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血生臭い


 修哉が意識を取り戻し、レオニードの家で保護されてから二週間。レオニードの回復魔法で傷の癒えた修哉は、流した大量の血を補う為に食べろ寝ろと、未だ彼の家で世話になっている。


 そんなある日の午後、穏やかに晴れた冬の合間をくつろぐ様に、修哉はウッドデッキの椅子に座り大してお気に入りの風景でもないのだが、ぼんやりと景色に魅入っていた。


 レオニードとの関係はあれ以来気持ち悪いほどに良好で、まるで父親が自分の息子を一人前の男だと認めたかの様に、多くを語らず、多くを聞かず、穏やかな距離を取って接している。

だが娘のエマニュエルは未だに余所者の修哉に対して警戒感を持っているのか、レオニードがいる時以外は修哉に直接接しては来ない。また、接して来た時は必ず上から目線の言葉を投げ付け、絶えず表情の乏しい修哉を苦笑させていた。


 ただ、エマニュエルとの会話自体は、レオニードの存在が大きく影響するのだが、エマニュエルがガチガチにこの異邦人を警戒している訳でもなさそうだった。

それと言うのも不思議な事に、日々修哉の周りには必ずと言って良いほどエマニュエルがいるのだ。何かと理由を付けては彼の側にいると言う事は、警戒しながらも修哉の存在に対し少なからず好奇心を持っている事の表れなのかも知れなかった。


 エマニュエル・プロニチェフ、8歳、まだ思春期に突入してはいないものの、修哉の存在を、無視出来ないお年頃であったのだ。


 そして今も椅子に座ってぼんやりしている修哉の近くに、何故かエマニュエルはいる。

 愛犬ビッセの訓練だと称し、庭で棒切れを投げてしきりにビッセに取りに行けと命令しているのだが、ビッセは尻尾を振りながらお座りしままま。

しょうがないからとエマニュエルが投げた棒切れを取りに駆け出すと、ビッセも楽しげにエマニュエルを追いかける。そしてエマニュエルが棒切れを回収し再び投げると、ビッセも尻尾をぶんぶん振り回しながら……。


 結局は棒切れをゴールにした犬と少女の単なる徒競走なのだが、エマニュエルはいたく真剣にそれをやりつつ、チラリチラリと修哉の視線を確認して来るので、彼の存在を気にしている事は間違いの無い事実。

ただ、それをもって馴れ馴れしく彼女に接近すれば手痛いしっぺ返しがある事も予想され、修哉はこの距離感で良いやと、眠そうにあくびをしながら見て見ぬフリをしていた。


 ある程度の基礎知識として、レオニードやエマニュエルは様々な事を教えてくれた。


 この国の名前は【クラースモルデン連邦共和国】と言って、数年前に民衆が革命を起こし王政を打倒した、エルゲンブレクト大陸随一の軍事国家であり、

ここはクラースモルデン連邦共和国の東北東に位置する北の寒村、ボルイェ村と言う名の最果ての地であるのだそうだ。


 ただ最果ての地と言っても人間の生活圏に限定した話で、ボルイェ村の北側にそびえる山脈を越えるとエルフやドワーフなどの亜人種が所有権を主張する、人ならざる者たちの楽園が極海まで広がっているのだと言う。


 レオニードが施してくれた回復魔法もさることながら、エルフやドワーフの名前が当たり前の様に出て来る事から、いよいよもってこの世界は自分の知っている世界ではないのだと、骨の髄から納得し始めているのだが、その反面話を聞けば聞く程に湧いて来る疑問もある。


 ーーいくら異世界と言っても、様式が似過ぎていないかーー


 この世界に魔法や、亜人種の存在があるならば、修哉がいた世界とはまるで違う進化を遂げていたり社会的な構造が違っていたりと、修哉の度肝を抜く様な違いがあって然るべきなのに、

生活様式や食生活も修哉がいた世界とさほど変わらず、更にはクラースモルデン連邦共和国……、連邦共和国だとか、王政打倒だとか革命だとか、いかにも胡散臭い耳慣れた言葉が修哉の脳裏をチリチリと刺激しているのだ。これ程共通点があるものなのかと。




 人間の進化、人類の進化、社会構造の進化など、おおよそ修哉にははっきりと答えを出す事の出来ない様な、文化人類学や進化論に想いを馳せていると、森の奥から家に繋がる道に女性の姿が見える。


 相手側も庭でビッセと駆け回るエマニュエルと椅子に座る修哉の姿が目に入ったのか、「エマちゃ~ん、シュ~ヤ~」と手を振りながら、大きな声で二人の名を呼んで来た。


 現れたのは村の娘で名前はロージー。修哉より二歳年下の15歳なのだが、何故か修哉には姉さん女房の様な立ち位置で接して来ている。


 人口二百人足らずのこのボルイェ村では若者の数も少なく、更に言えば黒髪の異邦人で眼光の鋭い端正な顔つきの修哉に、同世代の少女が興味を抱くのは当たり前。

レオニードの家が村の郊外にひっそりと佇んでいたとしても、世捨て人でもない限り村との交流は間違いなくあり、

先日の事、近くで両親が牧場を営んでいるロージーが、レオニード宅へ牛乳のお裾分けを持って来た際、修哉の存在に気付き足繁く通う様になったのである。


「エマちゃん、シューヤ、チーズが出来たわよ。お茶の時間にしましょ」


 ロージーは二人に声をかけながら遠慮無しにレオニードの家に上がりお勝手へと進む。

エマニュエルは「ばっざーい!チーズ、チーズ」と諸手を上げて喜びながらロージーの後について家の中へ。

お隣さんの家に許可無く平気で上り込むのが当たり前の社会……まことに田舎らしい光景に、クスリと微笑みながら修哉も椅子から立ち上がり、屋内へと入って行った。


 スライスしたパンに、やはりスライスしたチーズを乗せて、これでもかとばかりにザラメをふりかけた後、暖炉の火に近付けてそれを炙り、全体がキツネ色になったら出来上がり。

何の事は無い砂糖をかけたチーズトーストなのだが、この地方では贅沢なおやつとして老若男女の頬を緩ませている。


「とはー!この絶妙な焼き色、ロージーさすがですなあ」


 チーズトーストの甘い誘惑に負けたエマニュエルは、近くに修哉がいると言うのに完全に警戒心を解き、チーズトーストとホットミルクを交互に口に入れてホクホク顔。

修哉は甘いものが嫌いだと告白した事もあり、ロージーは砂糖抜きのチーズトーストにコーヒーを煎れてくれた。


「どう、シューヤ?貰い物のコーヒー豆だったんだけど、あなたの国のコーヒーと同じ味かな?」


「美味いよ、ロージー。俺の国でも、こんな美味い味は出せないよ」


 そりゃそうだ。缶の無糖コーヒーなんてしょっぱいだけだし、ファストフード店の、それでコーヒーなのかと驚く様な気味の悪い飲み物に比べたら、自分で豆を焙煎するところから始めるロージーのそれは美味いに決まっている。

 パンにしてもチーズにしても、全てが手造りで素材は天然物。ロージーのお裾分けに限らずレオニードが狩って来る鹿などの肉も本物で、店で食わされる成形肉のステーキとは大違い。

 これが田舎の力なのか、それともこの世界の当たり前なのかは計る事は出来ないが、修哉は素直に感心し、口にする物の味にいちいち静かに感動していた。


 ただ、ロージーが甲斐甲斐しく用意してくれたおやつの時間を、百パーセント楽しめない理由が修哉にはあった。理由はもちろんロージーが聞くのだ、とにかく聞いて来るのだ。

修哉の嗜好どころの話では無い。住んでいた場所から、文化、社会から、果ては恋人の有無や好みの女性のタイプまで。


 さすがに全てを事細かに話す事は出来ないので、四季に囲まれた国だの、職人と観光と温泉の国だのと当たり障りの無い内容で答えるのだが、彼の生い立ちや生活などはロージーに迫られても口ごもるだけでまるで話せない。


 それもそのはず。産まれてすぐに親から捨てられ児童保護施設で育ったとか、その児童保護施設の職員が人間のクズで、少年少女片っ端から性的暴行してて襲われそうになった修哉が半殺しにして施設を飛び出したりとか。その後小夜に拾われるまでは路地裏で路上生活をしていたとか……。


 さすがに天使の様なエマニュエルや、汚れなど知らないロージーを前に、ディープでダークネスな自分の生い立ちなど話せる訳が無く、ましてやその後、民間軍事会社と契約して非正規活動で戦場を渡り歩いたり、帰国後は公安調査庁と契約して凶悪犯罪者やテロリストの暗殺を請け負って来たなど、口が裂けても話せるはずが無い。


 シューヤは表情が乏しい、しかめっ面オバケだと、エマニュエルから馬鹿にされても、極めて穏やかを装い、レオニードの配慮同様血生臭い空気を放たない様に努めていた。


「シューヤは首都の方から来たの?気を付けた方が良いよ」


 だが、世間話の延長でロージーがそう切り出した事から、この世界の、この国の、意外な一面が見えて来る。なんだこの国も充分血生臭いじゃないかと、修哉が呆れるほどの姿がロージーの話から垣間見えたのである。






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