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君は、人を殺した事があるね?


 寂れたログハウスの屋根の下、きしむウッドデッキに置いてある椅子にゆっくりと座り、降りしきる雪と雪原、背の高い針葉樹に目をやり、白い息を吐きながら呆けた時間を過ごす。


 腹から血を流し気を失ってから3日、そしてベッドで目を覚まして3日。この6日間で藤森修哉は既に自力で歩けるまでに回復していた。


 倒れていた修哉を発見し、この家で治療してくれた初老の男性は、自分の名をレオニード・プロニチェフと名乗り、孫ほどの差がある少女を娘のエマニュエルだと紹介した。

名前からすれば、キリル文字を使うユーラシア大陸中部から北西にかけて広がる民族であろうと推察されるのだが、もうそんな修哉の推察など一切の価値が無くなる様な出来事が起きていた。


 レオニードは、治療と称して修哉の患部に手を当てたまま聞いた事も無い神の名を呼び、祝福の言葉を詠唱したのである。つまりは回復魔法、一般的に白魔法と呼ばれる類のものを修哉に行使したのである。


 最初は驚き、戸惑い、懐疑的にそれを見詰めていたが、みるみる内に自分の身体の調子が快方に向かい傷口すら消えて行く事から、否が応でもその存在が確かにあると受け入れざるを得なくなっていた。


 また、傍にいた娘のエマニュエルが治療中の修哉を見て、疑心暗鬼になっている事を悟り「いまどき回復魔法使える人なんて、えらいお坊さんぐらいしかいないんだから、列に並ばないと治療してくれないのよ、お父さんに感謝しなさい」と一喝してくるあたり、回復魔法が治療行為の一つとしてこの社会に浸透している事がうかがえた。


 だが、エマニュエルのその言葉は修哉にとって一つのヒントとなり得たのだ。彼女の言葉自体が貴重な情報とも言って良かった。


 ――客間の壁にリンドグレイン王国騎士団の軍旗を飾る初老の男性、レオニード・プロニチェフは、高位の僧侶又は神官のみが使える回復魔法を行使出来る存在である――


つまりは、彼はこの社会において一般人などよりも貴重な情報源であると、修哉は認識したのである。


「これ、君の持ち物だね?」


 背中からレオニードの声が掛かる。椅子に座ったまま顔だけ向くと、目の前に乾いた血の付いたスマートフォンが差し出されている。

薪拾いに出掛けた際犬のビッセが血の匂いに反応し、これを見つけたそうなのだが、これが一体何なのか不思議そうに見詰めるレオニードはそれ以上を聞こうとして来ない。

そして受け取った修哉もスマートフォンがどういう物なのか説明するよりも、もっと話さなくてはならない事、聞かなくてはならない事がある様な気がして、待ち受けの画面で小夜が微笑むそれを受け取り、膝に乗せて感謝の言葉を述べながら、レオニードを見る。


「シューヤ、二人だけで話がしたい」


 娘のエマニュエルには昼食の準備を言い付け、厨房に足止めしているにも関わらずそれでも万が一を警戒しているのか、レオニードは散歩にでも出ようと修哉を促す。

それはもちろんあの幼い娘には聞かせたくない話を修哉としなければならないと言う覚悟の表れでもあり、また修哉が危険な存在であるならば、娘のエマニュエルには見えない場所で……と言う、配慮の表れでもある。

いずれにしてもレオニードは修哉の存在を、危険な存在であると認識していた事には間違い無い。


 だが修哉から言わせれば、明らかに使い込んだ様子がある幅広の大剣を当たり前の様に腰に下げてるあんたも充分怪しいんだけどなと、今いるこの世界と、彼の記憶にある日本との整合性に悩む前に、まずレオニードの大剣と、このシチュエーションを気にしなければならなくなっていた。


 幸いこの地域の天気としては緩い部類に入るのか、細かくてサラサラとした粉雪が降りしきるだけで、身体が吹っ飛ばされる様な横殴りの風は無い。

修哉は警戒しながらもレオニードに誘われるまま、森の中へと入って行った。


「私もね、人には言えない過去が色々とあってね……」


そう切り出したレオニードは腰に大剣を帯びているものの、それを手にしようと言う気配は今のところ微塵も無く、声からして修哉との距離や齟齬を詰めようとするそんな配慮に満ちている。


「シューヤ、私の経験則から感じた事なのだが、失礼を承知で聞かせて欲しい。君は……、人を殺した事があるね?それは仕事としての殺人で、君はそれを生業としていた。違うかい?」


「レオニード、あなたの推測は完璧に合っている。詳しくは言えないが、確かに俺はそれを仕事にして来た。ただ、誤解して貰っては困るが、あなたとエマニュエルには一切関係無いし、害意も無い。俺がここにいるのは、全くの偶然だ」


 弁解めいた説明にレオニードはがクスクスと笑い始める。大柄で尚且つ、初老の男性とは思えない酷く可愛い笑い方だ。まるでそれは、幼い息子のやんちゃイタズラを咎める事無く頼もしげに笑う、父親の様でもある。


「安心してくれシューヤ、君を警戒している訳ではない。あまりこういう話をエマニュエルの前でしたくなかっただけなんだ」


 修哉にも修哉なりの様々な経験則があり、レオニードの笑顔、朗らかなその笑いは、何故か見る人を安心させる力がある……そう感じており、この人には全てを話せると結論付けた修哉は今の今まで抱いていた警戒感を霧散させる。

ただ、本質を見抜く洞察力があると言う事は、修哉の過去と同等の、いや暗殺者といかないまでも、命のやり取りを経験して来ている戦士であるのだとも理解も出来たのだ。


「記憶と記憶が繋がらないんです。記憶が確かならば俺は自分の国で、ある作戦の途中にありました」


「だが気付けば腹から血を流し、この地で雪に埋もれていた……か」


「ええ、出血のショックで、一時的に記憶が喪失しているのかも知れませんが」


「うむ、そう言う時はねシューヤ。ゆっくり休むにこした事は無い。時が解決するのさ」





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