不穏な動き
朝方、リオナの家から自室に帰ってきたらジルベルトが俺を待ち構えていた。
「おはよう、レオ。朝帰りなんて順調そうだね」
「あぁ、順調だ。それより何かあったのか?」
「やだなぁ、何もないし待ってたわけでもないよ。ただ、昨日レオが夕方出ていってからテオドールが訪ねて来た」
「テオが? この前会ったばかりだけど何しに来たんだ?」
「会ったばかりだから来たんだろ。レオがいないからお前が継がないのはどうしてだと散々聞かれたよ。ちゃんと話をしたと言ってなかったか? あの様子だと納得してないぞ」
「迷惑かけてすまない。父にもテオにも話はしたが、リオナのことは関係ないから話してない。俺は元々家を継がないつもりだったから正直に話しただけだ。
テオは納得していなかったけど時間が経てば落ち着くと思ったんだが駄目か」
「テオがあんな感じだったら叔父さんはもっと納得していないんじゃない?」
「父は何も理由も聞かないし返事もしなかった。騎士団に入ったときと同じで黙認すると思ったんだがな。まぁ、何か仕掛けてくるかもしれないから警戒はしている」
「それ、なんだか危なくない? 叔父さんが何かしてきたらリオナちゃん大丈夫かなぁ?」
「そうだな。リオナのことは言ってないけど近々実家に帰って今度は話し合ってくるよ」
「叔父さんは相当な貴族気質だからそんなに簡単に済まないと思ってたよ」
「すぐには分かり合えないだろう…。家族は勿論大切に思うが自分の人生だから好きに生きる。リオナのことも時間をかけて認めてもらうさ」
「とりあえずもう一度話してこい。テオには昔から継ぐ気はなかったと言ってあるから」
「ありがとう、ジル」
テオが来たのは予想外だった。仕方ない、もう一度会って話してくるか…。
レオナードさんとの交際は順調で1か月ほど過ぎた。今日も来る予定だから夕食を作ろうと買い物をして帰宅した。すると扉からノックする音が聞こえた。
「レオナードさん?」
………。
突然、何度も激しく扉をノックされ驚いた。
「どちら様ですか? お名前をお聞かせください」
今までこんなこと一度もなかったからとても不安になった。ハラルさんなら会いたくない…。
「開けなさい」
命令口調で若い女性の声だった。女性なら大丈夫かな? 扉をそっと開けるとドレスを着た綺麗な女性と後ろには厳つい顔をした男性が2人立っていた。
女性は貴族みたいだからレオナードさんか副団長さん関係だなとなんとなく察知した。その他の貴族の方なんて知らないし。
「あの、どのようなご用件でしょうか?」
「貴方ね、レオナード様の愛人は。孤児のくせに貴族の愛人なんて厚かましいのね。邪魔だわ、早く身を引きなさい」
「…孤児のくせに? 愛人? 貴方にそのようなことを言われる筋合いはございません。しかもいきなり訪ねてきて名も名乗らずに暴言を吐く貴方とはお話することもございません。お帰りください」
「なんて生意気な人なのかしら。私はレオナード様の婚約者ですわ。先日、私達の縁談が纏まりましたの。ですから貴方のような愛人は要らなくてよ」
「婚約者、縁談…そうですか。でもレオナードさんからは何も聞いていませんしいきなり訪ねてきた貴方を私は信用しておりませんのでお帰りください」
「貴方、痛い目に合わないと分からないのかしら?」
「痛い目? それは暴言以外にも暴力を振るうということですか? 貴方が私に対してなぜそのようなことをされるのか理解しかねます」
「それは平民の孤児のくせに私のような上の者に逆らうからよ。ふふっ、やはり思っていた通り頭の悪い人ねぇ」
「平民? 孤児? 貴方とは同じ『人』ですけど。逆らう? 貴方は私より上の者? そもそも上の者とはなんでしょう。貴方はたまたま貴族として生まれ、私は孤児として生まれただけで上も下もないと思いますが。それに、平民が働くから貴族が成り立つわけですよね? 貴方のご両親は立派にお仕事されているかと思いますがでは貴方は? 貴族として平民や孤児を懲らしめているだけでは?」
「私に向かって許せないわ! 言葉を理解できない卑しい女には痛い目に合わせてあげることにしましょう」
「どうぞ? 私には親兄弟もおりませんのでお好きになさってください。それにしても自分の一方的な話を押し付けて相手の話も聞かずに思い通りにならなければ癇癪を起こすなんて幼子と同じですね。話し合うこともできないから結局暴力に頼り、しかも自分ではなく他人にやらせる。はぁぁ…これから先、貴方が生きていくには大変そうです」
「お黙りなさい! 貴方達、この女に分からせてあげて。自分の生意気な態度を後悔できるように死ななければ手加減しなくていいわ」
「承知しました、お嬢様」
2人の従者が前に出てきた。はぁぁ…。こういう人、本当にいるのね。それにお嬢様の親の顔が見てみたいわ。こんなに我儘に育っちゃって大人になれないわよ。
「おい! お前達、その人から離れろ。触るな、どけ」
レオナードさんがものすごい勢いで駆け付けてくると2人の従者を思い切り突き飛ばした。
「お前達、何者だ? 答えろ」
「そこに立っているお嬢様の従者の方々みたいですよ」
レオナードさんの迫力に従者はお嬢様の後ろに黙って下がっていった。
「お前も誰だ?」
レオナードさんもお嬢様のことは知らないらしい…。
お嬢様も今まで目を吊り上げていたのに態度が突然女性らしい笑顔に変わった。
「初めてまして、レオナード卿。私はアリシア・サナラ・シューヘンハイムと申します。この度シューヘンハイム家とブルーベル家との縁談が纏まりましたのよ。私、愛人は必要ありませんし外聞がよろしくないのでお話をしに参りましたが、なかなか言葉では理解していただけないのでお分かりいただけるようにしただけですわ。私が愛人の対処を致しますのでご安心ください」
「縁談が纏まっただと? 俺は縁談なんて受けてないし貴方と婚約するつもりもないから今すぐ帰れ。父には俺が話をするからここには二度と来るな」
「あらあら、婚約をご存知なかったのですね。最近愛人がお気に召しているみたいですが、そろそろ関係を清算していただけないと困りますわ。所詮私達は家同士の結婚ですからお分かりいただけますよね?」
「愛人だと? 愛人ではなくて共に生きていく俺の愛する女性だ! 家同士の結婚なんかお断りする。貴様とは婚約することは無い。二度と目の前に現れるな、今すぐ立ち去れ」
「な、何のご冗談を。後悔なさっても手遅れですわ」
お嬢様は従者を連れて慌てて帰っていった。はぁぁ、疲れた……。




