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異世界に飛ばされた俺は、ゴリゴリの復讐者となって世界を敵に回す  作者: 振木岳人
◆死剣フラーブロスチと聖剣ヴェール・ヘルック
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意地の一撃 後編


 リジャの街郊外……

大陸一の穀倉地帯だったリジャ周辺は、クラースヌイツベート党の食糧増産計画の失敗により、完全に荒れ果ててしまった。

人々の食を支えた生命溢れる光景などは全く見られず、痩せた大地が完全に干からび、見渡す限りの茶色い世界へと変わってしまった。


 今その、リジャの街の郊外を北に向かって、一頭の馬が全速力で駆けている。


タカラッ、タカラッ、タカラッ! と、リジャの街の乾いた大地を猛然と叩く様な蹄の音は、その馬の乗り手が、刻一刻と迫るタイムリミットに抗っている事が伺える。……つまりは、急いでいるのだ。


 馬に乗っているのは二人の女性。髪を振り乱しながら撫で付けもせずに、必死に馬の手綱を握っているのは、クラースヌイツベート党が組織した人民特務警察班のエリート集団、「シーニィ・メーチ」の女性士官。

シーニィ・メーチの指揮官である、アレクセイ・クルプスカヤ特務少佐の副官である、マーシャ・チェバロワ特務少尉である。


 彼女はクルプスカヤ特務少佐から、この世界に飛ばされて来た桜花のメンバーである、ジャンパーこと土岐朱鷺子の保護を命じられていたチェバロワ特務少尉。

精神を病み、床に伏せっていた土岐朱鷺子の身辺の世話をするのが、彼女に与えられていた任務であるはずなのだが、何故か今、馬にまたがりリジャの北……つまりは難民キャンプを目指している。


 そして何と、クルプスカヤ特務少尉が背中に背負っているのは、土岐朱鷺子本人。

落馬しない様にと、チェバロワ特務少尉が自分の身体と朱鷺子の身体をロープでつないでいるのだが、それに抗う事はせずに大人しくしている様は、幾分精神的には安定しているものの、虚ろな眼は相変わらずで、アレスターの名をひたすら呟いていた。



 鮮やかな夕陽が、スヴェート海を真っ赤に燃やし、眼下に小さく見える海運都市サレハルートを逆光で真っ黒に染める。

恋人たちが並んで見るならば、此れ程のロマンチックな光景は無いのだが、急ぐチェバロワ特務少尉はそんな風景を愛でる暇もないのか、険しい表情のまま前のめりで馬に鞭を打つ。


 その時、ピリリとチェバロワ特務少尉の左の眉毛が痙攣した。はたから見れば、筋肉の痙攣の様に微電流反応にも見えるのだが、彼女の脳内ではこの痙攣をきっかけに、謎の存在との会話を始めていたのである。



 ーー同志チェバロワさん、聞こえる?僕の声が分かる?ーー


 ……ええ、同志ギンツブルク。やっと届くところまで来たって事ね……


 チェバロワ特務少尉が脳内で会話を始めたのは、あのギンツブルク特務少尉。

首都ノヴォルイのシーニィ・メーチ本部で、アレクセイ・クルプスカヤ特務少佐の指示のもと、念話で極秘の打ち合わせを仲介した少年だ。


 ーーチェバロワさん、急いで!フラット・ライナーとアレスターが始めた、闘い始めたよ!ーー


 ……慌てるなギンツブルク、あと十分も走らせればそちらに到着する。……だがフラット・ライナーの能力は侮れないと聞くな。何とか時間稼ぎは出来ぬのか?……


 ーーそんな事言われても、力じゃどうにもならないし、なるべく自分たちの存在は隠せって、同志少佐がーー


 ……確かにそうだが……。闘ってると言うのはどういう状況なんだ?今すぐ決着がつきそうなのか?……


 ーーいや、違いますよ。何か良く分からないけど……、二人で殴り合ってますーー


 ……はあっ?殴り合ってる!?……


 ーーそうです、お互い能力なんか使わずに殴り合ってます!そりゃもうボッコボコですよ!ーー


 ……ボッコボコなのか!?……


 ーーはい、ボッコボコです!ーー



 状況が全く掴めずに、何をどう判断して良いのかまるで理解出来ない……。

チェバロワ特務少尉はそれでもこれは、逆に時間稼ぎのチャンスではあると考えて、ギンツブルクに指示を出した。


 ……いずれにしても後ちょっとで到着する。もしその前に破滅的な展開が起きようとしたら、私が話をするからフラット・ライナーと回線を開け!責任は私が取る……



 俗に【黒服】と呼ばれて忌み嫌われるシーニィ・メーチのエージェント、チェバロワ特務少尉とギンツブルク特務少尉が、唇を一切動かさずに会話を重ねていた丁度その頃、

渦中の人物二人は、ギンツブルク特務少尉が表現した言葉その通りに、自分の身を守る事すら考えないまま両の拳をひたすら相手に叩き付けていた。


 エマニュエル・ハンナエルケ・リンドグレインが己の素性をリジャの難民たちに明かし、今すぐ反旗を振りかざす事は無いが、いつの日か訪れる平和を夢見て今は耐え忍べと力説する中、

その演説会場から「駆逐艦エルドリッジ」一隻を挟んだ場所で、藤森修哉と漆原謙一郎の壮絶な殴り合いが繰り広げられている。



 ハアッ!ハアッ!ぜいっ!ぜいっ!と、二種類の荒い呼吸が荒野に響かせながら、一歩も下がる事を知らない彼らは、顔のあちこちを赤黒く晴れ上がらせながら、滴り落ちる鼻血にも気に留めず、ただひたすら持ち上げた拳を振りかぶり、相手の顔面に打ち続けるだけ。もはや拳の皮膚もズルズルに剥けて来る壮絶な殴り合いだ。


 だが、相手の顔面に拳を何発叩き込んだか、その数さえ分からなくなって来た頃の事、ここで修哉と漆原の両者に如実な差が生じて来たのである。

修哉よりも一回りも大きく、体格的に恵まれていたはずの漆原であったが、ここへ来て手数が激減し始めており、このままでは完全にサンドバッグ状態に陥りそうなのだ。



 以前いた世界でのスタイルに差が出たのか、日常生活を送りながら作戦行動を続けた漆原よりも、やはり暗殺者としての訓練を受けるために、世界中の戦場を渡り歩いた修哉の方に分がある状況。

 能力を封印した格闘では、体格差が戦力差として勝敗を決める最大の要素である事は間違いなく、漆原優勢が予想されたのだが、両者の「被弾率」がまるで違う。

十発中、四発の拳を避ける修哉に対して、漆原は避けられずに全弾受けてしまうのだ。


 撃たれたら終わり、倒れたら終わり……即ち終わりとは敗北の事で、冷たい死体になる事を意味する。

彼の身体に染み込んだこの単純な戦場でのルールが、漆原の闘争心より優っていたのである。



 修哉の心臓をロックオンしたと脅迫して、殴り合いの格闘戦に持ち込んだ漆原謙一郎。コールサインは【アレスター】。

何故彼が、こんな殴り合いの馬鹿げた勝負を始めたのかは分からない。だが逆に、この一連のアレスターの行動で見えて来る事もある。


 ーー修哉を殺す事が彼の目的であったのなら、四の五の言わずにその場で能力を使えば良かったのである。

 だがそれをせずに、アレスターは原始的な決着方法である殴り合いを始めた。つまりは「殺し」以外に何かしらの目的があるのではと修哉は判断し、漆原の挑発に甘んじて乗ったのである。



「……はあっ、はあっ! あんたの負けだ」


「ぜひっ、ぜひっ!……いやあ、わからんぜえ!」


「もう膝がガクついてるじゃないか、何をそんなに意地になってる?」


「そりゃあ、意地にもなるわな。お前さんには分からんだろうが」


「……分かる訳無いだろ!」


 パチンバチンと互いが再び拳を合わせる。ちょっとした会話のインターバルで呼吸を整えたのか、両者の拳はやや勢いを取り戻したかに見える。

そして何より、漆原の瞳の強さが衰えるどころか、爛々とした輝きを取り戻しつつある。彼の腹の底で何かが沸々と湧き上がっているのか、自分が倒れる事を絶対に許さない闘争者のそれだ。



 ……フラット・ライナー、俺は前からお前の事が気に入らなかったんだ。俺は絶対にお前のやり方を認めねえし、理解しようとも思わねえ。

 俺は平和が一番好きなんだ。凶悪事件や社会不安に目を背けて思想闘争の為に悪用される平和の事じゃねえ。【まあ、みんなとりあえず上手い事やろうや】って平和が好きなんだ。だから人を痛めつけるのは好きじゃねえし、殺しなんか言語道断だ。

 だから俺はお前を認めたく無えんだよ。お前はサクサク殺しやがる。そりゃあ悪党なんか死んだ方がマシだろう、老人を騙すクソ野朗どもや、人々を惑わす言論テロ屋なんか最悪だよな。でもな、殺しちゃいけねえと俺は思う訳よ。

 守りたいものがある……。世界中の誰もが、大なり小なりそれを持っている。それを守る為に意地を張り、命を賭ける。

 莉琉から話は聞いたが、お前だって守りたい子がいるなら……殺しなんかやってんじゃねえよ。血で汚れた両手で、お前はその子を抱き締める積もりなのか?

 俺は認めねえ、認めねえぞ!……


「……フラット・ライナーよ」


「……何だ?」


修哉の拳が顔面にめり込みながら、それを前のめりになる事で弾き飛ばし、フン!と鼻から息を飛ばして鼻腔に溜まっていた鼻血を吹き飛ばす。


「何でそんなに意地になってるんだって聞いたよな」


「……ああ、聞いたが」


 前のめりになった勢いで、漆原は左手を振り下ろして修哉の肩をガッチリと掴んだ。

振りほどこうと腕を掴んで足掻く修哉に向かい、漆原は両足を踏ん張りながら引き絞った右腕にギリギリと渾身の力を込める。


「……惚れた女の為に決まってるだろうがぁっ!……」


ゴパン!と鈍い音を伴いながら、漆原全身全霊の右拳が、修哉のみぞおち深くに突き刺さる。

修哉は身体を「く」の字に折り曲げつつ、ぐふう!と肺の空気を一気に出しながら、顔から地面にべチャリと倒れ込んでしまう。


 ……アレスター、漆原の完全勝利である。




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