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ハンナエルケ要塞にて ~出征の見送り~



 エルゲンブレクト大陸の西岸から中央にかけて、大きな領土を保持する大陸一の軍事国家、クラースモルデン連邦共和国。

その首都ノヴォルイは、領土のやや西南に位置するなだらかな丘陵地帯に作られた東西物流の中継拠点で、この時代この大陸においては、他の追随を許さない大陸最大の都市であった。



 そのノヴォルイの東西を縦断する革命通りと、南北を縦断する平和通りがちょうど交差する中心に、巨大な公園「革命公園」がある。


 元々ノヴォルイはリンドグレイン王朝が都市計画を重ねた末に完成させた首都であるため、以前は「凱旋公園」と言う名称で呼ばれていたのだが、クラースヌイツベート党が推した革命政権に変わった後は、ことさらそれをアピールするかの様に革命公園と名称が差し替えられたのであった。



 ちょうど冬も折り返し地点を過ぎ、内陸高地特有の乾いた氷点下の日々から、冷たい小雨が降りしきる後ちょっとと言う辛抱の時期へと変わって来た。

それほど春は近くはないが、それでも人々が厳しい冬の終わりを実感しているある日、革命公園は異常な数の人々に覆われていた。


 伸ばした手で雲が掴めそうな曇天で、今にも冷たい小雨が降り出しそうな中、革命公園の北側に据えられた演壇から、クラースヌイツベート党の政治将校が群衆に向かって何やら文書を読み上げている。


 そう、今この革命公園は、政府発表の場として使われていたのである。


 ようやく凸版印刷でかろうじて新聞が一部の「限られた人々」に出回り始めたばかりで、まだテレビもラジオも無いこの時代では、政府の人間が集会に赴いて、口頭で発表するしか情報伝達の手段が無かったのである。



 この日、革命公園で発表された内容は一件、新たに制定された市民生活に対する法律だ。

その法律の名称は【革命成就に関するあらゆる情報提供の推進令】……。

つまりは密告を奨励する法律であり、名称こそソフトなものの、その名称の裏にある政府側の意図としては、労働義務だけに留めずに思想からして完全に国民を支配下に置こうとするドス黒い意志に彩られていた。


 革命推進に拍車がかかる情報提供を奨励するとあるのだが、要は革命推進を邪魔する情報も提供しろと言う意味であり、市民の報告先が各地区に常駐する人民警察特務班であれば、誰もが気付くのである。



「近隣住民に限らず、反革命思想を持つと判断される者を見付けた場合は即通報する事。人民警察特務班本部に設置した監視委員会にて審議の上、革命裁判所にて再教育の必要の可否を判断する」



 寒く、孤独な時代の始まりである。

何故孤独な時代なのかと言えば、お隣さんたちの動向や発言に目を光らせろと言っている訳では無いのだ。

 近隣住民に限らずと言う事は、親でも子でも兄弟でも商店主でも教師でも、自分の身の回りで不穏な気配を感じたら、すぐに人民警察特務班に通報しろと言う意味であり、もはや頼れるのは自分自身だけで、周りの者は全て敵。親であっても気軽に会話出来なくなったのである。


 余計な事を口にすれば、人民警察特務班が捕まえにやって来る。

革命裁判所が助けてくれる訳がなく、捕らえられた者は基本的に全て再教育キャンプと言う名の強制収容所へ叩き込まれる。

もし近親者の異変に黙っていたら、いざそれらが問題として浮上した際は革命に対するサボタージュ工作だと判断され、黙っていた事も罪に問われる。


 市民の感情としては、見ざる、言わざる、聞かざるが本当のところであろう。

だが体制側は、革命の為に見ろ! 言え! 聞け!と命令しているのである。

これをうすら寒くて孤独の時代と評して、誰が異論を挟もうか。


 そしてこの、革命公園に集められたノヴォルイの市民には、密告令の布告の後に、さらなる憂鬱な出来事が起こったのである。


 それが、柊小夜の公開処刑。

この世界に飛ばされた後、クラースモルデン連邦共和国政府の協力要請を頑なに拒み続けた、原初の導士の処刑である。



 アレスターこと、漆原謙一郎が修哉に語った際は、あまり情景描写の細かい内容のしろものではなかったのだが、集会に出席する事を強要されたアレスターと、徐々に心が壊れ始めていたジャンパーは、それを遠巻きから嫌々眺めており、処刑の光景をつぶさに目撃出来る訳も無いのだが、

アレスターと修哉が激突したその夜……つまり昨晩修哉に語ってくれたのである。


 難民キャンプとはいささかの距離を取った、アンカルロッテの森の中に修哉たちの小屋があり、腹を裂かれたアレスターと、自分で腕を切ったジャンパーは尚も安静が必要とされ、修哉たちのベッドで横になっていたのである。



「……なあ、藤森修哉よ」



 天井を見つめながらそう呟いたアレスターは、自分の知る限りの情報を全て話し始めた。



 今このクラースモルデン連邦共和国の死刑の方法としては、絞首刑が主流であるはずなのに、柊小夜の処刑だけは何故か、車裂きの刑が執行されたのだそうだ。

車裂きの刑とは、馬車などの車輪に人をくくりつけ、車輪を振り下ろして四肢と腰を砕いた後に梟首(見せしめの為の放置)して殺す方法なのだが、

この車輪を用いると言うのは、太陽を車輪と見立てて、供物や生け贄を捧げると言った古代からの宗教的思想によって行われる刑罰であり、娯楽と呼ばれた中世の処刑方法の中でも、ひときわ異彩を放つ刑罰であった。


 多分、原初の導士である柊小夜に対して、何かしらの宗教的な意味合いを感じた結果の車裂きだったのであろうが、革命公園は異常なほどに冷めた空気が漂い、

公開処刑を目の当たりにする市民たちは、熱狂などする訳が無く、ただひたすら聞こえてくる小夜の慟哭と断末魔の叫びが、市民の瞳から生気を奪って行った。



「しかし……何故だ? 何故小夜が処刑される必要がある?」


「ああ、そうだな。彼女の能力はビジビリティ(Visibility)。能力者が発するキルリアン現象が見える程度の能力と聞いている」


「だからだ!だから俺は解せないんだ」


「あくまでも推測だが、こっちじゃ能力者は原初の導士と呼ばれて怖れられるだろ?袴田哲臣や越ケ谷美雪は独裁者に頭を下げたが、こっち側の人間たちが、その力に恐れを抱いたままである事は確かだと思うんだ」


「つまり、他の原初の導士に対する反乱防止の為に、小夜は見せしめで殺されたと言うのか?」


「ああ、その可能性が高いと俺は思うがね……」


「くそっ……!」

 


 アレスターが横たわるベッドの傍ら、前のめりで椅子に座る修哉は、まるで床に穴を開けてしまうかの眼力で、憎悪を瞳から放っている。

触るとザクリと切れそうな、冷たいカミソリの様な雰囲気を放つ修哉に、当たり前の話常人では慰めの声もかけてやれないのだが、アレスターは別の意図をもって無言を続けていた。



 --彼は彼なりに、小夜の処刑に対する漠然とした疑問を抱いていたのである。



 それは、小夜の処刑が始まってから数分後。処刑人たちに四肢を車輪で何度も殴られ、彼女の悲鳴とゴツゴツとした鈍い音だけが辺りに響き渡った時の事。

 残酷な音にとうとう絶えられなくなり、小夜を助けてあげてと半狂乱になって叫び出したジャンパーをなだめている際に、瞬間的に耳に飛び込んで来たのだ。



 (……話が違う!……)



 間違いなくそれは小夜の声。誰かに訴えようとする怨嗟の叫びであったのだが、それを最後に空気が変わった。


 小夜がそれに続いて何かを言い出そうとしたかどうかまでは遠目で分からないのだが、誰かに指示されたのか突如、【イグニネーター】袴田哲臣の発火能力が発動。

小夜はあっと言う間に火柱に包まれて、真っ黒に炭化してしまったのである。



 ……あれは確かに柊小夜の声だった。痛みの悲鳴とは全く音色の違う、過分に怒気を含んだ声。何かの取引があったのだろうか……



 しかし結論など今となっては出る訳も無い。

いくら影で協力してくれたからと言っても、アレクセイ達に気軽に聞ける質問内容でもない。


 こうしてアレスターの疑問は修哉の耳に入らぬまま、記憶の引き出しの奥の奥へ埋もれてしまったのであった。




 そして今、場所は難民キャンプのはずれ。時間は皆が香辛料入りのスープで腹が満たされて身体がポカポカと発熱を始めた頃。

いよいよ修哉がリジャの街に赴こうとして、しばしの別れが行われようとしている。



 馬の背中に荷物を乗せ、振り返る修哉。そこには心配げに彼を見詰めるエマニュエルと、彼女から一歩身を退いた莉琉昇太郎の姿が。

そしてその背後には、これからこのエルゲンプレクト大陸において、燦然と名を轟かすであろう皇女の姿を一目見ようと集まった難民たちの姿がある。



 もしエマニュエルが周囲の視線などさほど気にしない年相応の少女のままなら、もし彼女が昨日までの彼女であれば、わざわざ命の危険に飛び込んで火中の栗を拾おうとしている修哉に対して、泣きながら彼の袖を引っ張って行かないでくれと懇願したであろう。

だが、今日のエマニュエルは違う。己の運命を受け入れ、そしてその細くて幼い両肩に虐げられて来た人々が想いを託す事を受け入れたのだ。


 だから彼女は泣かない、ゴネない。これから人々の為に、何かを成そうとする勇者を、個人的な理由で引き止めたりはしないのだ。


 すでに鼻と頬は真っ赤に染まり、もごもごする口は涙を我慢しているのが見え見えなのだが……。



「ほら、エマちゃん。修哉きゅん行っちゃうから」


 莉琉昇太郎が微笑みながら別れを促す。

エマニュエルは莉琉に何かを教わっていたのか、コクンとうなづき修哉の前に一歩出て、右手の甲を差し出した。


「シューヤ・フジモリィ、汝の征く道に栄光あらん事を。リンドグレインの名において汝の凱旋を待っている」


 エマニュエルのやんごとなき者の物言いに、意表を突かれた修哉ではあるが、エマニュエルの精一杯の背伸びに苦笑などせず、流れるような動きで彼女の前で片膝をつき、差し伸べられた手の甲をとってキスをする。

王と騎士などの主従関係で良く見られる、敬愛を示す儀式だ。


 その両者の姿を見た難民たちは、皇女直属である原初の導士の旅立ちに、高揚感に包まれたどよめきでそれを讃える。




 たまたま難民たちの中に、農業を営みながらその片手間でリジャの原風景を描き続けた農村画家がいた。

後に彼は自分の記憶を元に「女王エマニュエル」の様々な絵画を世に出して有名になるのだが、彼の新生リンドグレインシリーズの輝くべき第一作目がこの光景である。



【ハンナエルケ要塞にて ~出征の見送り~】



 ハンナエルケ要塞とは後に、エマニュエルのミドルネームであるハンナエルケの名付け親である、リィリィルゥルゥのハイエルフ、ララ・レリアに敬意を表した莉琉昇太郎が付けた名前なのだが、

ハンナエルケ要塞がこの土地の名称として認識され、全ての人々に受け入れられるまでに、それほどの時間はかからなかった。


 また、このハンナエルケ要塞こそが、リンドグレイン最後の血統であり、新生リンドグレイン王朝発祥の地として、後世の歴史書に記載される事になるのだが、ここで歴史ミステリーが誕生してしまう。


 この農村画家が描いた最初の一枚について解説される際、固有名詞を持つ主要人物は二人しか出て来ない。


 ーー残された人々を救出する為、リジャの街に赴こうとする戦士を見送る皇女エマニュエルとリル将軍。皇女は戦士に祝福を与えるーー


 ジェノサイド……銃士隊による虐殺で民族浄化の危機に陥りながら、飢餓に苦しむリジャの人々を救おうと街に乗り込み、単身で銃士隊と闘う者などいない。

いるとするならば、リル将軍に匹敵するほどの恐るべき能力を持った原初の導士しかあり得ないのだが、当時の記録を紐解いても名前が一切出て来ない。藤森修哉の名前が出て来ないのである。


 名前が出てこないと言う事はつまり、藤森修哉の名前が後世に伝わっていない事の証明でもあるのだが、彼に関係した人々が全員口をつぐんでいるのか、それとも彼が彼らしく完全に闇の中に溶け込み、女王エマニュエルの親征とは一線を引いて行動したとも考えられる。



 英雄願望や勇者としての名声など欠片も欲さず、「たった一人の特別な少女」が輝く人生を歩む為、ただそれだけに全てを捧げた暗殺者。

 血煙にむせるリジャに向かって駆け始めたのだが、その表情はひどく穏やかであった。




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