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日常の文学シリーズ

ヒーロー

日常の文学シリーズ④

散乱したゴミにため息が出る。備え付けられたごみ箱には限界までゴミが詰め込まれている。そして、収まりきらずにペットボトルや空き缶、コンビニのビニール袋なんかがゴミ箱の周りに散らばっている。なんだか駅のホームに散らばる吐瀉物を想起させる。食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んだ酔っ払い。身体が処理しきれずに吐き出す汚物。もともとは形をもった食べ物や飲み物であったはずのそれらが、一緒くたにされて吐き出されている。目の前にあるゴミの山に、かつての姿はない。個々のパッケージはすべて一緒くたにされ、単なるゴミとしてまとまっている。


この仕事に就いてからしばらく経つがこの光景にはなかなか慣れない。この汚い塊を処理しなければならないと思うと、そのたびに憂鬱になる。「職業に貴賤はない」というけれど、この仕事に貴さはあるんだろうか。みんながやりたくない仕事を誰かに押し付けるための体のいい言い訳なのではないだろうかとすら思う。この武道館でライブをするような歌手や俳優と、彼らと彼らのファンが残していった吐瀉物じみたゴミの山の後処理をしている私に、本当に貴賤の差はないのだろうか。ないと力強く言い切れない自分に悔しさを感じる一方で、あると答えてしまったらどうして自分がこの仕事をしているのか分からなくなってしまう気がした。


隣の同僚は淡々と作業を開始した。ゴミ箱を開けて、白いビニール袋を開く。その中のゴミを可燃と不燃、ビン・カンなどに分けていく。一応それぞれのゴミ用にゴミ箱は分けて設置されているわけだが、意識せずに捨てていく人も多い。自分のゴミをコンビニの白いビニール袋に全部まとめて入れ、まだ空き容量の残っているゴミ箱に放り込んでいく。すべてのゴミ箱がいっぱいになったら、ゴミ箱の横に置いて帰る。そんなゴミを振り分けるのが自分たちの仕事だ。

同僚にならって、私も袋を一つ取り上げて袋を開ける。中は中身が少し残っているペットボトルとスナック菓子の空箱だった。ボトルのキャップがちゃんと閉まっていなかったのか、袋の中から色水が垂れてきた。スナック菓子のカスと混ざっていよいよ吐瀉物じみてきた。手袋につく水滴に気持ち悪さを感じながら、持ってきた分別用のかごに振り分ける。


ここで長く仕事をしている隣の同僚の手際はすごく良い。大事なのは、とにかく手を動かすことだそうだ。面倒なことを考えている暇があったら手を動かす。淡々と仕事をする。何も考えない。汚いとか、面倒くさいとか、どうしてそんなことやってるのかなんてことを考えても目の前のゴミの山は消えない。だから機械のように目の前のゴミを振り分けていくのだという。彼の意見はもっともだと思う。


とはいえ、いくら機械になろうとしたって自分は人間である。単純作業に熱中している瞬間にも、様々な妄想が勝手に頭の中に浮かんでは消える。


仮に誰も私たちの仕事をやらなかったとする。誰もが汚い後始末なんてするまいと思っているとする。その場合、全てのゴミ箱はそのままで、捨てられる度にどんどんゴミが溢れていく。すると、人々はゴミをゴミ箱に捨てることをあきらめ、観客席にそのまま置いていくだろう。観客席が全部ゴミで埋まったら、次はステージだ。アリーナ全体がゴミで埋め尽くされる頃には、もう誰もここが武道館だったことは覚えていない。しかし、まだまだゴミの浸食は続く。ゴミ屋敷と化した武道館の周りにゴミを捨てることにためらいを持つ人間などいるはずがない。道行く人々が自分の出したゴミを武道館に投げ込んでいく。ゴミは増え続け、田安門にたどり着き、北の丸公園全域を埋め尽くす。九段下に浸食するころにはゴミの増加は更にスピードを上げていく。地下鉄を通じて東京全域を埋め尽くすころには人間はみんな東京からいなくなる。ゴミは電車に乗って、船に乗って、飛行機を通じて世界中に広がっていく。一年もすれば、世界中がゴミに沈んだ時、もう人間は一人だけになっている。最後の一人は白いビニール袋に自分の食べ残しや排泄物をビニール袋に詰め込んで捨てていく。自分の捨てたゴミ袋に埋もれて窒息していく。苦しくなって吐き出した吐瀉物もゴミ袋に詰めていく。それ以外のやり方を知らないからだ。人間が一人もいなくなって、静かになった世界で、空き缶とペットボトルと白いビニール袋だけが佇んでいる。海の上にはぎっしりと白いビニール袋が浮いており、宇宙から見た地球はきっと真っ白になっているだろう。


妄想が世界の終わりまでたどり着き、目の前の白い袋が地球の表面に見えてきたころ、珍しく隣の同僚がつぶやいた。

「俺らの仕事って意味あるのかな」

「多分地球守ってる」

「何言ってんの」




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