始まり
物語は全て序章となっております。本編はまだ先です。元は漫画原作として書いた話です。何とか小説風にしましたが、小説になってるかどうか不安です。
まだ序章の内の三分の一程ですが、皆さんのご感想をお聞かせ下さい。宜しくお願い致します。
遠い昔、ムーかアトランティスかどこかで・・・
「あ~気持ちいい!」
聞こえる音は蝉の声と水のせせらぎ、少女が小川に足を浸している。老予言者イザレに仕えるエリヤである。歳は15、6だろう、首元で束ねた栗色の髪は腰まで届く。目鼻立ちも良く素直で、この頃イザレのもとに縁談の話が飛び込むが、本人にその気が無いのでしょうがない。とうとう水遊びを始めた。まだまだ子供である。
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緑の続く山あいを一頭の山羊が駆ける。山羊は岩をよけ、あるいは足場にし上へ駆け上がる。その後に狼の群れが続く。行く先の空はにわかに黒い雲が湧き、天を二分する。切れ目には音も無く稲妻が走る。
アムナイの町では二分した天を多くの人々が目撃した。人は理解し難い事態に怯えるか、無視するか、騒ぐか、中には自分の精神を疑うか、どれかに当てはまるだろう。一言で言えば混乱と呼べる。正に混乱だ。冷静に受け止める者もいるかもしれない。ただし、始まりを知る者は終わりも知るという事を深く受け止めなければならない。
老予言者イザレの家ではエリヤが川から汲んだ水を運ぶ途中だった。辺りが急に暗くなり、不意に空を見上げる。青と黒にくっきりと分けられた中心に何度も音の無い稲妻が光る。
『ハッ』
エリヤは事の異常さに気付くと水の入った桶を手放し家へと走った。
「イザレ様!」
声と共に土手を上り庭の樫の木の所で足を止める。そこにはイザレの姿があった。首から下げた縞メノウの数珠玉を握りしめ深く目を閉じている。
「一体何が・・・」
エリヤの言葉の中にあるのは驚きと期待、何かが起きるかもしれない。非日常的な何かが、この時点では自分が部外者だと思っていた。この少女は好奇心に勝てなかった。それ故に子供である。
狼の群れは押しつぶした様な平たい岩の上に山羊を追いつめていた。山羊は表情こそ持たぬが、せわしなくその脚を動かしている。すると、
ガリガリガリーー!!
今まで息を殺していた空が大地を揺さぶり、天の切れ間から漆黒の稲妻が黒い雲の波紋を帯び、山羊めがけて堕ちる。獲物は一瞬宙に浮き、狼らはビクッとたじろいだ。しかし、痙攣し大きく反った首元は血管の動きと相まって、群れの食欲を駆り立てる。
次の瞬間山あいに断末魔が響く。
「何という・・・」
イザレは力無く膝から崩れた。
「・・・」
エリヤは立ち尽くす。自分の甘さに、未熟さにただただ立ち尽くす。
数珠玉を握る手に一層力を込め、深く息を吸い込むと、ゆっくり顔を上げ目を見開いた。予言者イザレは今、幻視を見ている。そしてすがる様にエリヤの手を取ると、
「古き蛇が堕ちた」
「古き、蛇?・・・」
「年を経た竜じゃ」
『はうっ!!』
全ての時間が止まった、イザレは苦しそうに胸を押さえる。
『!』
エリヤは声にならない。ようやく事の重大性を飲み込めた様だ。
動き出した時の中で予言者は押さえた手をおもむろに開き、そして見つめる。その目には安堵さえあった。
『しかたの無い事じゃ』
岩の上には無残な狼達の死骸が横たわり、それを喰らう者がいる。
空を覆った黒い雲が晴れてゆく、エリヤはイザレに肩を貸し恐る恐る聞く、
「古き蛇とは一体?」
老予言者は重い口を開いた。
「ガイアのもう一つの顔、実体を持たぬよどみとでも言うべきか」
「よどみ・・・実体を持たぬ」
「命の無い者、滅ぼすには今一度命を与えるしか無かった。しかし与える以上ガイアには殺す事ができぬ」
「ガイアでも殺せぬ者をどうやって殺すんですか!」
エリヤはイザレにつかみかかる勢いだ。
老体は一呼吸置いて告げる。
「今からイオデの元へ向かう。馬車の用意を頼む」
「アムナイ十部族の長のイオデですか?長に頼むんですね」
エリヤは内心ほっとする。
「まあ、頼む事には変わりない」
「あまり・・あまり良い噂の無い者と聞いていますが」
ほっとした(あまり)口が滑った様だ。
「さよう、強引な男じゃ、長の座も力ずくで奪いよった」
「そのイオデに会いに行くのですか」
イザレはエリヤの顔をしげしげと見つめた。その目は威厳に溢れている。
「会うのは・・・お前じゃ」
『えっ』
エリヤには聞きたい事が山ほどあっただろう。少女には余りにも荷が重過ぎた。何から質問すれば良いか分からぬ程に。
だがこの老婆は全てを察している。イザレは直ぐに続けた。
「道々話そう、間もなく日も沈む。剣を、剣を持ってゆくがよかろう」
そして遠くを、ただ遠くを見つめた。
辺りはすっかり暗くなっていた。月明かりが時折雲の切れ間から二人の乗る馬車を照らす。
イザレは黙ったままだった。エリヤはその様子を伺う、そしてたまらず声にした。
「あの、イザレ様」
イザレはさえぎる。
「なあ、予言者は何の為にあるか、分かるな」
エリヤは少し呆気にとられる。決してこの娘が悪い訳では無い。未熟は特権でもある。素直な反応と言える。
「は、はい、それがガイアの意志なれば予言を成就させる為かと」
「その通り、そして人の運命もまた同じ」
「人の運命・・・」
「運命を変える事はできぬ、なぜなら意味があるからじゃ」
「運命に意味」
「そう、一見何の意味も持たぬ人生に見えても、その者のした事は必ず誰かの運命に関わってゆく。例えそれが百年先であっても千年先であっても、人は誰かの為に必ず存在する。全てはガイアのお決めになった事、分かるな」
「・・・はい」
『ん~難しい!』エリヤの本音である。
イザレは雲の切れ間に星を探す。どこまでも続く星の銀河。
「そろそろじゃ、イオデの元に双子の姉妹が生まれる。先に産まれる子は時の精霊の生まれ変わり、後から来るであろう精霊の王を導く者じゃ」
「精霊の王?」
老予言者はエリヤを見据えた。
「竜を倒せるのは精霊の王のみ。先に産まれた子はお前が育てるのじゃ」
『私が!?』考える暇も無く。
ドン!
鈍い音がした。馬の首は裂け血がしぶきを上げる。馬はよろめきドサッと崩れた。エリヤの顔からみるみる血の気が引いていく。
「剣を抜け!」
すぐにイザレの声が飛んだ。老体は既に剣を構えている。
闇の中から何かが近づくのが分かる。闇そのものが近づいてくる。そしてそれは地響きの様だった。
「予言者イザレよどこへ行く」
「ほう、わしの名を知っているとは」
イザレは嬉しそうに答えた。
「知っているとも、ガイアの腹の中からずっと見ていた」
闇が返す。
雲が月を離れ、異形の獣が姿を現した。白い身体は口の周りだけ赤に染まる。狼だけの血だけでは無いだろう、喰らうごとに進化する古き蛇。もはや狼に追われていた草食動物のかけらは微塵も無い。肉食、肉食、肉食。二本の角は山なりに曲線を描き前を向く、動きはしなやかでネコ科を思わせるがそれとも違う。もしライオンがこの獣に遭遇したら逃げるだろう。それが本能というものだ。
「これが古き蛇!」
エリヤの手が震える。否、身体中と訂正しよう。
「何をしに、どこへ行く、答えよ」
獣が近づく、イザレは何も答えない。
「フッ、ならばよい、お前を殺してから小娘にゆっくり聞くまで」
エリヤはビクッとする。
獣は見逃さない、弱点めがけてダッと飛びかかる。
ブンッ
イザレは割って入るが剣は空を切り、エリヤはその一瞬を目で追う。
「ほう、予言者の血はなかなか美味よ」
イザレの右の耳は無く鮮血が流れる。それでもエリヤの前に立ち構えを崩さない。
「小娘を人質に捕った方が早いな、イザレ」
獣はゴクンと飲み込む。
「指一本ふれ触れさせん!」
老体が答える。
エリヤはワナワナと震える。それは恐怖と紙一重。しかし頭の中で子供の頃(今でも子供だが)読んだ物語が、記憶の断片が、さざ波を立てる。内容はこうだ。ある武将に仕える刀鍛冶がいた。戦で主が猛将に討ち取られる。刀鍛冶は主の仇を取るべく敵の陣地へ赴き、口上を述べ猛将に対し一騎打ちを挑む、無論結果は火を見るよりも明らかである。だが猛将はあっぱれと自分に仕える様、刀鍛冶に命と引き換えの申し出をする。刀鍛冶は首を縦に振らない。「主以外には刀を打ちませぬ」そう言うと自ら命を絶ったという。当時のエリヤには理解できなかった。当たり前である。今のエリヤではどうか?さざ波はうねる事を知った。大きく、激しく、だが激情では無い。怒りでも無い。勿論恐怖はある。だが唯一恐怖に勝る感情がエリヤを突き動かす。忠誠心?愛と呼ぶべきだろう。
少女は栗色の長い髪を束ねた首元に刃をあてるとスパッと切り落とした。
「私の名はエリヤ!」
獣の前に切り落とした髪を叩きつける。
「小娘では無い!」
大人になった瞬間である。
イザレの横に並ぶと、獣を睨み剣を向けた。
「なにやら運命に逆らいとうなった。それもまた運命か」
イザレは嬉しそうである。
もしこの場にアムナイの百人隊長が文字通り百人の兵士を連れ現れたならどうだっただろう。可能性はゼロではない。状況は変わっていたはず。けれどもそうならない事を老予言者は百も承知だ。イザレは十部族の一つイスタ族の生まれである。数百年に一人予言者と呼べる者がイスタ族には現れる。だがアムナイの長い歴史の中でもイザレほどの予言者は存在しない。そもそも予言はガイアを通して視るか、直接ガイアから受け取るかである。前者は祈りを捧げ、後者は突然起こる。いずれの場合でもガイアの意志に委ねる他しょうがない。
そして、予言は最善であった。これまでがそうであった様に。この老体は事の顛末を知っている。守るべき者がいる。愛する者がいる。誰よりも使命があった。だからイザレほどの予言者は存在しないと言える。
獣は焦りを覚えた。目の前にいるのは剣を構えてはいるものの、たかが人間のはず、しかも老婆と小娘。
『なぜ大きく見える』
それは恐れだった。この二人から畏怖の念を抱いたのは獣ならではの直感だろう。勿論イザレの血がそうさせたのは言うまでも無く、加えて事実上生まれたてという事もあるが、取り敢えずその感情を否定する必要が獣にはあった。
『人間、人間・・・』
「にんげん!!!にんげんが!!!」
怒号と共に二人に襲いかかる。速い!
イザレは身をかわし、エリヤは角を避けながら剣を当てるのがやっとだった。
「ギャー!!!」
獣は悲鳴を上げた。見れば獣の頬から血がポタポタと落ちる。
イザレは苦笑する。
「どうやら痛みに慣れていないようじゃな、お前も不憫よの」
「黙れババア!」
獣の傷口が閉じていく。
『やはり化け物、一筋縄ではいかんようじゃ』
「ヤツを倒すにはどうすれば!」
エリヤはイザレを見る。
『無い・・・今はな・・・』
予言者は心の中で呟くが、にっこりと笑った。
「お前が生きる事で望みが繋がる」
エリヤは剣を構え直しイザレの前に立つ。
「どういう意味ですか、私はどこまでもお供します」
「お断りじゃ」
老体がすっとエリヤに並ぶ、そして続けた。
「刮目せよ、道はわしが開く」
古き蛇が意図せず予言者の血を取り込んだ事は誤算だった。本来であれば老練であろう年を経た竜。生きるという事は目を瞑り歩く事に等しい、その連続であるとも言える。無限に広がる選択肢、自分の為、人の為、複雑に、あるいは単純に流れる選択肢の中で人は生きる。一方、古き蛇の選択肢は狭い、獣はイザレにこだわった。その血に覚悟と企みが含まれる事を無意識の内に感じたのかも知れぬが、沸き起こる衝動をこの者は理解できずにいた。
『予言者は危険、殺す、屠る、危険、殺す、屠る・・・』
獣は頭の中で繰り返した。角を低く構えると、脇目も振らずイザレに襲いかかる。
イザレは下から突き上がる角をかわし後方へ倒れる。そこにまた角が!
避けきれず、
『!!』
イザレの左の耳を貫く。
獣は構わず地面に角を押し込み、噛み殺そうと襲い続ける。
イザレは諸刃の剣を左手で支え辛うじてその牙を防ぐ。
ギリッギリッ
刃が牙が音を立てる。
バキッ
剣は砕け刃先は宙を舞う。
獣はニターッと笑った。
その時目の前にエリヤが剣を手に斬りかかった。
折れた刃先はイザレの顔すれすれに突き刺さる。
獣はエリヤの一撃を首の皮一枚でかわし上体を反らしていた。
グサッ!イザレは刃先を掴み、両手で獣の喉元へ押し刺す。
『浅い!』
心の中で叫ぶ。
獣は更に上体を反らし後ろへ跳んだ。耳まで裂けた様なその口からは血が溢れ『痛み』に、のたうち回る。
イザレはエリヤに背を向け立つ。右手を開いて出した。
「お前の剣を借りる」
「私が戦います」
「今宵はわしの戦い。できればお前を巻き込みとうなかったが、お前には敵を知る必要があった。この先嫌でもあやつと長い事戦う事になるじゃろう。ならば今この時をわしにくれんか」
エリヤは涙とともに剣を渡す。
イザレは軽く頭を下げた。
もがいていた獣は動きを止め、ネコ科が獲物を襲う前の様に低く構える。
「骨をしゃぶらせろ!!イザレ!!」
目は血走り、狂った、怒れる獣が迫る。
イザレは構えず、剣を下に向け目を閉じる。血を流し満身創痍であるはずの
偉大なる予言者。
『ガイアよ』
イザレは目を開く。どこまでも、誰よりも力強い。
『わしから問う、なぜ人に試練を与え給う』
獣が更に近づく。
『ガイアのお考えはわし等には計り知れん、だがの・・』
イザレは僅かに左へ動く。
ズドッ!!
「はうっ!!」
イザレの胸に獣の角が突き刺さり、首から下げた縞メノウの数珠玉がバラバラと地面にこぼれる。
「いやーっ!!!」
エリヤが悲鳴を上げた時、縞メノウの玉が緑色にボーッと光り始めた。
「わしは・・心の臓を突かれ・・死ぬはずじゃった・・・」
イザレは獣の角をむんずと掴むと自らを押し込んだ。
「な・・な・・」
獣は怯えだす。
「こうせんと・・届かぬでな・・」
イザレは剣を振り上げる。
『わしはあらがう、ガイアよ、それが人という者じゃ』
「やめろー!!!」
獣はイザレを角から外すべく首を大きく引いた。戻す動作より剣が一瞬早かった。
ザクッ!
イザレは宙を舞い、ドサッと道に転がる。
「あ、あ、あ・・・」
眉間を剣で突かれ、白目を剥く古き蛇、年を経た竜の姿。
縞メノウの玉は輝きを増す。
エリヤは自分の服を裂き、止血しようと懸命になっている。
「奴は・・・奴は・・・」
イザレはうわ言の様に呟き片目を開けた。
ドンッ
崩れかけた獣が地面を脚で捉える音だった。
「恐ろしや、人間・・・」
獣はまるで亡霊の様に立ち上がる。
「一瞬死ぬかと思うたわ、もはや痛みも感じぬ」
エリヤはすかさず半分折れた剣を手にイザレの前に立ちふさがるが、
『!』
獣は地面に散らばったメノウ玉の神々しい光りに包まれていた。
「精霊じゃ・・」
エリヤの背後で声がする。
「メノウ玉に宿る精霊?」
「否・・あれにそれ程の力は・・無い・・何者かがガイアの力を借り・・お前を・・」
獣は流砂に飲み込まれる様にズブズブと身体を沈めていった。
『!!』
あがけばあがく程、落ちてゆく。それは一瞬の出来事だったが、古き蛇はあまりにも長い一瞬を味わった。
「ガイア!貴様か!許すまじ!我は必ず戻る!お前の愛する人間共を屠って屠って・・ゴボボ・・・」
メノウ玉は獣も剣も道連れに地中深く消えてしまった。静けさを残し・・・
エリヤはイザレの身体を起こす。胸と背中から血が流れる。止血するが、止まる様子も無い。
「お願い止まって・・・」
言葉も虚しく、大粒の涙がボロボロと溢れだす。
「奴は再び・・戻るじゃろう・・時間稼ぎには・・なったが・・」
エリヤは唇を噛んでイザレの言葉をただ聞く事しかできなかった。
「もう、よいよ」
イザレは優しく微笑むと、エリヤの手を軽くポンポンと叩いた。その手に涙が落ちる。
「わしは・・ガイアのもとへ帰る・・分かっておった・・」
「イザレ様」
エリヤは頬に頬を寄せる。
予言者の顔は穏やかだった。
「わしらはガイアの・・中にあって・・魂は一つに・・繋がっておる・・死とはそういう・・もの・・何かが・・終わる訳では無い・・」
イザレはエリヤの手を撫で、そして涙を拭った。
「今まで・・ありがとう・・・」
イザレの手が力無くこぼれる。
「うっうっ・・」
エリヤはイザレを強く抱きしめる。
「ありがとうと伝えたかった、最後に私からありがとうって、それさえ、それさえできない・・・」
『もっと強く あなたのように もっと強く』
声にならない声があるのだとエリヤは初めて知る。
炎が天高く舞う。まるで夜空を焦がす様に。エリヤは涙を通しイザレを見つめる。流した涙の分だけ強くなると心に誓いながら・・・
これは始まりにすぎないと。
かなり筆が遅いタイプです。できるだけ頑張りますので、ひとりでも応援して下さる方がいらっしゃれば書き続けたいと思います。