ネゴシエーション
・
あちらこちらで内戦くすぶる大陸、アフリカ。
長年続く部族間抗争や反政府闘争で、人的資源が枯渇すれば当たり前の話、子供に銃を持たせるしかない、それも強引にだ。
少年を半ば拉致同然に徴集するしかもう方法は無いのだが、それ目的に集落を強襲した際には必ず、少年とその母親を並ばせる。少年の目の前に銃を置き「母親を殺せ、そうでないと母親とお前両方を殺す」と言って脅迫しながら兵士全員が銃を突き付けるのだ。
涙を流しながら躊躇する少年に母親は言う「撃ちなさい。あなただけでも生き残るのよ」と。そして逃げ場も無ければ抵抗も出来ない状況の中で、少年は母親の頭に向かって引き鉄を引き、母親を射殺する……新たな兵士の誕生である。
何故なら、母親を殺した少年はもうこの集落に帰って来る事は二度と出来ない。つまり帰る場所を失い敵の弾丸が自分の心臓を貫くまで、兵士としての生き方をまっとうするしか道が無いのである。
平和な自由主義世界で「子供たちに平和を!」と叫んでいる母親たちに見せたいぐらいの無惨な光景である。
大規模な正規部隊同士の衝突や、艦隊決戦が終焉を告げた近代では、小規模テロや非正規部隊での局地戦が多く、正規軍隊が大々的に動く時ですら既に雌雄を決した状況を作り上げてから作戦行動に入る。しかし近代になっても、生きるか死ぬかで敵が絶滅するまでひたすら殺し続ける戦争がある。それがアフリカだ。
部族が違う……その一点のみが殺意の根源であり、見せしめに一般人の頭をナタで割ったり、タイヤの首飾り……ガソリンをかけた古タイヤを首にかけてそのまま焼き殺したり、市民が逃げ込んだ先の教会に手榴弾を投げ込んだりと、目を覆いたくなる光景が当たり前の日常となっている。
民族浄化、民族衝突、部族間抗争などの落とし所が全く見えない闘いは、当事者同士では絶対に解決しない。そして修哉は、そう言う世界を見て来たのである。泥沼の内戦、泥沼の殺し合いと言うものを。
ナーケルシュ族の男性エルフ二人に道案内させ、太陽が豪華な夕焼けを空に飾る頃、修哉たち一行はナーケルシュ族のコミュニティへとたどり着いた。
ナーケルシュ族も本来ならツリーハウスで生活する種族なのだが、元いた場所を人間たちに追われ、今では難民キャンプの様にテント生活を余儀なくされていたそうだ。
広場に点在する無数のテント、その間を縫ってひときわ大きなテントに通されると、ナーケルシュ族の族長……これまた年齢の読めない老齢のエルフが修哉たちを迎えた。
「リィリィルゥルゥの守り人たるナーケルシュ族の族長、エリー・ジヌデューヌである。シルフィアとその客人、良く来てくれた」
「三十年ぶりにごさいます」
「うむ、シルフィアも随分見ない間に、女らしくなったな」
おたわむれをとお世辞を突き離しながらも頬を染めるのは、まんざらでもない証拠。しかし今は悠長な社交辞令に拘泥していられないのも確か。シルフィアは修哉をエリーに紹介した。
「シューヤ・フジェモリィ、原初の導士で異国の戦士。昨今ウルリーカで起きた大規模森林火災を鎮めてくれた、当方の客人にございます」
「そうか、そなたが原初の導士。シューヤ・フジェモ、フジェモ……」
「シューヤだけで良いよ」
簡単な挨拶を済ませ、概略は案内の二人に聞いたからと、人間との衝突の経緯、その詳細を教えてくれとエリーに乞う。
この世界の魔法体系のどれにも分類されない原初の導士、それこそ言葉通り伝説の人が現れた事で、エリーは僥倖だと喜びながら一行をテーブルにつかせ、旅の労を慰りつつ全てを話し始めた。
やはり事の発端は、この森の遥か南にある、共和国領土の西北端にある街リジャを含む一帯が飢饉に襲われた事から始まる。
共和国制が始まってから後、中央の政府から穀倉地帯だったリジャに対して、驚くべき命令が下されていたのだ「食糧増産を旨とし、目標収穫量を二倍とせよ」と。そして中央から送り込まれた政治将校の誤った農業指導で、穀倉地帯は壊滅的なダメージを負ったのだそうだ。
「問題が起こった当初に人間側から聞いた話だ。今まで植えていた作物の間隔を極端に短くして増産しろと命令されたらしいのだが、土が痩せて太陽の光も充分に届かなくなり、あっと言う間に荒れ地に変わったそうだ」
穀物や野菜を中央に送るどころか、自分たちの生活を支える分の収穫すら得られず、リジャの人々は飢えと戦いながら冬を越さなくてはならなくなった。
「それでこの森に越境して、狩りを始める様になったのか」
「そう言う事だ。ただ、我々も鬼では無い。最初の内は狩りも協力し、食糧も提供した。だがなシューヤ……、人間の数は日を追うごとにどんどんと増え、我々の食糧備蓄すら逼迫し始めたのだ」
「なるほど、それで人間側は恩も忘れて森で狩りまくり、あなたたちと衝突したと」
悲しげに頷くエリーは更にこう言う。森を蹂躙する人間たちは共和国の軍人ではなく、あくまでもリジャの市民であり難民だ。いくら我々が戦闘種族だからと言っても無下に民間人を殺害したりはしない。
「しかし、いつの頃からか原初の導士が現れて人間側を味方し、いよいよ凄惨な争いになったってところか。原初の導士はどんなヤツで、どんな能力を使うのか分かるか?」
「部下の報告を聞けば、原初の導士は若い女性で、呪文や祝詞を詠唱する事なく、巨大な木や岩を飛ばして来るそうだ。我々の中からもう何人もの死者が出た……」
(……若い女性?念動力使い?桜花のメンバーで知っているような、知らないような……)
シルフィアも口を挟めない程に重苦しくなる空気、エリーは鎮痛な面持ちのまま修哉の言葉を待つ。修哉が何かを変えてくれると期待しているのだ。
人間側についたとされる原初の導士に心当たりがあるのか、修哉は覚悟を決めた。伏せていた目をギラリと輝かせ、意思の篭った目でエリーを真正面から見詰めて言ったのである。
「俺が行く、俺だけで行って来る」
「シューヤ、ダメだ、危険だぞ!」
「シューヤ!?」
慌ててシルフィアが言葉を遮り、エマニュエルは顔をクシャクシャにして修哉の袖をギュッと掴む。
「シルフィア、君はついて来たら駄目だ。エルフがいるだけで連中は殺気立って話にならない。そしてエマニュエル、特別な君は人前に立つ事の本当の意味を考えるんだ、今はまだその時じゃない」
エマニュエルが掴んだ袖をゆっくりと、そして強引に離し、その手で彼女の髪を優しく撫でる。
ナーケルシュ族のエルフたちとばったり出会い、そして族長のエリーと会談を行っていた今の今まで、修哉と修哉の意図を理解していたシルフィアは、エマニュエルをリンドグレインの皇女であるとは一切紹介していない。出来る事ならこのまま普通の女性として、女としての幸せに溢れた人生を送って欲しいと心から願っているからだ。
だから、修哉は独りで行くと宣言したのだ。原初の導士やリジャの市民たちと交渉を始めるにあたり、エマニュエルも連れて行けば必ず注目を浴びる。
そこで人々がエマニュエルに対して亡き女王の面影を見ないと誰が断言出来るのか。エマニュエルの名前でピンと来る人間がいないと誰が断言出来るのか。
修哉はおもむろに立ち上がり、その場を去ろうとする。夜になろうが何だろうが今行って、今日中に決着をつける積もりでいるのだ。だが、修哉の思惑を完全に粉砕する者が、背後から修哉の身体に抱きついて、腰の周りをギュッと締め上げながら抗議の気勢を上げる。
「シューヤ、独りにしないで、私何でもするから!お願いシューヤ、独りはもう嫌って言ったでしょ!」
エマニュエルが口にした、何でもするからと言う言葉。それは彼女が自分の特殊な立場を承知の上で言った言葉である。つまり、有効かどうかまでは分からないが、交渉の為なら皇女の名前を利用しても良いと言う意思表示をした事になる。
幼い決意を見てしまった修哉、もちろん独りになりたくないと言う動機を利用し、彼女の特殊な素性を人々に明かしてしまうのは愚の骨頂だとわきまえているし、彼女に普通の幸せを願っているのは今も変わりない。
「独りにしないって約束したろ?姿が見えないからって独りになった訳じゃ無いんだぞ」
「ヤダ、いつもシューヤと一緒にいる!いるの!」
「はああ、まったく、しょうがねえな」
弱り切った顔をしながらもエマニュエルの手を取り、何も喋らなくて良いから俺の後ろに隠れてんだぞと釘を刺す。
すると、修哉の手を力強く握り返しながら、エマニュエルは安堵と喜びが入り混じった笑顔を向ける。
それは間違いなく……発展途上国や内戦国などの過酷な環境で垣間見て来た、修哉の心を痺れさせる無垢な子供の笑顔だった。
……お前を必ず守る。そう決めたは良いが、何を目指し、どうすればお前に幸せは訪れるんだろうな。真剣に考えないとマズいな……
思考形態がやけに父親臭くなって来た、藤森修哉17歳であった。




