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もう一人の導士


 今年は猛暑ではなく酷暑だと、首都圏に訪れた夏だけを延々とテレビのニュースが垂れ流し続ける、そんな時期の事。


 首都圏郊外のとある遊園地……何年も前に親会社が経営破綻して廃園となった遊園地に、三人の男女の姿がある。

本来ならば人影などあってはならないはずなのだが、妖しいルートで使用許可を取ったのか、潰れた遊園地内にある管理棟のその屋上で、三人の男女は寝そべりながら何かしらボソボソと会話を重ねていた。


 太陽がワンマンライブで自信満々に自己アピールを続ける、雲一つ無い真夏日の正午頃。

積乱雲を起こしそうな上昇気流のカケラも無く、無風状態の中じっとりとした湿気が肌にからみつきつつ、セミの大合唱が鼓膜を刺激する……。誰もが簡単に不満を爆発させそうなそんな環境の中でも、不思議とその三人の男女は、炎天下の中で横になったまま動こうともしていなかった。


「南南西、六百八十メートル。メリーゴーランドの後ろ、確認出来る?」


「確認した、通路を東に移動中」


「じゃあ狙って、ハートショット……今!」


 ボシュン……と、まるで双眼鏡から覗く「向こう側」から鈍い破裂音が聞こえるかの様な錯覚を覚える。何故か自律移動するマネキン人形の胸部が、静かに炸裂したからである。

そしてその異様な光景は、尚も続く。三人組の男女の内、男性一人と女性一人が並んでうつ伏せのまま双眼鏡を覗き続け、互いに顔も見合わせずに、再び淡々と会話を始めたのだ。


「ハートショット、ヒット。続いてヘッドショット……今!」


ボシュンと音がしたかどうかは別として、今度はそのマネキン人形の頭が綺麗サッパリ消え失せたのだ。


「ヘッドショット、ヒット!凄いわ修哉、記録更新よ!」


 双眼鏡を覗いていた男女の内、女性がガバリと身を起こして、隣の修哉をこれでもかと讃える。女性の名は柊小夜、修哉の後見人兼、自称お姉さんである。

そしてその隣の男性……喜んだ小夜が頭を撫でてクシャクシャにし、やめろよーやめろよーと困惑しながらも、まんざらでも無い表情を見せるのは、柳田学校の深淵で暗殺部隊に配属されたばかりの、藤森修哉であった。


 今日は修哉の能力である「ディメンション・リビルド」の精度と練度を上げる為の合宿三日目にあたり、遠距離スナイピングの最高到達記録を更新したところ。

小夜はホクホク顔で、自慢の「弟」を褒めちぎるが、修哉が首筋が痒くなって来る頃にパタリと真顔に戻る。


「修哉、ごめんね。……本当はあなたに戦いなんかさせたくないの」


「気にするな。能力者が生き残るには、これしか道が無い。だろ?小夜が困らない様に、俺は何でもやるよ」


「必ず救い出す。修哉が普通の生活送れるように、私頑張るから!」


 小夜の決意、そして修哉の意志……互いの波長が合っているのか、それ以上言葉のいらない甘い空気が漂う中、それを快く思っていない第三の存在が「う、うん!うんうんエヘン!」と、見え見えの咳払いで邪魔に入った。


莉琉(りる)だって、修哉きゅんを想って頑張るんだもん!」


 ふわふわカールのセミロングの髪、若さを全面に押し出したナチュラルメイクの莉琉は、小夜の一回り上を行く様な愛情表現をせねばと、小夜の脇から修哉に向かって勢い良く抱き付いた。


「やめろ、やめろ手前え!ぶん殴るぞ!」


「莉琉が頑張るから、安心してね。修哉きゅんはお家で莉琉の帰りだけを待ってれば良いんだから」


修哉に抱き付いたまま、猛烈なアピールを行う莉琉。そのまま顔を修哉の耳元に近付けて、ふうと甘い吐息を修哉の耳に吹きかけた。


「だああっ!やめろ手前え、離せえっ!」


 莉琉の猛アタックを完全に毛嫌いしている修哉は、全身に鳥肌を立てながら立ち上がり、身体をぐるんぐるんと回転させ始める。遠心力で莉琉を切り離す積もりなのだが、莉琉は莉琉で二人で困難を乗り切るのよ!と、修哉に抱き付いたその手を、絶対に離そうとはしない。


「何かもう……コントみたい」


 呆気に取られていた小夜がクスクスと笑い出し、遂にはその光景に耐えられなくなったのか、淑女のたしなみすら忘れて、腹を抱えて大笑いする。



 ……そうだ、そいつは絶対【莉琉(りる)】だ……



 ……ナーケルシュ族の族長、エリー・ジヌデューヌが言っていた。人間側についた原初の導士は女で、念動力使いだと。莉琉だ、莉琉しかいない……


 様々なエルフ種の住まう巨大な森アンカルロッテ。その森の南西端を守るエルフ、短耳種ナーケルシュ族の悲鳴に動かされ、森を抜け出て難民キャンプに向かう修哉とエマニュエル。修哉が松明の炎をかざし、進むべき道を照らしながら、二人でしっかりと手を取り合って闇夜を進んで行く。


 見えて来たのは平野に広がる無数の焚き火、その焚き火の灯り一つ一つに、食べるに困って街を捨てた家族がいたり、親兄弟が餓死してしまった身寄りの無い子供たちがいるのかと思うと、不憫に感じるのは確かだ。

何とかしてやりたいと思う気持ちに嘘偽りは無い。だが、先ずはすべき事がある。通すべき筋道がある。エルフと人間の全面衝突を回避し、落とし所を模索しなければならない。


「待て、何者だ!?」


 エルフの森から出て来た修哉たちを警戒したのか、自警団らしき大人が数名、剣と弓を構えて修哉たちの前に立ちはだかって来た。短耳種のエルフと人間とでは、松明の灯りだけでは判別し辛く、敵意を持って迎えられたのだが、修哉の一喝がそれを簡単に鎮めてしまった。


「原初の導士、藤森修哉だ!ここにも原初の導士がいるとエルフから聞いた!争う積もりは無い、原初の導士はどこか!?」


 修哉の澄んだ大声が、辺りに綺麗に響き渡る。するとひときわ大きな火を焚いて暖を取っていた集団の中から「修哉?修哉きゅん?修哉きゅんなの!?」と、ひどく狼狽しきった声がしたかと思うと、もの凄い勢いで人影が一つ、修哉に向かって全力疾走で駆けて来るではないか。


「修哉きゅん、修哉きゅん!」


 甘ったるい涙声のそれは、まさに意中の人に再会した喜びの声。見知らぬ地で孤独に潰されそうになっていた自分を照らす太陽に、再び出会えた感動に打ち震えていた。


「うわあああん!会いたかったよ修哉きゅん!莉琉独りぼっちで寂しくて寂しくて!」


「莉琉もこの世界に飛ばされてたのか、まあ、無事で良かった……。つか、離れろ!抱き付くな、抱き付くんじゃねえ!」


 莉琉もこのキャンプで、人々の信頼を得ていたのであろう。原初の導士とはそう言う存在で、修哉を囲んでいた自警団の大人たちも、莉琉が気を許した修哉たちに対し、これ以上敵意を向けるべきでは無いと判断したのか、呆けた顔で自然と武器を下ろす。


 ただ、エマニュエルだけはちょっと複雑。独占欲に支配されてはいないものの、修哉が綺麗な女性に抱きつかれている姿を見れば、正直なところ冷静ではいられない。エマニュエルと修哉はまだ知り合って日の浅い仲であり、この目の前にいる女性と修哉が一体、どんな関係でどのような日々を送って来たのか気になってしょうがない。


 だが、それでもエマニュエルは冷静に、口を真一文字に結び、目立たぬ様に修哉たちから一歩退く。騒ぐ事で修哉に嫌われたくないし、一緒に連れて行くと面倒な存在だと思われたくないからだ。


 そして、そうやって自分に課した荊の様な制約は、いずれの話ではあるのだが、彼女の人格を見事に形成して花開く。

淑女として、貴婦人として、女王として……表向き何事にも動じずに、君臨する者としての気品を保ち、そして思いやりの心を持って民衆と接する。まさしく「ゴッド・セイブ・ザ・クィーン」……神よ女王を守り給えと讃えられる事となるのだが、それはまた後の話。


 今はひたすら、修哉に抱き付いたこの莉琉と言う女性が、いかに修哉と仲良くても我慢し、修哉の頬に馴れ馴れしくキスをしても我慢し、背後に手を回して修哉のお尻をサワサワしても我慢し、今度は修哉の股間に手を回して触ろうとしても我慢……いや、エマニュエルの顔が真紅に染まる前に、嫌がっていた修哉が動いた。


「いい加減にしろ、この野郎!」


ゴチイイインッ!


思いっきり修哉が莉琉を突き放し、全身全霊一撃必殺のゲンコツで、莉琉の頭をぶん殴ったのである。


「ぎゃふ!」


 頭を抱えてその場に沈む莉琉。それを見ていた自警団の人々が、リル様大丈夫ですかと駆け寄る中、意外な事に、肩で息をする修哉に向かってエマニュエルが怒った。それこそ真剣に怒ったのだ。


「シューヤ、レディに暴力をふるなんて最低な行為なのよ!ダメじゃないの、そんな事しちゃ!」


「ばか、レディなんかじゃねえ!名前は莉琉昇太郎、コイツは男だ、正真正銘の男なんだよ!」


 ……えっ!?……


 ……ええっ!?……


 エマニュエルだけではなく、自警団の人々までもが修哉の言葉に凍りつく。

完全に動きが止まって顔面蒼白となったエマニュエルの前を、ひうううう……と、冷たい風が吹き抜けて行った。




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