お引越し
あの女の襲撃後、新居も決まり引越しをする前に俺は再度父の元を訪ねた。
「父上、縁談が纏まったという話をシューヘンハイム家のご令嬢から聞きましたが、以前から私は縁談を受けないとお伝えしたはずです。勝手なことをなさるのはやめていただきたい」
「なんだ、挨拶も無しに。お前が縁談を受けないから親である私が決めただけだ。お前は私の決めたことに従えば良い。あの娘が気に入らないのであれば他の娘を探してやるぞ」
「私は自分の意志で家を継がないということもはっきりお伝えしたはずです。ですから結婚も自由にしますので勝手に決めないでください」
「自由だと? 卑しい女に騙されて頭がおかしくなったか? お前があのような女と一緒にいると家名に傷が付く。早く関係を清算して別れろ」
「卑しい? 何を勘違いされてるか知りませんがとても心の綺麗な女性ですよ。父上に理解していただけないのでしたら家名に傷が付かないように私がブルーベル家から籍を抜けば傷は付きませんよね」
「洗脳されてしまい愚かだな。お前は孤児の女と結婚でもするつもりか?」
「結婚するかしないかは分かりませんが一生、彼女と共に生きますよ。ですから私達のことには一切関わらないでください」
「…絶対に認めん」
「父上に認めていただかなくても自分の人生は自分で決めます。誰にも従うつもりはありません。それでは失礼します」
途中で苛ついてきたから疲れた、予想通りの結果だったな…。父が身分で差別するのは分かっていたから認めてもらえないのも仕方ない。とにかくリオナに手を出さなければ良い。これから共に生きる人生が始まるので二人で幸せになろう。
リオナはレオナードと休日が重なる日に引越しをすることになった。元々、持ち物も少ないしほとんどの家具は置いていくことにした。新居に着くまで教えてくれないからまだ何も知らない。
レオナードさんが荷馬車と共に迎えにきた。荷物を積み新居に到着すると騎士団と商会の丁度中間あたりの距離で普通の民家だった。貴族のレオナードさんに任せると豪邸になりそうで不安だったが平民に合わせた選択をしてくれた。
「この家ですか? 中に早く入りたいです」
「気に入ったか?」
「はい! 外見も素敵で気に入りました」
普通の小さな一軒家で少しだけ裏庭があるから洗濯物が干せそうだ。一階は食堂と居間、風呂場とトイレ。二階はまだ見てないが二部屋あるらしい。日本の小さな戸建て住宅と似ていて前世で住んでいた一軒家と同じくらいの広さだった。
レオナードさんの荷物も少ないらしく徐々に持ってくるそうだ。それに知らないうちに必要な家具はある程度揃えてくれたみたい。
「どうだ、広すぎるか?」
「いえ、二人で住むには丁度良い広さでいいですね。この家がとても気に入りました。ありがとうございます」
「それなら良かった。まだ二階は見てないだろ? 一緒に行こう」
レオナードさんが私の手を引き階段を登り二階へ行く。
「ベッドが大きい…」
一部屋占領したベッドが置かれていたからあまりの大きさに驚いてしまう。
「大きいか? 身体に合わせたんだがなぁ。リオナの家のベッドは一人用だから大きく見えるだけだ。試しに二人で寝てみよう」
二人で横たわると丁度いいサイズに感じた。これでレオナードさんと一緒に寝ても寝返りできそう。
「本当だ、丁度いい大きさでした。随分部屋を占領しているから寝るだけの部屋になりますね」
「もう一部屋は何も置いてないから大丈夫だろ。それよりリオナ、今から試すぞ」
「試す? 何を試すのですか?」
「決まっているだろ。せっかくベッドにいるんだからこれからリオナを全部感じるんだ」
レオナードさんは昼間からスイッチが入ってしまった。情熱的な表情で燃えるような目をして口付けをされたら抵抗するどころか、私も体が熱くなり求めるしかなかった。
これから始まるレオナードさんとの暮らしに胸が膨らむ。二人で幸せになれますように…そう願った。
それからレオナードさんとの生活は半月が過ぎて毎日が充実していた。朝起きて愛する人がいて朝食を取る。お互い仕事に出かけてレオナードさんの帰宅を待ち夕食を取る。夜寝るときには愛する人と寄り添って体温を感じながら心地よい匂いに包まれて眠りにつく。
休日には外出したり買い物に行き一緒に家事をする。何気ない日常にとても幸せを感じていた。
ある日の夕方、扉のノック音がしたので玄関に向かう。レオナードさん、今日は早かったのかな? でもいつもの帰宅時間ではない。不審に思い扉は開けず声をかけた。
「どなた様でしょうか? お名前お聞かせください」
またお嬢様の襲撃かしら? あれから何もなかったけど…。
「私はブルーベル家の執事をしておりますトマスと申します。扉を開けていただけませんでしょうか?」
恐る恐る扉を開けると執事さんらしき人が立っていた。後ろには立派な馬車が止まっているから不審者でもなさそうだ。
「初めまして、リオナと申します。レオナードさんはまだ帰宅しておりませんので騎士団の方にいるかと思います」
「いえ、貴方に用がございます。申し訳ありませんがご同行願います」
「私ですか? 同行とは行き先はどちらまででしょうか? 勝手に留守をするわけにはいきませんので」
すると執事さんの表情と態度が明らかに豹変する。
「無駄口は結構です。黙ってついてきなさい」
はぁぁ…またこの展開。それに今度は拉致されるわけか。
「料理中で火も消しておりませんので少しお待ちください。突然訪問されたのは貴方の方ですから」
「早くしてください。旦那様がお待ちですので」
人を物のように扱い命令するなんて腹立たしい。無言で部屋に戻り台所の火を消してブルーベル家、執事と書いた手紙をテーブルの上に置く。
それから馬車に乗りブルーベル家に着くと応接室のようなところで待たされる。旦那様がお待ちになっていたのでは? と笑ってしまった。
ブルーベル家はレオナードさんの実家だよね? なんとなく話しの予想はついた…。




