俺は決めたぞ
「銃兵は私に続いて突撃しろ!私に続け!」
魔装仗を指揮棒代わりに振り回し、リュドミラは馬泥棒に入ったリジャの住民たちの一団に向かい、無秩序かつ緊急に兵士たちを突入させる。
住民を逮捕・拘束しろとも、無制限に射殺しろとも指示しない命令は、部下の銃兵たちにとっては非常に奇異に思える指示内容であったのだが、味方の兵たちが血を吹いてバタバタと倒れている異常事態の中での命令。兵たちは不審に思わず彼女にに従ってどんどんと住民の一団の中に突撃して行く。その様を見ればリュドミラが部下から信頼されていたと言う一面も伺えた。
「私の真似をするんだ!そのまま私の左右に広がれ!」
先頭に躍り出たリュドミラは、怖気付いて身動きの取れなくなった住民に向かって突進し、髪の毛を鷲掴みにして北を向かせる。そしてその住民の背後からこっそりと顔を出し、闇に眼を凝らす。そう、兵士たちに異変が起きてから、リュドミラがじっと睨んでいた北側にある家屋の影に向かってだ。
「ひいっ!?何だ」
「やめろ、やめてくれ!」
抵抗虚しくズラリと並ばされた住民の数は約三十名、銃兵たちはリュドミラに倣って北側を警戒しつつ、住民の後頭部に銃を突き付けながら彼女の次の指示を待つ。
「……フラット・ライナー、フラット・ライナー! そこにいるのは貴様だな? 住民の命が欲しくば姿を見せろ! 」
闇を凝らしながら叫ぶリュドミラ、彼女が仕掛けたのはリジャの住民を矢面に立たせて謎の攻撃を防ごうとする、つまりは人間の盾。
育ての親である魔導師イエミエソネヴァからどこまで知識を得ていたのかは本人のみが知るところだが、フラット・ライナー藤森修哉を脅威と捉えていたのは間違いの無い事実であろう。事実、リュドミラ以下騒乱に駆け付けた銃兵はリジャの住民たちを隙間無くならべて完全なる壁を作り、この騒乱に間に合わずに後方で傍観するその他大勢の銃兵たちにリュドミラは徹底的に後退して距離を取るよう命じている。
とにかく敵に対して混乱を生んだ、とりあえずは兵士だけが狙い撃ちされる事は無いと判断したリュドミラは、主導権を握るために必死になって闇へと叫ぶ。
「出て来い、姿を見せろフラット・ライナー! 貴様が出て来なければここの住民を順番に射殺する! 」
リュドミラの言葉は住民たちを心底怯えさせるのだが、彼らにしてみれば最後の力を振り絞って馬を盗もうとしたのであり、もはや軍人に抗うだけの体力は持ち合わせていない。逃げ出す事すらままならないのだ。
「出て来ないか、ならば一人目だ!ヴァレリ同志軍曹、やれ!」
リュドミラは横を振り向き隣り合わせになっていた部下に命令した。
ーータンッ!
曇天の分厚い雲が一発の炸裂音を反響させると、ガリガリになった細い身体を小刻みに震わせていた青年がぐちゃりと倒れた。小口径のマスケット銃は青年の頭部を破壊するには至らず、うつ伏せに倒れたその後頭部からぴうぴうと、まるで水芸の様に血が噴き出している。
貴様が悪いんだぞフラット・ライナー。貴様が姿を現さないから、この青年は死んだのだぞとリュドミラは言いたかった。それを叫んで行動の主導権を握りたかったのだが、住民を射殺したヴァレリ軍曹の身に突如起きた異変がそれを許さなかった。
「……げえっ! ごぶごぶ……」
射撃を行って直ぐの事、ヴァレリ軍曹は鼻と口から大量の血を吹き出してガクンと地面に崩れ落ち、そのままピクリとも動かなくなってしまったのだ。
……しまった! 壁の隙間を突かれたか……
人間の盾が並ぶ中、住民を一人殺害する事によって出来た隙間。射殺と言う行為自体にうろたえる事無く、正確無比に報復を行なって来た「フラット・ライナー」に、リュドミラは戦慄を覚える。
ーー守ろうとしている住民が射殺されるのは不本意なのだろうが、きっちり落とし前をつけて来る。これではまるでアレだ、千日手の両すくみではないかーー
慌てて住民たちを引っ張り合わせて壁の隙間を埋めたリュドミラは、近くにいる副官役のグリゴリー少尉を呼び寄せて、自分の代わりにフラット・ライナーへ人質交渉を行う事を命じる。その正否など求めておらず、リュドミラが単独行動を行うにあたって時間を稼げと言うのだ。
あらためて魔装仗を握り締めたリュドミラは、フラット・ライナーの意味をイマイチ理解出来ないまま、それでも命令だからと叫び続けるグリゴリー少尉に全てを任せて眼を瞑る。
……全能神イエールフルプスより生まれし五本の柱、五人の子ら。イエールフルプスの第一の子にて、炎司る業火の神プラーニアよ……
……その猛き浄化の炎もちて、東の悪鬼いざなう悪しき凱旋門を薙ぎ払え……
「燃やし尽くせっ!」
リュドミラがリジャ街に向かって魔装仗を振ると、あちらこちらから火柱が上がり、みるみるうちに街を燃やし始めたではないか。それも単なる火柱では無い、一本一本が高速で回転するそれはまさに竜巻。回転しながらガンガンと酸素を取り込み、高熱の炎はうねりながら家屋を飲み込み始めた。
「姿を現せフラット・ライナー! このまま街が燃え続ければ、お前が助けようとしている者たちも焼け死ぬ。一人でも多く救いたいとは思わんのか! 」
いずれにしても、リュドミラが魔法実行を中断しなければやがて街は炎に包まれてしまう。実際その力を凄まじく、夜空に漂う曇天の雲を赤々と映し出すほどだ。
姿を現せば銃兵に狙い撃ちされる。かと言って闇に隠れたままでは、人間の盾となった住民を救うどころか街の至る所で死者が出る。
このまま街に戻って住民の救出を優先する事も出来るが、リュドミラの前に並ぶ人間の盾は間違いなく殺される。
リュドミラの苛烈で残酷な駆け引きは、非常に不利な条件を叩きつけて来ているのだが、だからと言ってリュドミラが交渉上手であると言う結果には結びつかなかった。何故なら、幾度となく死線を乗り越えて来た若き暗殺者は、それに踊らされる事無く彼女を上回る苛烈さで挑んで来たからだ。
リュドミラたちの視線の先、家屋の影となった闇の中から、炎に照らされた少年の顔だけが、ぼうっと映し出される。
「き、貴様がフラット・ライナーか!? 」
「決めた、俺は決めたぞ。……お前ら全員殺す」
不思議な事に少年の目には怒りも憎しみもまるで感じられない。瞳孔が開きっ放しの様に微塵も動いておらず、ただ静かに輝きをたたえているだけである。しかし、だからと言って若々しく生気に満ちているのでは無く、彼の瞳は鉛の様にどよんと淀んでおり、それはまるで人斬りの目。
何らの感慨も躊躇も無く簡単に結論を出して人をあっさり殺してしまう、快楽殺人者でも怨恨殺人者でも無い淀みながらも澄み切った人斬りの眼と対峙したリュドミラは、質問をぶつけた側であるはずなのにあまりの圧力と恐怖に勢いを失い、ついつい口をつぐんでしまうほどだ。
「一人も残さず殺す、お前らはそれだけの事をしてしまったんだ。今更何を言っても遅い」
「聞けフラット・ライナー! お前が動けばこの人質は全員殺す!さらに私が命令を出さなければこの炎は止まらない!」
「お前が何をガタガタ言ったところで殺す、俺は完全にブチ切れたんだ、説得でどうにかなる事じゃ無い」
「退け、退くんだフラット・ライナー! こんなミジメな馬泥棒を救ったところで、貴様に何の益がある!」
「リジャの人々を狂わせたのはお前らだ、腐った独裁者の手先がよく言う」
どんなに虚勢を張って叫んでも動揺の欠片すら見せない少年、その絶対死の圧力に抗えなくなったリュドミラは、この停滞した状況を打破すべく慌てて思案を巡らせる。額に脂汗をべったりと浮かべてだ。
「……いいだろう、フラット・ライナー。貴様と我々どちらが生き残るのか決着を付けてやる! 夜明けとともにこの南口に来い、正々堂々と勝負だ! 」
人質を取って人間の盾を作り、思い通りにならないからと街に火を放った者が、よくもまあ正々堂々などと言う言葉を口に出来る……。
言われた側の藤森修哉は間違いなくそう思ったであろうし、言った側のリュドミラも今のこの状況を変える為の詭弁だと自覚しているはず。
だが一刻も早く街の火災から人々を助けなければと思っている修哉は、その話に乗った。
「まずはその人質を解放しろ。そうすれば夜明けまで待ってやる」
「もちろんだ! 良いか夜明けだぞ、必ず来いよ! 」
リュドミラからその一言を引き出し、藤森修哉は再び闇に潜った。
すうっと姿が見えなくなる直前、人間の盾になっている住民たちに向かい「……リジャ746村に逃げろ、尊い方から食糧援助があるはずだ」と一言残して。




