次元空間再構築
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眼下に村を望む山の中腹から雪崩の様に一直線に駆け下りた修哉。
時に転んでそのまま頭から滑り落ちて、大木に頭をぶつけたり、鋭い枝で腕を切りながらめ、あっと言う間に村にたどり着いた彼が見たものは、吐き気をもよおしながら血液が沸騰しそうな勢いの怒気を覚える、酷く陰惨で、身の毛もよだつグロテスクな光景であった。
村の家屋は焼き討ちされたのか至るところで炎が暴れ、剥き出しになった柱が炭化し、ガラガラと崩れ落ち、至るところに村人たちの死体が転がっている。
主にそれは男性で、彼らの死体の回りに鍬や鋤が転がっている事から、暴漢に立ち向かったであろう形跡がうかがえる。
刀傷以外にも複数の矢で射抜かれた死体や、上半身のみ黒焦げとなった死体もあり、暴漢の数は複数、それも前衛と後衛のフォーメーションがしっかり機能する組織的な連中で、その中には魔法を行使する者も存在するのではと推察出来た。
……レオニードの言っていた人民警察特務班。その可能性が高いな……
ひたすら走り転げて来たのに修哉は疲れすら忘れ、はやる気持ちのまま村の中央を目指す。村人たちの抵抗はまだ続いているのか、村のあちらこちらから悲鳴や怒号が聞こえて来ており、それが更に修哉の鼓動をはやらせている。
そして、家々を抜けて村の中央広場にたどり着いて視界が開けたと同時に、修哉は身体に電気が走ったかの様にびくりと動きを止め、眼を剥き出しにして愕然とする。
視界の左側には老人や女性、子供などの村人たちが追い詰められ、身を寄せ合って恐怖に打ち震えており、視界の右側には村人たちににじり寄り、露骨に殺意を向ける兵士たちの姿が見える。
そして何より修哉を驚かせたのは、視界のど真ん中にちょうど入って来た光景で、わざわざこの村まで馬で運んで来たのかソリ付きの巨大な馬車が停まっており、その剥き出しの荷台の上から人がぶら下がっているのである。
後ろ手に縛られて目隠しをされ、首に巻いた縄で首を吊る……つまりは絞首刑。そこには四人の村人が吊るされており、修哉が良く知っている人が絶命していたのだ。
「ロ、ロージー……」
首に食い込んだ縄が自身の体重でぎゅうぎゅうと首を絞り、目隠しで表情こそ見えないものの、上下の唇を押し出す様にせり出て来た舌があまりにも痛々しく、即死と言うよりも拘束されたまま、苦しみもがいて死んだのではと想像をかきたたせる様なそんな惨たらしい姿。
ロージーの隣で吊るされている壮年の男女は、ロージーの両親であろうか。また、その隣の老人はロージーの祖父なのかそれとも村の長老か。
いずれにしても何故彼女たちが公開処刑されたのかなど、熟慮しなくても分かる。凶悪犯罪に手を染めたなどの、彼女たちに非があった為の処刑では断じて無い。ただ単に体制側の都合で処刑されたのだ。
この村に隠れ住んでいた旧王家の残党であるレオニードを狩り出す為に。もしくは謎の異邦人、藤森修哉を狩り出す為に。
あの、天真爛漫で姉さん女房気取りだったロージーが……。
素性も分からない修哉に優しく接してくれたあのロージーが、今はもう冷たい肉の塊となり、てるてる坊主の様に寒風に揺られている。
その残酷な光景が網膜に焼き付いて尚、修哉が冷静さを保っていられる訳が無い。あっと言う間に身体中の血液が沸騰し、怒りと殺意が彼の身体を総毛立たせた。
「……ディメンション・リビルド……」
これ以上無い程の凶悪な殺意に染まる瞳を兵士たちに向け、修哉はそう呟く。
ディメンションとは次元を示す英単語であり、リビルドは再構築を意味する。
つまりは修哉の隠された能力を、彼自身がディメンション・リビルドと呼んでおり、また何故今呟いたかと言えば、それはヒーローがわざわざ敵に対して必殺技を紹介する類のものでは無い。
誤射を防止する為に、この力に目覚めた幼き頃から自らに暗示をかけていたのである。
修哉に向かって何者だと大きな声を張り上げ警戒する兵士たち。その空間的な立ち位置を把握する為に、修哉が兵士たちを一瞥して数秒の事。
……距離十五メートル、前衛に全身鎧の剣士三名、二メートル幅間隔で展開。距離十八メートルには四名の弓兵が構え、なるほど……、その後ろに待機している二名が、この世界で言うところの魔法使いってやつか。そしてその隣には指揮官らしき男……
その場にいる人民警察特務班の兵士たち、合計十名を空間位置的に把握した瞬間、全てが決した。
いや、修哉がディメンション・リビルドを口にした瞬間に、既に兵士たちの人生は終わっていたのだ。
修哉が兵士たちのいる空間距離を把握した途端に、なんとその場にいた兵士全員が、鼻と口からごぼごぼごぼと泡混じりの血を大量に吹き出し、まるで糸が切れたマリオネットの様にぱたんぱたん倒れ、そのままピクリともしなくなったのである。
【ディメンション・リビルド】
超能力者、藤森修哉の唯一無二の能力で、現有次元と未確認次元を、狙った容積量分だけ入れ替える事が可能な、次元位相変換能力である。
錬金術の基本概念である等価交換と同じく、同じ面積、同じ体積、同じ質量分の空間を異次元と入れ替える事が出来るのだが、その異次元がどんな世界でどの様な環境下にあるのかまでは把握していない。
つまりこのディメンション・リビルドとは、異次元環境を発現して、対象をその影響下に置く事を目的とした能力では無く、対象の体内又は周辺に異次元を発生させ、物理的に欠損させる事を目的とした、物理殺傷能力である。
今回、修哉のひと睨みでドミノ倒しの様にぱたぱたと倒れた兵士たちに、一体何が起こったのかと言えば、
修哉は空間的に十名の人間の立ち位置、座標を確認し、一人一人の脳髄を狙って一辺が五センチの正立方体をそこに発現させたのだ。
二十五立方センチメートルの異次元空間が脳髄を削り取ってしまえば、もはや人体は機能しない。修哉は一個分隊の兵士をものの数秒で壊滅させてしまったのである。
真っ白な雪の上が鮮血に染まる。
村人にとって脅威だった兵士たちが完全に排除され、二度と村人たちが命の危険を感じる事が無くなったのに、広場に集められた者たちは身を寄せ合ったまま、急激に変化したシチュエーションに対応出来ず、呆けた顔でその光景を見詰めている。
だが、修哉は既に気付いている。この光景の中で、ジグソーパズルの大事なピースが二つ足りていない事を。
「レオニードどエマニュエルはどこだ!」
時間が止まったかの様に固まっている村人たちに、修哉の怒号が飛ぶ。もちろん怒っている訳では無い、呆けている人に対して現実に戻って来る様に喝を入れただけ。すると、村人たちは我に返り、修哉が来た方向とは反対側に慌てて指をさす。
まだ現実に戻って来ていないのか、レオニードとエマニュエルがどういう経緯でどうなっているのかまともに説明出来る者はおらず、更に、人民警察特務班の恐怖から解放されたにも関わらず、一言の礼も言われていないのだが、別段礼を言われる為に闘っている訳では無いし、今はとにかくレオニードとエマニュエルの安否が先だと、修哉は村人たちが指さした方向へ全力で駆け出して行った。
超能力を駆使した敵の壊滅、制圧、無力化など、聞こえの良い言葉を使えば、おおよそそれなりに格好はつく。だが要は能力を利用した殺し、単なる殺人である。
人殺しの特殊スキルとそれを躊躇無く行使出来る心を持った少年、藤森修哉。十人の兵士を瞬時に屠っても顔色一つ変えず、後悔の念すらにじませずに、恩人の為必死の形相で疾走を始めた。