まさない。
「まさか同じ精霊憑きがいたのは完全な想定外だったが…、戦果がさらに上がると考えればこれだけの幸運はそうないか…」
男は炎魔法をメグミ達に向け放ち、メグミはとっさに炎魔法を出してそれを防御する。メグミが避けないことを見て、男はニタリと笑った。
「んん~?そうか、本体の方が動けないのか?なら…精霊のお前もそこから動けないな」
メグミの額に汗が流れる。まだ時間は必要だ。
「…そう?じゃ、試してみる?」
男は何も言わず炎魔法を放ち、メグミは再度防御をする。
「いや、やめておこう。時間をかければお前の仲間が来るかもしれないからな」
男は油断をせず攻める―というその姿勢がすでに油断をしていたということにメグミは気づいていた。メグミはフーラルにボソリと言う。
「少し痛いけど、我慢しろよな」
メグミはフーラルを持ち上げ、ローブの男にフーラルを投げつけた。突然の行動に男は驚き、慌てて避けるが、その行動が何を意味するかまで頭が回っていなかった。
「これで近づけた」
メグミは男の懐まで近づき、笑みを浮かべる。フーラルを投げたのは男を動かし、自分の移動範囲を広げるため。そして炎魔法を準備した状態で近づけたが―。
ローブの男の精霊が、男を弾き飛ばすようにして、その魔法の身代わりになった。メグミの魔法が直撃した精霊は悲鳴を上げながら燃えていき、消滅した。
その行動に一番驚いたのがメグミだった。今の精霊の動きに一瞬の躊躇が無く、さも当然のように主人の身代わりになっていた。―まるで自分の意思が何もないかのように。
メグミは精霊に突き飛ばされた男を見る。頭を押さえながら起き上がるその男は、精霊が死んだことに対し何の感情も抱いていないようだった。いや、それどころか。
「…よくもやってくれたな」
男は立ち上がり、メグミに相対する。おかしい。メグミはそう思った。さっきの男とは違ってその身体から放たれている魔力が倍以上に増加していた。―あと3分。
「…お前は一体何なんだ?…あんたの精霊が死んで何も思わないのか?」
「ん?なんでいちいち精霊が死んで何か感じなきゃいけないんだ?」
「どうやら私とさっきの精霊は、作りからして違うってことか…」
メグミはフーラルを見る。まだピクリとも動いておらず、起きて加勢しろというのは難しそうであった。―それよりも正面の男の変化のが問題だった。
「そうだな。精霊を自分の魔力に還元するってのは“訓練”で教わりはしたが、もったいないから今回が初めてだが…こりゃあ気分がいいもんだな!」
男はメグミに向かって走り出す。先ほどの男の身体能力とは見違えるほどに向上していた。メグミは反応はできたが、魔法の準備までは間に合わない。
「ふっとべ」
男はメグミの腹部に向かって風魔法を放った。メグミは防御姿勢を取り、辛うじてガードはできたが、風により遥か後方に飛ばされる。メグミが飛んで行ったのを見て、男は倒れているフーラルに目を向ける。
「…さて、精霊付き同士の戦いのセオリー通り、本体のとどめを刺すとするか」
男は腰に下げていた剣を抜き、フーラルに突き立てる。
「お前の死体は持ち帰って調べるとするよ…!」
だが次の瞬間、フーラルが目を覚まし、男の足を掴んで引きずる。体勢を崩した男は尻から転び、剣を落としてしまう。フーラルは咳き込みながら起き上がる。
「ゲホッ!ゴホッ!…ヂグショウ喉が痛え…!」
メグミが風で吹き飛ばされた際、互いに10m以上離れようとしたため、首が絞められる形でメグミの動きが止まり、その勢いで思いっきり首が絞まったため、気絶していたフーラルも目を覚まさせられていた。―あと1分
フーラルはそのまま取っ組み合う形で、男に馬乗りになる。そしてそのまま男の顔面にパンチを繰り出す。だが、4発殴ったところで男の風魔法に吹き飛ばされ、後ろの木に叩きつけられた。
「このっ…!クソガキが…!」
フーラルは力なく立ち上がり、フラフラと木の後ろに身を隠そうとする。
「へ…へへ…もう俺は限界だ…俺じゃあお前に勝てねえ。…だがな」
フーラルは木の後ろで力なく膝から崩れ落ちる。
「…お前の負けだ」
フーラルが崩れ落ちると、その木の後ろからメグミが姿を現した。
「…俺の負けだと?」
男は出てきたメグミを見て言った。特に変わった様子はない。先ほどの死んだ精霊の魔力を吸収して、まだしばらくは俺のが優勢だ。あの女も先の風魔法でダメージが入っているはず。
「…5分経った。ああ、お前の負けだよ」
メグミは言った。男は目を離していなかった。だが次の瞬間メグミは消え―自分の目の前にいた。懐には入られたが、魔力を全く練っていない。攻撃手段はない。男は油断をしていた。メグミは男の視線が下腹部に集中したことを確認し、男の顔面に振りかぶらないノーモーションでのパンチを入れ、ひるませた。
「!!!???」
起こりうるはずのない衝撃に男は数瞬、完全に思考が飛んだ。その隙にメグミは上体を大きくひねり、男の顔面に上段回し蹴りを叩き込んだ。
ガードもできず蹴りが直撃した男は縦に回転しながら、地面に叩きつけられる。メグミは体勢を整え、残心をして男が起き上がるのを待つ。しかし、男は完全に気絶し、ピクピクと痙攣して動かなくなっていた。
「昨日、風呂入るために受肉魔法をしなきゃもっと早く終わってたんだが…。何もかもが突然だったからな」
メグミは戦闘態勢を解き、一人ごちた。
「大丈夫かギシムー!フーラルー!」
パーシーの声から遠くから聞こえる。メグミは自分の身体を見てため息をついた。もうごまかせない。それにこの“敵”も精霊を使う。先のコボルトが自分の攻撃に反応できたのも、魔獣に精霊を付けるという高度な技術を用いていたからだ。
メグミはマチルダの言葉を思い出していた。” 精霊ってやつは何か因果な運命を持ってるもの”。これは偶然なのか?それとも運命ってやつなのか?




