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襲撃!強制収容所


「……ディメンション・リビルド……」


 強制収容所を四方八方ぐるりと取り囲んでいた松明の火が、誕生祝いのケーキに刺さったローソクの炎の様にどんどんと消え始め、行く手を灯りに遮られていた闇夜は、嬉々として収容所を包み始める。


 強風が吹き荒れる訳でもなく、豪雨に晒されている訳でもなく、スヴェート海の暖かく湿った海風が分厚い雲を作る曇天の中、異変に気付いた守備兵が、まだ火を灯している松明を手に消えた松明に炎を移そうとしているのだが、それすら消えてしまってはもう原因の追求どころの話では無く、暗闇の中で右往左往するしか無い。


 藤森修哉はその混乱に乗じて、悠々と収容所潜入に成功する。

先端の尖った丸太の柵を潜り抜け、兵士や処刑部隊の詰める管理棟の脇をゆっくりと歩き、管理棟内で煌々と灯されているランプを片っ端からディメンション・リビルドで異次元に送り、とうとう強制収容所は灯り一つ無い夜本来の姿へと変わり果ててしまったのだ。



 ……夜目は完全に慣れている、リジャの人たちのいる収容棟も把握出来た……



 自分さえも溶け込んでしまった暗闇の中で、不思議と修哉の表情が落ち着き始めるのだが、それはもちろん、リラックスした姿を表しているのでは無い。暗殺者としてのスキルを叩き込まれた彼が、「殺し」を行う前に見せる表情である。

喜怒哀楽の一切を自身から切り離し、敵にバレない様に身体から立ち昇る殺気すらも排除し、文字通り空っぽになった姿なのである。


 その姿はまるで、一切の煩悩を捨て去った聖者。いや、路端に一日中立ちながら世界の果てを見詰める愚者の姿とも言える。

そしてその瞳にたたえるのは、殺しを前にして何の高揚も低迷も感じさせない静寂の色。澄んでいるように見えるのだが、眼底には狂気の色が満ち満ちており、それはまさに聖者の持つ愚者の瞳であり、愚者の持つ聖なる瞳であったのだ。



 ……さて、始めようか……



 容赦は一切しない。処刑部隊はともかく、いくら徴兵されて兵士になった者たちであったとしても、槍を持って剣を携え、リジャの街の人々をその力で悲劇に陥れた事は間違いの無い事実。

兵士たちに伴侶がいようが子供がいようが、戦士として闘技場のステージに立った以上は屠る……。それが唯一、修哉が抱くルールだ。


 完全なる闇に包まれ、種火すら失った管理棟はもはや完全にパニック。

闇に慣れず夜目の効かない兵士たちはその場にすくみながら、大声で仲間たちの名を呼んだり、火をおこせと大騒ぎ。ご丁寧に自分の居場所を教える兵士たちを狩る為に、修哉は管理棟の出入り口へと静かに静かに足を入れた。


 管理棟と言っても全てが木造でこしらえた「掘っ建て小屋」みたいなものである。歩けば床はきしみ、戸を開ければギイと悲鳴が上がる。

古臭い音で自らの居場所を教えてしまう様な古典的トラップを、不思議な事に修哉は一切の物音を立てずにすいすいと進んで行く。

その有り様はまるで夜行性の猫科の動物のようでもあり、猫科と言っても暖炉の前で丸くなる様な愛くるしい生き物で無はい事を、兵士たちはその身を持って知る事になるのだ。


「ディメンション・リビルド」


 独り言よりも囁きよりも小さな声が、真っ暗な管理棟の廊下で呟かれる。自分の能力を抑えていた自己暗示を解放する、敵にとっては地獄の饗宴の開催を知らせ、絶対死をもたらす呪いの言葉。

この言葉が修哉から発せらて即、廊下で右往左往していた兵士たちが、一人ずつぱたりぱたりと倒れ始めた。


「火をおこせ!一体どうなってる!?」


「軍曹、軍曹!返事をしろ!」


「リヒト伍長、どこにいるのですか!?伍長どの!」


 管理棟はとうとう阿鼻叫喚の様相を呈して来たのだが、いかんせん暗闇に支配された世界であり、一体何がどうなっているのか視覚からは全く判断出来ない憶測の世界。

だが確実な事を言えば、闇に閉ざされた管理棟で叫ぶ声が、一つ一つ確実に減って来ている事。それは即ち暗殺者藤森修哉が、悲鳴を叫ばせる時間すら作らせずに、確実に敵を屠っている証拠でもある。


「ひゃ、ひゃああっ!リヒト伍長の顔が、伍長の顔が……ひゅ!」


 その兵士は、何を言おうとしたのか。今となってはもう分からない。何故なら、言葉を発する口どころか首から上が消えていれば、どんな表情をしていたのかすらもう分からないからだ。


 辺りを漆黒に包んでいた夜が開ければ、いずれは暁の弱い明かりでも見えて来るはず。

クラースモルデン連邦共和国国軍、北方普通科連隊第四小隊の三十人と、クラース・ヌイツヴェート党が派遣した人民特務警察班の処刑部隊九名はもはや、単なる肉の塊にと変わり果てた。


 そして修哉は管理棟の一番奥……収容所の幹部が詰める事務所らしき場所に据えてあった立派な机の下で、暗闇とこの異変にぶるぶると身体を震わせながら独りで脅える、処刑部隊の隊長を見付ける。

周囲の兵士に比べて彼の着ている制服の装飾が立派である事から、処刑部隊の隊長で政治将校だと判断したのだが、最後に残ったこの一人を簡単に葬ろうとはせず、廊下に落ちていたロープを手にしながらゆっくりと机に向かって足を進める。


 ……ジャリッ……ジャリッ……。床板に散らばった砂を踏む音、それも意識して静かに立てている修哉の足音が、その政治将校の耳を刺激する。不安と恐怖に陥れる死の刺激だ。


「だ、誰だ!?イザーク同志中尉なのか?セルゲイ曹長か?……誰だ、返事をせんか」


 蚊の鳴く様なかすれた声が事務所に響いた時だ。その政治将校はドカンと言う物音と共に、顔面全体に襲い掛かる強烈な衝撃と痛みを覚え、その勢いで机の下から壁へと吹っ飛んだ。


「ぎいいっ!鼻が、鼻があ!」


「……うるさい悲鳴だな、神経が逆撫でされる」


 呆れた様な口振りで政治将校に近付き、もう一度顔のど真ん中をゴツンと蹴り上げ、怯んだ隙にロープで手足を縛り上げてしまった。


「サクサクと皆殺しにしても良かったんだが気が変わった。お前には聞きたい事がある、俺が帰って来るまでそこにいろ」


 後ろ手に加えて両足まで縛り上げられ、エビ反りになった政治将校は、涙と鼻水の混ざった血を垂れ流しながら、ヒィヒィと声にならない声を上げて助けを乞おうとするのだが、もう既に修哉の姿は無い。管理棟を完全制圧したと判断して、収容棟に向かって走り出したのである。


 収容党は管理棟のすぐ裏に四つほどあり、打ちっ放しの丸太で囲っただけの檻の中、人々はすし詰めの様に押し込められている。その数約二百人。

屋根も無く、下水施設すら無い極めて不衛生な檻の扉を、修哉はディメンション・リビルドで消し去った。


「リィリィルゥルゥのララ・レリアに認められし原初の導士、藤森修哉である!カルステン市長の願いを聞き、あなた方を助けに来た!」


 曇天の雲を吹き飛ばすかの様な大きな声で叫ぶ修哉。

最初はその声に疑心暗鬼に陥っていた市民たちも、修哉が兵士たちは完全に制圧した事と、全エルフが味方になった事を告げると、やっと信用し始めたのか、安堵のため息と歓声が溢れ始める。


「ここから北に向かえ!アンカルロッテの森を目指すんだ!今ほどシルフの笛を吹いたから、エルフたちが食糧をもって駆け付けてくれる。だから走れ、逃げろ!北に向かうんだ!」


 【助かる】……この思いだけが、収容所に閉じ込められていた人々を動かす。

老いも若きも、男も女皆が皆……涙を流し修哉に抱きつかんばかりの勢いで何度も何度も礼を言って、闇夜にも関わらず脱兎のごとく逃げ出して行ったのである。


 生きる事を否定され、劣悪な環境で死を覚悟した人々。その彼らが修哉の元に集まった時のその笑顔。その笑顔にやられてしまったのか、修哉はまんざらでも無い顔で、頭をぽりぽりとかきながら、しばしの間人々の背中を見守っていた。



 そして残されたのは、自分の身に何が起きたのかすら分からぬまま、身体の一部を異次元に取り込まれ、痛いとも感じる暇無く生き絶えた兵士たち。

身体を拘束されたまま、長々とうんざりする様な美辞麗句に彩られた演説を耳にして、そして死の恐怖にのたうち回りながら処刑されて行ったリジャの市民に比べたら、よっぽど楽な死であったのかも知れないのだが、修哉は一つだけ残しておいた「おまけ」を思い出す。


「……小夜、仇は取ってやるからな……」


 ナーケルシュ族の森で哲臣と対決した際、小夜は先月に公開処刑されたと聞いた。この世界に飛んで来た小夜がどんな事を口にし、そしてどう死んで、どこに弔われたのか気になり、修哉は先ほど拘束した政治将校の元に向かったのだが、

夜も白み始め、暁の時間帯が始まろうと言う頃、管理棟の向かって歩いていた修哉の身体に、突如異変が走る。

丁度修哉の左半身、肩口から左腕そして左脇腹と左の大腿部にトトトトト!と、無数の鋭い痛みが走ったのである。


「ぐうっ!?」


 突然の激痛に我慢出来ず、悲鳴を上げて地面へとヘタリ込む修哉。

その痛みの原因を知ろうとして目をやると、驚くべき事実を目の当たりにする。無数のスロウナイフが、それこそびっしりと左半身に突き刺さっていたのである。


「だ、誰がいつの間にこんな……ぐわっ!」


 刺さったナイフをすぐに抜きたい衝動に駆られるも、抜いた途端大量出血による失血状態に陥る可能性がある以上、それに気をやるよりもまず安全な場所に退避する事と、このスロウナイフの持ち主を特定しなければ!

……そう判断した修哉は激痛を「無視」して立ち上がり、ナイフの刺さった状態から敵の位置を予想しながら、右前にある管理棟の壁に向かいダッシュする。


「……あらあら!どこに行こうと言うのよ。藤森修哉君」


 ちょうど修哉が緊急避難しようとした壁の奥から、いないはずの黒服を着た女性……、人民特務警察班の精鋭部隊シーニィ・メーチのエージェントが現れたのだ。


「お、お前は越ヶ谷美雪!まさかお前がララ・レリアの言っていた、悪意ある原初の導士なのか!?」





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