特異点
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ハイエルフのララ・レリアに導かれ、「霊山シャミア」へとたどり着いた修哉とエマニュエル。
しかし、彼らの目前に広がっていた光景は何と、エルゲンプレクト大陸のそれでは無く、長野市の善光寺盆地を南から眺める【皆神山】の山頂であったのだ。
古くから「日本のピラミッド」と呼ばれたり、未確認飛行物体の目撃多発地帯と騒がれる皆神山は、第二次世界大戦当時には大本営を移すとして、皆神山の地中を基地化する工事が行われていたほど。
何かしら神秘的な力に満ちた山だとされていたが、まさかまたこの地へ戻って来る事になるとはと、修哉は目を剥き出しにして驚いている。
だが、そんな修哉に対してララ・レリアは、それは現実であって現実ではないと諭したのである。
「ふふふ、あまり驚かんで良い、フラット・ライナーよ。ここは汝が以前いた世界の皆神山だが、こちらの世界でもある。次元の狭間と表現すると安っぽくもなるが、ここはリィリィルゥルゥの一部でありながら、外の世界が見える接点……次元の展望台とでも考えれば良い」
見えたとて、決してその場に立つ事は出来ないのだと説明され、ようやく修哉は納得が行った。
この場所があるならば、修哉のディメンション・リビルドを駆使しなくても、異次元世界を移動する事が出来るのではと、疑問を抱いたからだ。
「あれが……シューヤの住んでいた街なの?でも何か変よ。あちこちで火事が起きてるみたい」
いち早く異変に気付いたエマニュエルが、ほらほらと修哉に分かる様に指で場所を数えるのだが、目を凝らして見てみると、どうやら尋常ではない数の家屋が燃えているのだ。
「ララ、あれはどういう事だ?長野で何が起きているのか、情報は掴めるか?」
長野市街地が西側からどんどん火を上げて、長野駅がある中心街へと広がって行く。それは爆発を伴った火災であり、単なる火災とは言い難い状況だ。
「あれか。あれはな……中国人民開放軍陸軍部隊の砲撃だ」
「人民開放軍が!? 何で長野を砲撃しているっ!」
「フラット・ライナー、ここはお前がエルゲンプレクト大陸に飛ばされてから、五年後のビジョンがゆらぎによって投影されている。これが日本の断末魔の姿だ」
「……五年後の日本だと……」
唖然とする修哉に向かい、ララ・レリアは高揚も低迷も無いまま、淡々と説明を始める。
まだ弁士の様に抑揚を付ければ、面白おかしく聞こえるのであろうが、ララの冷静な言葉の数々は、かえって修哉の背中に冷たい汗を滴らせる事になる。
……事の発端は、インドとパキスタンの間に長年続いた国境紛争において核が使用された事だ。
ガンジーの夢むなしく、核を放ったインドが核で反撃されて世界のバランスは完全に崩れた。これを好機と見た中東諸国がイスラエルに進軍を開始して、イスラエルはそれを戦術核で迎え討った。
核使用がタブーとされて来た世界で、核が一発でも炸裂すれば、最早ブレーキなど効く訳が無い。国連の力は有名無実化し、イスラエル保護の名目で核武装した西側諸国の部隊が、中東入りしてから核の火柱を上げるまでには、そう時間はかからなかった。
黙示録と呼んでも良いほどに、世界が混沌と放射能に包まれた時、北朝鮮が何発かの大陸間弾道弾を打ち上げる。
しかしそれは敵国に落とす為の核爆弾を搭載していたのでは無く、地球の衛星軌道で自壊し、ケスラーシンドロームを利用して世界各国の衛星網を完全に破壊する事を目的とした衛星破壊ミサイルで、
これにより世界の通信網は完全に寸断され、衛星軌道には秒速数キロメートルの高速デブリが大量に漂う事になってしまった。
つまり、放射能にまみれて核の冬がこれから訪れようとする死の星地球で、人類は地球を捨てて宇宙に脱出する術を完全に断たれ、地上に縛り付けられたのだ。
後はもう、放射線濃度の恐怖に苛まれながら、残された時間をプライドの為に生きるしか無くなったのさ、人類は。
ここ日本も、台湾海峡に布陣して台湾奪取に成功した中国人民開放軍の広州軍区、第四十ニ集団軍がそのまま海を渡って北上して日本列島を西から軒並み占領、今はこの北信越エリアが最前線になっている。
松本の自衛隊駐屯地を襲った部隊が日本海ルートを確保するのに国道十八号線を狙って長野に進軍して来たのだな……
「……終末……なんだな」
「ここも二時間後には合衆国大統領の承認が下りて、戦術核が落ちて来るよ」
「愚か過ぎる……」
顔を曇らせながら文明の終焉を見詰める修哉は、言葉に詰まりようやく単語を絞り出すのが精一杯。
聞き慣れない単語の羅列に悩まされていたエマニュエルだが、修哉の元居た世界が滅亡しようとしている事は理解出来たのか、その恐怖に立っておれずに、怯えながら修哉の腰にしっかりと抱きついた。
「フラット・ライナーよ、良く見るがいい。これが人類の限界、人間の限界なのさ。ヒトは必ず進化の過程で自滅して行く」
「うん?いや、ちょっと待ってくれ。……どうも俺には、あんたが様々な人類の最後を見て来たとしか聞こえないのだが」
「ふふ、そう言ったのさ。感の鋭い汝なら、もう気付いたのだろ?フラット・ライナーよ。飛んで来た世界と、今いる世界。……世界の存在は二つだけでは無いと」
「……それはつまり多次元世界?多次元宇宙って事なのか?」
「泡と言う単語が頭に付く、泡状多次元世界だな。泡の様に無数に誕生しては無数に消えて行く不条理な世界。その泡の一つに、汝やエマニュエルがいるのさ」
そして、ここが一番重要なポイントなんだが……
そう切り出したララは、再び冷たい瞳にへと表情を変える。その眼光の鋭さは、この話をしたかったのだなと、修哉があらためて身を構える程にだ。
……泡の様に生まれて、泡の様に消えて行く無数の世界。生まれて来るも消えゆくも、そこには間違いなく見えない力、大いなる力が働いている。人類の進化を神が監視し、そして直接介入しているのだ。
神の存在などフラット・ライナーは信じないであろうな、かく言う私も神などと言う存在は信じてはいないのだが、人類の命運を左右する大いなる存在は確かにいる。
それは多分、愛やロマンに溢れた創造主ではなく、ただ作り出しては失敗作をボツにする造物主ではないかと私は考えているのだ。だから平和だの何だのとセンチメンタリズムに一切左右されず、人類の進化の結果のみを見ているのではないかとの結論に至っている。
今まで様々な世界の人類が終焉を迎えて来た。そして私はその情報を得て分析して見い出した結論がこれだ。【超能力者を生まない人類は淘汰される】……この一言に尽きる。
人類が進化を見誤った世界は、軒並みシュレッダーにかけられてしまうと言う事なんだ……
「ララ・レリア、超能力者はそれほど貴重な存在なのか?」
「ふふ、貴重な存在なんだろうね。だって君や桜花のメンバーがこちらの世界に来た途端、前に居た世界の終わりが始まったんだ。そう考えれば一目瞭然だろ?」
修哉とララは難しい話を続けており、エマニュエルはそこへ無理して割り込まずに、燃え行く長野の光景をじっと見詰めていたのだが、とうとう居ても立っても居られなくなったのか、修哉の袖を引っ張って揺らしながら懇願する様に叫ぶ。
「シューヤ、シューヤ!街が燃えているのよ!あそこにはたくさんの人がいるんでしょ、助けられないの?何とかならないの!?」
「エマニュエル、それは無理だよ。景色は見えていてもあれは別の世界だ、フラット・ライナーだけで無く私だってどうにも出来ない」
「ララさま!」
「残念だけど我々は無力なんだよ。ほら、フラット・ライナーも困っているじゃないか。ハンナエルケ、泣くのをやめて」
ララ・レリアは修哉からエマニュエルを優しく引き剥がして頭を撫でてやる。彼女を労わる様に優しく接しているが、ララは再び修哉に向き直り、中座した核心についての説明を再び始める。
「神の淘汰から逃れるため、人類の進化を促すために、ある者は様々な世界を飛び越えながらその可能性を模索し続けて来た。式神を使い人と交配させてエルフやドアーフを作り……」
「ちょ、ちょっと待て!そいつはもしかして!?」
「そうだよフラット・ライナー。その者の名は安倍晴明、魔人安倍晴明だよ」
まさかここで奴の名前が出て来るとは……。あまりの衝撃で二、三歩後ずさりする修哉だが、その衝撃はみるみる内に怒りへと変わる。
【人類の進化を模索する者が何故?】
……イエミエソネヴァと名を隠して、暗愚に近い共産主義国家で独裁者の片棒を担ぎ、人々を苦しめて血の雨を降らしている張本人が実は、人類の進化を模索しているだと?人類の未来を切り開こうとしているだと!?……
「……ふざけんな、ふざけんじゃねえぞ。奴が人類の羅針盤だなんて、俺はそんなの認めねえし、たとえ安倍晴明にどんな理由があったとしても、俺は許さねえ、絶対に許さねえぞ!」
激怒する修哉、それはまさに怒髪天と表現しても良い程の様相であり、何に対して怒っているのかすら理解出来ないエマニュエルは、初めて見る修哉の激昂に、腰を抜かさんばかりに驚き怯えてしまう。
エマニュエルに対して常に厳しくも優しかった男が、我を忘れて激発する様はまさに恐怖。彼の奥底に隠された見てはいけないもの……斬れ味の鋭過ぎる刃を見てしまった思いに包まれたのだ。
だが、エマニュエルは直ぐに理解する、彼の怒りは決して個人的な怨恨によるものでは無いと。
レオニード・プロニチェフやロージー、そして処刑されたリジャの人々の声無き声のために、たてがみを揺らして吠えているのだと……。
悲しい怒りだと感じ、胸が締め付けられたエマニュエルとは対照的に、ララ・レリアはそんな修哉を酷く満足げに見詰めていた。
「だから汝なのだよ、フラット・ライナー。汝が必要なのだ」
「俺、俺が……? どう言う事なんだ?」
「魔人安倍晴明もまた造物主の神と同様に、人類の進化その成果だけを求めている。そのアンチテーゼとしてフラット・ライナー、……汝が立つのだよ」
「俺がだと?俺は魔人でも無ければ魔導士でも何でも……」
「ディメンション・リビルドは神の領域にある奇跡だ!」
修哉の戸惑いを打ち消す様に、ララが声を荒げる。それは修哉を諌める様な怒りの声では無い。淀みない気持ちで心して聞けと言う、喝を込めた一言である。
……考えてもみろ。超能力者のスキルは念動力や念視、テレポートや予知など、それはそれで大した人類の進化ではあるが、ディメンション・リビルドだけは傑出しているとは思わないか?あまりにもこの能力は異常だと感じないのか?
次元空間再構築は、超能力を持ったとしても人の為せる技では無い。人が為してはいけないとも言える。何故なら次元を操作するのはこの泡状多次元世界群の中でただ一人、唯一神しかいないからだ。
だからディメンション・リビルドは神からのギフトとも言えるし、神から盗んだ力とも言える。
魔人安倍晴明はそれを狙っておる。自らの人類進化のプランもそこそこに、人類の特異点とも言うべきフラット・ライナーを我が物にしようとしている。
だから汝はこの世界に飛ばされた。だから私は!この世界を実験場にしている魔人と志しを違にするならば、命ある限り闘い抜けと言っているのだ……
もはや息を飲んだまま何も言い出せずに、その場で立ち尽くす修哉。
ララは言いたい事は全て言ったとばかりにくるりと身を翻し、木々に覆われた皆神山山頂の中で、修哉たちの前にひっそりと立つ古びた祠へと入り、そして両手で二本の剣を持ちながら、再び修哉とエマニュエルの前に立った。
「ヒヒイロカネで鍛えた死剣フラーブロスチ、オリハルコンで鍛えた聖剣ヴェール・ヘルックだ。今はリンドグレインの象徴として持って行け。だが、必ずフラット・ライナーはこの二対の剣を持って闘う事になる」
「それがあなたの言っていた、聖剣スフィダンテ……」
「スフィダンテはロシア語で挑戦者を意味する。フラット・ライナーよ、魔人安倍晴明を倒し、造物主にケンカを売る挑戦権を得るのだ」
ララ・レリアから特異点と呼ばれた修哉、彼女から告げられた衝撃の真実に今は口を閉ざし、二本の聖剣を持ったエマニュエルの背中に優しく手を添えながら、この場を後にした。




