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前島―全伍話シロ編  作者: 永峪侑
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第(だい)貳(に)話(わ) 色白幼馴染の娘物語

今回 第二話

(だい)()() 色白幼馴染の娘物語


僕には田舎町に残っている高校時代の同僚友人が少数いる。男子は自分を含めて三人、女子は二人ほどしかいないが、それでも稀にお茶をしたり、何処かへ食事に行ったりする間柄である。また、昔の恩師を一目見ようと、何人かで母校を訪れたこともある程である。

実はそのグループの中で、僕は一人だけ気になっている女子がいるのだ――彼女の名前は畑田(はただ)(みつ)という。彼女と僕は小学生以来の付き合いで、つまり俗に言う幼馴染という関係である。同じ校舎に通っていながら一度も一緒の教室で勉強することはなかったが、しかし登下校の際はいつも二人で帰宅していた。犬猿の仲という言葉とは程遠い縁繋がりがそこにはあった。今も昔も(未来も?)白くて白々しくもある関係性が続くのだった。

僕と彼女は幼馴染であるから、勿論僕の両親も彼女の両親もかなりの知り合いであった。同世代の息子または娘が自宅近辺にいるともなれば、それは当然である――否、自然という方が適切かもしれない。互いに互いの親睦を深め合い、互いに互いの家族構成を知り、互いに互いの日常生活を知る、というのが、それすなわち幼馴染である。したがって僕は畑田蜜のそれらを知っていて、そして彼女も同様に僕のそれらを知っている。

だから彼女は当日何一つ連絡を入れずに、僕の両親の葬儀場へと足を運んだのだった。


「だ、だ、大丈夫……つ、曹?」

両親を哀悼している最中に僕へ声をかけた畑田蜜は控えめで躊躇な様子だった。僕は彼女の片言隻句じみた物言いに少しだけ命を救われた気がした。と、そんな表現するのは聊か流石に過言かもしれない。がしかし感傷に浸っている間中に、礼服姿の彼女はそれ以上決して話しかけなかった、という点に関して、その際感銘を受けた。

話しかけられたのに返答しないのは無視扱いにされてしまうので、僕は髪を揺らしながら多少頷いた。すると彼女は唐突に僕の頭を優しく、丁寧に、慎重に、ただ撫でた。彼女は無言でそのまま、ただただ僕を撫でに撫でたのである。その時僕は()(しん)に浸っていた。

それから後日のこと、畑田蜜は一家総出で僕の家を訪ねてきた。「卒業したばかりなのに辛い出来事だったね」「これからは曹君の支援するから安心してね」「何か困ったことがあったらいつでも相談しなさいよ」と彼女の両親は献身的とも言える発言をしてきた。

が一方、畑田蜜本人は何も言わなかったのだ。その行為が不人情で冷淡な態度であるか、または優しい気配りであるか、それについて議論するならば、間違いなく後者の方が適当かもしれない。だから僕はより一層心が熱く、Heart Warmingになってしまうのだった。

それから一週間後、様々な後始末で手がいっぱいの僕の元に、手持ち無沙汰そうにしている彼女は無断で入り込んでくる。色白肌が平生よりも美しく思えてしまう彼女は、僕の家に入るや否や、「何か手伝う、曹? 最近色々と大変そうに見えるけど……?」と何も表情を変えずに、(しかし彼女は僕の頭部を再度優しく撫でることもなく)質問した。

「ああ、いやいや全然大丈夫だから、気にしないで。それより、何か、あ、ありがとね」

「うん? って急にどうしたの? 礼なんか言っちゃって。何か照れるからやめてよー」

彼女の顔が少し赤く染まっていた。そして僕もそれを見て若干紅潮し、そして俯いた。

「あ、あの日、葬儀の日に声かけてくれてさ。なんだか自然に、けれど不自然に、元気が出たような気がしてさ。だから――ありがとう」

「だから礼なんて要らないから! ていうか言ってること矛盾してるしー、マジ卍笑笑」

「口語的に『笑笑』とか言ってんじゃねーよ、それはメールとか無料通話アプリとかで(しき)りに使われている文字だぞ! 会話中に『笑笑』とか『www』とかは、とりま駄目だよ!」

「あらあら、あの時と比較すると、随分と元気になったんだね、曹。まあ良かった良かった。あの時はあんなに落ち込んでたから、今はほっと一息――安心したよ。うふふwww」

安堵した顔色を浮かべながら彼女はこう返答した。確かに僕はこの時までは暗澹たる表情だけを他人に見せることしか出来なかった。その為に、僕は目の前の長髪束ねた彼女に対して少し申し訳なさを感じてしまった。そんな僕は『www』を一々気にすることもなく、

「うん、まあね……。さてと、もう作業続行するからさ、今日はそろそろこの辺で――」

「何言ってんの? 私も手伝うに決まってるでしょ? 何の為にここに来たって言うの」

「え……? 今から仕事に勤しまないと、来週中までには手続きとか、就職活動とか――」

「だーかーらー、手伝うって言ってるでしょ? 日本語の意味理解できないの? 馬鹿っ」

「ああ、そ、それは勿論分かるけど、かなりの量で大変だから、何も別に無理してやろうとしなくてもいいんだよ。他人に迷惑をかける程、僕はそんなに野暮な奴じゃないし」

「無理じゃないもん。これで逆に何もしないで帰る方が、よっぽど不親切ってもんよ」

「そ、そうかよ。じゃあ、お言葉に甘えてお願いしちゃおうかな? 手持ち無沙――」

「お言葉に甘えてじゃなくて、願いしますでしょ? まあ、とりあえず、何か困ったことがあればいつでも助けてあげるからさ、あんま無理しないでね、曹。前島曹君ったら」

彼女は右手人差し指を僕の名前のリズムに合わせ、最後に綺麗な口元にそれを当てた。

「うん、ありがと……。ちなみにそんな可愛らしい仕草は正直目に毒――」

「だから礼なんて言わなくていいから。なんでもやってあげるからさっ!」

「なんでもかよ……。あ、あの、じゃあさ……」

「うん? どうしたの、そんな急に赤い顔して」

「いや、やっぱりなんでもない……。じゃあ先ずはこの書類から」

「変なのー、つ・か・さ。照れ照れしちゃって。可愛い可愛い!」

彼女は僕を執拗にからかった。だから僕は何も出ないぞと後付けで忠告しておいた。

白状してしまえば、実はこの時から既に、僕は彼女のことを少し気にかけていたのである。何かこうもやもやする気持ちが僕の心に密かに芽生え始めていた。知り合い関係や友達関係、親友関係、幼馴染関係だけでは何か物足りないという、強欲な心情へと化して言ったのだった。だがしかし、この時点で彼女を『Love』と断言できる程でもなかった。

畑田蜜はそれから僕の両親の収拾の手伝いをする為に頻繁に僕の家にやって来た。その際もまた、僕の心中では何かが行き詰っていて、そして妙な感情に僕の心は襲われていた。彼女が来る度来る度、明くる日も明くる日も、その不思議的・怪奇的な心意気が現在進行形で、過去進行形で、現在完了形で、過去完了形で、未来完了形で継続していた。

彼女自身がどう思っているか、何を想像しているのかは、唯一の幼馴染である僕でさえあまり勘付くことはできない。だからこそ僕は彼女が僕のことをどのような人物と見做しているのかは分からないのである。恐らく、そういう点の所為で、僕の気持ちは――ぎこちなく――何かと引っ掛かっていたのだろう。


とある日のこと、彼女はいつもの如く、僕の家へ無断侵入し(自分の家内のようにだ)、そして仕事の手伝いをした。その時、彼女は唐突な問いを僕に振りかけてくるのだった。

「曹は、この世の中で何色が好きなの?」

「うーん、そうだなー。個人的には紫かな。毒色とか暗い色が僕の好だよ」

「でも毒って有体に言って全てが紫ではないんだよ。日本人だけなのか、それとも世界中の人々もなのか、はたまた宇宙人や火星人などの外来種もそうなのかは知らないけれど、――毒は紫、パープルであるという偏見がこの世の中には99.9%位あるんだよ。でも実際問題、毒ってそもそも無色だとか、無味だとか、無臭だとかの方が全然多いし、逆に有色のポイズンのほうが珍しいんだよ。白蛇の毒とか――」

「ああ、もう毒の知識は十分だから! どんだけ毒を語ってるんだよ、独りで。毒だけに。長々紫好きに抗する毒舌は一旦終了して頂戴。んで、蜜は何色が好きなんだよ?」

「私は――白が好き……かな? 白、つまりは真実。あと何かと面白い色だしね」

彼女は若干微笑みながら僕の質問返しに答えたが、しかし僕は思わず白けた反応を面体に出してしまった。果たして白(White)が面白い色彩なのかどうかと、自分自身色々と思い悩んで混迷した限りであった。

「なーに、その微妙な反応は? さっきの私みたいに毒舌対抗しないの? せっかくアタックチャンスをあげたのに……。ああでも、白蛇って確か無毒だったような気がするなー」

「白ね……。そういえば、あの手紙も白だったなって、思い出しただけだよ。シロね……」

「白と言えば、そういえば昔、この町にはお城があったんだってね。確か今ある民家がその場所らしいんだけど、でも実際の詳細位置は未だに判明していないらしいよ。不思議っ」

「へぇー、そんな城がこの田舎町にねぇ。まあ確かに、山岳によって取り囲まれたこの地域ならば、敵陣も一苦労だし、攻撃されづらいし、そういうので色々と利点があるしね」

「もし城がこの町に現存してあったら、またはそれについての、城跡についての情報を記した代物さえあればいいのにね。残念残念笑笑。まじ卍www」

と彼女は案外淡々とした態度で物を言い、そして続け様に、僕の方へ白い歯を見せてきた。若干の八重歯交じりの畑田蜜の口内に、僕は思わず『萌えキュン』としてしまう。

「さあもうそろそろ始めようよ、曹。作業の続きの方を」

「ああうん、了解。何だかさ――ありがとうね。いつも」

「だから、お礼なんて――言わなくても良いってば……」

畑田の顔は少し紅潮とし、それを見て僕も同様にミニトマトのように赤く顔を染めた。だがしかし青春とは何か程遠いような雰囲気であると僕は感じたのだ。なぜなら既に、僕たちは高校を卒業したからである。つまりもう学生ではなく、そして花の大学生でもなく、ただの一人間で、大人で、独立・自立した者でさえあるのだから。

「あ、そういえば、蜜の新刊小説はどうなの? 続編の『白い物語』の発売日っていつ?」

「うん、それは皐月の第三土曜日あたりに出版する予定だよ。白蛇に関する物語がいよいよ最終章を迎えるという、私のファイナルシーズンのラノベ小説になるかな? 多分。やっぱり小説って奥が深いよ。特に私は既存の著作形式に(こだわ)らない書が好きだよっ!」

僕の眼前に起立している若き女小説家は、薀蓄(うんちく)じみた知識を弁舌しながら、自身の色ある大きな胸を下部から両腕で支えるように組み、現代風のエヘン顔を見せている。

そういえば。畑田蜜が小説に目覚めたのは――無頼派の僕の母――のお陰だったか。


次回 第三話

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