だから俺がブチ切れる前に
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「クラースヌイツベートの人民特務警察班は、サレハルート郊外に強制収容キャンプを作り、リジャの街で捕まえた市民たちをそこに収容している。もちろんその人々は、処刑部隊が公開処刑に使う格好の材料として……」
これが港湾都市サレハルートで得た様々な情報の中で、藤森修哉の行動を決めた根源である。そしてその情報を柱として修哉が立てたプランとはこうだ。
「強制収容キャンプを襲撃し、リジャの市民を解放しつつ処刑部隊と人民特務警察班を壊滅させ、最後にクラースヌイツベートと対決する」……。
クラースヌイツベート、つまり人民特務警察班のエリートである【黒服】のメンバーも何人かサレハルートにいるとの情報を得た事から、人民特務警察班・処刑部隊・クラースヌイツベートの三種類の部隊と同時に闘う愚を回避し、二段階による殲滅プランを構築したのである。そして、それを実行に移すために、修哉は更なる情報収集を始めた。
海運都市サレハルートは古くからギルドが仕切っていた街ではあるのだが、基本はクラースモルデン共和国領であり、住民は全てナンバリングされている。
理想と現実の極端な差に目を瞑る社会主義国家や共産主義国家は大抵、他国の目から自国の惨状を隠そうとする。飢餓に苦しむ国民の姿を隠蔽し、海外や他国に向けては「思想と革命の成功モデル」として、外国人の目が届く場所は盛りに盛った豪華な施設と物品、そして吐き気をもよおすプロパガンダのポスターと看板が並んでいる。
そしてここサレハルートも、クラースモルデン連邦共和国の海外向けプロパガンダに利用されており、港に隣接する一角は海外や他国から来た船の船員たち……つまり、外国人に向けた豪華な居留地区が作られ、高い壁で囲まれたそこは地元住民が気楽に入れない楽園が出来上がっていた。
深夜に海岸方向から港に忍び込み、外国人居留地区で情報収集を終えた修哉は、外国人船員のフリをしてサレハルート市街地へと入る。
サレハルートの街自体が海運と漁業で潤っており、利益分配はギルドがしっかりと管理している為、外国人居留地区と地元住民の街の区の貧富の差はほとんど無いと言え、つまりは外国人居留地区の様相それが、サレハルート全体の姿と言っても過言ではないのだが、それが修哉を余計怒らせる結果となってしまう。
計画された様に整然と並ぶ石造りの街並み、清潔で綺麗な服を着た人々。商店や露店には海の幸・山の幸など豊富な食材がこれでもかと並び、飢餓に苦しみ暴動や人肉食が横行するリジャの街とは雲泥の差。更にギルドが自警団を設立させてクラースモルデン共和国軍に協力し、リジャの街から救いを求めてやって来る難民を追い返しているなどと聞けば、ネジの二、三本外れた者でなければ、腹の底から怒りが湧いて来てもおかしくはない。
ーーこの状況下、食べる事すら出来ない隣街の人々追い返しておいて、お前ら良く美味そうな顔してメシ食ってるな!ーー
憎悪にまで昇華した修哉の怒りは、なるほどリィリィルゥルゥのララ・レリアが言った言葉を納得させる。サレハルートのやり方が気に入らないなら、皆殺しにしてしまえと彼女は言っていたからだ。
ともあれ、一刻も早くサレハルート市街地側に移動してギルドと接触する。そして街の郊外にある強制収容所からリジャ市民を救出しなければと、修哉は怒りを原動力にその足を早めた。
祖国の命を受けて海運ギルドとの交渉に来たと力説し、外国人居留地区と市街地を阻む境界の衛兵から外出許可を取り付け、悠々と市街地に入った修哉。目的地は市街地歓楽街にある居酒屋「世界の台所」……海運ギルドが経営する、幹部が頻繁に出入りしている店だ。
白色人種主体のこのクラースモルデン共和国では、黄色人種で髪の毛の黒い修哉は否応無く目立つ。長耳種のエルフ、ウルリーカ族のシルフィアに貰ったコートのフードを目深に被り、市場を抜けて歓楽街に入る……。
市場の店主が試食しないかと声をかけても、歓楽街の客引きが呼び止めても、一切無視して歩く姿はまるでダークサイドに堕ちようとしているジェダイの騎士。
路地裏で子供たちが無邪気に遊んでいても、街行く人々が爽やかな笑顔に溢れていても、それすらが修哉の逆鱗をチリチリと撫でて来る様に感じ、殺意を並々と注ぐ彼の視線はもはや、慣れない手つきでチキンサンドを作るエマニュエルを通り越して、煉獄に燃え上がる炎を睨んでいる。つまり怒りを抑える事すら完全に忘れてしまったのである。
外国人居留地区でサレハルートの労働者から教えて貰った通り、歓楽街のメイン通りから一つ裏の路地に入り、古ぼけた操舵輪が目印の店を探すのだが、さほど時間のかかる作業ではなかった。
太陽が世界の頂点から下界を照らす昼時に、修哉は街路の奥で軒先に操舵輪がぶら下がっている店を見つけたのである。それこそが居酒屋「世界の台所」海運ギルドと漁業ギルドの事務窓口兼、幹部の詰所であった。
店の前にたどり着いて即、一切の躊躇無く古ぼけた扉をギイと開けて店の中へ入る。視界の左右にはテーブルがズラリと並ぶが、ランチ営業はしていないのか客は全くいない。
そして正面奥にはカウンターが設置され、二人の男がカウンター越しにマスターと談笑していたのだが、見慣れない客がやって来た事から、怪訝な表情でじっと修哉を見詰めている。
「お兄さん、悪いけど昼間はやってないよ」
綺麗に口髭を整えたマスターが、カウンターの奥から素っ気なく声をかけるのだが、それがどうしたとばかりに、修哉はカウンターに向かって距離を詰める。
その様子を奇異に感じたのか、カウンターに座っていた二人の男が椅子から立ち上がり、修哉とマスターの間を塞ぐ。どうやらこの二人は用心棒、ギルド側の者たちらしい。
「そこで止まれや兄さん」
用心棒二人は腰のベルトにぶら下げたホルダーに手を伸ばす。指示に従って止まらなければナイフを抜くぞと言う警告なのだが、修哉はそれを一切無視して距離を詰め、互いの距離が二メートルに接近した時点でようやく止まる。用心棒たちも無言のまま迫る修哉に何か異様な気配を感じたのか、警告を発したまま未だにナイフは抜けていない。
当たり前の話、ナイフを持った二人組などディメンション・リビルドを駆使する修哉の敵ではない。
いや、ナイフに限らず剣でも魔法でもだ。だが、修哉はディメンション・リビルドの能力に慢心して警告を無視したのではない。
やれるものならやってみろよと、サレハルートで彼自身が抱いた怒りと嫌悪を露骨にぶつけたのである。つまりは挑発、用心棒相手に安い挑発を繰り出すなど、まだまだ若くて青いとも言えるのだが、其れ程までに今の修哉は憤怒が理性を凌駕していたとも言える。
「海運ギルドと漁業ギルド、両方のリーダーに話がある。いや、話じゃないな。死ぬか生きるか好きな方を選べと伝えろ」
修哉の言葉が過激だったのか、用心棒たちの身体がピクリと反応し、前傾姿勢になる。後はナイフを抜けば戦闘態勢完了ではあるのだが、此れ程堂々とやって来るアサシンも珍しいのか、彼らも判断がつきかねると言ったところ。
だが、用心棒も構えたまま動こうとせず、店のマスターも取り継ごうとしないため、業を煮やした修哉は懇切丁寧に状況を説明する。それも、恐ろしい文言の数々を交えて。
「俺はリィリィルゥルゥの地にいる始まりの女王、ララ・レリアに原初の導士を認められた者だ。そしてララ・レリアからサレハルートの住人を皆殺しにしても良いと許可を貰った者でもある」
「ララ……レリアだと!?」
「あ、あんたが原初の導士?み、皆殺しってどう言う事だ?」
「言葉通り皆殺しだ。俺は今無性に腹が立っている、まともに話し合う気など完全に失せた。だから俺がブチ切れる前に早く呼んで来い」
大声でそれを叫べば単なる威嚇……脅しの部類に入り、用心棒たちは嬉々としてナイフを抜いたであろう。だが修哉は声を低く小さく絞り出し、黒い瞳でひたすら用心棒を睨み続ける。
用心棒たちと店のマスターはやがて、誰が言い出した訳でも無くちょっと待っていてくれと店の奥に向かった。
修哉の口にした事を肌で感じたのである……【本気で皆殺しにする積もりだ】と。




