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エマニュエルに見せられない 前編


 全国ネットのニュースでは既に、東京の桜はいつ咲くのかとしきりに報じられ、東北や北海道などまるで別の世界の出来事の様に桜前線マップを持ち出して、首都圏の開花時期だけを報じるそんな時期の事。ここ長野市ではシーズン最後の雪が降っており、街を行き交う人々は完全防寒装備で身を固めて、白い息を吐いている。


 宗派を問わない全国でも珍しい寺、善光寺がある県庁所在地長野市。その長野市の南東地域にあたる松代地域には、昨年柊小夜に保護されたばかりの藤森修哉が、能力の開発訓練を受けている総合病院がある。

藤森修哉の驚異的な能力値と、その能力の異質さと凄まじいまでの破壊力は噂となって拡散し、その噂は能力者たちで構成される作戦ユニット「桜花」だけに留まらず、母体である【柳田学校】にも届いていており、何故かこの季節には異例の、収穫の時期にもなっていた。



 ーー現空間の空間質量及び容積量を、発現させた異次元空間で相殺するーー



 サイコキネシスにや透視や予知などに比べて、修哉の持つ能力それが作戦で発揮されれば、これ以上無い程の完璧な暗殺が可能となる。


 離れた場所から敵を狙い、脳髄の一片でも心臓細胞のひとかけらでも異次元に送り込んでしまえば、その敵は完全に沈黙してしまう。それも即バレる暗殺ではなく、標的は身体的な病変として死んで行くのであるから、これほど確度の高い暗殺術は無い。


 結果として修哉が小夜に保護されて、この総合病院で訓練を受け始めてから半年も経たない内に、柳田学校の関係者「らしき」様々な組織の幹部クラスの者が、入れ替わり立ち替わり修哉目当てに訪問を繰り返す事となる。

それは公安調査庁や内閣情報調査室だけでなく、外務省やNSC国家安全保障会議や、警視庁、警察庁、自衛隊の統合幕僚会議メンバーまで、それこそ柳田学校に密かに属する様々な事務方と実戦部隊の幹部が、修哉をこの目で見極めて、有能ならば自らの組織に組み込もうと日参を繰り返してていたのである。



 今シーズン最後の雪がやっと溶けて、街の人々がブーツや長靴を収納し始めた、そんなある日の事。

一台のSUVが市街地を駆け抜けて松代にある総合病院へと向かっている。その車に乗っているのは一人だけで、柳田学校において非正規活動を行なっているユニット「桜花」のリーダー格である、越ヶ谷美雪が運転していたのである。


 リーダー格と表現したのは、元々このユニット「桜花」は作戦ごとにメンバーの内容を変えると言った、非常に流動的な側面を持っており、固定した部隊長の存在が不必要であったのだ。

そしてその桜花の中で一番出動回数が多くて、申し分の無い程の能力を持っていた越ヶ谷美雪が、発言力を増すと共に周囲やメンバーたちの信頼も得ながら実質的なリーダーとなり、今に至るのであった。


 艶やかな長い黒髪をシートに押し付け、時折メガネの頭を持ち上げながら運転するその姿は、何かしら期待に溢れる空気に満ちており、バッチリと決めた春のメイクはどうやら、桜花の新しいメンバーになるのではと囁かれる藤森修哉が、一体どんな少年であるのか見極める以上に、何か彼女をそうさせる理由がありそうだ。


 農地の境界に沿って作られた、田舎丸出しの「うねる」道路を抜け、総合病院の駐車場に車を止めた美雪。車のエンジンを切り、助手席からバックを拾ってドアを開けようとした際、何を思ったたか身体を伸ばしてバックミラーを覗き込む。

車の背後に何かがあった訳ではない、彼女はミラー越しに自分の姿を見て、前髪の向きとファンデーションの乗り方、そしてグロスの型と艶を確認し、ミラーの前でニコリと微笑む自分を試す。

そして口にした訳では無いが、身体中から「良し」と言う声が聞こえそうな、気合いの入ったオーラを放ちながら、颯爽と駐車場から本館裏にある研究棟を目指し始める。


 ピロリロ……ピロリロ……!肩から下げたバックの中で携帯電話が着信を知らせている、個人で使用しているスマートフォンではなく、「業務」で使用している携帯電話からだ。


 あれ?当面の間作戦はないはずだと首を傾げながら携帯電話を手に取ってチラチラと点滅する液晶画面の表示を確認する。


「……莉琉昇太郎……まったくあの子は……」


 業務回線を私用で使うなと、何度言ったら気が済むのかしら……と、ぶつぶつ言いながらも通話ボタンを押す。


(あっ、美雪ねえおっつ~)


 ため息と苦々しい顔のセットで歳下の女装男子との会話を始めた美雪。早く目的の場所にたどり着きたいのだが、さりとてチームの大黒柱をぞんざいに扱う訳にも行かず、逸る気持ちを抑えながら足取りを緩める。


「ダメじゃないの、莉琉。業務回線は作戦時にのみ使用を許される秘匿回線だって知ってるでしょ?」


(え~、だって美雪ねえのスマホに電話しても、出てくれないしぃ)


 イライラするから当たり前じゃないのと、言い返したい事が喉まで出かかっていたのだが我慢して飲み込みつつ、それはごめんねえと、心にも無い言葉で指摘を受け流す。


(ねえねえ、そんな事より美雪ねえ、新しい子の画像送ってよ。イケメンの美少年なんでしょ?美雪ねえばっかりズルいよう)


「嫌よ!何でそんな恥ずかしい事しなきゃいけないのよ」


(お願いお願いい!)


「今日はメンバーの健康診断結果届けに来ただけなの、渡したらすぐ帰るのよ」


(ふひひ、それはウソだよねえ美雪ねえ。莉琉知ってるよ、今日は久我山三佐狙いで行ったんでしょ?)


「ひっ!?ななな……何で莉琉がそんな事知ってるのよ!?」


(メンバーにバレバレだよ?美雪ねえが久我山三佐の事好きだって事)


「あわわわわ!やめろ莉琉、これはあくまでも個人的な……個人的な領域の話だから……!」


(ふひひ、別に隠す事じゃないのにねえ……でも美雪ねえ、気を付けた方が良いよ)


「うん?気を付けろって、何を?」


(久我山三佐、なんかこの前怪しいレポート提出したのがバレて、公安調査庁に目をつけられたんだって)


 何やら雲行きの怪しい話に傾き始め、ぴたりと足を止める美雪。莉琉昇太郎との会話など早々に切り上げて研究棟に向かっても良かったのだが、意中の人のキナ臭い噂ともなれば、まんざら無視する訳にも行かない。


「怪しいレポートって何よ?それにそんな情報どこで手に入れたの?」


(莉琉もまた聞きだからソース元は教えられないけど、何かクーデターだの人類の変革だのって、オカルトみたいなレポート出して、上が騒然としてるって……)


 莉琉昇太郎が口にした内容があまりにもショッキングだったのか、あっと言う間に血の気が引いて呆然とその場に立ち尽くす。


 何故あの人が、何でそんな事を!?大人しくしているだけでもいずれはトップにのぼり詰める事が出来た人なのに……!


 美雪の動揺は思いの外激しく、携帯のスピーカーから溢れて来る莉琉昇太郎「ねえ、美雪ねえ、聞いてるう?」と、彼女を呼ぶ声すら頭に一切入って来ないほどだ。


「ゴメン莉琉、ちょっと通話切るよ!」


 何を思ったのか強引と言って良いほどの勢いで通話を切り、小走りで研究棟に向かい始める。

その表情は焦りの色がありありと浮かんでおり、莉琉昇太郎がもたらした情報が彼女にとってどれだけ衝撃的であったのかが伺えた。



 ーー久我山三佐、久我山一誠。陸上自衛隊の各方面隊を統括する陸上総隊、その陸上総隊の隷下にある独立部隊「中央情報隊」の現地情報隊に所属し、海外向けヒューミント活動を主たる業務とする三等陸佐。

時のリベラル政権がこの国を共産化し、土下座外交を始めてしまい自由主義諸国から見捨てられてしまった昨今、海外事情に精通して網の目の様に張り巡らされた人脈の数々が、保守巻き返しのかなめだと言われていた、柳田学校のホープ……。

そんな、そんな方が何故、わざわざ自分が目立つような事をしたのか。危険思想の持ち主だと認定されてしまえば捜査の手が伸びて、いずれは柳田学校の存在さえも……ーー



 一刻も早く研究棟にたどり着き、今日来訪しているであろう久我山三佐に、事の真意を確かめなければと、美雪の心は急くばかり。

皆神山から吹き降ろして来る風は冷たく、まだ外で汗をかくような時期ではないのだが、一般外来棟の横を抜けて研究棟に向かい一目散にに足を進める美雪は、肩で息をしながら額に汗を浮かべている。

せっかく最新の春メイクで意中の人の気を引こうとした美雪なのだが、悲しいかな、もはや化粧の魔力は無力に等しかった。



 ……その時だ!その時、研究棟の裏手で私は見てしまったんだ、久我山三佐が女と抱き合っていたのを!あの魔女……柊小夜と!私は許さない、絶対にあの女を許さない。私の地位と久我山三佐を奪った泥棒、柊小夜とそれにまつわる一切を、私は許さない……



 古くから海運と漁業で栄え、ギルドが支配する街サレハルート。

その街の郊外にある強制収容所にいよいよ……東の山々の稜線から太陽が顔を出し、暁の時間は終わりを告げて、世界は朝に包まれた。


「はあっ!……はあっ!」


 無数のスロウナイフを左半身に浴びた修哉、射線から逃れる為に管理棟に避難しようと思った矢先に、その管理棟から三人組の黒服が出て来た事と、その三人組のリーダーらしき存在が越ヶ谷美雪である事が、彼を酷く混乱させる大まかなファクターであるのだが、細分化させると様々な関係が見えて来る。


 サレハルートのギルド幹部たちは、黒服……シーニィ・メーチの精鋭は首都に召還されており、来週まで不在だと言っていた。

つまり、ギルド側とシーニィ・メーチ側で何やら裏取引があって、修哉はギルドに売られたと言う事。その逆も然りで、シーニィ・メーチ側は藤森修哉を最初から狩ろうとしていた事がうかがえる。


 更に、そのシーニィ・メーチのメンバーには越ヶ谷美雪の存在があり、ララ・レリアが教えてくれた様に、修哉に対して悪意以上の憎しみすらうかがえる事。

今ほど修哉が受けた無数のスロウナイフも、この世界の魔術などではなく、【テレポーター】と呼ばれていた彼女の能力なのだと判断出来るし、何より……越ヶ谷美雪が黒服を着て処刑部隊を統括する存在になっていたと言う事は、

それこそ柊小夜の処刑に密接に関わりがあるのではとの推測にたどり着いた修哉は、いよいよ彼女たちを迎え撃ちながらも、越ヶ谷美雪を生きたまま捕らえて、小夜の処刑にまつわる一切の情報を引き出す事を決意した。



 スロウナイフの軌道を気にしながら踵を返し、管理棟側ではなく収容棟にダッシュを始める修哉。

敵に背中を向ける事は非常に危険な行為なのだが、四方八方丸見え状態の今より、遮蔽物に隠れた方がまだ被弾率は下がる。

だが、収容棟の柵に身を隠した途端、トトトトト!と、背中に走る振動と激痛。修哉と美雪の間には遮蔽物として頑丈な丸太の柵があるのだが、おかしな事にスロウナイフは隠れた修哉の背中に刃を穿った。


「ぐわっ!?何だ、何故だ。……くそ、痛ってえ!こんな姿エマニュエルに見せられないじゃないか!」


 おかしい、あまりにもおかしい。


 テレポーターの異名を持つ越ヶ谷美雪の能力とは名前通り物質の瞬間移動であり、物質を投げたりする事で、充分な慣性の力を得てから瞬間移動させて、物質の慣性力と質量で殺傷能力を得る技なのだと修哉は思っていた。

だが、最初に襲われた左半身側も、たった今襲われた背中側も、管理棟の前で悠々と立ち尽くしている越ヶ谷美雪とは別方向からナイフが襲って来た。越ヶ谷の後ろに立つ黒服の男二人も、何やら両手で印を結んではいるのだが、魔法系戦士でこの様な物理殺傷はしないはず。


 直線で結んだA地点とB地点があり、A地点からB地点に向かって物質を投げたとする。物質は重力に干渉されない限りAからBの方向に対して慣性の力が働く。

A地点とB地点の先にC地点があったとして、A地点からB地点に向かって投げた物質を能力でC地点に発現させても、慣性力はB地点には向かないのである。


 もっともっと根源的な事を言えば、越ヶ谷美雪は大量のスロウナイフなどはなから持っていないし、投げる様なジェスチャーも見ていない。

ならば、そうであるなら越ヶ谷美雪の能力として認識していたこれらの事は間違いで、全く別の能力だと判断すべきなのかと修哉は混乱するのだが、結論に至る前に、時間はそれを許さなかった。


「……豊穣の神、大地の神、正義の天秤掲げる神、それら全ての上に立つ全能のイエールフルプス……」


 腰に手をやりながら残酷な笑みを浮かべる越ヶ谷美雪。その余裕綽々な彼女の背後にいた黒服の男二人が、いよいよ呪文の詠唱を終えて、解き放つ体制を整えたのである。



 ……越ヶ谷美雪だけ生かそうなんて甘かった!今すぐ奴らを皆殺しにしないと、俺がヤバイ!……



 慌てて丸太の後ろから飛び出し、管理棟に向かって反時計回りに大きく円を描いて走り出した修哉。

微妙な円を描く事で越ヶ谷美雪の距離感を狂わせながら、必滅のディメンション・リビルドで早々ケリをつけようとしたのだが、修哉が越ヶ谷美雪と背後の二人に視線を向けて距離を図った瞬間、それを待っていたかの様に黒服の男二人は魔法発現の言葉を放つ。


「……解き放つ魅惑、魅了。蠱惑の力持ちて、彼の地の瞳を奪わん事を……」


 ……ドクン!黒服の二人が言葉を終えた途端、修哉の心臓が急に波打ち始め鼓動が暴れだす。

別に激痛が走る類のものではないのだが、暴れ馬の様に無軌道なリズムで早打ちを始めた心臓は、修哉の瞳にも無秩序かつ膨大な血液を送り、本人の意志などお構い無しに、視界はズームインとズームアウトを繰り返す。

それはまるで、酒の苦手な人がアルコール度数の高い酒を口にしてしまった時と同じだ。


「うっ!ぐううう……!な、何だこれは!?」


 足元もおぼつかなくなり、つまづいて盛大に転ぶ修哉。だがそのまま突っ伏している訳にはいかない。位置を固定した瞬間にまた、スロウナイフが襲ってくるのは明白であり、痛かろうが具合が悪かろうが、ひたすら走り続けなければ修哉に生き残る望みは無いからだ。


「どうだ、藤森修哉君。これはチャームの魔法と言って、相手の視線を引き付けたまま、正確な視覚を奪うんだ。ここで私だけが移動して君の視界から消えたとする……。アハハ!楽しいな、楽しいよ!」


 全身血だらけで視覚すら混乱に陥れられた修哉の鼓膜に、越ヶ谷美雪のいやらしい高笑いが響く。


(……打開策を、打開策を見つけないと!……)





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