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始まりの女王 前編


 様々なエルフ種が住まう巨大な森、それはもう海と表現しても過言ではないアンカルロッテの森。その西南端を護るナーケルシュ族の領地内のどこかに、人間が入るどころか近寄る事すらかなわない幻の森がある。


 ーー全てのエルフの始祖である始まりの民ハイエルフの住まう場所、その名はリィリィルゥルゥと呼ばれ、始まりの女王ララ・レリアがアンカルロッテを常春の楽園にへと変えたーー


 木材加工をあっと言う間に終えた修哉とエマニュエルは、耳長族のエルフ、シルフィア・マリニンの案内の元でナーケルシュの森の奥深くを進み、見た事の無い広場へとたどり着いた。

そこは何て事は無い雑草が生い茂る単なる広場で、ただその場だけが巨大な木が空を覆っていないだけのポカリと開いた空間。

しかし、屈んだシルフィアがエマニュエルの肩に手を置き、ニッコリとうなづきながら背中を優しく押すと、それを心得ていたエマニュエルが二、三歩前に踏み出し、見えていた世界がガラリと様子を変える。


「こ、これは!?」


 さすがの修哉も腰を抜かさんばかりの勢いで動揺し、口をまん丸に開けたエマニュエルは完全に硬直してしまった。


「ようこそ、ここがリィリィルゥルゥの入り口よ」


ちょっと自慢げに宣言するシルフィアの手の先には、まるで森の中の空き地とは表現が出来ない程の、神々しく緑に輝く広大な空間が広がっていたのである。


「さあ、奥へと進もう。ララ・レリアのいる神殿へ」


 目がおかしくなったのか、はたまた頭がおかしくなったのか……目をパチクリしながら呆け顔で歩き出した修哉。エマニュエルは逆に畏れを覚えてしまったのか、修哉の手を取り彼にぴったりと寄り添った。

それもそのはず、今の今まで三人を覆っていた森が無いのだ。遥か先まで緑の地平線が広がり、それが三百六十度見渡せてしまうなら、アンカルロッテの森とリィリィルゥルゥの広大な空間どっちが本当の世界なのか分からなくなり、圧倒的な違和感に思考回路がオーバーヒートしてしまっても、それはもう本人の責任ではないのである。


「ここはまだ入り口、あの先に巨石で出来た門をくぐるんだ」


 シルフィアが言うにはここはまだ人間避けのトラップの中で、迷い人や目的無く近づいた人間には森の迷宮が待ち構え、知らず知らずの内にアンカルロッテの森から出されてしまう仕組みとなっているそうで、一部のエルフと証を持った人間だけに真実の姿を現わす結界の狭間なのだそうだ。


 まるで幻術にでもかかったかの様な違和感。視覚と三半規管にちりちりとしたノイズを覚えながらも、修哉たちは促されるまま巨石で出来た門をくぐった。


「わあっ!」


 思わずエマニュエルが声を上げてしまうのも仕方ない。門をくぐり抜けた途端、大理石で作り上げられた大きな神殿がいきなり、覆い被さる様なスケールで目の前に立ち塞がったのだ。


「エマニュエル、あの階段の前でメダルを掲げて。自分の本当の名前を名乗るのよ」


 まるで落ち着いていないのか、修哉はキョロキョロと視線を走らせて何とかこの光景を納得しようとしている。しかし「ここはこういうものなのだ」とは納得出来ずに、何かがおかしい何か自分の目に飛び込んで来るこの光景に違和感を持つと、しきりに瞳を動かしている。


「私の名前はエマニュエル。エマニュエル・ハンナエルケ・リンドグレイン。始まりの女王ララ・レリアに謁見を求め、これを掲げる」


 あどけない声ではあるが、シルフィアに教わった文言をそのまま声にするエマニュエルは真剣そのもの。メダルを掲げる両手は小刻みに震えており、まだ見ぬ始まりの女王に対しての畏れが手に取るように分かる。

しかしエマニュエルのその幼い精一杯の頑張りを、修哉はまるで見ていない。見ていないと言うよりも、このギリシア神話にも出て来そうな巨大神殿の周囲の景色に完全に目を奪われており、それはもう動揺と言うよりも恐慌に近い混乱ぶりを見せている。


「何故だ!?あれはエルドリッジだろ?何であんな駆逐艦がっ!」


 エルドリッジとはアメリカ合衆国の駆逐艦で、第二次世界大戦中にニコラ・テスラが提唱するテスラコイルを利用した、高周波・高電圧変圧器による磁気放射ステルス実験を行なった艦である。

ペンシルベニア州フィラデルフィアの海上で実験を開始したエルドリッジ号は、あっと言う間にその姿を消失させ、二千五百キロメートル先のバージニア州の洋上で発見されたと言うのだが……。


「バージニア州で発見されたんじゃなかったのか!?そもそもフィラデルフィア実験なんて、都市伝説じゃなかったのか!?それに……それに!」


 神殿の周りには修哉が見覚えがある……いや、映像や本や写真などで見た以前の世界の遺物がゴロゴロと並んで朽ちている。

エルドリッジ号に限らず、それこそナチスドイツのUボートや零式艦上戦闘機やB29爆撃機など……。第二次世界大戦当時の各国の兵器が無造作に大地に横たわり、それらを覆う様にびっしりと生えた苔が悠久の時間の流れと不気味さを醸し出している。



 ……シューヤ・フラット・ライナーよ、胆力のあるそなたでも、随分な驚きようだな……



 荘厳な空気が張り詰めた神殿。その中央から掛けられた声は、神秘的なエコーを響かせながらも修哉に対して多少の苦笑をも含んでいる。


 (フラット・ライナー!フラット・ライナーだと!?)


 当たり前の話、この世界で修哉をそう呼ぶ者などいない。柳田学校に所属していた頃に他人から付けられた名前、望むと望まぬと暗殺者に付けられた呼称・コールサインであり、その名前で呼ばれる事自体が異常な状態であるのだ。


 あっ!と、エマニュエルが声を漏らしながら階段を上げる。

声に釣られて修哉も見上げた視線の先には、神官の様な神秘的な白装束を着た耳の長いエルフの少女が、にっこりと微笑みながらこちらを見詰めているではないか。


「ようこそ。良く来たなフラット・ライナー。そしてハンナエルケ、大きくなったね」


 シルフィアは自分の胸に右手を当てながら深々と一礼。ララ・レリアに拝謁の感謝を述べた後に修哉とエマニュエルに階段を登るよう促す。

何故だか自分を知っているかの様な言葉に戸惑いながらも、階段を登りきりララの前に立つエマニュエル。


「君の両親に祝福をお願いされてね、【恵みをもたらすエルケ】……ハンナエルケの名付け親は私だ」


そう言いながらララ・レリアはエマニュエルにすっと近寄り、彼女を優しく抱き締めた。


「苦労したようだねハンナエルケ、いやエマニュエル。でもフラット・ライナーが君を守ってくれるから、もう恐い事はないよ」


 鼓膜に心地良く響く神秘的な声、抱き締められた時に鼻腔をくすぐった植物系の甘くて良い匂い。エマニュエルは完全にポワンとのぼせてしまい、最早何も言い返す事は出来ない。

そして、その脇でまだキョロキョロと辺りを見回し修哉に、ララ・レリアは再び苦笑する。


「落ち着け、フラット・ライナーよ。ここには私一人しかいない。悠久の時を過ごす事を運命付けられた者が、種の繁栄を始めるかね?」


「そ、そうですね……」


「ふふっ、心ここにあらずだなまるで。さてはあの市長の言った事が気になってるのだな。小夜を殺した処刑部隊の事が」






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