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異世界に飛ばされた俺は、ゴリゴリの復讐者となって世界を敵に回す  作者: 振木岳人
◆死剣フラーブロスチと聖剣ヴェール・ヘルック
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霊山シャミア


 様々なエルフ種が住む巨大な森アンカルロッテ。その森の何処かに、亜人種の始祖とも言われるハイエルフが住む、リィリィルゥルゥと言う名の場所がある。

ハイエルフと言ってもその存在はたった一人で、ララ・レリアと言う名の少女が、悠久の刻を過ごしていた。


 今、藤森修哉とエマニュエル・ハンナエルケ・リンドグレインは、エルフのシルフィア・マリニンと莉琉昇太郎を従えて、そのララ・レリアの神殿の前にいる。……そう、エマニュエルは自分の進むべき道を選んだのである。



 昨晩エマニュエルが寝ている間に、修哉はシルフィアと莉琉昇太郎の二人と打ち合わせをしていた。それはもちろん彼女の今後についての事。

どこにでもいる一人の女性として生きて行くか、それとも王朝最後の血統として連邦共和国打倒を目指すのか、修哉に問われて彼女はこう答えたのである。


「怖い、怖いけど……何かおかしいの。本当の父や母は知らないけど、お父さんやロージーや村の人たちが何で殺されたのか分からない。国が国民を悲しませちゃダメだと思うの、だから……」


「……だから?」


 言って良いのか悪いのか躊躇している様な、そんな難しい顔をしていたエマニュエルであったが、修哉の優しい合いの手が彼女の背中を優しく押す。

すると曇っていた表情がまるで台風一過の秋空の様に、晴れ晴れとした表情へと変わり、瞳が爛々と輝き出した。


「私に出来る事なんて、まだちっぽけだと思う。だけどこのまま悲しい人たちが増えるなら、私は許したくない。みんなが笑顔で暮らせる国を作りたい」


 この一言で決まった。


 幼い少女や、大人になりきれない女性が抱くお姫様願望から、リンドグレインの紋章を再び輝かせようと決心したのでは無い。

普通に隠遁生活をするよりも遥かに危険度が高く、そして実現性に乏しい「イバラの道」を、エマニュエルは承知の上で選んだのである。


【みんなが笑顔で暮らせる国を作る】……この言葉は重い。

幼いエマニュエルはそこまで深く考えて発言した訳では無いのだろうが、この優しい言葉に隠された意味に、修哉は戦慄を覚えた。今現在のクラースモルデン連邦共和国に対するアンチテーゼそのものなのである。


 福祉行政などは未だに乏しく、社会主義国家とは言うにはあまりにも貧弱な共産主義体制は、労働者の楽園と謳いながらも既に暗黒国家へと堕落を始めている。

 ままならない食料と物資の配給は国民の不満を助長させるも、言論の自由を許さず、体制側への反発を許さず、虐殺・暗殺・粛清が横行し、沈黙とクラースヌイツベート党への忠誠だけが許される国。

教育にはクラースヌイツベート党の意向がどっぷりと反映され、首に赤いスカーフを巻いた少年少女たちが、クラースヌイツベート党と「ユゼフおじさん」を讃えて合唱する始末。

 ……誰もが作り笑いの仮面の下で、悶え苦しんでいるのがこの国の実情だ。


 それをエマニュエルは、笑顔で暮らせる国に変えたいと言う。


 自分が体験して来た悲劇を、他の人々には体験させたくないと言う想い、人々を悲劇に陥れる国に対しての憤りを持って立つ事で、エマニュエル・ハンナエルケ・リンドグレインの施政方針は大雑把だが、既に決まっている事の現れなのである。


 エマニュエルの言葉を聞いたシルフィアは、なるほどこれはゴッド・セイブ・ザ・クィーン。……夢物語で終わらぬ様にせねばと、改めて覚悟を決め、

 莉琉昇太郎はエマちゃんカッコイイと呑気に賞賛するが、無条件でエマちゃん応援するよとサムズアップで全面的協力を約束した。


 そして修哉は、良く言えたなとエマニュエルの髪を撫でながらも、女王エマニュエルに血のカーペットを歩かせない為には、今よりももっともっと闇の奥底に己を沈め、リンドグレインの歴史には残らない程に謎に包まれた深淵の暗殺者、殺戮者になろうと身を律する。

 ーー【第二期リンドグレイン王朝は、女王の聡明さとは裏腹に、暗殺や殺戮をもって成立した偽善の国家だ】と、国民や後世の歴史家からリンドグレインが後ろ指を指されない為にだ。


 ただ、鉄の意志で固められた修哉の内面に、とある感情が湧いて来る事で、彼はこの後常に戸惑う事になる。


 エマニュエルと距離を取ろう。……女王の側近に暗殺者の名前があってはならないと思えば思うほど、それは腹の底からジワジワと湧いて出て、意識して彼女と距離を取ろうとするほど、彼の遠のく足にブレーキをかけるのである。


 ーーその名は寂寥感、つまり寂しさ。


 レオニードとの約束を忠実に守ろうとしていた修哉には、彼女にとっての父や兄の様に、並々ならぬ愛情が生まれていたのである。


 この感情が湧く事で、修哉の今後の様々な行動や意志に悪影響が出る事は一切無いのだが、彼が単なる殺人マシーンでは無かった事を、証明する一因でもあった。



 そして一晩明けてのリィリィルゥルゥ。ーー修哉たちは早速行動を開始し、この地へ赴いたのである。


「やあ、良く来たねハンナエルケ、いやエマニュエル。フラット・ライナーも元気そうだ」


 神殿に続く階段の上から現れたララは、神殿で彼らの到着を待っていられなかったのか、わざわざ階段を降りて修哉たちの前へとやって来た。

彼女が笑顔に包まれている事から察するに、どうやらエマニュエルや修哉の判断は間違っておらず、道のりを逸れていない事がわかる。それだけララ・レリアはご機嫌だったのだ。


「霊山シャミアに行くのだろ?私が案内してやろう」


 ……さすがは残留思念を情報化する者。察しが早いと言うか、ノリノリじゃないかと呆れる修哉。

 

 エマニュエルに向かって飛び込む様にハグしたララは、彼女の決意も既に知っているのか、良い子だ良い子だと頬ずりしながら、自分の高揚した気持ちが落ち着いて来たのか、修哉やシルフィアの後ろでソワソワしている莉琉昇太郎に対して声を掛ける。


「リル、良いぞ。好きな物を好きなだけ持って行けば良い。もともとこの景色には似つかわしくない物であったし、お前が頑張れば頑張るほど要塞は強固になる」


「わあお!ララさん太っ腹で大好き!」


 莉琉昇太郎はまるで瞳に天の川を浮かべた様に目をキラキラと輝かせながら大喜び。あまりにもソワソワしているので、修哉もクスリと笑いながら、早速準備を始めてくれと莉琉昇太郎に別行動を促す。


「駆逐艦エルドリッジ、マーク21五十口径弾!対潜迫撃砲ヘッジホッグ!しびれるう!それにそれに、ドイツのゼーフント級UボートのG7e電気推進式魚雷!……ふひひ!M3軽戦車にマーク2マチルダに、川崎キ42式複座戦闘機屠竜!」


 あひゃひゃひゃと笑いながら、我を失ったかの様に喜ぶ莉琉昇太郎は、修哉たちに任せてねえと叫びながら、苔でデコレーションされた鉄の兵器たちに向かって駆け出して行った。


「あれがミリオタと言う人種なのか、鮮烈じゃのう」


 いや、あははと軽く愛想笑いでかわす修哉とシルフィアに、エマニュエルから離れたララが、今後についての説明を始める。


「さて、これから霊山シャミアに行って、死剣フラーブロスチと聖剣ヴェール・ヘルックを取りに行く訳だが……。良いのかフラット・ライナーよ、私は汝にそれを使えと言ったのだが」



 以前この地を訪れ、ララ・レリアに謁見した際に、修哉はララに言われていた。


 ーーディメンション・リビルドはいずれ尽きる。死剣フラーブロスチと聖剣ヴェール・ヘルックを持ち、その二対の剣を持って【聖剣スフィダンテ】を生み出し、世界に闘いを挑めと。


 つまりララ・レリアは二対の聖剣をリンドグレインの正統性を主張させる儀礼剣的存在にせずに、修哉が持って闘い続けろと主張しているのである。


「今はエマニュエルの為にこそ必要だと判断しています。私に関してはいずれまた……」


 何の話をしているのか読めずに、ぽかんとした顔で修哉を見るエマニュエル。

ララは修哉を悪戯っぽく見詰めながら、なるほど骨な男だと満足げな独り言を吐きつつ、では行くかと二人に声をかけ、シルフィアに向き直る。


「シルフィア・マリニンよ」


「はっ、何でしょうか?」


「ウルリーカに戻るのはちょっと待て」


「待てと、承知致しました。……が、いかほど待てばよろしいのでしょうか」


「なあに、シャミアへ行って帰って来るだけだから、夕方まで待てば良い」


 承知致しましたと恭しく頭を垂れるシルフィアを尻目に、ええっ!?そんなに近いの?と、修哉とエマニュエルはララの顔を覗き込むと、ララは二人の視線を誘導する様にゆっくりと右手を挙げて、神殿の奥を指差す。


「エルゲンプレクト大陸には存在しない山、人々から伝説の山と呼ばれるアレは、あの奥にある」



 ……なるほど、リィリィルゥルゥの奥にあるならば、そりゃあ実際に見た事のある者など皆無に近いだろう……



 得心のいった修哉とエマニュエルは、シルフィアと莉琉昇太郎に別れを告げて、ララ・レリアの案内に従い神殿の奥を目指す。



 まるで油絵の世界を覗いているかの様な、セルリアンブルー一色に染まる空は、突き刺す様な強さで瞳を覆い、神殿の下をぐるりと見回すと、苔むした緑の大地がキラキラと朝露を反射させ、まるで高地の頂きから下界を眺めているかの様だ。


 何度見ても心が洗われる絶景を、食い入る様に見詰めながら歩く修哉とエマニュエル。その先を歩くララは、心ここにあらずと言った状況の修哉に向かい、それでもと聖剣についての説明を始める。



 ……死剣フラーブロスチは名前の通り、所有者の生体エネルギーを餌として、その切れ味の凄みを増す剣だ。一刀の元に敵を真っ二つにしながらも、使い続ければやがて持ち主も死ぬ。死剣と呼ばれる所以だな。そして聖剣ヴェール・ヘルックはヒーリング効果を持ち、所有者の生体エネルギーと外傷を徐々に癒して行く。

 死ねまで闘い続けさせる剣と、闘い続けさせて死なせない剣、どちらもえげつないと言えばえげつないが、実戦で使う剣である事は間違いない。

 フラット・ライナーよ、今はそれで良いかも知れぬが、いずれはあの二対の剣がスフィダンテに変わる。汝はそれを持って世界を敵に回して挑戦し続ける。それしか道は無いのだぞ……



 未練がましいララの説明に、相槌を打ちながらも半分耳を貸さずに、エマニュエルの手を握りながら大丈夫かと気遣う修哉。

 寝不足と長い階段登りが祟って、息の切れていたエマニュエルは、おんぶしてやるぞと言う修哉の甘い提案を軽く断りながら、それでも修哉の手をギュっと握り締めて、自らの足で歩き続ける。


「さあ、ここだ。ここが霊山シャミアの入り口にして山頂だ」


 神殿の奥に辿り着くとそこには裏口の扉があり、一行はその裏口扉を抜ける。すると神殿の裏側に出てしまい、再び蒼い空と濃密な緑の大地が目に入って来たのだが、そこにポツンと置かれた剥き出しの扉に修哉たちは気付く。


「霊山はこの世界の最外縁にある……そう言う事なのさ」


 以前ララに謁見した際に、リィリィルゥルゥは次元の狭間だと説明を受けていた。それならば霊山シャミアとはやはり、【ゆらぎ】の影響を露骨に受ける場所なのだろうかと考えつつ、ララに促されたエマニュエルが王家のメダルをかざす姿を見詰めていると……


「キンッ!」


 電気信号の様な鋭い刺激が修哉の脳裏を突き抜ける。エマニュエルにも同様の衝撃が襲ったのか、きゃっ!と叫びながら、彼女も異変に動揺している。

すると、今まで見ていた景色がまるでバーチャルリアリティで見る仮想の映像の様に切り替わり、全く違う風景が目の前に現れたではないか。


「こ、ここは……?」


「シューヤ、怖いよ」


 神殿など跡形も無く消え去り、目の前に広がるのは森の木々に囲まれた光景。だがその木々の隙間から辺りが見回せるのだが、遥か足元に四角い人工物が点在しており、それはまさしく家。

それが平野にギュッと凝縮されている様は、まるでエルゲンプレクト大陸の田舎の原風景とは全く違うではないか。


「こ、この街はまさか……長野市?そしてここは皆神山(みなかみやま)なのか!?」


「察しが良いな、フラット・ライナー。ここは汝が以前いた世界、お前が過ごした街だ」





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