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連邦共和国の敵


 エルゲンブレクト大陸の西岸から中央にかけて、大きな領土を保持する大陸一の軍事国家、それがクラースモルデン連邦共和国。

その首都は、領土のやや西南に位置するなだらかな丘陵地帯に作られた東西物流の中継拠点で、名前をノヴォルイと呼ばれている。

 その中世的な雰囲気を醸し出している石造りの街並み、その中心……もともと小高い丘であった場所に、今は連邦共和国議事堂及びクラースヌイツベート党党本部と名前を変えられた、旧リンドグレイン城がそびえていた。



 社会主義革命を目指し、民衆を啓蒙・扇動したクラースヌイツベート党の目論見は成功し、市民革命と言う形でリンドグレイン王朝の歴史は幕を閉じた。

ただこの革命には、後々歴史家が首を捻り、明確な真実に辿り着けない疑問や謎が含まれていたのだ。


 第一に、リンドグレイン王朝による封建政治は、暗黒時代と呼ばれる程に腐敗しておらず、荘園領主や貴族と農民・市民との関係は一定の評価を得られるほど良好であったと言う事。

王朝八百年の歴史に農民一揆や暴動がほとんど無く、何故いきなり社会主義革命が起きたのかが明確にされていない。


 第二に、社会主義革命を唱えたクラースヌイツベート党の主要人物たちが、ほとんど表舞台に立つ事が無く、それどころか主要人物の存在自体が確認されていない事実。

この不思議な事実の要点は、革命や市民運動の核心には必ず知識層の人間がおり、啓蒙思想や政治思想、無神論や社会思想や道徳などを市民に説いて回るのだが、その思想の根幹を成すいわば市民にとってのヒーローが、一人として名前が不明なのである。


 リンドグレイン王朝は確かに、前時代的な封建政治を続けて来たが、革命勃発のきっかけになる様な飢餓や事件が無い安定期の最中であり、更にクラースヌイツベート党側では民衆を扇動した思想家や運動家が不明のまま革命が成就してしまったこの例は、後の歴史家たちが頭をかきむしりながら悩むほどの歴史ミステリーとなったのだ。


 その歴史の闇に何があったのかは、結局王国側や革命側の当事者にしか分からない事であるのだが、今、クラースモルデン連邦共和国の首都ノヴォルイの中心に、革命の中心人物がいる。


城内に新しく建てられた石造り三階建てのクラースヌイツベート党本部。その上層階の立派な執務室にその人はいた。


 【ユゼフ・ヴィシンスキイ】……一般的には名前の後に連邦国家議長と付けられているが、正式にはクラースヌイツベート党書記長兼、連邦共和会議議長と、二足のわらじを履いた様な肩書きがある。

ただ、この国はクラースヌイツベート党の一党独裁状態にある為、共和国会議などはセレモニーに過ぎず、革命を成就させたクラースヌイツベート党の党首である事が、この国の実質のトップだと言えた。


 その党書記長の執務室では今、実質的な独裁者に対して、部下が緊張しながらも熱心に報告を行なっている。どうやらその内容は、魔法のいらない新型兵器についての報告らしい。


「……今現在の生産ラインですと、月に五百丁は超えます。ですから、今年上半期終了時点をもって大隊規模の部隊設立は可能となります」


「上半期終了か……ちょっと遅いね。生産拠点は増やせないのかい?」


「同志書記長、増やす事は造作も無いと判断しますが、ラインを完全に銃仕様に変更しますので、市民に対しての鉄製品配給が滞る恐れが……」


 完全なる直立不動を維持しつつ、ヴィシンスキイの部下は自らの見解を述べているのだが、部下はそれが失敗だと気付き、最後まで意見を言い切る事を止める。

何故なら、ヴィシンスキイが見上げているのだ。豪奢な木目調の机を前に、今の今まで決済書類の山にサインを書きながら、耳だけ部下の報告に傾けていたヴィシンスキイが、いつの間にか真っ直ぐ彼を見詰めているのだ。


 もちろん部下と言っても、一般的な歩兵や尉官クラスの中間管理職では無い。黒服ではなく国軍の軍服は着ているものの、襟章や肩章は中佐を表すテクノクラート、技術将校である。

そんな立場の人間が意見を言い終える事の出来ない恐怖が、このユゼフ・ヴィシンスキイにはあったのだ。


 白髪をオールバックにした品の良い壮年の紳士と言うのが、ヴィシンスキイを表現するのに一番ふさわしいのだが、老人の白髪とは違い、毛髪に弾力のある若々しい髪は、老いと言うよりも若くして白くなったと言った方が良い。

また、細面の顔はあまり彫りが深くなく、その肌の浅黒さから白人と言うよりもモンゴロイドに近く、極めて東洋人の様相に酷似していた。


「出来れば月に八百丁を目指して欲しい。そして上半期終了時には部隊設立ではなく、本格的に部隊を大規模改編したいんだ。……わかるね?」


 穏やかな顔付きであったとしても、この国の絶対的君臨者であり、社会主義教育を受けながら、血の粛清など過去の様々な恐怖譚を見聞きしている者ならば、このヴィシンスキイの言葉が最後通牒である事はわかるはず。


「同志書記長の仰せのままに!国営工場のライン変更は、月生産八百丁を超えるよう実施します」


「うむ、では退出したまえ」


「はっ、革命完遂!」


 お決まりの言葉と共に敬礼し、ヴィシンスキイの軽い返礼を受けた将校は、見た目は普通だが背中にたっぷりの冷や汗を滴らせながらも、動揺が悟られぬ様にとカッチリした姿勢で、執務室を退出して行く。すると、入れ替わる様に従卒が現れて、新たな訪問者を告げる。


「同志書記長、イエミエソネヴァ様のご訪問にございます」


「うむ、お通ししたまえ」


 ヴィシンスキイは立ち上がり、執務用の机から部屋の中央に据えてある応接用のソファへと場所を変えた。するとほどなくして魔導師イエミエソネヴァが執務室へと入って来た。

老人特有の曲がった背中に、おぼつかない足取りを守る為に持つ右手の杖。ゆっくりとしたその動きからはいよいよ歩くのさえ困難になって来た「老い」が見て取れるのだが、いかんせん裾を引きずる様な漆黒のローブで身を包みながら、帽子と一体となった布地のマスクで顔を隠すその姿は、異様であるとも言える。

この世界での最高神イエールフルプスを讃えて鍛えられた魔術士とは違う、何やら妖しい剣呑な雰囲気を全身から放っていたのだ。


「導師、良く来られた」


ヴィシンスキイは立って迎えて、テーブルの反対側にあるソファへ、彼女を誘う。


「この歳になると階段も辛い、お主の顔を見に来るのも命がけだわ」


ヒャヒャヒャと笑うイエミエソネヴァを前に、ヴィシンスキイは葉巻に火をつけ紫煙をくゆらし始める。恐怖の独裁者と暗黒国家の枠に入らない魔導師、互いが緊張感を持って接する関係ではない事が、この光景からも垣間見える。つまりは同格、つまりはそれもまた同志と同義。


「フラット・ライナーが目を覚まして一週間、そろそろ動くと見えた」


「動きますか……。何が見えましたか?」


「ふむ、あやつどうやら、皇女エマニュエルと、聖剣を取りに行くわい」


「なるほど、そちらの選択をしたか。案外人望があるのだな」


 立ち上がり、執務机の上に置いてあった蒸留酒のビンを手に取りコップに注ぐ。

もう一つのコップに注ぐ前に、飲むかどうかチラリとイエミエソネヴァに視線をやると、いらないから好きに飲めと、右手の甲を二、三度振る。


「飢餓で混乱しているリジャの街に現れると思っていたが、それをほっといて聖剣を取りに行くと言う事は、サレハルートと話をまとめたと見て良いでしょう」


「それを任せる事が出来る、取り巻きが出来たと言ったところだの」


「そうですね。もっと直情的な人物なら、リジャに派兵したばかりの、マスカティアー部隊とドラグーン部隊と遭遇戦を繰り広げて疲弊しただろうが……」


 ちなみにマスカティアー部隊とは、マスケット銃を標準兵装とした歩兵部隊、つまり銃士隊の事を言い、ドラグーン部隊とは馬に乗る銃士、つまり銃を標準兵装とした騎兵部隊の事を言う。

RPGの世界ではドラグーン即ち竜に乗った騎士「竜騎兵」と表現させるが、元々は火力を維持した騎馬機動部隊の名称なのだ。

 総じて言えばとうとうこの世界も、剣と盾と魔法の時代から産業改革を経て、近代装備による総力戦の時代へと門を開いたのである。


「えひゃひゃひゃ、鉛の玉を火薬で飛ばす兵器かえ。つくづくお前さんは魔法が嫌いなんじゃな」


「率直に言って好きではありません。私の兵站運用と作戦立案に、魔法なんて必要ありませんから」


魔法のエキスパートを目の前にしながら、ズバリと言ってのけるユゼフ・ヴィシンスキイ。何度も言いますがと前置きし、彼の持論を展開し始めた。



 ーー例えば炎の魔法、体組織のほとんどが水で構成される人間を、どれだけの時間焼けば炭化出来るのですか?重度の火傷を負わせるのでさえ、それなりの高温と火力を必要とされるのに。

ナパーム弾爆撃で背中を焼かれた少女の写真……ベトナム戦争時の有名な写真ですが、あれは身体に付着したケロシンなどの可燃性液体が炎を維持して燃やすんですよ。

可燃性液体も無いまま魔力であの火力を維持出来るとは思えない。敵の眉毛を焦がす為に魔法詠唱の時間を費やすのは、無駄だと思いませんか?


 例えば水の魔法。敵の口元に水の玉を作って人工的に溺死させる方法。あれは水の玉を作る魔法と重力操作の合体魔法でしょ?それだけの労力を費やしてたった一人溺死させるだけなんて、無駄だと思いませんか?まだ水に大量の圧力をかけて一点から噴射させる、工業用ウォーターカッターの方がマシですよ。

それに、氷の魔法なんてのもあるけど、低温状態にさせるのは分子運動を低下させると言う事であり、分子運動低下と水の確保……別個の作業を同時に進行させるくらいの面倒な作業を行うなら、敵の肉体の水分を直接凍結させた方が楽でしょ。


 例えば雷の魔法。敵を即死させるだけの威力を得るなら、大気中にそれこそ大規模に帯電させなければならないから、自分にも落雷の危険が出て来る。そんないちいちリスキーな技を一か八かで出すなんて馬鹿げている。まず戦力としてあてにならないでしょ。


 爆発の魔法?敵の体内で爆発させればそりゃあ一人ぐらいは殺せるでしょ。でも爆発の殺傷方法って爆破力で一緒に飛ばされた瓦礫や金属が人を傷つけるんですよ。ベアリングがたっぷり詰められた対人地雷の方が余程役に立つでしょ。爆破の炎?あんなのガソリン使った演出でしょ?


 こんなの数を上げていたら枚挙にいとまがない。だから私は、能力者を評価していたのですよ。……桜花のメンバーの様に、非現実的でありながらも、現実的な殺傷能力を有し、それでいて呪文詠唱の必要など無い、本格的な破壊者たちをーー



 何故ヴィシンスキイがベトナム戦争だの工業用ウォーターカッターを知っているのか非常に謎なのだが、これだけ、露骨に魔法を否定されているのに、当事者であるイエミエソネヴァは怒ろうとはしないのも謎。

むしろイエミエソネヴァは怒るどころかヴィシンスキイの言葉を耳にしながら、それを遮らない様にクスクスと笑っているのだ。

そしてヴィシンスキイが一通り持論を言い終えて、満足げに乾いた喉にごくりごくりと蒸留酒を流し込んでいると、今度は負けじとイエミエソネヴァが口を開く。


 ーーだからワシの儀式がこれから必要になるのじゃよと。


「そうですね、それが成功すれば、いよいよこの世界も混沌に包まれる」


「そうじゃ。儀式が成功さえすれば、この世界はドラゴンやヴァンパイアなど……それこそ人類の敵が大挙して現れる。そうなれば、お主が望んだ人類革新の時代が始まると言う事じゃ」


「人が人として、生存競争を勝ち抜くための進化。……楽しみでなりませんな」


「うむ。お主は当初の予定通り、難民をたくさん捕まえて来ておくれ。フラット・ライナーには別の桜花の者を送れば良い」


「そうですね。ようやく首都周辺の強制収容所も完成したところですし、燃料をくべないと」


 何やら怪しい会話で盛り上がる執務室。

明日はクラースヌイツベート党の結党記念日であり、首都の大通りでの軍事パレードや結党記念式典、赤いスカーフを首に巻いた子供たちで結成された革命幼年合唱団と革命青年歌劇団による「革命新聞を読もう!」コンサートなど催しものは盛り沢山で、

独裁者に最終報告を行うために集まった将校たちは、溢れかえった待合室で、なかなかに終わらない独裁者と闇魔導師の会談が終わる事を願いながら、ひたすら自分の忍耐力を試していた。



 ユゼフ・ヴィシンスキイとイエミエソネヴァが妖しい内容の会話を重ねている頃。

場所は変わり、アンカルロッテの森の西南端は今、ちょうど昼食時。難民やエルフたちは炊き出しで配給された温かいスープとパンをかじり、午後の作業の為に体力を蓄えていた。



 アンカルロッテの森に隣接し、どんどんとログハウスが建設されて行く……。

テントだらけの難民キャンプの健康性と衛生面を危惧したエルフ達が、修哉が切り刻んだ材木の残りと、莉琉昇太郎が念力で強引に伐採した材木を加工し、難民の為にと作り始めたログハウスが、今ではずらりと並び、最早それはもう新たな街の誕生と表現しても過言ではなかった。


 ズラリと並べられ、積み上げられた丸太に腰掛け、難民やエルフたちとはちょっとだけ離れた場所で、のんびりと昼食を摂り始めた男女がいる。修哉とエマニュエル、そしてシルフィアと莉琉昇太郎の四人だ。


「シューヤ、どう?美味しい?」


 幼い眼をキラキラに輝かせたエマニュエルが、修哉が口にしている物についての感想を求めている。

傷の回復の為に療養を重ねる修哉だけは特別だと、配給食ではなくエマニュエル特製のチキンサンドを手にしていたのである。


「ああ、美味いに決まっている」


 塩漬けの鳥肉に塩と香辛料を振りかけ、焚き火でじっくりと炙った鳥肉は、パリパリの皮とふっくらとした肉の食感と肉汁を口の中で溢れさせ、ファストフードのそれとは別次元の料理の様に美味い。

ただ、塩漬けの肉である事を理解して作ってくれれば、もっと美味しいのになあと……。

修哉は一切それを口に出したりせずに、エマニュエルに微笑みながら、もっしゃもっしゃと食べ続ける。


 文字通りボロボロの傷だらけになり、気を失ったまま馬に乗せられて帰って来た修哉が、やっと意識を取り戻した頃から、エマニュエルは甲斐甲斐しく看病を続けながらもお説教を繰り返して来た。

意気高々にお説教を繰り返したものだから、逆にバツが悪くなってしまっていたのだが、修哉のその言葉に救われ、エマニュエルはえへへとニヤつきながら、お尻をちょっとずつずらしながら、修哉の隣にぴとりと収まった。


「ああ!エマちゃんだけ修哉きゅんの隣座るのズルい~!」


 莉琉昇太郎も負けじと修哉の隣に座ろうとすると、修哉は昇太郎に向かい、結構痛いゲンコツと身体に電気が走るケンカキック、どちらが欲しいかと言い放つ。拗ねる昇太郎の姿を見るシルフィアとエマニュエルは大爆笑だ。


「……シルフィア」


「うん?どうしたシューヤ」


 海風が暖かい空気を運び、穏やかに流れる時間の中、何かを思い出したかの様に、修哉はシルフィアに声をかけた。


「そう言えばさ、ララ・レリアが言ってたよな。……この世界へ初めて飛んで来たのは、魔人安倍晴明だって」


「ああ、そうだな。亜人種や魔法体系を生み出して、この世界を実験場にしたとも。……どうしたシューヤ、何か気になる事でもあるのか?」


 いきなり安倍晴明の名前が出て、目をパチクリする莉琉昇太郎。そしてエマニュエルは理解出来ない話には口を挟むべきではないと、両足をブランコの様にパタパタ動かしながらも、静かに昼食を口にしている。


「俺……、イエミエソネヴァの正体、分かっちゃったよ」


 修哉の口からポツリと出たその言葉に、一同は戦慄を覚える。



 ーー共産主義国家において、独裁者以外で特別扱いされる唯一の魔導師で、暗黒の妖しい力を用いて国家を支える者。イエミエソネヴァーー



 その正体が分かったと言うのだから、シルフィアたちが驚かない訳が無い。


「リィリィルゥルゥに行って話を聞いた時、エマニュエルが変な名前って言ってただろ?それでずっと考えてたんだ、名前に何か仕組まれてないかと。昇太郎、イエミエソネヴァをアルファベット表記にして、書いてみろよ」


 莉琉昇太郎は言われるがままに、地面に枝を使ってイエミエソネヴァの名前をアルファベットで書く。


「この国の文字じゃないから、シルフィアやエマニュエルにはわからないかも知れないが……、昇太郎、その名前を逆の右側から呼んでみてくれ」


「とほほ、修哉きゅんて、絶対に莉琉って呼んでくれないのねグスン……。ええと、IEMIESONEVAだから、あ、べ、の、せ……い、め、い……、安倍晴明っ!?」


「シューヤ!」


「そうだシルフィア。イエミエソネヴァと魔人安倍晴明は同一人物の可能性が高い。俺たちはとんでもない奴を敵に回したのかも知れないな」


 ハイエルフのララ・レリアをもって魔人と言いしらしめたあの安倍晴明が、共産主義国家の独裁者に肩を並べている。

それはつまり、レオニードやロージーなどのボルイェ村の被害者や、袴田哲臣に焼かれたエルフたち、そしてリジャの街の難民たちの怒りや恨みの先に待つのが、独裁者ユゼフ・ヴィシンスキイと魔人安倍晴明であると言う事。


 本来ならばあまりのスケールの大きさに萎縮してもおかしくはないのだが、藤森修哉はまるでそれらに畏れを抱いていない様に見える。

虚勢を張るどころか瞳の奥では紅蓮の炎をたぎらせ、淡々としてはいるが、まるでそれは挑戦者の姿そのものであったのだ。


「シューヤ……大丈夫?」


 エマニュエルが不安げな顔で見上げる。エマニュエルに対して修哉がどんな言葉を放つのか……、シルフィアも莉琉昇太郎も気になり、その光景に見入っている。


「心配するなエマニュエル、俺はお前を守る。決めた以上は命がけでな。だからこれから先、もしお前に不幸が降りかかるなら、俺は全力でそれを阻止する」


エマニュエルの頭を優しく撫でながら修哉は顔を上げ、シルフィアと莉琉昇太郎に視線を合わせる。


「シルフィア、昇太郎、俺は決めた。ヴィシンスキイと安倍晴明がクラースモルデン連邦共和国を作ったのなら、奴らの理想がこんな国ならば……、俺は奴らを葬ってこの国をぶっ壊す!」


 今までは、復讐心と言う感情を心の隅に置いたまま、それを具体的に言及しようとはして来なかった修哉だが、今ここで、シルフィアと莉琉昇太郎に対して宣言をした。

 ーー俺は連邦共和国の敵になると。


 シルフィアは修哉の瞳に並々ならぬ闘志を感じ、これあるかな原初の導士よと、尊敬の念と艶っぽさをたたえた瞳で見詰めている。

小夜にしか心を開かなかったあの、無表情だった少年がねえと、莉琉昇太郎は感慨深げに修哉を見詰めているが、違和感を覚えている訳ではない。

彼を色眼鏡無しでずっと見詰め続けて来たからこそ、彼が心情を吐露した事がひどく嬉しく、それが結果として善だろうが悪だろうが、最後まで付き合う覚悟を既に決めていた。



 ……ただ、エマニュエルだけは両手を挙げて喜ぶ事は出来なかった。修哉に大丈夫かと聞いたのは、独裁者や安倍晴明と戦えるかと聞いた訳では無いのだ。質問の意味が違うのである。


 【血気にはやってはいないか】


 エマニュエルが危惧したのはまさしくこれなのだ。もう傷だらけの姿など見たくない、争いを避ける事が出来るなら避けたい。元気な修哉のまま、いつまでも自分の側にいて欲しい。

エマニュエルはそう思ったからこその質問であったのだ。



 修哉とエマニュエルの気持ちのズレ、どちらも間違っていない互いを大切に想う確かな気持ち。結局はこの気持ちの齟齬が修正される事は無く、時代はどんどんと進んで行く。

結果としてそれは、取り返しのつかない大きな悲劇を生むのだが、その出来事が歴史のページに記載されるまで、修哉とエマニュエルは、まだいくばくかの時を刻まなければならなかった。



 ◆死闘 凱旋を目指して

  終わり



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