第31話 釈放
202×年4月中旬
那珂湊教授は釈放された。
超法規的に。
今までの罪状は不起訴とされ、極秘裏に釈放。
警察署の前にはもう報道陣もいない。
世間は新型強毒性インフルエンザにしか目を向けていなかった。
目を向ける余裕がなかった。
わずか半年だというのに那珂湊教授の『遺伝子改造治療』の話は忘れられた過去の物となっていた。
厚生労働省が出した送迎車はVIPが乗るような豪勢なミニバン。
車内には仕切が作られ、運転席と後部座席では空気の圧力が違うと言う、感染症対策が施されたミニバン。
後部座席は小さな事務所と言って良いほど、装備が充実していた。
まるで移動する事務所。
その中で那珂湊教授はパソコンで情報収集をしながら、車窓の外を見ていた。
「これが本当に昼間の東京なのか?朝が明けた直後のような光景だな」
感想が漏れるのも当然の景色、車窓の外に広がる東京都心、歩くのはどうしても休めない仕事を持つ者だけとなっていた。
店はシャッターを下ろし、行き交う車も少なく、雑踏の聞こえない街。
いつもなら可愛らしい女優が映るCMが流れる大型ビジョンには、都知事が外出自粛を呼びかけ、感染予防の手洗いなどを呼びかける映像がエンドレスで流れていた。
日差しは春の穏やかな日差しで、満開に咲き誇るソメイヨシノは風に吹かれると桜吹雪が舞っていた。
「教授、私には皮肉にしか聞こえませんよ」
防護服とガスマスクを着用して隣に座る宇都宮秀男は言った。
那珂湊教授も署を出る際、防護服、ガスマスク、ゴーグルなど用意されていたが、
「私には無用だよ」
着慣れたスーツに身を包んだ。
その一言で、宇都宮秀男は全てを察した。
やはりこの男は感染をしないのだな。
「知っているかい、ソメイヨシノは人間の手で作られた桜、だから人間が挿し木をしないと増えないんだよ。言い換えれば人間が滅びれば、ソメイヨシノはいつしか消えていくとされている。しかし、それはどうなのだろうか?彼らも進化の可能性はある。突然変異した枝が生えないとも限らない。病気で突然変異をするかもしれない。それこそ、雷に打たれて電気のせいで遺伝子に何らかの進化が発生するかもしれない。生物は必ず、進化の可能性を持っているんだよ」
「那珂湊教授、私にはそれも皮肉にしか聞こえませんよ」
咲いて喜ばれない事が桜にとってある年があるなど誰が思っただろうか?
静かにソメイヨシノはその年の花びらを散らしていた。
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