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第41話 宗教

 宗教的価値観が強い者ほど、遺伝子に手を加えることに反発するだろう。


先進国にすら、輸血を拒否をする宗教も存在するほどだ。


文化を重んじる国では、外の文化との交流を最低限にし、自給自足で服装なども昔からの教えを守っている厳格な宗派も存在する。


聖戦と称して自身の体に爆弾を巻いて突撃したり、可燃物を積んで自動車で突撃する妄信的宗教もある。


それを否定するわけではない。


そのすべての人がそれぞれの考えを持って行動しているのだから。


しかし、死を目前にしたとき、それを守る事は大切なのだろうか?


神はなんと言っているのだろうか?


最後の一時まで生きることに執着しろと言うのではないだろうか?


それがただ、遺伝子を組み換えるという行為に過ぎず、魂を汚す行為ではないのではないだろうか?


魂さえ信念さえ『人間』であり続けるなら、器である身体がどのような形でも『人間』なのではないだろうか?


それを選ぶ権利は、国や宗教や政治や会社や学校が様々な団体が口を出すべき事ではないのではないだろうか?


先進国では当然の如く行われている脳死者からの臓器提供。


これを宗教的概念から見たとき、間違った行為ではないのだろうか?


生きているとは、生物学的に心臓が動いている。細胞がまだ活動している。


それが『生』ではないのだろうか?


都合良く解釈し『脳死』を人の死としている。


とある研究で、『魂に重さがある』と結果が出ている実験も存在する。


死の間際、外部環境の影響を受けない重量計に乗ったまま、亡くなった者が21グラム減ったと言う。


魂を科学的に証明した研究者もいたが、それを『似非科学』だと否定している。


しかし、それを本当に否定していいのだろうか?


ただ都合に合わせているだけではないのだろうか?


大昔は、腹を開けることだって禁忌とされていた。


近代、臓器移植、機械装着、それらが発展した。


昔の価値観で見るなら間違いなく『神の領域』だろう。


未来に目を向けたとき『遺伝子操作治療』が『神の領域』と、言われ続けるのだろうか?


ただ人間は未知の新技術に宗教的概念で、そう名付けたいだけなのではないだろうか?


恐れるあまりに。


アルファポリス第3回ライト文芸大賞コンテスト参加中の為そちらで先行公開中です。

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