始まりの女王 後編
・
始まりの女王ララ・レリアに謁見した修哉たちは、立ち話もなんだろうと奥の間に通され、聞きたい事を聞きたいだけ聞けば良いと促される。
そして修哉はまず問う、……ここは一体どこなのだと。
それに対してララは嫌がろうとはせずに、まるで優しい歳上の家庭教師の様に優雅に振る舞いながら、隠す事無く全てを答え出した。
ーーここは次元の狭間。狭間と言っても別の次元に通じている訳ではなく、別の次元に近い場所と表現すれば良いかの。
例えばこの星の一番高い山、当たり前だがその山の頂上が宇宙空間に一番近い。それと同じくここは、この世界において他の次元空間の影響を受けやすい場所と言う事だ。
だからこの世界だけが唯一存在しているのではない、平行よりももっと複雑な多次元世界が無限に広がり、この星もこの宇宙も、フラット・ライナーが以前いた世界も、その内の一つに過ぎないのであるーー
リィリィルゥルゥが外世界に近い場所、影響を一番受けやすい場所であるならば、この神殿の周りにゴロゴロ転がっている遺物な何なのか?そして何故俺のコールサインを知っている?
……言葉にはしないものの、その答えを聞きたくて前のめりになっている修哉。ララはそんな修哉を好意的に見詰めながらも、しっかりと咀嚼出来る様にとの配慮からなのか、意識してゆっくりと語り続ける。
ーーここにある過去の遺物は全て巨大な「ゆらぎ」が起きた結果、別の世界から飛ばされて来たものだ。決して良いものでは無い。
ゆらぎとはつまり天変地異や戦争などで発生する人々の怨嗟や絶望の声の意識集合体であり残留思念、目に見えない波動と言っても良い。
そのゆらぎが発生すると次元同士がくっついたり離れたりを繰り返すのだ。その際稀にではあるが、異なる次元を行き来する通路が発生するーー
「なるほど、それがここなのか」
「うむ、くっつけばくっつくほど、ゆらぎに乗った空間残留意識も情報として入って来る。そう言う事だよ、フラット・ライナー」
「それならばだ……俺が飛ばされて来たのも、何か大きなゆらぎが起こった影響からか?」
この地に赴いたその根源にある疑問を吐き出した修哉。
ララの説明に沿って導き出された彼なりの推測は「俺は何かの天変地異か戦争に巻き込まれ、ゆらぎに乗ってこの世界にとばされた」である。それが自然な流れだと思うし、大怪我をしていたのも頷ける。
だがララ・レリアは、そんな修哉の推測など一蹴し、彼が腰を抜かしてしまう様な一言を放った。
「ふふふ……。まるで巻き込まれたとでも言いたげな顔をしておるな、シューヤ・フラット・ライナーよ。自分の能力で飛んで来ておいてまだ他人事とは、まだまだ泡沫の夢に揺られておるようだな」
「俺?俺がっ!?一体どう言う事なんだ?」
慌てふためく修哉の姿を見て、ララはからからと笑う。もちろんその笑いには、悪意などは一片たりとも含まれていない。屈託の無い子供の様な無邪気な笑いだ。
「考えてもみよ、フラット・ライナー。お前の能力は何なんだと」
その言葉にハッとして、修哉は愕然としたのだ。……そうだ【異次元】だ、俺の能力は異次元を発生させる事だと。
つまりは、哲臣や昇太郎など「桜花」のメンバーや、心の支えだった柊小夜をこの世界に飛ばした最大の原因は自分の能力が原因であり、ゆらぎの発生源とは即ちーー自分自身であった事に気付かされたのである。
「おおかた、誰かの触媒にでもされたのだろうよ。元々この世界は、お前たちの住む西暦世界とは近い。だから情報もどんどんと入って来るし、やりようによっては、お前の様に能力で飛んで来る者がいてもおかしくはない」
……近い?お前の様に飛んで来る者?
その言葉の意味にピンと来ない修哉を楽しげに眺めつつ、難しい話を何とか理解しようと頑張っているのか、真剣な顔でじっと話を聞いているエマニュエルの頭を愛おしそうに撫でながら、ララ・レリアはまたゆっくりと話し出す。
ーーこの世界の人間たちは、一神教に染まってしまったから最早論外なのだが、エルフやドアーフなど亜人種の精霊信仰について思考の羽を伸ばしてみよ。
草木一本、水一滴にまで精霊が宿ると言う教え、何処かで聞いた事があるだろ。そうだフラット・ライナー、お前が元居た世界、元居た国の教えにある【八百万の神々】と全く同じだ。
つまりは、気が遠くなる程昔に、この世界へやって来て八百万の神々……精霊信仰を広めた者がいるのだよーー
「ちょっと待ってくれ、ララ・レリア。確かにコンセプトは似てると思うが、それを関連付けるには根拠が薄くはないか?」
「いや、根拠ならあるぞ。それもとっておきの根拠がな」
ララ・レリアはエマニュエルから離れ、奥の間に飾ってある大きなレリーフを見詰める。神話なのか伝承なのか、そこにはびっしりと文字が刻印されているのだが、さすがに距離があってその内容は確認出来ない。
ララの口から発せられる次の言葉を待つしか無く、一瞬時が止まったかの様な沈黙が続く。しかし意を決したララの言葉は、修哉が想像すらつかない程のスケールの大きな内容であったのだ。
「初めてこの地に降り立ったのは【魔人安倍晴明】だ。そして私はその式神であり、この地や亜人種の誕生は言わば……陰陽道の実験だったのだよ」
「あ、安倍晴明って……あの?」
「平安時代の伝記は、奴のごく一部の顔に過ぎない。あの魔人はどの時代にも暗躍はする、自らの道を極めるためにはどんな手段をも行使してな……」
ララの口振りから察するに、魔人安倍晴明に嫌悪感を抱いているようなのだが、彼女のその表情に違和感を覚える修哉。
何故か微笑をたたえるララの視線はぼんやりと遠くを見ており、想い人が現れるのを待ち焦がれている様にも見えるのだ。
「うん!……まあ、つまりはこの世界とフラット・ライナーのいた世界は、古くから密接な関わりがあった。そう言う事であるから、目的を持ってこの世界に来たいと望む者にお前は利用されたのだよ」
……俺は利用されたと言う事か……
原因についての記憶は欠落しているのだが、腹に受けた傷はまだ覚えている。ボルイェ村の郊外でレオニードに発見されなければ死んでいたはずの、あの腹からドクドクと流れ出ていた真っ赤な血を、修哉はまだ生々しく覚えている。
「ふふふ……俺をハメた奴は誰だ?そう言う顔をしているな。ショック症状だとは思うが、時間が解決するであろうから、思い出すまで気長に待つと良い」
ララ・レリアは知っていた。この世界に飛ばされたきっかけがまるで思い出せない事まで知っていた。彼女と表現して良いのかどうかは分からないが、始まりの女王はゆらぎに滞留する残留思念を、純粋な情報として得る力を持っている。
……まてよ、それなら俺が誰にハメられたのか、知っていても良いはずじゃ……
「うむ、やっとそこまでたどり着いたか。だが今はやめておけ。それを言う積もりは無い」
「ララ!」
「それを話すには時期尚早だと考える。何故なら、それを話すとお前は早計に走って死ぬからだ。そしてその凶の運周りはエマニュエルにも影響する」
ガタリと一度席を立った修哉だったが、エマニュエルにも悪影響すると聞いてしまえば、それ以上教えろとも言えない。
意識してはいないが、結果として知識欲とエマニュエルを天秤にかけてしまっている修哉は、じりじりとして内心穏やかではない状態だ。
だがララ・レリアは、そんな修哉に対して険しい顔を向けた。己の過去より今すべき事がある、来るべき日に向けて準備しろと、浮わついていた修哉をたしなめる巌の様な顔だ。
「この世界に来たいと思う者もいれば、この世界で飛んで来る者を待ち焦がれる者もいる。魔導師イエミエソネヴァ……それがお前とエマニュエルに災いをもたらす者の名だ」
「イエミエ……ソネヴァ?変な名前」
「エマニュエル、お前もそう思うか?」
ララは再びエマニュエルに近寄り、優しく優しく髪を撫でる。溺愛とは言わないものの、まるで後見人として彼女の幸せを願っているかのよう。
「……シューヤ・フラット・ライナー、リジェの市長から聞いた話は本当だ。リジェの隣にある港街サレハルートに、共和国の処刑部隊がやって来ている。止めはしない、むしろ倒せと言わせて貰おう」
「意外……です。諌めらるものだと思っていました」
「私は残留思念を情報として読み取れる。それは即ち今後起きるであろう事象も、断片的ではあるが情報化出来ると言う事。最善の選択肢を選ぶなら処刑部隊を倒せ、そこには悪意に満ちた原初の導士もいる」
「わかりました。市長から聞いた時点で腹は決めていましたので」
ゆっくりと立ち上がり頭を下げる修哉。
目の前に立ちはだかる壁を一つ一つ確実に乗り越える事が、真実への最短ルートなのだと教えられ、エマニュエルの手を取る。また独りで何処かに行ってしまうのかと心配したエマニュエルも、彼と手を繋いだ事でひと安心の様子。
「ま、待て待て待て待て!」
最後にシルフィアが頭を下げ、さあ帰ろうかとした時、ララの慌てた声が一同の足を止める。
「話は最後まで聞け!行くのはフラット・ライナー一人で、エマニュエルは森に残ってリジェの街の人々を助けるのだ!エマニュエルを連れて行くでない!」




