アレスターとジャンパー
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繁華街すら日付けが変わると閑散としてしまう地方都市の深夜。
夜を知らない街から来た者はすべからく寂寥感に襲われる様な、点滅信号と鉄道の車両基地の灯りだけが暗闇を煌々と照らす、田舎者には見慣れた当たり前の光景である。
そんな誰もが寝静まった街の、とあるアパートの一室。テレビのニュースを食い入る様に見詰める男性がいた。
室内灯も点けずに毛布を頭からかぶり、全身に冷や汗と油汗を滴らせながら、笑っているのか怒っているのか分からない表情のそれは、まさしく怯えている。
固唾を飲んで見詰めるテレビ、そこでは今日最後のニュース番組が放送されているのだが、淡々と原稿を読むだけで良いのに、アメリカのニュースショーのアンカー役を気取った司会者と、通称女子アナと呼ばれる原稿読みを正業とするのに容姿の淡麗さとアイドル気質を会社から要求された、女性蔑視の象徴の様な存在が肩を並べて、二人揃って眉をしかめると言う演出を用いながら、普段見せた事の無い様な深刻な顔でニュースを伝えている。
今日の主なニュースとして放送時間のほとんどを費やしているのはこれだ。……「中学生がイジメを苦にして自殺。担任教諭がもみ消し工作か」
クラスの一部の生徒たちからイジメのターゲットにされた被害少年は、度重なる嫌がらせや暴行に耐えられずに、自宅で首吊り自殺をしたと言う内容なのだが、
その後の取材報告として画面が切り替わり、VTR映像が流れ始めた。そう、洗脳行為にあたるとして、世界標準では禁じ手とされている、おどろおどろしいBGM付きのVTR映像だ。
そのVTR映像では、少年の自殺が何故起こったのかを追跡取材しているのだが、モザイクで顔を隠された通学中の生徒や、突然の息子の死に憤懣やるかたない両親は、総じてこう証言をしている「担任教諭が見て見ぬフリをしていた」「担任教諭に息子の件で相談したが、任せろと言ったクセに有耶無耶にされた」と。
校長の記者会見の模様も映像で流れたが、そんな報告は受けていない、イジメの事実も聞いていないの一点張りで、身内の担任教諭をかばいもしない事から、どうやら今回のイジメ自殺事件は、担任教諭のもみ消し工作があったのではと伝えていた。
「クソッ、あの馬鹿校長裏切りやがって!蜂須賀家のガキに手を出すなって言ったの……あんたじゃねえか!」
どうやら、闇夜に息を潜めてひたすら怯えているのは、この自殺した生徒の担任、つまり報道されているもみ消し工作疑惑が持たれている張本人のようだ。
そして、イジメ加害者側の生徒の中には、街の実力者なのか議員なのかわからないが、学校側がその存在をひた隠しにしなければならない生徒がいるらしい。
「冗談じゃねえ、何で俺が全国ネットで悪者にされなきゃならないんだ!」
どんな言い訳を吐こうが、一人で部屋に篭っている以上、それに聞く耳を貸す者などいない。
鳴り続けるスマートフォンの着信音さえ無視してテレビ画面にかじりついている彼を、もはや慰めてくれる者は自分自身しかいなかったのだ。
だが、自殺した生徒と親から恨まれ、テレビなどのマスメディアから格好の標的にされたその担任教諭は、フローリングの床が勝手に軋むと言う、背後の物音に異変を感じてしまう。
自分一人だけしかいない、自分を守ってくれる最後の砦でだ。
別段、心霊現象など信じていなかったのだが、部屋の電気を完全に切っていたと言う薄暗さもあり、毛布を頭から被ったまま恐る恐る振りかえろとする。
しかし、身体が全く言う事を聞かない。首も回らず目も移動させられず、何かしらの理由をもって、自分の身体が完全に硬直している事に気付いたのだ。
……な、何だ?何が起きた?……
口も動かせないので言葉も出ず、驚いた表情すら演出出来ない教諭は、背後から近付く異様な気配に発狂しそうな程に恐怖する。
これはもしかして金縛りなのかと、自殺した生徒が復讐の為にやって来たのかと……。教諭の脳裏はもはやパニックにも近く、正常な判断力は消えている。
「……よう、センセイ。何ビビってんだよ?……」
右の耳の裏で囁かれたのは、まるでゲーム実況で有名な兄弟の様な、低くて透き通る様な声。ラジオDJの様なその声は、当たり前の話聞き覚えなど全く無い初めて聞いた声だ。
「幽霊だと思ったかい?そりゃあしょうがないわな。それだけの事やっちまったんだからなあ」
その囁き声は教諭の背後で呟かれており、前に回って姿を現そうとはしない。
自殺した生徒の幽霊でないのなら、じゃあお前は一体誰なんだ、どうやってこの部屋に忍び込んだ、そもそも何で金縛りにあっているんだと、今度は超常現象に対する怯えではなく、人間の底知れぬ闇に恐怖し始めた。
「あんまり深く考えるなやセンセイ。それよりもさ、明日の緊急父兄会で、あんたがこっそりと隠し撮りしてたクラスの映像と、校長の怪しいコメントが入ったボイスレコーダー。あれさあ、発表しちゃおうよ。暴露大会ってやつさ」
背後の声は唐突に、教諭自身しか知らない秘密をサラリと言ってのける。
隠し撮り映像とはつまり、絶対に手を出したり敵にしてはいけない存在である「蜂須賀家のガキ」が映っている映像であり、イジメのリーダー格として自殺した生徒をあの手この手で暴行する姿がバッチリ撮れたものである。
そして校長の声が入ったボイスレコーダーとは、自殺した生徒の訴えとイジメの事実を校長に報告した際、蜂須賀家の息子には手を出すなと校長が言及した肉声が録音されている。
確かにそれが明るみに出れば、日本中から袋叩きに遭っている現状を変える事は出来るが、それに伴うリスクがあまりにも大きい。ーー学校を敵に回し、地元の有力者も敵に回せば、もはや自分の居場所など無いのである。
だが背後の声は、そんな教諭の苦悩をせせら笑うかの様に、軽快な口調で教諭に詰め寄る。
「おいおい、何か勘違いしてねえか?センセイが見捨てたからあの子は自殺したんだろ?その罪は一生消える事は無えんだぜ。その罪を背負ってこれからどうするか、あんたにチャンスをくれてやるんだから、悩む事は無えだろ」
もちろん原因不明の金縛りで、教諭はイエスもノーも、悲鳴さえ上げられない状況が続いている。
背後の声は、無反応に陥った教諭の心情をいちいち汲み取る様に、勝手に会話を進めているに過ぎないのだが、あながちピント外れでは無いのが、この背後の声の主の、洞察力の鋭さを象徴している。
「……さあ決めろ。明日全部ぶちまけて人生リセットしてやり直すか、それとも明日ダンマリ決めこんで、俺に殺されるか」
……返事なんかいらねえ、俺はいつまでもいつまでも暗闇からずっと見てるぜ……
背後の声が消えて行く……。
闇の存在が教諭から遠ざかっている事がうかがえるのだが、気配が完全に消えたと同時に、教諭の金縛りもようやく解かれる。
嫌な汗を大量に滴らせたまま、ガバッと振り向いたのだが、そこには既に誰もいない。入り口の頑丈なドアを開けた形跡すら無く、チェーンもかかったままだ。
ハアハアと荒い息を繰り返し口と鼻から吐き出しながら、歯を剥き出しにして口を大きく開いたままの教諭は、終始笑っているのか怒っているのかイマイチ理解出来ない複雑な表情を保ちつつ、テレビの画面よりもドアの方向をひたすら見続けていた。
時間はほどなくして、場所はその地方都市の街の一角、街灯以外に唯一闇を照らしている自動販売機の前に、若い女性が一人たたずんでいる。
どうやら誰かが来るのを待っているのか、寒空の下で暖かい飲料の誘惑から目を逸らし、辺りをキョロキョロと見回していた。
「悪い、待たせちまったな」
低くて良く通る声を伴いながら、暗闇の路地から現れたのは、長身で細身の男性。ワイシャツとネクタイ姿の上に上着を羽織らずカーキ色のトレンチコートを纏っており、何やらサラリーマンとは違う雰囲気……売れない私立探偵の様なアウトロー臭を漂わせる青年が現れた。
「待った、すんごく待ったから、ホットココア飲みたい」
女性は二十代後半とおぼしきその青年よりも、一回り若く見える事からハタチ前後かと思われるのだが、言葉の使い方が妙に舌足らずでポワポワしており、女性の艶々しさよりも、幼さやあどけなさを強調させたかの様な雰囲気だ。
「そうか、待ったか。そりゃあ悪い事をしたな朱鷺子。今あったか~いの御馳走してやる」
そう言いながら、ズボンのポケットから小銭入れを出す青年の元に、朱鷺子と呼ばれた女性は急に近付いて、おもむろに青年の手の甲をぎゅっとつねる。
痛ててと青年は小さく悲鳴を上げながら何が起きたかと女性の顔を伺うと、ほっぺをパンパンに膨らませて怒っているではないか。
「ぶうう~!漆原謙一郎君、作戦中はコールサインで呼び合う約束だよ、【アレスター】」
「お、おう。そうだな。そりゃあまたまた悪い事をした。勘弁してくれ【ジャンパー】」
プロレスラーの様に背の高い青年と、中学生の様に背の低い女性。なんともバランスが取れているのかいないのか分からない両者であるが、この二人は日本の様々な機関にいる一部の有志で作られた【柳田学校】に所属する、作戦実行部隊「桜花」のメンバー。漆原謙一郎ことアレスターと、土岐朱鷺子ことジャンパーの二人である。
「あちち!この缶熱いぞ。持てるかい?」
自動販売機から出て来たホットココアが思いの外熱かったのか、アレスターはピエロの様におどけながら、右手左手右手とバトンタッチを繰り返す。ジャンパーはその光景がひどくツボに入ったのか、満面の笑みでクスクスと笑い出した。
「ありがとうアレスター」
ジャンパーは自分の着ていた厚手のハーフコートの袖を伸ばし、熱々の缶に直接触れずにそれを受け取った。
「……あのセンセイ、多分あのままだな。教え子を見捨てる様なチキン野郎が、急に変われる訳が無え」
「でもでも、それだと結局、あの人の出番になっちゃうんでしょ?なんだっけあの……最近入ったって人」
「ああ、フラット・ライナーの事か。俺あんまり好きじゃないんだよな、アイツみたいに片っ端から殺してジ・エンドにするやり方」
「ふふ、アレスターって優しいもんね。だから好き」
「よせやい。そんなにヨイショされたら、また御馳走したくなっちゃうじゃないか」
……ファミレスなら開いてるから、何か温かいもんでも食べてくか?
結局、ジャンパーからねだられている訳でも無いのに、自分から深夜の会食を提案するアレスター。
ジャンパーはニコニコしながら自らアレスターと腕を組み、割り勘で良いよと言いながら歩き出し、二人して夜の闇へと消えて行く。
コールサイン「アレスター」こと、漆原謙一郎。コールサインの意味は、英単語のアレスト・arrest(逮捕する、進行を阻止する)に、~する者を足してアレスターと名付けられた。
微電流を自在に操る能力者で、対象となる敵の脳や脊髄から伸びる様々な末梢神経を、微電流で操作したり伝導中絶により麻痺させたりする、作戦ユニットの「桜花」ではユニットの前方全域警戒を担当する、ポイントマンの役目を与えられていた。つまり作戦が発動されれば、常に最前線にその身を置いて来た人物である。
そして、コールサイン「ジャンパー」こと、土岐朱鷺子。コールサインの意味は、英単語のジャンプ・jumpに、~する者を足してジャンパーと名付けられた。
テレポート能力の亜種で、有機物のみ近距離ジャンプさせる能力を持つ。対象物と波長を合わせる事が能力発現のきっかけだと研究者の見解もあり、桜花の作戦に参加する際は、決まって漆原謙一郎ーージャンパーのセカンドアタッカーそして、部隊長との連絡役として統制位置を取って来たのである。
自称二十七歳の敏腕私立探偵と、二十一歳の人付き合いの苦手な派遣OL。
大型犬と仔猫の様な、お似合いの様なお似合いじゃない様なアンバランスさでも、誰もクサビを打つ事が出来無い程に仲睦まじいこの二人。
アウトローやハードボイルドを気取り過ぎて、相手に気持ちを伝え辛くなってしまったナイスガイと、そんな男が時折見せるシャイな姿に惹かれつつ、ズドンと核心に触れるコメントが言い出せない女が今日も、夜の闇を二人で歩いて行く。
……来週はどうやら、振り込め詐欺グループを徹底的に追い込むらしいぞ……
……おじいちゃん、おばあちゃんを騙すなんてひどいよね。人間じゃないんじゃない?……
友達以上恋人未満を維持せざるを得ないこの二人の姿は、藤森修哉の能力で異世界に飛ばされる半年前の姿であった。




