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第1話 前編

商店街にある小さな居酒屋に30人ほどの若い男女が集まっている。それぞれが飲み物を片手に持ち、上座に立っている長い黒髪のスーツを着た女性を見ている。他の男女は金髪や茶髪―もっというなら不良のような恰好をしており、スーツの女性はこの場では浮いているようにも見えた。その女性は感極まる声で話し始める。


「私がお前たちを率いて8年…14から22までずっとリーダーを務めてきたけど、社会人になるにあたって卒業させてもらうことになって…」


 周りの若者たちは『ありがとー!』『やめないでくれー!』と各々叫ぶ。スーツの女性は両手を上げて皆を制止する。


「私がいなくても道を踏み外さずに、仲間ができたらそいつらを同じように導いてやってほしい。大丈夫だ。お前らならできる、だろ?」


 その言葉を聞いて、皆も感極まって涙を浮かべ始める。若者たちだけでなく、居酒屋の店主も目に涙を浮かべていた。


「私はここから離れちまうけど、皆!元気でな!かんぱーい!」


 スーツの女性が乾杯を上げ、周りの面々も―店員や店主も乾杯を上げる。皆が飲み物を飲み、食事に口をつけ始めると、スーツの女性はその場を離れ、店主の元へ向かう。


「この店貸し切りにして悪かったな。…しばらくは任せさせてくれるか?」


 スーツの女性に声を掛けられ、店主は泣きながら返事をする。


「姉さんがこの店を紹介してくれて…まじめに働けるようになったから、今俺はこうして結婚もして、この店も継ぐことができて…!そんなの…当たり前じゃないですか!」


 スーツの女性は店主の肩を叩く。


「お前ももう30越えてんだからだから泣くなって。…お前やほかのOBたちがこれからも世話してくれれば、私はもう安心だよ。…じゃあな」


 店主は頭を下げ、スーツの女性は手を振り店を出る。店の前には商店街の面々だけでなく、警察官、強面の顔をしたつなぎを着た男、消防士など様々な人が集まっていた。


「メグミさん!本当にこの町を離れてしまうんですか!」


 やくざな恰好をした男がスーツの女性をメグミと呼び、詰め寄った。メグミと呼ばれた女性は男を優しく振り払い答える。


「一生不良やってる訳にもいかないだろ?…それに私は今までちょっと目立ちすぎた。ここを離れて、普通の人間として…普通にやっていくさ」


 多くの人がメグミに詰め寄り、礼を言っていく。メグミはそれぞれに対し丁寧に対応し、夜の町の中に消えていった。



 町の離れにある山の奥に古ぼけた神社がある。メグミはそこが好きでよく訪れており―今もここにいた。辺りを振り返り、誰も近くにいないことを確認する。そしてガッツポーズをし大きな声で叫んだ。

「やっっっったたああああああ!!!やっと終わったー!」


 白鳥メグミ―子供のころから腕っぷしがそこらの男より―どころかプロの格闘家すら捻るほどに強く、困ってる人を見捨てられないお人よしな性格もあり、14の頃には地域の不良軍団をまとめるリーダーになり、若者の犯罪率を激減させてしまうほどの影響力をもっていた。―本人が全く望まないまま。


 多くの不良を更生させるその影響力から警察や地元住民たちからも、リーダーを続けてほしいと懇願され、それが先ほどのお別れ会へと繋がっていたが、本人はとにかく拒否していた。


「もうこれからは普通の女性として生きられるんだ…!」


 メグミは声を上げて笑う。とにかく巡り合わせが悪く、別の半グレ組織との抗争になったりヤクザとのケジメをつけさせられたり、国家権力や闇の組織に狙われたり―。濃すぎる8年を過ごしてきた彼女にとって、これからの普通の人生は輝かしいものであった。


「…最後にお参りしていこうかな」


 メグミは神社の拝殿へと向かう。幼いころから母によくこの神社に連れてこられ、遊んでいた思い出がよみがえる。賽銭箱にお金を入れ、手を合わせしばらく瞑目する。すると何か大きな音が拝殿の奥から響き、同時に少し強い揺れが起きた。


「地震!?」


メグミは気になって、拝殿の階段を昇り、奥を覗くが暗くてよく見えない。


「なんだ…?一体…?」


 普段ならあまり気にする事なく立ち去っていたかもしれないが、今日が最後という気持ちがメグミの好奇心を後押ししてしまった。拝殿の扉に手をかけると鍵がかかっておらず、中に入ることができた。


「まぁ…これくらいならいいでしょ」


 中に入るとやはり真っ暗で何も見えない。スマホを取り出し、ライトをつけ確認する。


「あ~こりゃ…」


 メグミは拝殿の奥に空いた穴を見つけて声を漏らす。床がダメになっていたのか拝殿の奥の木張りの床が崩れ落ち、ぽっかりと穴が開いていたのだ。


「こりゃあぶねーな少し離れ…」


 穴から離れようとしたその時、突如縦揺れの非常に大きな地震が発生した。


「え…うわぁぁぁぁぁ!!!???」


 メグミはバランスを崩し、後ろから倒れるように穴に落ちてしまった。拝殿の床の高さは1mもないはずなのに、何故か一向に地面にはぶつからず、遥か深い穴を落ちていく―。


 4つの巨大な大陸からなる世界『エルミナ・ルナ』。その西大陸に存在するドウシア国。その鉱山でフーラルは6歳のころから10年、奴隷として働かされていた。10年前に住んでいた村がドウシア国の襲撃を受け―父は殺され母はどこかに連れてかれた。自分は『才能がない』と一言だけ言われこの鉱山に送られた。


「兄貴…しっかりしてくれよ…頼むよ…!」


 皆が労働の疲れで寝静まった寝床で、フーラルは兄貴と呼ぶ男の手を握っていた。


「す…すまねえな。フ…フーラル…」


 男は胸と腹に大きな傷を負っていた。本来治らないようなケガではなかった。ただ治療を受けさせてもらえなかったのだ。


「お…お前…これを…」


 男はフーラルの手を弱弱しくつかむと、何かを渡す。


「兄貴…!やめてくれこんなのいらない…!」


 フーラルは泣きながら男の手を握り返すが、男はフーラルに弱弱しく笑みを浮かべる。


「お前は…自由に生きろ…」


 男の手から命が失われていく。そして弱弱しい呼吸が―止まった。


「兄貴…兄貴…!」


 この男はフーラルが奴隷としてこの鉱山に連れてこられてから、自身も幼かったにも関わらず常に面倒を見てくれた男だった。10年一緒にやってきて―何もなせずに死んだ。フーラルはもう一度男の手を握り返し―そして覚悟の表情を浮かべた。



「脱走―!脱走者がでたぞー!」


 深夜、鉱山で声と非常事態を知らせる鐘が鳴り響く。脱走者が出たという報告を受け、警備にあたっていた兵達が辺りの捜索を行う。


 フーラルは鉱山の周りの森を無我夢中で走っていた。この10年、鉱山の外に出たこともない、無計画で衝動的な脱走だった。しかし何かを考えるような教育も受けてはないフーラルはただ『兄貴の最後の言葉を果たす』という思いのみで脱走をしたー自由に生きろと。ただ無計画な脱走のツケはすぐに来た。


「見つけたぞ!」


「くそっ!」


 フーラルの痕跡を追い、見つけた兵士が声を上げる。追いつかれないようにフーラルは無我夢中で走る。気づくと目の前には崖が広がっており、行き止まりとなっていた。


「ちくしょう!どうすりゃいいんだよ!」


 フーラルはあたりを見回す。ただどっちに行けば道が開いているのかもわからない。意を決して右手側に走る。


「こっちに足跡があるぞ!」


 後ろから追いついてきた兵士たちの声が聞こえる。月明りも雲に隠れ、真っ暗な闇の中、フーラルはただ走るしかなかった。


 何も見えない中、崖に手を伝いながら進んでいく。10分ほど走ると月明りが再び照らしはじめた。すると少し遠くに何かしらの遺跡があるのが見えた。藁をもすがる思いでフーラルはその遺跡に向かって走り出す。


 遺跡の前までついたフーラルは、身を隠そうと中に入っていく。中に入ると地下に向かって階段が続いており、なぜか誰もいないのに灯りの火は付けられていた。駆け足で降りていくフーラル。最奥部に到着すると、広い空間の部屋についた。もうここから先は道がないみたいだったが、フーラルは息を切らして腰を下ろす。


「ここが見つかるのも時間の問題か…」


 兵士たちの声がまだ聞こえる。この付近を捜索しているならここが見つかるのも近いかもしれない。フーラルは重い腰を上げて立ちあがる。その際に横にあった球体に手を置いたとき、急にその球から光が溢れだした。


「うわっ!なんだ急に!?」


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 メグミはひたすら穴を落ちていた。拝殿の床が上げ底状態だったとしても1mもないはずなのに、なぜか落ちていく穴に終わりはなかった。あまりにも長すぎたため、少し頭が落ち着き始め、自分が落ちている方向に顔を向けることができた。落ちていく先に何か小さな光が見える。その光が徐々に大きくなり―。


 突如広がった光が収まり、フーラルは目をチカチカさせる。前に鉱山で爆発事故があったときに強い閃光が上がったのを見たことがあるが、それを彷彿とさせる程の光だった。頭を振り無理やり意識をはっきりさせる。今の光で外にいる兵士に気づかれたかもしれない。フーラルは出口を探そうと振り向くと、見たことない白と黒の服を着た黒髪の女が倒れていた。


「いててて…頭いてえ…」


 メグミは頭を押さえながら立ち上がる。落下の衝撃より強い光を見た頭痛のが勝っており、ひどく気持ちわるかった。しばらく何も考えられずに呆然としていたが、目の前に汚い恰好をした少年がいることに気づき、意識がはっきりしてくる。


「…ここは?」


 メグミは無意識に目の前の少年に質問する。ボロボロの汚い服で―どうみても日本には売ってなさそうな麻の服だった。というより髪の毛も金髪で、顔立ちも日本人には見えない。辺りを見回すとこれまた日本の光景とは思えない石造りの祭殿のど真ん中に自分がいることが分かった。


「…え?ちょっと待って…え?」


 メグミは思いっきり頬をひっぱたき状況を確認する。故郷を離れる算段をつけて、不良チームの卒業式を開いて、夜中に神社でノスタルジーな思い出に浸って、そこから何か変な穴に落ちて―。そして?


「この遺跡から光が見えたぞ!」


 外から兵士の声が聞こえる。フーラルも現状が把握できずに呆然としていたが、兵士の声を聞き逃げなくてはいけないことを思い出す。


「あんたが誰か知らねえけど後だ後!今は逃げないと!」


 先ほどの光の後で遺跡内の仕掛けが動いたのか、どうやら遺跡の奥に新しい道ができており、そこから逃げ出せそうだった。ただメグミは訳が分からず少年に質問する。


「逃げるって何が!?」


 フーラルはいら立ちながら答える。


「あいつらは俺を捕まえようとしてんだよ!」


 フーラルは急いで走りだし、メグミもフーラルについていく。歩き始めた時、足元に崩れた石があったのが見てたが、反応が間に合わず踏みそうになる。しかし何故か特に突っかかりもせずに通りすぎることができた。メグミは違和感を感じたが、今はそれを無視して少年と共に遺跡の奥へと走っていく。

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