初対面
昨夜は飲み過ぎて身体が怠い。日差しを普段より眩しく感じながら仕事へ行った。
「おはようございます、ミシェルさん」
「おはよう、リオナ。早速なんだけど午後に来客が来るからリオナも参加して」
「はい、承知しました。新規の取引ですか?」
「騎士団からの依頼でね。いつもの商品ではないらしいのよ。
まだ詳しく聞いていないんだけど他国で取り扱いがあるらしくて。
その他国がイルベナ国で来月に視察団も来るみたい。それと同時にイルベナ国のサハリー商会も来ると連絡があったわ。
リオナ、サハリー商会の会長さんと話が合うじゃない。だから今回の取引をリオナに任せる予定よ」
「サハリー商会の会長さん…、なかなか話を終わらせてくれないんですよね。
でも仕事なので取引ができるように努力します」
「ありがとうリオナ。何かあったら相談してね」
とりあえず午後から騎士団の担当が来るらしい。取引を任せてもらえるのはあまりないので正直嬉しい。
ただサハリー商会の会長さんは話し始めたら止まらない。初対面のときにうっかり前世の知識を混ぜて話をしてしまったから興味津々で長時間拘束される。
商会の会長さんだけあって聞いたことがない考え方や知識が新鮮らしく別れの日にはいつも決まって「一緒に仕事をしないか」と言われる。
話だけで実際に何かを作り上げたことも無いし期待されても困るから想像上の作り話にしておくのに…。お断りしても何度も同じことを言われるからあまり会いたくないんだよなぁ。
午後になり騎士団の方々2名が応接室に入室されたと同僚から聞いた。私は最初から参加せずにミシェルさんに呼ばれるのを他の仕事をしながら待っていた。
少し経つと呼ばれたので応接室に向かい入室する。
「失礼します。初めまして、リオナと申します」
挨拶を終えると騎士団の方々が私を見て目を丸くしている。
ミシェルさんと私は一体何に驚いているのか不思議だ。
「リオナ、座ってちょうだい。ところで初対面ではないの?」
ミシェルさんが私に問いかける。
「初対面です。あの、失礼ですがどこかでお会いしましたか?」
「えっと、会ったというか見かけたというか。昨夜なのですがラモン亭にいませんでしたか?」
金髪の男性が話しかけてきた。
「はい、同僚と行きましたが」
「私達も騎士団の同僚と行ったのですが丁度後ろの席におりまして」
「あっ! その節は大変失礼しました。大勢の方がいらっしゃってその…、お顔まで覚えていなくて申し訳ございません」
「あら、リオナ。レーナとライモンドと行ったのね」
「はい、レーナが色々と事情がありまして…。帰るときにふらついたレーナが団員さんにぶつかってしまったので謝罪しました」
「そうなの。従業員がご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、よくあることですから気にしないでください。
昨夜お見かけした方が突然目の前に現れたので驚いただけです。ね、団長?」
「えっ、団長さん? 団長さん?」
聞き間違えたと思い何度も口にしてしまった。
「あら、リオナ。驚くなんて珍しいわね。こちらの方が団長さんで隣の方が副団長さんよ」
まだ発言していない方が団長さんで金髪の方が副団長さん。高貴な方々と会う機会なんてないから緊張してきた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
副団長さんが柔らかい口調で話しかけてきた。
「すみません。高貴な方々とお話しするのは初めてなので緊張してしまって」
団長や副団長になるくらいだからおそらく貴族だよな。
「リオナ、今回はやはりあなたに担当してもらうわ。サハリー商会で取り扱いがあるみたいで会長さんも来月いらっしゃるからね。
ただ、殺傷能力の高いクロスボウという弓矢に似た物なのだけど武器だから一歩間違えたりしたら国交の問題にもなりかねないわけよ。
こちらとしてはあくまでも獣の討伐に騎士団の被害を少なくするためというわけなんだけどね。
繊細な話だけど会長さんに上手く交渉して欲しいのでリオナお願いね」
「はい、できるだけ希望のお取引ができるように交渉します」
「リオナさんはまだお若く見えるのですがサハリー商会の会長さんとすでに面識があるのですか?」
「そうですね、サハリー商会の会長さんはリオナを大変気に入っておりまして我が国へ来る度にリオナと話しております。
それに帰国する際には必ずリオナをサハリー商会で雇おうと口説いるのです。
ふふっ、ですから今回の交渉役にはリオナが適任だと思い担当にしました」
「リオナさんとサハリー商会の会長はかなり歳が離れていると思いますが、話が合うのですか?」
副団長さんが今度は私に質問をしてきた。
「話が合うか分かりませんが会長さんからたくさん質問されて私が答えるというか求めている答えの材料になるというか…。
上手くお伝えできないのですが騎士団の希望が通るように交渉してみます」
「それでは詳細についてはリオナに説明してください。私はリオナから報告を受け目を通します」
女性で若いから経験不足に見えてあまり信用されていないのかなと不安になった。
「リオナさん、明日騎士団に来ることは可能ですか? もしよろしければ詳細をお伝えしたいのですが」
「はい、明日はいつでも大丈夫です」
「では午後にお越しください。受付の門番には話を通しておきますので来訪の際にお名前をおっしゃってくださいね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
騎士団の2人が退室した後、ミシェルさんに疑問を問いかける。
「ミシェルさん、団長さんは一言も話さなかったのですが私が担当で不満なのでしょうか? 副団長さんも私のことを若いと言っていたのでなんだか不安です」
「ふふ、大丈夫よ。団長さんは私ともほとんど話さなかったのよ。副団長さん任せだけど重要な話には参加義務があると思うわ。
でも意外ねぇ、ラモン亭で会ったなんて。それなら団長さんの眼差しも理解できるわね」
「何ですか? 理解って。昨夜はレーナの慰め会で酔いが回ってしまったので顔なんて覚えてないですよ。でもミシェルさんにまでご迷惑を…。すみませんでした」
「あら、いいのよ。なんだか楽しい予感がするわ!」
「楽しい予感? どういう意味ですか? 私は今からサハリー商会の会長さんのことで頭がいっぱいですよ。
しかも騎士団の方々と話をするなんて緊張しますし団長さんも副団長さんも貴族ですよね? 苦手なんですよ、高貴な方々…。騎士団に平民はいるんですよね?」
「いるわよ、平民。まぁ団長さんと副団長さんは貴族だけどそんなに威圧的じゃないわ。特に団長さんはリオナに大丈夫だと思うけど」
「今日、団長さんと一言も話していませんよ。副団長さんは話しやすいけど軽い口調でなんだか嫌な予感しかしません。でも任せていただけたので必ずやり遂げます」
「そうよ、リオナなら出来るわ。困ったことがあったら何でも相談してちょうだい」
頭の中ではサハリー商会の会長さんへの話題提供や明日また団長さん達に会うことになるので不安でいっぱいになった。