公開処刑
・
倉地帯の街リジャから西へ二日ほど歩くとエルゲンブレクト大陸有数の港街が見えて来る。それがクラースモルデン連邦共和国最大の港街「港湾都市サレハルート」である。
エルゲンブレクト大陸中のみならず、他の大陸にもその販路を伸ばし、海運と漁業で古くから栄えていた海の男たちの街。
海に生きる荒くれ者たちが作った街は独立の気風高く、リンドグレイン王朝八百年の歴史の中でも、半独立・実質的自治を勝ち得た唯一の街それがサレハルートであり、人々の気性は荒く、古くから海運ギルドと漁業ギルドが街を支配していた。
そのサレハルートの中心、円形大広場に街の人々が集まっている。石造りの街、石造りの道、全てが石造りの風情ある街の中心で、集会が行われていたのである。
ただ集会と言っても、海運ギルドが主催する遠洋航海の随伴船と乗組員の募集ではない。そして漁業ギルドが主催する、漁業高分配に異議を唱えた者たちの審判でもない。
集会はクラースモルデン共和国政府の名前で街の人々全てに声が掛かっており、半ば強制的に集めさせられた人々の間には、どよんとした重い空気が漂っており、人々がうんざりしているのは明らかであった。
「サレハルートの同志諸君!我らはクラースヌイツベート党より派遣された人民特務警察班である!クラースモルデン共和国の平和理念を冒涜したこの者たちの、公開処刑を行う!」
広場の中央、石造りの広場のさらに石を積んだ高い演壇に木造のやぐらを作り、やぐらの中央に並ぶ政治将校の一人が声高らかに叫んだ。
国軍の軍服と同じ緑色の軍服ではあるのだが、政治将校たちの腕に巻いた黒い腕章の中ほどに、クラースヌイツベート党のシンボルである赤い鎌のシルエットが刺繍されている事から、この壇上にいる者たちが生粋の軍人ではない事がうかがえる。
そして、その人民特務警察班の政治将校たちが掴む縄の先には、後ろ手に縛られて手足を拘束された五人の男女がおり、目隠しと猿ぐつわをされた彼らは、逃げ出すどころか助けてくれと叫ぶ事すら許されず、涙とよだれと鼻水を垂らしながら、ただその時が来る事を脅えながら待っていた。
「この者たちは、先日リジャでの暴動の際に国営穀物倉庫の備蓄食料を盗み出した者たちである!国家の財産つまり人民の財産を盗む行為は、国家万人に対する罪であり、それ即ち国家転覆を企てる反政府活動家であると判断!人民裁判の結果死刑を宣告、只今よりそれを執行する!」
部隊長らしき人物の宣言を受け、政治将校たちは死刑囚たちの首に、上から垂れ下がっている縄をかける。
青年一人と見るからに未成年の少年が二人、そして杖が無ければ歩けなさそうな老人が一人と、飢えた子供を心配する様な年頃の中年女性の合計五人が、猿ぐつわされた口から「うう!うう!」と怨み辛みや助命の言葉を漏らしながら壇上に均等に並ばされ、無理矢理やって来る人生最後の瞬間を待っている。
もちろんこの五名のリジャ市民は、反政府活動家などではない。あくまでも暴動の渦に巻き込まれたか便乗したかで、食糧庫から食糧を盗み出した者たちであり、その根源にあるのは飢餓である。血と暴力と他人には通用しない正義を振りかざしながら、国に闘いを挑む革命戦士などでは全く無いのだ。
本来なら公開処刑とは娯楽である。中世ヨーロッパでは大衆娯楽としての地位を築いており、一子相伝の処刑人たちが繰り出す様々な処刑方法に、人々は熱狂しながら声を上げ、罪人の断末魔を嬉々として見届けて来た歴史がある。
だが今、サレハルートの広場には嫌悪の空気が静寂として漂っている。街の人々誰もが眉間に皺を寄せ、口をつぐみ、一言も漏らさず押し黙っているのである。それはもちろん、これから処刑される者たちが罪人ではない事を理解しており、それをサレハルートの街の人々に見せようとするクラースヌイツベート党のやり方に怒りを覚えている現れだ。
半独立自治を「事実上」認められているサレハルートに対する、国家からの圧力以外の何物でもなかったからである。
首に巻かれた縄がピンと緊張し、後は号令に従って執行官がレバーを引くだけ……。
踏み板に乗る死刑囚たちは、ギシギシと鳴る足元の踏み板に恐怖と戦慄を覚えながら、諦めて力を抜く者、身体をよじって暴れる者、死の恐怖に前後不覚となって失禁する者など様子は様々であったのだが、とうとう彼ら全員に平等が訪れた。政治将校の長が腕を振り、執行官が踏み板解放のレバーを引いたのだ。
踏み板がガタリと開かれ、男女五人はそのまま重力に惹かれる様に落下。聞こえるか聞こえないかくらいの音でペチンと……頚椎が粉砕された音が響くと同時に、五人の男女はただの肉の塊へと変わり、哀れな振り子人形としてサレハルートの人々の瞳に影を揺らしていた。
「何でこんな後味の悪くなるものを見せるのか」……サレハルートの住民たちは、隣町の住人のその無惨な姿と、国家に対して怒りをぶつけたくてもぶつけられないやるせなさに肩を落とす。つまりは良心の呵責に耐えると言う、新たなトラウマを植え付けられたのである。
そして、そのクラースヌイツベート党人民特務警察班の処刑部隊とは別の場所に、眼光鋭く辺りをうかがう合計で六つの瞳がある。
広場からちょっと離れ、石造りの民家の影から顔を出すのは黒い軍服の男女。人民特務警察班の一握りのエリートたちだけが袖を通す事を許された精鋭部隊【シーニィ・メーチ】。
黒い剣と呼ばれるエリート部隊の者たちが、サレハルートの群衆の中から誰か目的の者を見つけ出そうとしていたのである。
その場には上官らしき女性士官と、その部下らしき男性が二人おり、女性士官の名前はその軍服の左胸に刺繍された名前と、肩と首元についた階級章で「ミユキ・コシガヤ特務大尉」だと判別出来る。
導師イエミエソネヴァの予言を受けたシーニィ・メーチの最高責任者アレクセイ・クルプスカヤ特務少佐は、イエミエソネヴァの予言をもってコシガヤ特務大尉に密命を与えており、それでコシガヤ特務大尉は首都のノヴォルイから、このサレハルートへとやって来ていたのであった。
「どうだ、いるか?」
自分でも目を細めながら、食い入る様に群衆を一人一人チェックするコシガヤ特務大尉。部下二人から否の報告を受けながら、クルプスカヤ特務少佐から正式な指令が下りた際に、特務少佐から聞いたイエミエソネヴァの予言の言葉をふと思い出す。
ーーこの大陸を巨大な戦果の渦に巻き込む凶星二つ。そは、皇女エマニュエルとフラット・ライナー。凶星堕ちねば共和国に明日は無しーー
その言葉を思い出し、反芻し、そして苦々しい表情を露骨に現しながら、自分にだけ聞こえる小さな声で、怨嗟の言葉を吐き出した。
「フラット・ライナー……、藤森修哉。何故この世界にまで来て私を煩わす?お前たちがいけないんだぞ、あっちの世界でナンバー・ワンの私を散々貶めて来た報いなんだよ。だから小夜は自業自得で死んだんだ」
コシガヤ特務大尉はそう呟き終えると、一旦口を閉じて大きく息を吸う。そしてゆっくりと空気を吐き出すと彼女の表情はガラリと一変した、まさに豹変だ。
理知的なクールビューティーを想像させる彼女であったが、その冷たい雰囲気がかき消される様に、殺気に満ち満ちたドス黒い狂気に彩られてしまったのである。
「修哉、小夜……。お前たちがいけないんだぞ、お前たちのせいだ。クックック、だから殺してやる藤森修哉、小夜の後を追って死ねば良い」




