騎士団へ訪問
俺とジルは騎士団へ戻る途中にラモン亭の前を通り過ぎた。昨夜見かけた少女と今日偶然また出会ったな。いや、少女か? 彼女は何歳なんだろう…。そんなことを考えながら歩いていた。
「ねぇ、団長。商会でまた彼女に出会うなんて奇遇だね。驚いちゃったよ」
「そうだな。別人かと思ったけど昨夜の彼女だ」
「なになに、一言も話さなかったくせに。気になっちゃった? リオナちゃん」
「どういう意味だ? 俺は元々誰ともあまり話さん。説明はジルで良いし俺が話すこともなかろう」
「ま、そうだけどさぁ。結構リオナちゃんのことを見てたよね? ミシェル会長も気がついてたみたいだけど」
「なっ! そんなことは気のせいだ。ただ昨夜の印象と随分と違うから観察していただけだ。余計な詮索するなよ」
「はいはい、明日またリオナちゃんに会いますから団長も同席してくださいよ」
「分かってるさ。ジルがちゃんと説明できるか聞いてるぞ」
「でもさぁ、リオナちゃんて何か不思議な感じだよな。サハリー商会の会長に気に入られているってあんなに若い女の子なのに。もしかしてさぁ…」
「止めろ。変な想像で言うことじゃない。確かに不思議なことだが昨夜の彼女の話を聞いていれば常識のある女性だろう。会長や彼女にも失礼だぞ」
「団長、ごめん。確かに失言だった」
ジルベルトは珍しく反省した感じだった。俺は彼女のことは何も気にしてないと何度も繰り返し言い聞かせるようにして執務室へ行った。
翌日の午後、彼女は受付の騎士に案内されて応接室で待っていた。俺とジルが入室すると立ち上がり挨拶を済ませた。
「では改めて詳細をお伝えしますね。今回の取引では騎士団の予算内で購入することになります。イルベナ国の視察団が来月に訪れる予定ですが国の予算から購入するとあまり良い印象を与えかねないからです。
我が国でもクロスボウはありますがイルベナ国と比べると射程距離や殺傷能力が低いのです。騎士団の役割は様々ありますので、できるだけ少人数で人に害を及ぼす獣の討伐を団員が負傷することなく行えるようにするために今回購入してみることになりました。
このような事情でイルベナ国の商会経由でマララ商会が購入し、マララ商会から騎士団がお試しに購入した流れになるのが理想です。決して戦争準備や武器開発に費用を費やしていると思われないようにしなければなりません」
「はい、内容は理解しました。しかしそのように重要なお取引を私が担当させていただいてもよろしいのですか?」
「勿論ミシェル会長には予め人選をお願いしましたよ。サハリー商会の会長と交流もあるあなたにお任せするのが適任だと我々も判断しました。是非よろしくお願いします」
副団長さんから説明を受けて不安もあったが、やれることは全力で取り組もうと思った。
「こちらの方こそよろしくお願いします。まずクロスボウの購入数量と希望金額を後日書類にてお願いします。クロスボウの一般的な価格はこれからお調べしますが殺傷能力が高いということはそれなりの価格になるかと思います。
後は輸送費や商会の手数料などを組み込む形になります。全てはサハリー商会と交渉してみてからになりますができるだけご予算に近い金額になるように努力いたします」
「そうですね、予算も限られているので助かります。イルベナ国のクロスボウの価格は前回、皇太子殿下の視察に行った際にある程度予め調べております。その調査結果であるこちらの書類をお渡ししますので参考になさってください。何か他に必要なことはありますか?」
「はい、大丈夫です。とりあえず来月の交渉まで準備をしますので分からないことがありましたら教えてください。よろしくお願いします」
「ではよろしければお茶でも召し上がってください。今、準備してきますから団長のお話し相手をお願いします」
「あっ、いえ、お構いなく。すぐに失礼しますから」
「リオナさん、お茶も出さずにお帰りいただくことはできません。どうかこちらの事情も理解してください」
はぁぁ…どうしよう。団長さんは一言も話さないし、なんだか機嫌が悪そうだから帰りたいな。でも大事な仕事で滅多に任されない担当だからここは耐えないといけない。
「あの…団長さん。この度はマララ商会に依頼をしていただきありがとうございました。精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
「…こちらこそよろしくお願いします」
言葉は少ないが機嫌が悪いわけじゃない? 何となくそんな気がした。
沈黙になるのがとても辛いから他の話題を探す。
「団長さんはおいくつですか? とてもお若く見えますが」
男性でまだ若そうだから年齢の話題でも大丈夫だよね?
「25歳です。23歳で団長を任されましたからまだ2年くらいです」
「23歳で団長ですか? 騎士団のことは全く分からないのですが就任されたのが早い方なのでしょうか?」
「たまたま前団長が早く退任したのもあって任されただけです。勿論任されたからには責任を持っております」
真面目だなぁ。謙虚だしあまり貴族のような印象もない人だ。
扉が開き副団長さんが戻ってきた。
「お待たせ、リオナちゃん。紅茶とお菓子も持ってきたよ。さぁ、どうぞ召し上がれ」
ん? リオナちゃん?
「副団長さん、先程までの印象はどこへ行かれましたか?」
「あぁ、仕事の話だったからね。本来の僕はこっちだよ。でも昨日は本当に驚いた。入ってきた女性が一昨日ラモン亭で会った人だったからさ」
「はい、私も驚きました。後ろの席にいた方々がまさか騎士団の団員さんだったなんて。庶民的なお店にも行かれるのですね」
「もちろんだよ。騎士団は貴族もいるけど平民もいるからね。それにほとんど庶民的なお店しか行かないよ。まぁ、貴族としてのお付き合いがないわけではないから両立している感じかな。団長は真面目だからあんまり遊ばないけど一昨日は久しぶり団長も飲みに参加してリオナちゃんと知り合ったわけよ」
リオナちゃんて…、副団長さんは意外と軽い感じなのかな。
「ジル、リオナ嬢のことをリオナちゃんなんて失礼だろ」
「仕事のときはちゃんと呼ぶけど今は雑談だからいいんだ。ところでリオナちゃんは何歳?」
「19歳です」
「「19歳?」」
「えっ? もっと歳下に見えましたか?」
「いやぁ、外見はとても若く見えたんだけどラモン亭で話していた内容がとても大人で刺激的な感じがしたから驚いちゃったよ」
ラモン亭での会話……?
「あっ、もしかして聞こえてたんですか? お酒が入ると声が大きくなるから気をつけていましたが聞き苦しい話ですみませんでした。団員さん同士の交流の時間なのに不愉快でしたよね?」
「あはは! かなり楽しかったよ。団員との交流といっても所詮男の集まりで君達と似たようなものだから気にしないで。ね? 団長」
「あぁ、気にする必要はない。ただリオナ嬢が話した内容に驚きはしたが」
「団長さん、私は平民なので嬢などと付けて呼んでくださらなくていいです。それと…、あのとき聞こえた会話はお二人とも忘れてください」
紅茶とお菓子をご馳走になり騎士団を後にした。商談よりもあのときの会話が聞こえていたことに衝撃を受け、お酒に飲まれないように気をつけようと反省した。