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死剣と聖剣


 アンカルロッテ、それがエルフたちの国の名前なのだそうだ。ただそれは、総称を呼ぶ時であり、厳密に言えば耳長種や獣耳族や短耳族などエルフにも様々な種族があるそうで、修哉とエマニュエルを威嚇したエルフのリッタとソフィーの二人が属するのは、エルフの森の南を領地とする耳長種、ウルリーカ族と言うらしい。


 ーーそのウルリーカ族の族長こそが、「ユリアナ・マリニン」ーー

レオニードが頼れと言って、小さなメダルを修哉に託した人物なのだ。


 5階建てのビルすら隠れる様な、背の高い針葉樹に囲まれた樹海の中、コンサート会場ほどの広さを持ったツリーハウスに今、修哉とエマニュエルはいる。


 あの後結局、エルフのリッタとソフィーは、修哉たちからベーコンチーズサンドをご馳走になり、上機嫌で色々な事を話してくれた。

修哉がユリアナの名前を出した事と武器を一切持っていない事がリッタたちを安心させたのか、ウルリーカ族の男性は短命だの女系種族だのと、話さなくて良い事まで話してくれ、その上でユリアナがいるウルリーカ族の城まで案内してくれたのであった。


 修哉たちがいるツリーハウスと言うのはつまり、ウルリーカ族の城であり、見事なまでに木で組まれたこの謁見の間で、族長であるユリアナ・マリニン登場を待っていたのである。


 ウルリーカ族の集落に入ってどれほどの時間が経過しただろう。太陽も既に西の彼方へと落ち始め、木々の間を縫って飛び込んで来る弱々しい西陽も、広間の奥へ奥へと伸びて行く。


「待たせたな」


 奥の扉が開いたかと思ったら、エルフが一人勢い良く颯爽と飛び出し、早足のまま一段高い支配者の椅子にへと座る。そして彼女の後について来た護衛らしきエルフたちは、修哉とエマニュエルに距離を取りながら二人をぐるりと取り囲んだ。


「無礼を許せ、久々の人間を見て、みんな殺気立っておってな」


 こちらこそ、突然の訪問、申し訳ありませんと、床に座ったまま、社交辞令で対応する修哉。


「私がウルリーカ族の族長、ユリアナ・マリニンである」


「藤森修哉、隣にいるのは、レオニード・プロニチェフの娘で、エマニュエル・プロニチェフです」


 人間の女性で言えば、もはや初老と表現しても良いユリアナ。エルフの寿命を鑑みれば一体何百年生きて来たのだと問いたくもなるが、鋭い眼光と冷気さえ漂って来そうなその風格は、さすが族長と言ったところ。

だが、修哉がエマニュエルをレオニードの娘だと紹介すると、何か思うところがあるのか、ユリアナが微かに眉をしかめるのを修哉は見逃さなかった。


「シューヤ・フジェモリィ……」


「シューヤで構いません」


「そうか、済まぬな。それでシューヤ、汝が持って来たメダル、それが持つ意味を知っているのか?」


「いえ、存じません。貴方を頼れと、レオニードが渡してくれた物で、深くは説明してくれませんでした」


「なるほど、ならば説明しよう」


 ホッとしたかの様に一瞬口元を緩め、ユリアナの表情から険しさが消えて行く。

そのメダルが一体何の意味を持つのか、ユリアナの次に来る言葉を待ったのだが、彼女の口から出た言葉が修哉を大いに驚かせたのである。


「レオニード・プロニチェフは、生涯独身を貫いた男だ、王国が滅んでもそれは変わらぬはず。ならば、そこにいるエマニュエル・プロニチェフは、彼の実の娘では無い」


「実の娘ではない……と?」


 心当たりはある。それを気にはしていたが、エマニュエルの気持ちが落ち着くまでは聞くまいと、我慢していた修哉。まさかエルフの族長からそれを聞くとは。


「その子の本当の名は、エマニュエル・ハンナエルケ・リンドグレイン。革命政府に殺された国王夫妻の忘れ形見で、つまりは最後のリンドグレインよ」


 ……なるほど、エマニュエルにはそう言う事情があったのか……


 レオニードがいまわの際で皇女殿下と呼んだ理由、そして村の長老が血を絶やしてはならぬと言った理由に納得しながら、隣に座るエマニュエルをチラリと見る。やはりエマニュエルは自分自身の身の上を知っていたのか、何ら動揺せずにユリアナを見据えていた。


「……本当のお父さんとお母さんについては、記憶はほとんどありません。だから、レオニード・プロニチェフこそが、私の親でした」


「そうか、そこまで慕われれば、レオニードもあの世で喜んでいよう」


 肩が震え泣き出しそうになるも、両手をギュッと握り締めて前を向くエマニュエル。その健気な姿に小さく微笑みつつ、ユリアナは握っていたメダルを掲げて二人の視点をメダルに集中させる。


「シューヤ、リンドグレインに関係の無い汝が、これを持って現れたと聞いた時は、汝の事を盗掘者の類かと早合点した、許せ」


「いえ、気にしていません。現れるはずの無かった人間が、急に現れたんです。警戒して当たり前かと」


「そう言ってくれれば助かる。メダルの秘密、汝なら話しても良さそうだな、エマニュエルも良くお聞き」


 修哉とエマニュエルは、真剣にユリアナの話に耳を傾ける。

メダルの意味は、メダルの価値は、そして何故レオニードがメダルを託したのか見極めようとしたのだ。


ーーこのメダルは、まさに「王の印」と呼ばれ、リンドグレイン王朝が八百年前に開闢されてから、代々の王のみがその所持を許されたメダルであり、これを持つ者こそが統治者を名乗れたのである。何故ならこのメダルには王の象徴としての意味もあるのだが、本来の利用価値とは……即ち鍵。王だけが開ける事の出来る秘密の部屋、その入口の扉を開ける鍵として受け継がれて来たのだからーー


「エマニュエルや、死剣と聖剣の伝説は、お前も聞いた事があろう」


「はい。リンドグレインの始祖である、国父マティアスと、国母アンネマリーセが、婚姻した際に封印した、二本の剣の話ですね」


「うむ、英雄譚として語り継がれているそれだ」


 ーーこの大陸がまだ無数の国家に別れ、戦に明け暮れていた群雄割拠の時代に、燦然と現れた二人の王。伝説の剣「死剣フラーブロスチ」を手に、北方の騎馬民族を束ねる王マティアスと、やはり伝説の剣「聖剣ヴェール・ヘルック」を手にして、南方の農耕民族を束ねる女王アンネマリーセが、周辺の小国をどんどん併合し、あっという間に、大陸の人間界においての二大勢力と化した。

両国とも宗教的背景は無いので、生活圏の拡大と領土の保護を目的に勢力を伸ばしており、落とし所が良かったのかも知れない。王と女王は恋に落ち、巨大国家同士の衝突と言う悲劇的な結末を迎える事無く、やがて統一国家、リンドグレインが誕生したのである。ーー


「建国の年に、二度と争いを起こさぬと誓った二人は、死剣フラーブロスチと、聖剣ヴェール・ヘルックを霊山シャミアに封印した。これが、誰もが知っている昔話だね、エマニュエル」


「はい、そうです」


「英雄譚にある霊山シャミアとは、架空の山で、実際には存在しない山。そうだね、エマニュエル」


「はい、おっしゃる通りです」


 エマニュエルに念を押し、期待通りの回答が返って来た事で、得心のいったユリアナは幾分頬を緩めて楽しげな表情になる。それはまるで、手品の種明かしを自慢気に教えようとする者のようだ。


「霊山シャミアは、実際に存在する。つまりは、死剣フラーブロスチと、聖剣ヴェール・ヘルックもまた、物語の中に登場する剣ではなく、実際に存在し、霊山シャミアに封印されている」


「あれは、おとぎ話じゃなくて、ほんとの話なんですか?」


「ああそうさ、何故なら理由は簡単。私が封印したのだからね」


 おいおい、このエルフの婆様は一体今何歳なんだと、口をポカンと半開きに修哉は呆れ顔。隣のエマニュエルも驚きを隠せない表情でユリアナを見ているのだが、伝説だったおとぎ話が実話だったと言う事の意味と深刻さを、修哉ほどは理解していない。


「マティアスとアンネマリーセの想いに、ドワーフと私たちが応えたのだよ。最高の魔術技巧で、封印してやったのさ」


 そう言いながら、ユリアナは手にあるメダルを窓から差し込む夕陽に当てる。小さく角度を変えるだけで虹色に乱反射するそのメダルは、単なる金属の塊ではない事を修哉とエマニュエルに教えていた。……「なるほど、それでこのメダルか」と。

そして、じっくりと理解し易い様に説明してくれたユリアナが今修哉とエマニュエルの今後において、何を期待しているのかが垣間見れた修哉は、先手を打って言葉を放つ。


「ユリアナ・マリニン、今はまだその時ではないと判断します。まだ彼女には、足りないものが山ほどあるし、それに、俺には無理だ」


「ほう、まさか汝から、そのような言葉が出るとは思わなかった。傀儡の為に、旗を掲げるかと思ったが」


 ユリアナは言葉こそ丁寧だか、修哉に対してひどく侮辱的な言葉をぶつけて来た。

この地にメダルを持って現れた時は盗掘者として警戒していたが、メダルの真の存在価値を知って、エマニュエルを先陣に立たせるのではと予想していたのだ。

つまりは、藤森修哉はレオニードの意志を継ぎ、エマニュエルを女王に据えてリンドグレイン王国の復興を目指すものだと思っており、修哉のあの言葉にユリアナは肩透かしを食らってしまったのである。


「今、エマニュエルに必要なのは、王国の復興などではありません」


「興醒めだな、シューヤ。知らないとは言え、メダルを私にかざしたのは汝だ。寝た子を起こしておいてその物言い、つまらんとは思わぬのか」


 ……ユリアナは俺を煽っている……


 修哉の腹の底で、危険信号が壮絶に鳴り響き、胃をギュッと圧迫する。

このユリアナ・マリニンと言う老エルフは、わざとメダルとそれにまつわる話を強調し、修哉を試している様に見えてしょうがない。遊ばれているのか、それとも彼女なりにリンドグレインに義理を感じているのか、その前のめりし過ぎる姿勢に修哉はいささかの危惧を抱いていたのだ。

だがそれでも、興が削がれ様が何だろうが、エマニュエルに今必要なのはそんなものではないのだと考える修哉は、おもむろに立ち上がり右手を胸に当てながら、ユリアナに思うところをぶつけた。


「エマニュエルに必要なのは、親と友人。そして彼女が素晴らしい人間になる為の安全な場所と、それを許す長い時間です」


「ふむ、汝はそれで良いのか?」


「俺は異国の暗殺者です。この手は既に血に染まっており、旗を掲げる資格はありません。それに、村に忘れ物があったのを思い出したので、俺はここでお別れです」


「シューヤ!?」


 駆け引きの様な、ユリアナと修哉の問答。

なかなかに理解出来ずに、口をへの字に考え込むエマニュエルであったが、これは理解出来た。衝撃を伴いながら修哉の意図がはっきり分かった。修哉はエマニュエルとの別れを望み、エルフに託そうとしているのだ。

それも、エマニュエルを捨て去る様な冷たい仕打ちを行うのでは無く、ユリアナ・マリニンと交渉し幼い彼女を王国復興の神輿に乗せるのではなく、普通の少女として生活して行ける様に長期的な安全の確保を求めたのである。


 そうしておいて、自分だけは忘れ物をしたとかでボルイェ村に戻ると言う。それはつまり、まだあの村に迫る危険を排除しようと言う事の表れで、自分の生死すらも軽視した忘れ物と言う名の復讐を果たそうとしている事に気付いたのである。


「シューヤ、いやだ!ダメぇ!」


 悲鳴に近い声でエマニュエルが叫び、修哉にすがりつこうとした時だった。

エマニュエルの声をかき消すかの様な勢いで広間に入って来た衛兵のエルフが、それこそ大きな声を、広間に轟かせたのである。


「報告します!南の森で大規模火災です!共和国兵士の人間が放火したとの事!尚も延焼中で、手がつけられません!」





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