ディメンション・リビルド 【コネクト】
今にも雨が降り出しそうだった曇天の夜空も、やがて春の海風に無理やり立ち退かされ、霞みがかった春の星空に変わり始めたリジャの街。
東に連なる山々の稜線が徐々にオレンジ色に染まり始め、太陽が昇る舞台を彩り始める「暁」の時間帯がやって来た。
闇の時間が終わり、暁のほのかな灯に照らされながらリジャの街の南口に立つ藤森修哉は、酷く陰鬱な表情をその端整な顔に浮かべながら、この世の全てを呪い殺す様な鬼気迫る瞳で、街の南側に広がる平原を見詰めている。
街に放たれた炎の中から住民を救おうと夜通し動き回った彼は、全身煤だらけであちこちに火傷を負っている。また焼け落ちた家屋の角材が偶然当たったのか額から血も流していた。
だが、疲労や怪我自体が理由で彼が凶相を露骨に出している訳ではない。
(……助けられない命があった……)
想いを踏みにじる様に現実は残酷で、修哉がいかに延焼中の家屋から動けなくなった老人を助け出しても、次元空間再構築を使って阻止消火に臨んでも、やはり全ての人々を救い出す事は出来なかったのである。
街のあちこちで毒々しい灼熱色の炎が燃え上る中、修哉の必死の救助も虚しく業火に飲まれる老婆や子供、鎮火して焼け野原となった街の至る所に見られる炭化して性別すらも分からない人々。飢餓による空腹で街を脱出出来なかった人に、最後に待っていたのがこんな結末だとは、誰が思ったであろうか。
(……無念だったろう……)
『死の勝利』と言う宗教用語がある。
富める者も貧する者にも、あらゆる者に死は平等に訪れ、それから逃れる事は出来ないと言う死生観を言った言葉なのだが、このリジャの街の人々に訪れた死は本当に平等な死だったのか。
王朝時代は穏やかな日々を過ごしていたはずの農民が、政治が変わった途端誤った農政指導を押し付けられた結果飢餓にあえぎ、挙げ句の果てに反体制活動家とレッテルを貼られて最後はゴミの様に燃やされる。
そして殺した側は、あたかもそれが正義だとでも言いたげな面構えで自らの正統性を疑おうともしていない。
(……力が、力が欲しい。暗殺のための力じゃない、奴らを片っ端から葬り、せめてリジャの死者を平等の死で送るために。力がっ!……)
【ディメンション・リビルド(次元空間再構築)】は洗練された暗殺術である。狙った空間に狙っただけの容積量の異次元空間を発現させて対象の肉体を物理的に欠損させる事が出来る、藤森修哉が持つ唯一無二の能力である。
このエルゲンプレクト大陸の世界に現れる前は、その能力を活かして無数の暗殺を成功させて来たのだが、それはあくまでも他人にその正体がバレる事の無い暗殺技術であり、決して格闘を行うための戦闘技術では無く、多数対一の圧倒的不利な状況下での決戦手段ではない。
能力を使えば使う程に疲労度はうなぎ登りに上がり、無秩序な力の濫用は自滅への道を辿ってしまうのだ。
(……ゲルニカは物言わぬ死者の怒りを代弁したに過ぎない。今必要なのは怒りの声じゃない、純然たる力なんだ! リジャの街をゲルニカで終らせてはいけない……)
修哉の睨む先、南の平原に無数の人影が現れる。
時が経つにつれ暁の赤に染まる東の空も、熱を帯びた白色へと変わり、山の稜線からいよいよ太陽が飛び上がろうとしていた。
「……来たか」
シーニィ・メーチのリュドミラ・フリステンコ特務大尉が率いる銃兵と銃騎馬兵。正確には第一銃歩兵小隊と特設銃騎兵小隊の「第一次リジャ方面特別警備中隊」合計八十名。
リュドミラと副官の前に銃兵が横一列に並び、その前には銃騎兵がやはり横一列に並んで突撃の合図を待っている。銃騎兵がまず突撃を行った後に左右に展開して銃兵の射線を作り、銃兵が射撃を行いながらゆっくりと前進する波状攻撃の体制だ。そして既に作戦は末端の兵士たちに伝わっているのであろう、彼ら兵士誰一人として口を開けず、視界に小さく映る修哉をじっと見据えていた。
山々の稜線から太陽がちょこっと顔を出し、筋状の光のカーテンが修哉や銃兵たちにはっきりとした影を与えた瞬間、決戦は始まった。
「全軍突撃、突撃せよ!」
遠くから修哉の耳に聞こえて来たのは少女の声、だがそれも銃騎兵たちの「ウラーッ! 」と言う掛け声と、地鳴りの様な馬たちの蹄の音にかき消されてしまう。
(……袴田哲臣と戦った時は、二次元空間を発現させて勝った。越ヶ谷美雪と戦った時は、時間軸のある一次元空間で勝った。考えろ、考えろ考えろ考えろ考えるんだ……)
突撃して来た敵は二種類、馬に乗った銃兵は猛然と迫って来ており、そろそろ射程距離に入るのか銃を構え始めている。その背後にはきっちり横一列を維持しながら銃兵が駆け足で近付いて来る。敵の射撃から身を守りながらこの二種類の敵を瞬時に片付けなければ、修哉が望まない乱戦へと突入してしまう。
敵がある程度広がって広範囲に射角を取ってしまえば、視界の外から徹底的に狙い撃ちされてしまい、もはやディメンション・リビルドがどのような力を発揮したとしても、修哉が無事でいられる事はあり得ないのだ。
「……先ずは敵の射撃を無効化する、そして騎兵を排除したのち歩兵を撃滅する!」
ついにそれが閃いたのか、修哉は前面からやって来る強大な圧力に臆して引き下がる事無く、ずんずんと肩で風を切りながら前進し始めた。ディメンション・リビルドの本来の使い方で言うならば、正確な位置把握が重要であるはずなのに、自らそれを捨てて敵との距離を詰め始めたのである。
「銃騎兵構えっ!」
いよいよ修哉がマスケット銃の射程距離内に入る。銃騎兵たちは訓練通り馬上でマスケット銃を構えて、ぴたりと修哉に狙いを合わせた。
「……撃てえ! 」
ーーパァンパァン!
鼓膜が裂けるかと思うほどの甲高い炸裂音が辺りに響き続ける。原初の導士フラット・ライナーを倒すべく第一陣の銃騎兵部隊が一斉射撃を行ったのだ。
だが三十騎近くの銃騎兵たちは、厳しい訓練を乗り越えて来た賜物である、自分自身の馬上射撃技術の技量に不信感を抱かざるを得ない現実にたどり着く。
三十発近くの弾丸が襲ったであろうたった一人の少年が、吹っ飛びもせず血が吹き出す訳でも無く、一切怯まないままこちらに向かって歩き続けているからだ。
「怯むな、そのまま突撃!銃剣突破だ! 」
マスケット銃に弾丸と火薬を再装填せずに近接戦へなだれ込むセオリー通りの突撃。
射撃が通用しないと言うのもおかしな話なのだが、敵に肉薄して銃剣での肉弾突破を敢行すれば間違いなどあり得ない。部隊長はそう判断して騎馬兵に突撃維持を命令したのだが、
馬の蹄の音や風を切る音があまりにも大きく、銃騎兵は誰一人気付いていない中で、もしその少年の口元を注視している者がいたとしたら、少年が「ディメンション・リビルド」と呟いたのが分かったであろう。
逃れる事の出来ない最強最悪の言葉……ディメンション・リビルドが死への扉を開いた事を。
「グリゴリー少尉、何だあれは? 何が起きたんだ!? 」
「同志大尉、私には分かりかねます! 」
「どうした、銃騎兵部隊はどこに行ったと言うんだ!?」
部隊の最後方で指揮していたリュドミラと副官が呆気に取られて取り乱している。
それもそのはず、猛然と突撃していた銃騎兵部隊がまったくもって綺麗さっぱり、その場から消えてしまったのである。
「何か……何か魔法の影響なのか? あいつは一体何をしたんだ!? 」
呆然とするリュドミラと副官。目の前で突如起こった異変に銃兵たちも目を白黒させながら立ち尽くしているその時だった。
鈍く激しい衝突音と盛大な土ぼこりを伴ってリュドミラたちの辺り一帯に無数の「物体」がそれこそ雨の様にバタバタと降り注いだのである。
「ぎゃあああっ! 」
「ぐええっ! ぐええっ!」
「人が?馬が降って来た……ごふっ! 」
その正体は特設銃騎兵小隊の銃騎兵や馬たち。フラット・ライナーに射撃一斉射をくわえた後に銃剣突撃を敢行していた味方であったのだ。
■ディメンション・リビルド 【コネクト】
現有空間の一部を異次元空間と入れ替えて、人体の物理的破壊を主にしていたこの次元空間再構築能力の可能性を信じた藤森修哉は、発現させた異次元空間で物理的破壊をせずに入り口として自分の前面に展開させ、銃騎兵部隊全てを飲み込んだ後に出口を発現させる事に成功した。
前衛の銃騎兵部隊と後衛の銃兵とに二分割された敵を極力少ないエネルギーで敵を同時に倒すため、苦心の末に生まれたこの派生形の力は修哉の目論見通り、リュドミラたち本隊の約百メートル上空へ銃騎兵部隊の出口を繋ぎ、銃騎兵部隊を爆弾代わりに投下させたのである。
百メートル上空から落下した銃騎兵部隊の兵士と馬は、落下地点を移動していたリュドミラと銃兵たちを巻き込みながら激突死。もちろん、リュドミラたちも無事である訳が無く、壊滅的なダメージを被ってしまったのだ。
兵士たちの掛け声、地鳴りの様な馬の蹄の音、マスケット銃の炸裂音……それらの全てが瞬く間に消え去り、静まり返ったそこにはまさに地獄絵図が広がっていた。
兵士たちが夢に描いたはずの勇壮な突撃は、何ら彼らに満足感を与える事無く、死と壊滅と言う言葉によって霧散してしまったのだ。




