ボロアパート22
「仕事…仕事に行かなきゃ。」
さっきの上司からの電話を思い出す。
こんな部屋には居たくない。
モソモソと支度をして家を出る。
重たい気持ちを抱えたまま俯いて歩き出した時、声をかけられた。
「あの、201号室の者なんですけど。お宅の娘さんを預かってて…」
はぁ?この人何言ってんの?茜はずいぶん前に亡くなったのに。
その男の人の後ろに階段がみえる。
何かがこちらを見ているのに気づく。
(え?茜…?)
「あの、聞いてます?」
「は、はい。ですから、ウチには子供なんていませんから!」
見間違いかな…?でも、確かに茜だった気がする。
走ってその場を離れながら、私は後ろを振り向く事が出来なかった。
あんなに会いたかったはずなのに、どうして確認出来なかったんだろう。
もし、会えたら抱きしめて「ごめんね」っていうつもりだったのに。
「お母さん…行っちゃった。でも、気づいてくれたかな?私、ここにいるんだよ。」
お母さん、辛そうな顔してた。
何か嫌な事があったのかな?
私、死んじゃったみたい。
この階段にずっとずっと座ってるけど誰も気づいてくれない。
お母さんに話しかけても聞こえてないみたい。
お腹空いたな。寂しいな。って思って泣いてたら、2階のお兄ちゃんが気づいてくれたの。
「部屋においで。」って。
お風呂に入れてくれて、ご飯を食べさせてくれた。
小さいけど私のお部屋もあるよ?お布団にくるまってまぁるくなって寝るの。
自分でお部屋から出られないのは困っちゃうけど。
お兄ちゃんが言ってた。
「ここに居てご飯食べたり、あったかい布団で寝たかったら静かにしないとダメだ。」って。
だから、私静かにして大人しくしてたの。
お父さんに叩かれて怒られたのを思い出して怖くなったんだ。大きな男の人は怖い。痛い事するし、大きな声も嫌い。
悪い事したらお仕置きするっていつも言われてたんだ。
いい子でいないといけない。
泣いたらいけない。
大きな音を出したらいけない。
きれいにご飯を食べないといけない。
汚したらいけない。
お母さんはいつも助けてくれた。
元気がないお母さんはかわいそうだよ。
私が死んじゃってからずっと元気がなかったの。
いっぱい元気づけようとしたけど、私の事が見えてないし声も聞こえないからどうすればいいのかわからなかった。
お母さんに会いたいな。ギューってして欲しいな。
笑って「良い子ね。」ってナデナデしてくれないかな?
そうだ!お母さんに会いに行こう!
喜んでくれるかなぁ?