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混沌世界の導き手


 エルフの住む巨大な森。その森の南端を護る耳長種のウルリーカ族は、クラースモルデン連邦共和国が送り込んだ秘密警察の精鋭部隊「シーニィ・メーチ」が仕組んだ大規模森林火災を、何とかその日の内に延焼を弱らせ、明け方には完全鎮火させるまでに至った。

エルフたちの精霊魔法は見事なまでに統率されており、水の精霊ウィンディーネの加護も厚く、恵みの雨は荒れ狂う火を消し去ったのである。


 ウルリーカ族の族長、ユリアナ・マリニンのひ孫である、シルフィア・マリニンの家。ウルリーカ族の集落からちょっとだけ離れたそのツリーハウスに藤森修哉はいた。


 時間はおおよそ太陽が天頂に差し掛かる頃、シルフィアのフカフカのベッドで目を覚ましたのであった。


「う……」


 目をしぱしぱさせながら上半身を起こし、あくびを二、三度、そしてまばたきを二、三度繰り返すと涙が霞んだ瞳をクリアにした。


 そう言えば昨夜、ウルリーカ族と一緒に森林火災の消火を行なっていた際に能力を使い過ぎて、ぶっ倒れた後の記憶が無い。エルフたちに助けられ介抱されたのかなと思いながら、急に視界に入って来た人物に焦点を合わせた。


「シューヤ!」


 やっと開いた目に入って来たのは、ベッドの傍らで心配そうに見詰めていたエマニュエルの姿。修哉が眠りから覚めた事でタガが外れたのか、今にも泣きそうなくしゃくしゃ顔のまま、勢い良く修哉に抱き付いた。


「ごぶっ!」


「急に飛び出して行かないでよ、心配したのよ!」


 身体全体で修哉に飛び込んだエマニュエル、彼のみぞおちに思い切り膝を入れた事には気付かずに、顔を真っ青にしながら仰け反り、動きの止まってしまった修哉に思いのたけを吐き出す。


「独りにしないで!やだよシューヤ、もうイヤなの、寂しいの、寂しいのはもうイヤなの!行かないで、行かないで……」


 修哉が森林火災の報に飛び出して行った事もさる事ながら、昨日ユリアナ・マリニンと会談していた際に、修哉が発した言葉が原因なのであろう。



『エマニュエルには長期的に安心して暮らせる場所が必要。そして俺はボルイェ村に戻る』



 エマニュエルにしてみれば、人間がいないこのエルフの国で修哉とお別れ……いや、捨てられてしまうと焦っているのだが、彼女の幸せを考えたからこその答えである事に嘘偽りは無い。

そしてレオニードやロージーなどボルイェ村の人々の無念を晴らさんが為の、エマニュエルとの別れであったのだが、この肝心なところで修哉はエマニュエルを説得するどころか、一言も発していない。


「シューヤ?シュー……ヤ、きゃあっ!」


 抱き付いたものの、ぐったりとして力のこもっていない修哉の異変にようやく気が付いたのか、彼の真っ青になった顔とぐるぐる回る目を見て、悲鳴を上げるエマニュエル。調理場にいるシルフィアに助力を得る為、全力で部屋を飛び出した。


「まあ、どうしたのエマニュエル?」


 彼女の悲鳴を聞いて、慌てて調理場から出て来たシルフィア。

修哉の部屋から飛び出して来たエマニュエルを見れば、上着が着崩れし、肩を露わに血相を変え、修哉の名前を連呼しながら向かって来ており、

シルフィアは何を思ったのか、エマニュエルの身に何かお子様では想像のつかない破廉恥な事が起きたのだと勘違いしてしまう。


「シューヤ!この……ロリコンめえっ!」


 憤怒のシルフィアは一度調理場に戻り、フライパンを手にすると、顔と頭から盛大に湯気を出しつつ腕をまくりながら、修哉が横になっている自分の部屋へと飛び込んだ。


「ロリコンは犯罪で……って、あれ?」


 彼女の目の前には、ベッドで横になったまま、白目を剥いてぐったりとする修哉の姿が。

シルフィアの背後では、何でこの人フライパンなんか持ってるのと、エマニュエルが不思議そうな顔で覗いている。


「シューヤが目を覚ましたんだけど、また具合悪くなったみたいで……シルフィア、どうしよう?」


「あ、あはは!そう言う事だったのね」


 何とか状況の掴めたシルフィア、真顔のエマニュエルから再三「ロリコンって何なの?」と質問を受けながらも、何とか笑って誤魔化し、修哉の名誉を守りながらも彼を介抱するに至った。



 それからしばしの時間が経ち、ようやく修哉が起き上がったところで、三人の遅い昼が始まる。

食卓に用意されたのは、時間をかけて煮込んだ鹿肉のシチューと、雑穀粉で焼いた硬いが味のあるパン、そして表面に程良くカビの乗った山羊のチーズ。エマニュエルも修哉も、この素朴で深い味わいを満足げに楽しんでいた。


 シルフィアは徹夜で消火作業を終わらせ、今に至るのだが、エルフの間で修哉が話題になっていた事を告げる。

ディメンション・リビルドの能力を最大限生かし、延焼が予想される地域の森林を伐採して阻止消火を行なった「原初の導士」である事、そして憂いを内に秘めた様な良い男ぶりが、男に飢えたエルフたちをあっと言う間に虜にしたそうなのだ。

だが、能力を使い果たして過労で倒れた修哉は、せっかく褒められているのにも関わらずに、喜ぼうとも照れようともせず、やっと念願だったモヤモヤした疑問に終止符を打とうとする。


「シルフィア、教えてくれ。原初の導士って一体何なんだ?」


ボルイェ村でも、シルフィアにも言われたこの言葉、ひどく気になっていたのである。


「そうか、シューヤは知らないのだったな。良かろう、説明する」


シルフィアはちょっと自慢げな表情で、咳払いを一つ打ち、長くなるぞと修哉に断りを入れながら、真剣に説明を始めた。


 ーー原初の導士とは文字通り、混沌を切り開いた者の事を言い、導師ではなく導士と呼ばれる事から、原初の導士とは無数に存在し、その能力の差はピンからキリまでと考えると楽だろう。

魔法体系も何も無いそれこそ混沌渦巻く時代に、どこからともなく原初の導士たちは現れ、そして知的生命体が持つ見えない力を開花させて行った。原初の導士こそが、亜人種も人間にも隔たり無く教えを説いた、能力の導き手であったのだよーー


 シルフィアは尚も、説明を続ける。

 気が遠くなる様な古いこの世界に原初の導士たちは舞い降り、自らの様々な能力をもって、魔法体系を確立させて行った。


 エルフなどの亜人種が持つ精霊信仰を強化し、特定の精霊に祈りを捧げると発現する精霊魔法を授け、一神教の最高神イエールフルプスを確立させていた人間社会には、神であるイエールフルプスに祈りを捧げると発現する神聖魔法つまり白魔法を授け、魔道を探求する研究者には物理変化魔法つまり、黒魔法を授けた。

更に、闇に生きた原初の導士は魔法陣を確立し、魔女や悪魔信仰者には、悪魔召喚魔法を授けたのである。


 ちなみに、マンガやアニメやゲームなどで、魔法陣がそれこそカッコ良く表現されているが、魔法陣とは呪文を書き込んだサークル内に悪魔を呼び出して閉じ込め、悪魔の力を得るために、強引に負の契約を迫る手段の事を言ったり、逆に悪魔の襲撃から身を守る為に魔法陣を作り、そこに閉じこもる為の白魔法を言ったりする。

攻めたり守ったりするから「陣」なのであり、それでは無いものは円で表現される。


 実は修哉も、アニメやゲームは大好きで、稼いだ金の大半はそれに注ぎ込んでいた過去がある。

コンクリート剥き出しの倉庫の様な空間を借りて、古い筐体の基盤を買っては自分の部屋を自分だけのゲームセンターにしていたのだが、それはまた別の話。アニメやゲームに出て来る必殺の魔法陣が、何故この世界では、悪魔召喚に使われる忌むべきものなのか気になっただけ。


 ただ、それよりも何よりも、シルフィアの説明を聞けば聞くほどに、魔法陣の誤謬などどうでも良くなってしまう疑問が、修哉の脳裏をどっぷりと覆う。魔法体系の始祖であるはずの原初の導士が、何故今さらになって現れたのか。それも、何故俺なんだと。


「精霊魔法は、精霊に祈りを捧げる。白魔法や黒魔法は最高神イエールフルプスに祈りを捧げる。悪魔召喚は捧げるものが無いので、魔法陣で強引に呼び出す……。わかるかシューヤ、君はそれらの全てに当てはまらず、何の手段も講じずに能力を発揮してるのだ。だから混沌を切り開く者、原初の導士と呼ばれて尊敬を受ける。その何がおかしい?」


「いや、だからこそ、何故俺が今……?」


「それはさすがに分からん。おばば様に聞いてみるか」




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