見覚えのある者 ~袴田哲臣~
・
黒塗りのワンボックスカーが二台、高速道から降りた後、深夜の首都高を駆け抜けて行く。
高速道のとあるパーキングエリアで非正規部隊「桜花」と、藤森修哉と柊小夜……ユニットAが合流し、これから合同作戦を行う為に目的地に向かって移動している最中の事。
「真実のジャーナリズム」を標榜し、それを隠れ蓑にしながら共産主義国家と通じて、反国家闘争を長年繰り返して来た某新聞社の論説担当者が今夜、
日本で共産主義革命を目指す武闘派革命組織の幹部と、会合を持つと言う情報が公安局からもたらされ、非正規部隊桜花が結集し、武闘派革命組織の追跡及びアジト壊滅の任務を命じられた。
非正規部隊桜花は、作戦のたびにその都度メンバーを変えるアメーバ型ユニットなのだが、今宵そのメンバーが勢揃いしての作戦遂行を指示され、修哉と小夜の暗殺部隊は桜花のサポート役を命じられていたのである。
作戦前だと言うのに、何故か緊張感の欠片も存在しない車内。
どうやら、久々に集合したメンバー同士が互いに顔を合わせない間どんな仕事をこなしていたのか、仕事自慢の自分語りが行き交っている。
「振り込め詐欺グループ全員に、自分の親や家族が虐待される幻覚を見せ続け、苦悩の果てに自首させた」
「テレビで政権批判を繰り返す大道芸人の運を吸い取り、脱税事件と不倫で業界から消した」
「街中を爆走してた暴走族を、片っ端から富士山頂にテレポートさせた」
「有名大学レイプサークルのメンバー、全員の神経を焼き切り、下半身不随にさせた」
「イジメ事件の加害者生徒全員に呪いを刷り込み、二度と幸せが訪れない人生にした」
などなど……。
一般人が聞けば眉をひそめる様な内容の話が車内のあちらこちらから聞こえて来るのだが、最後部のシートに座る小夜と修哉はその会話に参加せず、静かに瞼を閉じていた。
もっと厳密に言えば、隣に座っている小夜が「にゃむにゃむ、修哉眠いよう」と甘えながら、修哉の肩にもたれかかり寝てしまったため、それに便乗して自らも目を瞑ったのである。
興味の無い連中と興味の無い話題で盛り上がれる訳が無く、苦痛な時間を過ごすならばと寝たフリをする修哉なのだが、小夜の髪の匂いが鼻腔を甘く刺激し思わぬ収穫に内心喜んでいたのも確か。
だが、そんなささやかな修哉だけの時間を、ぶち壊す者が現れたのである。
「なあなあ、藤森さんよう」
その声はしつこく修哉の鼓膜を刺激し、夢心地だった彼を、あっと言う間に不快な現世に引き戻す。
「フラット・ライナーって言われてんだろ?なあ、藤森さんよう」
声のトーンからして、好意的とは決して言えないその問い掛けに対し、いよいよ我慢出来なくなった修哉は目を開け、一体何だと冷たく突き放す。
前のシートに座っていた、修哉と似た様な歳つきの少年が振り向きながら、興味深げに修哉を見詰めている。
「あ、俺さ、袴田哲臣ってんだけど、あんたさあ、強いんだって?」
「……強いか弱いかなんて興味無い、依頼をこなせるかどうかだろ」
「ふうん、つまんない答えするんだね、あんた」
「面白い答えでも返すと思ったか」
ギャハハ!と、哲臣は笑う。その下卑た笑いは相手をすこぶる不快にさせる、酷く挑戦的で見下す様な笑い。
明らかにこの袴田哲臣と言う少年は、修哉にケンカを売っていた。俺の方が強いんだと、お前なんか噂だけだと、自意識過剰気味に修哉に食らいつく。
「なあなあ、教えてくれよ。人を殺した時って、どんな感じなんだ?」
「別段、どうと言う事は無い」
「おいおい、そんなケチらなくったって良いじゃないか、藤森さんよう!」
ここで周囲の人間がやっと、後部座席の異変を感じ取る。
修哉に対して哲臣がからんでいるのは誰が見ても明白で、「哲臣、その辺にしておけ」「やめなよ哲臣君」と、皆が哲臣を諌めようとする。
……そうか、どうりで見覚えがあると思った……
耳長族のエルフ、ウルリーカ族が守る巨大な森の南端部。
族長であるユリアナ・マリニンの元に大規模火災の報がもたらされた際に、修哉は誰に命じられた訳でも無く、電光石火で屋敷を飛び出した。
火災の報告と共に、クラースモルデン連邦共和国の兵士を目撃したとの報告も寄せられ、彼なりに責任を感じていたのである。エルフの住む地に、災いを呼び込んでしまったと言う責任を。
そして、単独で飛び出して行った修哉の背中を見ながら、族長のユリアナはその場にいた「ひ孫」のシルフィア・マリニンに対して、彼の道案内を命じる。修哉を止めようとはせずに、彼のサポートをしろと指示したのだ。
レオニードの代わりにやって来た異国の少年が、果たしてどのような力を秘めているのか、シルフィアに見極めさせようとする意図も、あったのかも知れない。
馬にまたがったシルフィアと修哉は、火から逃れて来た動物たちとは逆に猛然とその現場に駆けて行ったのだが、火災の現場を迂回して、森の外に出ようとした際クラースモルデンの精鋭部隊、「シーニィ・メーチ」のエフゲニーとその部下に、ばったり遭遇してしまったのである。
「……ディメンション・リビルド……」
そう呟いた修哉は、一秒にも満たない刹那の瞬間に、エフゲニーとその部下を葬り去ってしまう。
それは遠慮や躊躇も交渉すら無い、一方的な殺戮。行き違いや誤解の可能性すらも、微塵たりとも考慮しない情け容赦の無い殺し。この亜人種の統べる国では、自分とエマニュエル以外の人間は全て、殺すべき人間であると認識していたのである。
そして今、藤森修哉と袴田哲臣は対峙した。
この異世界で、それも別の世界つまり、元々存在していた世界を知る者同士として。




