誇らしくて
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火の粉がパチパチと音を立てながら景気良く弾ける中、その焚き火を取り囲んで暖を取る者たちは、誰一人として景気の良い顔などしておらず、むしろ鎮痛な表情で言葉は少なめ。
それだけ深刻な内容の会話である事は確かなのだが、その場にいる者たちが元々疲弊しきっていたと言う事実も否めない。
焚き火を囲んでいるのは、リジャの街から逃げて来た人々の代表で、この難民キャンプを取り仕切っているカルステン市長と、自警団を率いるツェーザル氏。
そして難民から原初の導士として祭り上げられた女装男子、莉琉昇太郎の三人。そしてユラユラと揺れる炎の反対側には、藤森修哉とエマニュエルが座っていた。
リジャの街の住人、そして周辺の集落の人々を合わせると約一万人。二千人近くの弱者が既に餓死し、自力で動く事が出来ずにこの先餓死するであろう者が約二千人。
そして何とかこのエルフの森の近くまで逃げて来れた者が二千人。残りの四千人近くは、戒厳令が施行された後、暴動を起こして鎮圧されたり、その場で処刑されたり、公開処刑されたりと……きっとあの人は生きているのだと、そんな希望を持つ事すら出来ない「行方不明者」となっていた。
王政が倒れ共和国制が始まってすぐに、国民一人一人には認識番号が交付され、番号で管理されてしまった事で、首都や他の都市に逃げても逃げ場所などは無い。見つかって捕まれば強制収容所に送られる……出所した者などいないとされる、あの恐怖の収容所に。
「おい、昇太郎。それでどうすんだよ、この落とし前」
「落とし前って……」
「森の動物を乱獲したらどうなるかわかるだろ。哺乳類が簡単に数を増やすとでも思ってるのか?」
「いや、その……」
「莉琉昇太郎、シャキッとしろよシャキッと!男だろ!」
「うわああん、エマちゃあん、修哉きゅんがイジメる!」
泣くフリなのか本当に泣いているのかは別として、急いでエマニュエルに助けを求める莉琉。抱き付きはしないものの、エマニュエルの隣に近付いてピタリと肩を並べて体育座り。エマニュエルを壁にして修哉から隠れてしまう。
莉琉昇太郎も原因がわからぬまま前の世界から飛ばされて、気が付いたらリジャの街で独り。誰からも身を隠して生活していたら飢饉や暴動に巻き込まれて、あれよあれよと今に至るのだが、積もる話は後でするからと修哉はピシャリそれを遮り、深刻な本題の解決を促す。
「市長、街から流入して来る難民は、これからも増えるんですよね?」
「増えます、街は地獄です。暴動や騒乱だけじゃない、人肉食目的の殺人すら行われており、避難民は今後も間違い無く増えます。更に言えば、それを追って共和国軍もやって来るでしょう……」
「共和国軍なんか全く問題にしてません、そんなの昇太郎だけで充分ですから」
「ちょっと修哉きゅん、莉琉って呼んでよう」
莉琉の抗議に対して、うるせえぞ女装男子!お前なんか昇太郎で充分だ……とは吠えずに、修哉は視線すら動かさずに、ひどく厳しい表情のまま市長と向き合って話を進める。
ーー共和国軍の取り締まりなんかよりも、エルフを完全に敵に回した方が余程怖いですよ。既にこの地を守る短耳種だけではなく、長耳種の族長関係者もこの状況を見て、知っています。
人間がエルフの森を荒らしたと広まれば、アンカルロッテの森に住む全てのエルフが、あなた達を殺しに来ますよ。
エルフだけじゃない、ドアーフやホビットなど全ての亜人種に喧嘩を売った事になるんだ。市長、あなたはそれでも街の人々を危険に晒しますか?ーー
市長も亜人種の怖さは分かっているのだ。
だから修哉の言葉に一切反論せず、押し潰されたカエルの様な表情で油汗を垂らしながら、うつむいて黙っているしか無い。
しかし市長はこの考えを捨てられないでいる「明日殺される危険よりも、今の空腹を満たす事の方が大事なのだ」と。
市長は考える。もう、エルフとの衝突は始まっている、双方に死者も出てしまった。もう引き返す事は出来ないのではないか?ならば、引き返せないならばとことん……
「市長!今なら引き返せる。いや、引き返すしか無いですよ」
「導士シューヤ!?いや、でも!……どうすれば良いのだ?」
「エルフに迷惑のかからないところで、食糧調達するしか無い、これがまず一つ。それが出来るまではエルフに頭を下げて援助してもらう、これが一つ。そしてこれが一番重要なのだが、先ずエルフに詫びて詫びて、助けを乞うんだ。知恵を貸してくれと」
まごう事なきエルフへの全面降伏、修哉はそれをしろと言う。だがその内容が気に入らなかったのか、自警団を率いるツェーザルが慌てて口を挟んだ。
「導士シューヤ、それはダメだ!相手は亜人種だぞ!?亜人種に頭を下げたとあっては、末代までの恥だ!」
「なるほど、亜人種は人間より劣る存在だから頭を下げたくないと。……ツェーザルさん、あんた他人の家に土足で上がり込んで物盗んでおいて、住人に見つかったからって逆ギレして、自分の正当性主張しながら住人を殺したんだぞ。その意味がわからなくて頭も下げられないなら、あんたこそ人間じゃ無い、悪魔や外道と同じだよ」
頭に血が昇ったのか、ツェーザルは無礼だと叫びながら立ち上がり、腰のナイフに手を添える。それはあくまでも威嚇で、抗議の意味なのであろうが、幾多の修羅場をくぐって来た修哉にそんなポーズは通用しない。
「くだらねえプライドなんか捨てちまえオッサン、あんたみたいな奴がいるから進む話も進まねえんだ!それとも何だ?どうせあんたなんか、その内エルフに殺されるのが関の山だがら、今この場で俺が殺しても良いんだぜ」
乱暴な言葉を使い、まるでツェーザルを挑発しているかの様な修哉。
はたから見れば、ハッタリをかます街のチンピラの様でもあるのだが、横にいたエマニュエルは全身に鳥肌を立てて戦慄する。修哉は激怒しており、このツェーザル氏を本気で殺そうとしているのだと言う事が、乱暴な言葉遣いからでは無く力の篭った彼の瞳から垣間見えたのだ。
修哉の本気を制止しようと、慌てて修哉の袖を掴んだエマニュエルだが、修哉やエマニュエルの気持ち全てを理解しているかの様に、莉琉がエマニュエルの肩に手を乗せウィンクで合図する、「大丈夫だよ」と。
「導士シューヤ、ツェーザルが失礼な事をした。どうか怒りをおさめて欲しい」
「市長、人間腹が減れば、平気で人が殺せる生き物なんだ。人を殺すくらいの覚悟があるなら、エルフの力を借りたらどうか?」
「ぼくも修哉きゅんの意見に賛成、ひどい事しちゃったし許して貰えるなら……」
「そうですな……いや、あなた方のおっしゃる通りです。導士シューヤ、私は街を代表してエルフの元に行こうと思う。取り持って頂けるだろうか?」
市長の決意を無言で頷きながら、修哉はエマニュエルの手を取って立ち上がる。
「市長、これから行きましょう。早ければ早いほど傷は浅くて済む。それと昇太郎、お前も来い!」
きいい、莉琉って呼んでよう!と、彼女(彼)の叫び声が、夜空にシンと響き渡る。
修哉からしっかりと手を握られたエマニュエル、何やら満足げに修哉の顔を見上げる。何故か彼が誇らしくて、そして握ってくれた手が温かい。
エマニュエル本人は気付いていないが、孤独が嫌だから、寂しいから修哉と一緒にいたい……そんな動機が徐々に変質を始めている。自分を大事にしてくれる人が世界を相手に活躍する、その姿を見詰めていたいと思い始めていたのだ。
「ところで修哉きゅん、エルフに頼らない食糧調達って、何かアイデアでもあるの?」
「確率は未知数だが、無い訳じゃない。だが試さないで諦めるのは惜しい」
「まっ、ぼくは修哉きゅん信じてるからついてくだけだけどね。楽しい旅になりそうだね、修哉きゅん♪」
うるせえぞ昇太郎、お前反省が足りないな!つか抱きつくなって言ってんだろがあ!
修哉の情けない叫び声と莉琉の甘い声、そしてエマニュエルの笑い声が森の奥へと消えて行った。




