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さて、話し合おうぜ


 サレハルート郊外のとある場所。地元住民や外国人に見られる事を危惧したのか、街から東の方向を見て、街からは見えない小高い丘の向こうに強制収容キャンプがある。リジャの街で暴動や殺人などの不法行為を行って、国軍に逮捕・拘束された者が送り込まれる場所だ。


 ただ、表向きは不法行為者・犯罪者の隔離施設を歌ってはいるが、実質のところギルドが支配するサレハルートが、国家に反旗を翻して独立運動を始めない様に、定期的に公開処刑を行って牽制するための死刑囚のストック場所である。

飢餓で苦しむリジャの住人を微罪や冤罪で捕まえて来ては、サレハルート住民に見せるためだけに公開処刑を行う、そのためだけに人々を収容する悪夢の施設だったのである。



 月さえ顔を遮られ、星の一粒すらも輝かないほどの、分厚い雲で空一面が覆われた暗黒の夜。

藤森修哉は今、闇と同化しながらその小高い丘にうつ伏せとなり、強制収容所をじっと睨んでいる。


 ここはまだ鉄条網すら発明されていない剣と魔法の世界なので、ハリの子ひとつ通さない鉄壁の防御などと言う存在は無い。

周囲を水の無い堀で囲み、先端を尖らせた木材が、ハリネズミの様に外側に向かって放射状に据えられているだけの施設で、隠密行動を得意とし、静殺傷スキルを持つ修哉にとっては、こんな施設はまるで要塞ですらない。


 シルフィアから貰ったコートを静かに脱ぎ、目の前の土を手に取り顔に塗りたくる……。

いよいよ浸入のタイミングを計ってほふく前進を始めた修哉。周辺を警戒する守備兵が二度ほど交代しているのを確認、三度目の交代が行われる直前……つまり、守備兵の気が緩んだ瞬間を狙って浸入を行おうとしていたのだ。


 この強制収容所の場所や規模、そして守備兵のおおよその数など必要な情報は全て、昼間サレハルートで入手した。

そう、怒髪天となった修哉が乗り込んだ居酒屋……海運ギルドと漁業ギルドの事務局である「世界の台所」でだ。



 用心棒二人が「ちょ、ちょっと待っていろ」と言うセリフと、脅えるマスターを置き去りにしてから数分後、修哉は店の奥へと通された。表の店と同じくらいの広さを持つ両ギルドの事務局へだ。


 ちょうどそこでは幹部会を兼ねた昼食会が開かれていたのだが、中へ通された修哉の嫌悪指数を更に上げる事になる。

六人ほどの男たちがテーブルを囲んで打ち合わせや談笑を重ねていたのだが、そのテーブルの上に並べられた料理の数々が修哉の度肝を抜いた。


 それぞれの前にはどデカイ牛肉のステーキやチキンのグリルが置かれ、バスケットには焼き立てのパン、新鮮な野菜サラダと様々な地域から取り寄せた果実が皿に山の様に盛られ、とてもじゃないが六人でも食べ切れない贅沢な量。まるで隣の都市が飢餓で壊滅寸前になっているなどとは想像もつかない、豪華で豪勢な昼食をとっていたのである。


「君がララ・レリアから認められたと言う原初の導士かね?ふむ、若いな」


「死ぬか生きるかどちらかを選べとは、まことに物騒だの」


 六人の幹部の内、一番奥に陣取る老人二人が修哉を一瞥しながらも再び食事を始める。

修哉の言う事がブラフなのかどうか見極める為に、ワザと修哉をイラつかせている様にも見え、他の幹部たちもそれに従い黙々と食事を再開したのである。


 若造だと軽く見られた側の修哉には、二種類の選択肢がある。

若造なら若造らしく誠意を持って説き伏せる方法が一つ。そしてもう一つは、テーブルを蹴っ飛ばしてでも強引に修哉に振り向かせて話を聞かせる方法。

もちろん強大な嫌悪の情を抱く修哉が親切になる訳も無く、後者の方法を持ってギルドの幹部たちを強引に振り向かせるのだが、そのスケールが常人の理解と想像を遥かに超えるデモンストレーションを行ったのだ。


「……ディメンション・リビルド……」


 修哉が必滅の言葉を口にすると、心なしか幹部たちが会食していた奥の間が、パアッと明るくなる。

石造りの壁に木材の天井で覆われていたこの薄暗い奥の間が、眩い光と漆黒の影とに彩られて、まるで青空の下でランチでも楽しんでいるかの様な、明るい空間にと変わってしまったのだ。

それもそのはず……。ディメンション・リビルドはこの部屋の天井と、その上にある屋根を完全に他の次元へ吹き飛ばし、奥の間を中庭に変えてしまったのだ。


「ひいっ!?」


 慌てふためくギルドの幹部たち。その中の一人、まだ中年に足を踏み入れたかぐらいの男が、「何だ、何がおこった!?」と叫びながらも、修哉を案内して来た用心棒の一人に目配せをする。それは用心棒に向かって修哉を殺せと言う合図だ。

だが、それを見逃す修哉ではない。合図を送った幹部の視線に気付き、その視線の先にいる用心棒二人がナイフの鞘に手を伸ばした時、修哉は彼らに向かい軽く手の平を見せて、口元にわずかな笑みを漏らしながらそれを制止する。


「別にやめろとは言わない個人の自由だからな、好きに抜けば良い。だから俺も、お前らが抜いたら好きにさせて貰う」


 そうだなあ……と、わざとすっとぼけた表情でギルドの幹部連中の顔を見回す。

口元にあった微かな笑みは悪意に満ちた満面の笑みへと昇華し、そしてそれは誰が見ても背筋を冷たくさせる「死」を予想させる類のものであったのだ。


「お前とお前とお前は、首から上が消える。そしてお前らは……首から下が消える。あの天井と同じ、綺麗サッパリにね」


 ま、待て待て待て待て!と、奥の間にはこの簡単な二文字が嵐の様に行き交う。ギルドの幹部たちにとって、修哉が天井をぶち抜いたデモンストレーションは、見事に恐怖を植え付けていたのである。


「そうか抜かないか、賢明な判断だな。ここにいる肥えた豚どもより、あんた達の方が賢いか」


 ナイフを抜くか抜かないかにこだわる修哉。それもそのはず、ナイフを抜こうとする威嚇と、ナイフを抜いたと言う純然たる行為には雲泥の差がある。


 これは戦士・闘士の矜持の部類に入るのだが、敵が目標を倒すために武器を準備したら、自分に被害が及ばぬ様にそれを制圧しなければならない。当たり前の話、自分の死を甘んじて受け入れる訳にはいかないからだ。

つまり、敵が自分を殺す準備が出来たのであれば、殺される前に敵を殺さなければならない、それが出来なければ自分が殺されるだけ。やられる前にやれ……そのサインが、敵が準備したか否かなのである。


 戦士や闘士に限らず、相手を罵ろうとする者は、相手から罵られる覚悟をしなければならず、怒りをぶつける者は怒りをぶつけられる覚悟を、そして殴ろうとする者は殴られる覚悟をせねばならない。

殺そうとする者も然りで、殺される覚悟を持った者だけが敵に刃を向ける資格がある。殺そうとした相手が「やめろ!やめてくれ!そんな事をしたら話し合うぞ!」などと薄気味の悪い対応などする訳が無く、相応の対応で命の対価を求めて来るのは当たり前である。


 言葉にしろ力にしろ、それを相手にぶつける事は即ち暴力。その暴力を振るう者は、暴力を持って返される事を覚悟しなければならないのである。それが、戦う者たちにもたらされる【平等】、そして戦う者が受け入れる【死】なのだ。


 相手が気に入らないから暴言を放つ、暴力を振るう、殺す。それを胸に抱き実行に移した者は、同じ内容で逆襲されても一切文句は言えない。何故ならそれが平等なのであり、逆襲されたからと言って警察に泣き込んだり違法だと騒ぐのは、戦士・闘士・兵士の風上にも置けない根性も美学も覚悟すら持ち合わせていない、単なる揺りかごに揺られたワールド・イズ・マイン……超自分至上主義の甘ったれでしかないからだ。


だから、修哉は用心棒の二人がナイフを抜くかどうかにこだわったのである。抜けば多分、いや十中八 九、用心棒二人は死んでいたし、ナイフを抜く事を指示した幹部も死んでいたであろう。だがそれに、誰が異をとなえようか……。


「さて、話し合おうぜ」


 不敵な笑みを浮かべた修哉は、もはや魔王のごとき禍々しい空気を全身から放ちながら、ギルドの幹部たちに詰め寄る。

イエスにしてもノーにしても、一つでも答えを間違えれば、それ即ち死に直結する恐怖の時間帯。幹部たちは額と背中に冷え冷えする汗を滴らせて身体を硬直させながら、修哉の言葉を待つのみとなった。昼食で潤ったはずの胃と口内がカサカサに乾くのを自覚しながら。


 情で生きて来た者は情で動き、義に生きて来た者は義で動く。

そして金で生きて来た者は金で動くのだが、このサレハルートの海運ギルドと漁業ギルドに関して言えば、経済で生きて来たと言っても過言ではないだろう。つまりは経済で生きて来た者に情や義などは通用しない。

彼らを納得させるには、それ相応の対価が必要であり、それが納得されなければ、彼らは平気で他者を見殺しにし続けるであろうし、目の上のタンコブには平気で暗殺者を仕向けてくるはず。

修哉はそれを踏まえた上で、ギルドの幹部たちに対して驚くべき条件提示を行う。……【このまま何もするな】と。


「強制収容所についての情報だけ寄越せ。俺がそれを壊滅させてリジャの難民を解放し、そしてアンカルロッテの森まで護衛する。お前らは何もしなくて良い」


 強制収容所が壊滅すると言う事は、国軍兵士と人民特務警察班を敵とみなして皆殺しにすると言う事であり、そんな事がもし行われるならば、いよいよクラースモルデン連邦共和国は国の威信を掛けて討伐を始める。


 リジャの街では市民が立ち上がり内戦に発展するかも知れないし、国軍に完全制圧されるかも知れない。そしてその影響はサレハルートにも波及する可能性があるのだが、修哉はサレハルートを見捨ててリジャの難民をエルフの森まで護衛すると言う。


「今までリジャの街の人々が飢えても処刑されても、お前らは徹底的に無視して来たんだよな。俺はリジャの難民を助けに来たんだ、別にお前らなんかどうなったって知るもんか」


「お待ちください、導士様!それなら我々の自治が危うくなります。この街にあなたが出入りしていたと国軍にバレれば、我々だって立場は危うい!」


 この街には、まだリンドグレイン王朝の復権を望む者が多々いると、リィリィルゥルゥのララ・レリアが言っていた。つまり、皇女エマニュエルの名前を出せば耳を傾ける者もいよう。

だがそれはあくまでも彼らの経済的利益に適う存在だからであり、今いたずらにエマニュエルに求心力を求めるのは危険であって、修哉の個人的な感情としても、それは絶対に避けて通るべき道であると判断している。


 今、この目の前で修哉に抗弁した老人は、サレハルートは必ずしも無傷を要求はしないが、それなりの見返りを寄越せと言って来ている。

全くもって身勝手な言い分だが、経済が彼らの宗教であるなら、その言葉は真意であるとも言え、逆にエマニュエルの名前を出したくない修哉にとって、都合が良かったとも言えた。


「お前らはお前らの筋を通して来た、そうだろ?だから俺も俺の筋を通す。人民特務警察班のエリート部隊、シーニィ・メーチがアンカルロッテの森に火をつけ、エルフを虐殺した。エルフはそれを問題視し、リンドグレイン連邦共和国を敵と位置付けるだろう。そして今、エルフたちはリジャの難民を受け入れており、原初の導士が俺を含めて二人味方についた。これが何を意味するかわかるか?」


「……リジャやサレハルートなど、大陸西岸側地域が内戦のホットスポットになると?」


「だから俺は、この用心棒たちに伝えろと言った。生きるか死ぬかどちらかを選べと。共和国と共に滅びるか、新たな革命の立役者となるかはお前らの気持ち一つだ」



 ーーこの若者、原初の導士は、リンドグレイン連邦共和国を滅ぼそうとしている!?ーー



 この修哉の符丁に心を揺さぶられた者は、この場に少なくはない。

今現在自治を認められてはいるが、税率は王朝時代よりも上がり、そして何かにつけて公開処刑などの嫌がらせで牽制して来るのも確か。

ならば、精霊魔法のスペシャリストであるエルフ軍団と結託して現政府を打倒すれば、今よりは幾分自由な経済活動を行える……。


 こうして、修哉のブラッフを織り交ぜた交渉は成立し、ギルドの幹部たちは強制収容所の情報を提供すると共に、リジャの難民が漁業で飢えを凌ぐ事を暫定的に認めたのであった。



 強制収容所を囲む様に焚かれた無数の松明が、パチパチと火種を飛ばして深夜の静寂を打ち消している。警備で巡回する守備兵たちの動きも緩慢で、そこから緊張感はまるで感じられない。


 ……防御柵まで二メートル、ディメンション・リビルド……


 いよいよ、藤森修哉は強制収容所に突入する。その目的は二つ、捕らわれたまま処刑の日を待つリジャの街の人々を解放する事と、柊小夜を殺した処刑部隊を、同じ目に合わせて地獄に送る事だ。


 逸る心を抑えながら、ディメンション・リビルドで、目の前にある松明の先端を異次元へと送る。赤々とした灯りが闇夜に溶け込んだ自分を照らしそうになっていたからだ。


 口には出さず、腹の底でカウントダウンを始める。それがゼロになった時、ここは血風吹きすさぶ阿鼻叫喚の地に変わるのだが、たった一つ……。たった一つだけ、後々の修哉に降り注ぐ強大な誤算があった。


 シーニィ・メーチの黒服の連中は一旦首都に召還されて、来週まではいないとギルドの連中に聞いたからこその、今宵の襲撃決行であったのだが、その情報が誤りであったと身をもって感じる事となるのだ。

黒服の連中の中には、ララ・レリアが指摘した悪意に満ちた原初の導士もいる事から、対決は後日に回そうと判断していたのだが……。



 サレハルートの歓楽街にある天井と屋根が無い居酒屋、ギルドの事務局でもある「世界の台所」では、悪魔の様な修哉が去った後、奥の間のさらに奥で、こんな会話が交わされていた。


「よろしいのですか?あそこにはあなた方の兵士たちがたくさんいるのでは?」


「藤森修哉を仕留めようとするなら、それぐらいの犠牲は犠牲とは言えん。それよりご苦労だったな、我ら国家は君らの奉仕の心に対し、報いる事を約束しよう」


 怪訝な会話……ギルドの最高責任者らしき老人と、黒服を着た女性の悪意の籠った会話が、そこで行われていたのであった。





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