第2話 空気を読める事が辛い時もある
俺が声をかけても悲鳴が止まらない。俺の声が小さかった事と、この場の悲鳴で聞こえなかったのかも知れない。
もう一度声をかけたいが、バスタオルで隠しているだけで俺は全裸である。自分の家の風呂から出ただけの筈なのに悲鳴のせいで理不尽なプレッシャーを感じる。
「静かにおし!」
俺の目の前に居る初老の女性が、未だ静まらない他の人達を一括する。
静かになったのは良いけど、この人達全員日本人じゃ無いな。顔立ちが違う。
落ち着いて見てみると、ここには女性しか居ないみたいだ。ってか、良く見ると普通にガン見してる奴と、手で顔を隠しながらも指の隙間からガン見してる奴しか居ない。
ちくしょう。恥ずかしいし、心細いし、家に逃げ帰りたい。
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回りが落ち着きを取り戻した後は動きが速かった。サイズは合ってないが服を貸して貰い、別室で代表格であろう先程の女性と話が始まる。
が、話が合わない。
途中、紅茶が運ばれて来たけど・・・あの・・・給仕の子、紅茶置くときチラ見して真っ赤になるの止めてくれませんか?
まあ、気を取り直してお互いの知っている常識的な知識等で確認し合うが、まるで話が一致しない。
そして・・・話の途中からではあったが、普段から様々な知識の泉に触れていた俺にはわかった。そう、これは異世界転移だと。
「何とか助けちゃくれないかい?頼むよ」
この敬語を知らないバーさんは、この世界の宗教組織である【レイア教】所属の高司祭らしい。超嘘臭い。神官なら敬語くらい使える筈だろ?おい。
で、このバーさんだけど、その宗教組織の蔵書を管理する部署の偉いさんだったらしく、逃げ出す時に持ち出した古文書の中の1つに書かれた【召喚の儀】なる儀式をダメ元で行った結果、全裸の俺が出てきたと。
何の罰ゲームだよ。
因みに【送還の儀】なる儀式も記載されていて帰る事も出来る・・・かも知れないとの事。
初めての事なので確証が無いらしい。ついでに安全が保証されていている訳では無いので覚悟は必要だと言われてしまった。無責任な話しである。
後は世界の現状についてのバーさんの話を要約するとこうだ。
魔王軍を名乗る魔族の軍勢が南から攻めて来たのが始まり。人類が纏まる前に半数近い国々が落とされる。残った人類はレイア教の下、一致団結。
4人の強者を筆頭に100を越えるサポーターを編成。更に各国が手を取り合い魔王軍に立ち向かう。
四天王を打ち破り、魔王の居城まで4人を送り出したが、戻って来た4人は魔王軍の新たな四天王として残った国々を撃破。魔王軍の勝利で決着する。
と、ここまでが15年前のお話。
現在、裏切った4人は東西南北に居城を建てて、世界の統治と魔王の居城に繋がる大洞穴を守る為の結界維持を担っているとの事だ。
ついでにレイヤ教は表向きではあるが排除されているらしく、ここに住む人達は特にレイア教信者の扱いが悪い地域から逃げて来た人達で形成された集落らしい。
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バーさんが話終えて紅茶を口に含む。その真剣な瞳の奥には鬼気迫る物を感じない訳でもない。
俺はタメ息を吐き出すとバーさんの顔を見据える。
「いや、帰りたいんですけど」
俺がキメ顔でハッキリ断る。あ、バーさんがむせた。どうやら断られると思って無かった様だ。
「ゲホッ、あ、あんた一応は女神の使徒としてここに居るんだよ!?何で断るんだい?それに、さっきも言ったけど安全も保証できないんだよ!?」
一応とは失礼な。勝手に呼び出してそれは無いでしょ。第一、平和な日本で育った俺に戦闘とか無理じゃね?チート野郎とか確かに憧れるけど、神様に会ってないし。
ん?でも言葉が通じてるんだから言語理解的な何かは持ってるのか。と言っても、さっきから『ステータスオープン』と心の中で反芻してるんだけど何の変化も無い。
言葉にしなくちゃダメなのか、違う言葉なのか、それともステータス的な物が無いのか。
「俺の住んでた国は平和でしてね。戦った事なんか1度も無いんですよ。それに後、数日で・・・んー。新たな学園に入学が決まってて、数日前に恋人が出来て・・・兎に角、帰れば順風満帆ってヤツなんですよね。帰れるなら帰りたいですね」
そう、帰れば南が待って居るのだ。叔父さんも叔母さんも居ない南の家で!。
「そもそも何で異世界から呼ぶんです?こちらの世界の事はこちらの人が何とかするべきじゃないですか?」
俺が訪ねるとバーさんは少しだけ顔をしかめた。
「別に異世界から呼ぼうとした訳じゃないのさ。あたし等もこの世界の誰か・・・力ある者か、才ある者が来るとばかり思ってたんだ。狙ったわけじゃ無いさね」
気まずげな顔をしながらも、バーさんは続ける。
「キョウスケ殿、あんたの都合を台無しにしたのは謝るけど、こっちも切羽詰まってるんだ。使徒として来た人間が帰りたいと言ったって、そうですかと返す訳にもいかないんだ。そこはわかって欲しい」
・・・そう言われてもね。
狙って異世界から召喚したので無いなら、弱冠は好意が持てる。
ラノベを読む度に思っていたが、自分の世界の事ぐらい自分達で何とかすべきだ。まあ、物語の主人公達は大概チートなので、第二の人生を謳歌していたが・・・。
そんな事を考えていたが、次のバーさんの発言で気持ちが揺らいでしまう。
「あんたは元いた世界に帰れば順風満帆かもし知れない。けどね、あたし等に有るのは・・・緩やかな滅亡だけなんだよ」
・・・参った。そう言う重たい話は俺を日本に戻してから、次に呼び出した人にして欲しかった。
しかも、あの顔。絶対、俺からの言葉を待ってる。言わなきゃダメ?空気が読める事がこんなに辛いとは。
「・・・それは、どう言う事でしょうか?」
言っちゃったよ。バカだね俺。うわ、バーさんが頷いてから喋り始めちゃったよ。何でこのバーさんと無言で意志の疎通をしなきゃいけないんだ。
「今回の戦争・・・仮に人魔大戦って呼ばれてるんだけどね。これで失った物が大きい。戦争だからね。そして取られたのは土地だけじゃ無い。勝利した魔王軍が要求してきた物。土地、財宝、食料と・・・」
バーさんが少しためる。勿体振るなよ。ちょっと怖いだろ。
「男さ」
「・・・ん?」
数秒の沈黙。室内は静寂に包まれた。
「・・・今、何て?」
「魔王軍が要求してきた物、土地、財宝、食料、それと男さ」
ポカンとする俺にバーさんが説明の続きを話し始める。
「魔王の名前はリリス。名前の通り女さね。で、種族で良いのかね?サキュバスって種族で常に男を漁ってる。女神レイア様の教えの対極に居る存在なのさ」
サキュバス来たぁぁぁぁぁ!