第5話 前編
夜の街道を馬車が数台走っている。森の中を突っ切るように伸びている道だが、そこまで生い茂っているわけではなく、空から月の明かりに照らされ、特に支障なく走っていた。
少し開けた場所に出て、馬車が数台止められるような空間に着き、先頭の馬車が止まる。
「おーし!今日はここまで!ここで野営して明日に備えるぞ!」
馬車から以前フーラルを拾ったキャラバンの隊長が出てくる。後続の馬車も円で囲むように止まっていき、中からキャラバン隊の商人たち、そして護衛の冒険者たちが出てくる。その中に、フーラル、ジゼル、パーシー、ギシムたちの姿が見えた。
「今日は月が明るいな…。明かりがあるのはいいが、魔獣には気をつけないとな」
パーシーは月を見ながら、出てきたフーラル達に言う。フーラル達は頷き、それぞれの持ち場についていく。フーラルとジゼルが離れていくのを見て、ギシムはパーシーに話しかけた。
「本当にあいつらを連れてくつもりか…?」
「ああ、特にフーラルはこのキャラバン隊と顔見知りだからな」
パーシーは言った。
「まだガキだろうが。…俺は信用しねえぞ」
ギシムは訝しむように言う。
「わかってるよ。だからお前がフォローしてやってくれ」
パーシーは笑ってギシムの肩をたたく。ギシムはため息をつき、持ち場についていく。
「私たち、信用されてない」
ジゼルはフーラルと共に持ち場へと歩きながら話しかけた。
「ああ、そりゃ俺らまだ冒険者なってから一か月たってねえし」
フーラルも不満気に言った。メグミのあの大立ち回り以来、冒険者の間で噂の存在となったフーラル達は、日帰り程度の魔獣退治の依頼は受けてはいた。そこでもメグミの強力な魔法や格闘戦、ジゼルのマチルダ譲りの魔法により、ルーキーらしからぬ戦果を上げており、それが今回の依頼につながった。
「正しく言えば俺が信用されてないんだろうけど」
しかしフーラル自身がそこで何をしていた訳ではない。元奴隷で鉱山で10年働いていたこともあり身体能力はそれなりにはあるが、剣を握ったのも2週間前、魔法は使えない、特殊な戦闘技術があるわけでもないフーラルは、現状特にできることがなかった。
だが今回の依頼、ドウシア国とフラーリアを行き来するキャラバンの護衛をパーシー経由で依頼され、それを受けたのには訳があった。
× × ×
―半日前
「はい!今回の報酬!すごいねあんた達!今回の魔獣は兵隊でも苦戦するってのに」
リリアがカウンターから袋パンパンの報酬を取り出し、カウンターでジュースを飲んでいるフーラルとジゼルに渡す。
「特にジゼル!流石あのマチルダさんの孫!って感じだったらしいじゃないか」
リリアはジゼルを褒めるが、ジゼルは無感情のまま報酬を受け取る。フーラルはその様子を見て苦い顔をした。フラーリアが管理する農場で、ハウルベアという狂暴な熊型の魔獣が出たということで退治に向かったが、フーラル自身は何もできず、メグミとジゼルの二人が魔法でぶっ飛ばした、というのが実情だった。
ここのところメグミとジゼルの二人が新進気鋭のルーキーと呼ばれているのに対し、添え物の女たらし、という構図になっておりそのことを言われているのを耳にもしていた。
「…フーラルもその年で活躍できるのは、非常に稀な例なんだからあんま気にしない気にしない」
リリアもその事を察しているのか、元気づけるようにフーラルを慰め、ぶどうジュースをおごってやった。フーラルは目の前に注がれたジュースを一気に飲み干す。
「別に気にしてねえって…」
だがフーラルは不機嫌そうに答えるだけだった。そんな空気の中、思わぬ来訪者が現れた。
「よう!お前らちょっといいか!?」
「パーシー!またフラッといなくなってどうしたのよ!」
パーシーがフーラルの横のカウンターに肘をかけ声をかける。リリアはパーシーを見て嬉しそうに声をかけた。ジゼルはその様子を見て思うことがあったが、言わないことにした。
「悪いなリリア。最近たてこんででな。それはそれとしてフーラル」
「あ、なんだよ?」
「今日の夜から一つ協力を願いたい依頼があるんだが、いいか?」
「さっき魔獣退治してきたばっかなんだけど。…俺はなんもしてねえけど」
フーラルは言った。
「前にお前らを拾ったキャラバン隊、覚えてるか?」
パーシーは無視して続ける。
「そのキャラバン隊が、今夜ドウシアに行くってことで俺が護衛の依頼を受けてたんだけどよ。一緒に受ける予定の奴らが病欠しちまって頭数が足りねえんだ」
フーラルはジゼルと、その横にいるメグミを見る。
「俺は大丈夫だけど、こいつ…が大丈夫か」
フーラルはこいつ“等”と言わないように気を付けながらジゼルを指さす。
「…私は大丈夫だよ」
ジゼルは静かに言った。
「私は受けるべきだと思う」
メグミも頷きながら言う。ただフーラルは悩んでいた。正直、受けたくないという気持ちのがはるかに大きかった。ドウシア―自分が少し前まで奴隷として働かされていた国。メグミはフーラルの気持ちを慮って、言葉を選びながら説明する。
「…あのキャラバン隊には世話になったし、この手の仕事を続けるならこういった縁ってやつは大事にすべきだ。…それにドウシア国に一つ、用事がある」
フーラルはメグミの腕をチョンチョンと叩く。人前でメグミとコンタクトを取る必要があるときに、喋らずに意思を示す方法を決めていた。今回は『何故?』だった。
「この前マチルダさんに聞いた私の帰る方法だ」
メグミはマチルダとの会話を思い返していた。精霊が元の世界に変えるには、来た場所から戻る必要がある、と。
「あの遺跡をジゼルを連れてもう一回調べたい。…辛いだろうがお願いできるか」
メグミはバツが悪そうにいい、フーラルはメグミの顔を見る。そして、髪の毛をかきむしり、不満を隠さないで言う。
「ああ、わかったよ。その依頼受ける」
× × ×
そして準備をして受けたわけだが―あのギシムまでいたのは悪い意味で予想外だった。この前の頼母子講以来、ギシムからは目の敵にされ、メグミの居場所をいつも聞かれていた。―すぐそこにいるって答えてやってもよかったが、面倒なことになりそうなので、うんざりするほど絡まれながら無視をしていた。
「悪いなジゼル。俺のせいでこんなに付き合せちまって」
フーラルの言葉を聞いて、ジゼルは思いっきり首を横にふる。
「ううん…。私は大丈夫だよ」
ジゼルは少し落ち込みながら言う。フーラルがその声の調子に気づき、心配して声をかける。
「お…おいおいどうしたんだよ?何か俺まずいこと言った?」
ジゼルは首をさらに横に振り黙りこくってしまった。フーラルは助けを求める目でメグミを見るが、メグミは顔をそらした。だがフーラルに見えないところでニヤニヤしていた。
「お…おい!メグミも何か言ってくれよ!」
フーラルはオロオロとうろたえるが、メグミは笑いをこらえるので必死だった。フーラルは意味がわからず、しょうがないからと持ち場に戻ろうとするが、動きが止まる。
「…どうした?」
フーラルが急に動きを止めた為、メグミが声をかける。しかしフーラルはそれを手で制止し、耳をすませる。
「…人間の足音じゃない」
フーラルはぼそっとつぶやき、改めて耳をすます。遠くで草をかき分ける―4足歩行の足音?
「獣か…魔獣がこっちに近づいてるかもしれない」
フーラルはメグミ達に伝え、メグミ達は臨戦態勢を取る。
「ジゼルは一回本隊に戻ってこの様子を伝えてきて」
メグミは言った。ジゼルは頷くと、走って本隊の方へ向かう。しばらくするとメグミの耳でも聞こえるくらい足音が近づいてきた。
「ちょっと待てこの足音…!」
足音の方向が最初は前方から聞こえてきていたものが、左右に分かれ始める。
「フーラル!私たちも戻るぞ!」
メグミはフーラルに叫んで言い、フーラルも頷くより早く振り向いて走りだす。足音がどんどん大きくなり、もうすぐそこにまで聞こえ始めていた。そして木の上から月明りを背に、影がフーラルに襲い掛かる。
「くっ!?」
フーラルは慌ててその場からジャンプして攻撃をよける。なんとか避けきれたが代償として足が止まってしまう。襲った影が月明りに照らされ姿を現す。メグミがその姿を見て、思わず声を漏らす。
「か…かわいい…?」
二足歩行の毛むくじゃらの犬。見た目はそういった感じだった。手に持った殺意が込められたこん棒を見なかったことにすれば。
「確かジゼルから聞いた…コボルトだったか…!」
「そんなことよりこの状況どうするか考えてくれ!音からして4匹は囲んでる!」
フーラルは慌てた口調で言い、剣を構える。この暗い森の中という状況下、いくら月明りがあるとは言え、夜目が聞く魔獣相手ではこちらが形勢不利だった。
「ジゼルが助けを呼びに行ってる!それまで耐えてくれ!」
メグミは言った。
「ちくしょうそっちは狙われないから!」
次の瞬間コボルトが2匹一斉に襲い掛かる。フーラルは音で察知し、とにかくその場から離れるという回避しか行えなかったが、何とか避けることができた。続いて二匹。体勢を崩したフーラルは次は避けられないと判断し、剣を構える。
「右と…!真正面!」
フーラルは真正面の敵の攻撃のみ集中し、何とか防ぐ。だが右からの攻撃は―。
「ナイスフーラル。ファイエル!」
メグミが右からの敵を炎魔法で迎撃する。完全に当たるタイミング―そのはずだった。コボルトはこん棒を盾代わりとして構え、吹っ飛ばされはしたものの直撃を防いだ。それに一番驚いたのはメグミだった。
「防いだ…!あのタイミングで!?というかあいつ…!?」
フーラルはコボルトから何とか離れ、メグミの傍に寄る。
「あいつは倒したか!?」
メグミは首を横に振って答える。
「だめだ!途中で防御された!とりあえず今は逃げるぞ!」
フーラルは頷き、右手の方向に駆けていく。フーラルは音でそっちに足音がないことを察知していた。だが―。
「あっ…!バカ!キャラバン本隊はそっちじゃ…!」
メグミはキャラバン隊に最短距離で近づこうとしたため、互いの進行方向が別になってしまった。そして10m離れれば―。
「ぐえっ!?」
「あぐっ!?」
二人は首を引っ張られてつんのめって倒れる。そしてコボルト達はその隙を見逃さなかった。フーラルは襲い掛かるコボルト達を見ると、後ろに何か微かなものが見え―。
次の瞬間、コボルト達は空中で電撃でしびれ、動きを止めた。
「…おせえよジゼル」
フーラルは安堵の息を吐く。
「遅れた!大丈夫か!」
キャラバン隊の方角から、パーシーとギシムとジゼルがやってくる。パーシーとギシムは動けなくなったコボルト達にとどめを刺し、4体を一気に消滅させる。この場のコボルトは全滅させたが、まだパーシーとギシムは気を抜いていなかった。
「…まだ終わっちゃいない」
パーシーはフーラルの手を取り引き起こす。フーラルは素直にありがとうと言った。パーシーは全員に向き直り、空の月を指さす。
「今日は満月じゃないが、月の明かりが強い日だ。こういう日は魔獣のマナの流れが活発になって人を襲いやすくなる。さっきのが斥候だと考えると、まだ本隊のコボルトがいてもおかしくはない」
全員頷いた。この依頼はこれからが本番なのだと。




