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バカとの遭遇


「シューヤ、シューヤ!」


「何だ?」


「ちょっと待って、足が……痛い」


「どれ、見せてみろ」


 むせ返る様な湿気に包まれて、苔むした深緑の空間が広がる、深くて暗い森の中。見上げれば、遥か上空まで森の木々が背を伸ばし、青い空が天窓の様に、微かに顔を覗かせているだけ。

藤森修哉とエマニュエル・プロニチェフはいよいよ、亜人種が住むと言われる森に、足を踏み入れた。


「……靴擦れだな、かかとの皮が剥けている」


 倒れた古木の上にエマニュエルを座らせ、靴を脱がす。自分で歩くと言い張ってここまで来たのだが、子供が歩く距離にしては、いささか無理があった様だ。


 薬らしい薬が荷袋に入っていなかったので、綺麗な布を取り出し、包帯代わりに巻いてやる。気丈に振る舞い、頑張って歩いていた事は確かなので、修哉は優しく微笑みながら、おぶってやるから捕まりなと、彼女に背中を向けた。


 基本的に、藤森修哉は、子供に優しい。

もちろん、深夜にコンビニエンス・ストア前でウンコ座りをしながら、カップラーメンをすすり、大声で談笑している集団や、深夜の住宅街で、近所迷惑だと分かっていながら、どんちゃん騒ぎでロケット花火をぶっ放すアウトローや、

家族で観光旅行をしているのに、車窓の景色をチラリとも見ずに、ひたすら携帯ゲームに夢中になる子供や、充分平和なのに、「子供たちに平和を!」と、シュプレヒコールを上げる母親たちに連れられて歩く、死んだ魚の目の様な子供たちは大嫌いだ。大嫌いどころか、まるで汚物でも見る様な冷たい目で、嫌悪感を露骨に表す。


 しかし、内戦が続くアフリカで、突撃銃を持たされて、最前線で日々常に、自分の死と敵の死を天秤にかける少年兵たちや、麻薬戦争の際に訪れたフィリピンで、巨大なゴミの山を生活拠点にし、危険なゴミだらけだと言うのに、金になるゴミを漁って、家族の命を繋いでいた健気な子供たちや、

氷点下のモンゴル、首都のウランバートルで、下水道の中で身を寄せ合いながらも、力を合わせて生活する、親に捨てられた子供たちや、シリア内戦の難民キャンプで、家族の為にと、配給された日用品を道端で売る少年など、常に彼らは修哉に笑顔を向けて、そしてその笑顔を見た修哉はいちいち痺れていた。


 幼いながらも、絶望や苦難から逃げずに、生き抜こうとする意志に溢れる子供たち。その子供たちが時折見せるキラキラの笑顔が、自身も不幸な生い立ちだった修哉の、心の暗闇を照らしてくれている様に感じていたのだ。


 そして、この目の前にいるエマニュエル・プロニチェフと言う名の少女も、目の前で父や愛犬、近所のお姉さんが無惨にも殺されながら、それでも絶望せずに、前を向いて歩いている。自分の足で、立とうとしているのだ。

少女性愛好者ではないが、彼女の力になってやりたいと思う気持ちが芽生えても、別段おかしな話では無かったのである。


「……シューヤ、ねえ、シューヤ……」


「うん?どうした」


 エマニュエルを背負い、ひたすら森の奥を目指す修哉。彼の耳元で、今にも泣き出しそうな、弱々しい少女の声がする。


「……ありがとう……」


「気にするな、死にそうだった俺を助けてくれたんだ。お互い様だ」


 うん、と、精一杯嗚咽を我慢しているかの様な、喉から絞り出す声で、エマニュエルは返事をする。そのまま、修哉の背中に顔をうずめ、彼女は何も話さなくなった。

もちろん眠りに入った訳ではない、小刻みに震える彼女の身体は、修哉に配慮しながら、声を押し殺して泣いている現れでもあり、それを悟った彼も泣くだけ泣けば良いとばかりに、彼女に声も掛けずに、ただ黙って歩き続ける。


 森の中を、どれだけ歩いたであろうか。背の高い木々に阻まれ、さすがに太陽の位置も掴めないまま、ひたすら森の奥へ奥へと進む修哉たち。細かい休憩を取りながらいよいよ空腹に勝てなくなり、さあ昼食にでもしようかと二人腰を落ち着け、荷物の袋を開けたその時だった。


「動くな、人間!」


 辺りの木々で反響しながら、明らかに敵意を抱いた、女性の甲高い声が響く。


 いきなり至近距離から鼓膜に飛び込んで来た大声、それに心底驚いたエマニュエルは身体をビクリと揺らしながら座っていた丸太から滑り、地面に尻餅をついてしまう。

修哉はどうやら、何かの気配をあらかじめ察知していたのか別段驚きもせずに、警戒しながら声の方向へ顔を向ける。


「あっ……!ええっ!?」


 修哉が素っ頓狂な声を上げるのも無理は無い。そこに立っていたのは、鋭いナイフを構えたとんがり耳の女性、つまりエルフだったのである。修哉はこのシチュエーションに驚いたのではなく、やっと現れた人物の容姿に、度肝を抜かれたのだ。


「そこの人間、動くなよ!動いたら即、あの世行きだと思え!」


「我々は怪しい者ではない。あんたがたに頼みがあって、やって来た」


「コラ黙れ、こちらが質問する!先にペラペラしゃべるな!」


 ナイフを構えたエルフとの距離、およそ八メートル。

修哉は既に空間把握を済ませているのだが、もちろん、エルフと交戦する目的で、この地を訪れた訳ではないので、今はこのエルフの指示とこの成り行きに従う事を決めた。

それに、修哉たちに対して、動いたら即あの世行きだと迫ったと言う事は、彼女以外の存在が修哉とエマニュエルに、何処か隠れた場所から狙いを付けていると言う事。それが単独なのか複数なのか掴めていない今、相手を刺激するのを避けたのである。


「人間よ、何故この地へやって来た?リンドグレイン王国が滅んでから、鎖国したのは貴様ら人間の方ではないか!」


「いや、だから、あんたがたに頼みがあって、やって来たんだって」


「何を言っている!?質問にちゃんと答えろ!」


 肩で息をしながら、高圧的な態度で迫るエルフの少女。いや、ロールプレイングゲームやファンタジー小説ではエルフは長寿であると説明されている。だから目の前でナイフを構える彼女も、幼く見えていても実際の年齢は分からない。だがしかし、何故か勝手にテンパっており、修哉の説明に全く耳を貸さないのだ。


 ……バカなのか、それとも慣れない事で緊張しているのか、弱ったな……


 下手に刺激する訳にはいかないし、穏やかに返答しても聞いてくれない。

いよいよ弱ったなあと、修哉が途方に暮れそうになっていた時、機転を効かした訳ではないのだがエマニュエルが荷物から紙袋を取り出した。


「お腹空いたから、お昼にしようとしてたのよ。ご一緒にいかが?」


 取り出したのは、ベーコンとチーズを挟んだパン。それを半分にちぎって、エルフの少女へと向けたのである。


 ゴキュリ!


 高圧的で威圧的だったエルフの反応が、パンを見た途端ガラリと変わる。修哉を射抜いていた視線をチラチラとパンに移し、見るからに自分自身の中で葛藤を始めていたのだ。


 ……あっ、こいつバカだ……


 この場で食べ物に釣られる奴なんか初めて見たよとばかりに苦笑する修哉。これが突破口なのかといささか呆れながらもエマニュエルに便乗して、せっかくだからあなたもどうぞと修哉もパンを手に取り、エルフの前にかざした。


「あうう……いや、その、それは……」


 ベーコンチーズサンドが珍しいのか、あわわわわと、口をパクパクさせ、震えながら、誘惑に負けそうになるエルフ。

するとそのエルフの背後、森の奥から「リッタ、何をモタモタしている!」と、彼女を怒鳴りながら弓を構えた女性のエルフが、ズカズカと現れた。


「だって、だってソフィー。この人たち、一緒にお昼どうですか?って」


「人間を拘束するか、ダメなら殺せと命令されたろ!」


 現れたもう一人のエルフも、どう見ても未成年の少女なのだが、この食べ物に釣られたリッタと呼ばれるエルフよりは、多少大人の面影はある。


「でもでも、悪い人たちじゃなさそうだし、なんか美味しそうだし……」


「そんな事やってるから、いつまでもお母様から怒られるのよ!おバカなリッタ」


「あ、あの~……」


 急に始まってしまったエルフ同士の口論。そっちのけにされてしまった修哉とエマニュエルではあるが、修哉の脳裏に何かが閃いていた。

先日、レオニードと話した上で、修哉が独りでひっそりと村を発とうとした際、レオニードから小さなメダルを渡されていた事を思い出したのだ。

【エルフのユリアナ・マリニンに、メダルを渡せ、必ず力になってくれる】と。


「あの……、そこのお二人さん、ユリアナ・マリニンに、このメダルを渡したいのですが……」


「なっ、なんだってー!」


 修哉の口から出た、ユリアナ・マリニンの名前に驚愕するエルフの少女二人。腰を抜かさんばかりの驚き様なのだが、二人の顔が急に劇画調に見えてしまった修哉は、俺疲れてるのかな?と、小さな声で自問自答した。




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