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不穏な気配


 ーー相手に気を遣い過ぎると会話は止まり、かと言って何も慮らずに言葉を繋げると相手を傷つける事があるーー



 ウルリーカ族共用のツリーハウスで夜を越す事になった修哉たち一行。さすがに屋内で火は焚けないので、地に降りて火をおこし夕食後のまったりとした時間を過ごしている。


 エマニュエルに過去の生活を聞くのはなかなか辛い。あの忌まわしき事件を思い出させるには、雑談での場は残酷であるからだ。

かと言ってシルフィアに語らせようと様々な質問をしても、何故か彼女はがっくりと肩を落としたまま空返事しか返って来ない。結局は修哉にエマニュエルが質問する事で、その場は成り立っていた。


 エマニュエルも心得てはいるのか修哉の好きな人は?とは一切質問しないのだが、好きな食べ物はとか、どういう日々を送って来たのかと聞かれれば、

それこそ社会と文明の流れが全く違うので、カミナリの力で機械が動くんだよあたりからこんこんと説明しなければならず、修哉にとっても聞き手のエマニュエルにとっても、結構な忍耐の時間となっている。


「鉄で作られた馬のいらない馬車……?」


「想像出来るかい?」


「むむむ……!?」


「何訳わからん事言ってんだお前はって顔をしてるな」


「シューヤの意地悪。でも、凄い世界なんだなって言うのは分かるよ」


 ……凄い世界か……


 確かに文明としては何百年も先を行ってるんだろうけど、人の質は落ちてるんじゃないだろうか。

むしろエマニュエルのいるこの世界の方が、人々の眼の力と生き生きとした表情がとても印象的だ……。声にはしないものの、そう一人で納得していた。


「シューヤ、帰りたい?」


「いや、あんなところに帰りたいとは思わないな」


「あんなところ?」


 ……そうさ、あんなところさ……


 親もいない、家族どころか親族も友人もいないし、小夜だってこちらの世界に来ていた。つまりは帰る理由や動機が欠片も存在していないし、未練や義理も置いて来ていない。

更に修哉が嫌悪感を露骨に表しながら「あんなところ」と口走ってしまったのには、彼なりの観点で思うところがあったのである。


 ーー昭和の時代、ヘルメットを被り手拭いで顔を隠した「名無し」の集団が、平和をお題目に国家に喧嘩を売り、角材を持って暴力の限りを尽くした。街を壊し人を傷つけ、意見の合わない仲間を殺して警官までも殺した。そんな恥ずべき世代が社会に出て隅々まで浸透すれば、当たり前の話国は腐る。


 言論の世界でもそうだった。自分たちの過去も省みずに失笑ものの提言を繰り返し、挙げ句の果てには「インターネットの名無しの暴言はひどい、もはや暴力だ!」と聖人ぶる。いやいや、ネットは仲間にガソリンかけて焼き殺したりしないし、仲間や警官をリンチして殺さないし、平和の為には殺人もいとわない……そんな自己矛盾の思想に満ちた欺瞞など持ち合わせていない。結局、自分たちは正義で他者は悪の論理から、良い歳こいても抜け出せなかったのだ。


 無軌道な若者たちが、今のこの国をダメにしたのでは無い。長年に渡り、今の老人たちがこの国を徐々に徐々にダメにしたのである。車に乗れば、街に出れば、ニュースを見れば一目瞭然だろう、今時の老人はロクでもないと。そしてそんな連中の言葉に疑問も湧かずに、素直に信じる人々を見れば、この国終わったなと諦めてもしようのない話ではないか。


 愛人に子供を生ませる様な大道芸人が、テレビを通じて他人の不倫を糾弾して社会正義までをも訴える、これは何の喜劇か。しかし、それに何ら違和感も抱かずに信じてしまうのが今の社会なのだ。「疑問も持たず嘘も見抜けず、簡単に信じてすぐに忘れる人々が住む国」帰りたいと思う訳が無いーー



「あんなところ……だな。エマニュエル、俺も一人ぼっちなんだよ、自分の住みたいと思う世界、気軽にこれから探すさ。さて!明日も疲れるからそろそろ寝よう」


「シューヤ……、そうだね。うん、早く寝よう」


 さあシルフィア上に行くぞと、修哉とエマニュエルはハシゴを昇り始める。抜け殻の様なシルフィアは、そうねそうね早く寝ましょうねと、呪文の様に繰り返しながら、二人に続いてハシゴを昇り始めるのだが、ハシゴから踊り場、そこから更にハシゴと上に昇っている最中に、景色の異変に気付く。


「エマニュエル、シューヤ!すまん、先に行かせてくれ!」


 踊り場で前の二人を追い越し、キビキビとハシゴを昇って行く。中の人が入れ替わったかの様に、今までのどんよりだった彼女とは百八十度違う姿に、何かあったのかと修哉も察し「エマニュエル、部屋で待っていてくれ」と、ツリーハウスに彼女を残してどんどんハシゴを昇って行った。


 回りの木々よりも更に背の高い大樹は、ツリーハウス以外にも監視塔としての役割も持っており、頂上の見張り台にたどり着いた修哉は、満天の星空とそれに照らされた三百六十度見渡す限りの森に出会う。

圧倒的な自然の力に度肝を抜かれる修哉であったが、見張り台から一方向だけをジッと見詰めるシルフィアを不審に思い、隣に並んで何事か聞いてみる。


「見て、あの無数の灯り。あれは松明の灯りで、人間がともしている」


「人間?人間だって?」


「あの方向には、私たちが目指すリィリィルゥルゥがある。それにしても何で……何で人間なんかが」


 確かに、リィリィルゥルゥのあるエルフの巨大な森の西南端は、大陸の東西を貫く山脈の山々も比較的標高が下がり、人間界との敷居は低い。

だが、エルフ種随一の戦闘種族と言われる短耳種が支配しており、人間が易々と森に入る事は出来ないのである。


「人間が入って来たんじゃなくて、その短耳種のエルフたちに何か異変があったんじゃないか?」


「それは有り得ない。森の人エルフは必要最低限の火しか起こさないし、どうしても灯りが必要ならば、精霊ウィル・オー・ウィスプを呼び出す」


「それなら、その戦闘種族は何をしているんだ?排除するべきなんだろ?」


「そうね、そうよね……」


 シルフィアが瞳が差し示す方向、遠くの森でポツポツと点在する松明の灯りが、不気味に輝いている。


 明日にはウルリーカ族の領土を超え、短耳種の領土に入る修哉たち。突発的なトラブルに巻き込まれても対処出来る様に、気を抜かない事で気持ちを一致させた。






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