莉琉昇太郎の底力
・
エルフの住む巨大な森、通称アンカルロッテと呼ばれるその森の西南端に、政府の誤った農業政策で飢餓に陥ったリジャの街の人々が集まる難民キャンプがある。
そのキャンプに向かって今、藤森修哉とエマニュエル・ハンナエルケ・リンドグレインが、森の中を早足で移動しているのだが、どうも様子がおかしい。
修哉は右手に聖剣二本を抱え、エマニュエルに伸ばした左手を彼女はガッチリと掴み返し、二人揃って血相を変えながらとにかく……とにかく早く難民キャンプにたどり着こうと慌てているのだ。
二人が急いている理由、それは霊山シャミアで二本の聖剣を受け取り、再びリィリィルゥルゥの神殿に戻って来てホッとした際にそれは起きた。
「あれ?あれれ? 」
「何だこりゃ!? どうなってんだ?」
神殿から二人が階下を見回すと……無いのだ。何も無いのである。
異なる次元に存在する世界は交じり合う事は無いが、戦争や天変地異などで大量の人間が死ぬと巨大な残留思念が発生する。それが大きな【ゆらぎ】となって他の次元に干渉し、本来ならあり得ない次元の移動も稀に起こってしまう。
ララ・レリアが説明してくれた次元移動の仕組みなのだが、この地リィリィルゥルゥでは、第二次世界大戦当時の船や戦闘機や戦車が、それこそ周囲を埋め尽くさんばかりに横たわり、苔の布団を被って悠久の時を過ごしていた。
景観的に目障りだからと、莉琉昇太郎が外に持ち出す事をララは快諾してくれていたのだが……だからと言って、リィリィルゥルゥが丸裸になってしまったのは異常な光景である。
難民キャンプを守る為に、持ち出せる物は全て持ち出してくれと確かに修哉は言ったが、せいぜい弾薬や戦車あたりを持ち出したのであろうと考えていた。
霊山シャミアから返って来た修哉は、リィリィルゥルゥのその変わり様に、完全に度肝を抜かれたのである。
ハアハアと呼吸と早めながら、歩幅に鼓動に合わせて移動する二人。木々の間から差し込んでいた木漏れ日がより一層その暖かさを増して来た時、修哉は逆光の中で思い切り叫ぶ。
「なっ……! なんだこりゃあ!」
目の前に広がったのは、難民キャンプを囲む巨大な壁。
逆光でそのシルエットが網膜に飛び込んで来るだけなのだが、キャンプの南端に横付けされたあの姿は間違い無く駆逐艦エルドリッジ。
そして駆逐艦の船首側には東の丘側から迂回して攻め込まれない様にと、これまたドイツのUボートが置かれており、駆逐艦の船尾側……海岸に向かう平原には、騎馬隊が突撃して来ない様にと、それこそ無数の戦車と戦闘機がランダムで置かれていたのである。
南から攻めてくるであろうクラースモルデン連邦共和国の兵士たちから、難民を守る為の要塞構築。
それを意図して莉琉昇太郎に依頼したのだが、そのスケールが予想の遥か斜め上で、修哉たちは完全に圧倒されてしまったのである。
「まさか……、まさか駆逐艦エルドリッジ本体を持って来るとか……。あいつ神がかったアホかよ!?」
修哉は決して莉琉昇太郎を馬鹿にして、そう口から吐き捨てたのではない。あまりにも壮大過ぎて言葉が見つからなかったのである。
すると、修哉とエマニュエルの姿を見つけたのか、エルフのシルフィアがやはり血相を変えて二人の元に駆けて来る。
「シューヤ、エマニュエル!すごい、すごいのよ!これ全部リルが持ち出したの、全部リルがやったのよ!」
やはりシルフィアも興奮冷めやらぬままなのか、頬を紅潮させつつ莉琉昇太郎を讃えながら、二人を駆逐艦エルドリッジの甲板へと誘う。
「昇太郎!お前一体、何やったらこうなるんだよ!?」
「リル、リル凄いよ!どうやったらこんな事になるの」
修哉とエマニュエルが駆け寄るとそこには、艦橋の付け根にもたれてぐったりと座り込む莉琉昇太郎の姿が。息も絶え絶えで汗びっしょり、普段通りスタイリッシュな女装男子を気取っている様子など、微塵も感じさせずに撃沈している。
「ぜひー、ぜひーっ!修哉きゅん、エマちゃんお帰り。莉琉頑張ったよ、すごく頑張ったよ!」
能力を使い過ぎたのか、莉琉昇太郎は疲労困ぱいで腰砕け。
まともに立ち上がる事すら出来ないのだが、シルフィアと修哉が肩を貸してやり、立ち上がらせてやろうとすると、何故か莉琉昇太郎はそれを固辞しながら、修哉に対して訪問客が来ている事を告げたのだ。
「修哉きゅん、艦橋のてっぺんに行ってみると良いよ。懐かしい人が今、景色見てるから」
……懐かしい人?……
莉琉昇太郎にそう言われ、手にした聖剣二本をシルフィアに預けた修哉は、今更懐かしい人って誰だよと駆逐艦エルドリッジの艦橋に入るドアを押して開けようとする。すると、「おうっと危ねえ!」と、ドアの反対側から驚いた声が。
ドアを押すのを一旦止め、改めてドアの反対側にいる者が安心して出て来れる様に距離を取ると、中から出て来たのは見覚えのある痩せた大男。よれたネクタイに緑のトレンチコートを羽織る、漆原謙一郎が出て来たではないか。
「よう! フラット・ライナー。元気にしてるみたいだな」
「あ、あんたは……。漆原謙一郎、アレスターか」
あはは、良く覚えててくれたなあと腹の底から笑うアレスターを、訝しげに見詰める修哉。
莉琉昇太郎と再会した際は、彼がリジャに飛ばされてほとんど中央と縁が無かった事と、この世界に飛ばされる以前からの彼のキャラクターが幸いし、この地で生きる仲間としては何の違和感も無く腹を割って話す事が出来た。
だが改めて目の前にいる漆原謙一郎を見ると、相変わらずゲーム実況動画で有名な、あの兄弟の弟の様に、低くて良く通り不思議と人を安心させる様な声なのだが、どうも修哉を見下ろすその視線が、再会を喜んだり、知己ある者に巡り合って安堵する様な類のものでは無い。
漆原謙一郎が別の感情わ腹に抱え込んでいるのではないかと、修哉は何かしらの警戒感を彼に抱き始めたのだ。
「ほお、名前を覚えていてくれているとは光栄だな」
「あんたは確か、ジャンパーとツーマンセル(二人一組)で作戦行動を取っていた記憶があるが」
「ああ、ジャンパーか。彼女ちょっと精神を病んじゃってな、首都の郊外に家を借りてそこで療養してるんだ」
……【首都】!……
そのキーワードを耳にした途端、修哉の警戒感は一気に上昇し、限りなく確信に近い疑惑へと変化する。
袴田哲臣や越ヶ谷美雪は、クラースヌイツベート党が設立させた人民特務警察班のエリート部隊【シーニィ・メーチ】のエージェントであり、そのエリート部隊の本部は首都にある。
元桜花のメンバーが首都ノヴォルイ方面から来たとなれば、シーニィ・メーチと無縁だと考える方がおかしいのである。
「って事は、今まであんたも首都にいたって事だよな?」
「うん?あ、ああ。そうだよ、首都にいたさ」
「……小夜が処刑されたのは知っているのか?」
「知ってるも何もこの目で見た。……あれでジャンパーが参っちまってな」
……ジャンパーの事など聞いていないし興味も無い。一つだけ問う事があるとすれば、何故その時お前は止めようとしなかったんだ!……
小夜の処刑に関して、傍観者であった漆原に憎悪の念がとめどなく湧き始めた修哉。
そしてその気配に漆原も気付いてはいるのだが、言い訳などサラサラしたくないとばかりに、彼の瞳に力がこもる。
ーーさあ!お前はそれを知って俺をどうする積りなんだと、漆原はひどく挑戦的なのだ。
このまま一触即発の膠着が続き、互いにあと一言何かを切り出した途端、それをきっかけにして不幸な出来事が起きてしまうのは確実に見えたのだが、やって来たシルフィアの言葉がクサビとなって両者を分かつ。
「シューヤ、リルが何とか立てる様になった!集会を始めるなら今だぞ!」




