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東京さんの学級日誌!!  作者: 起石 隼
東京さんは委員長!!
6/7

埼玉とバレンタインデーと(後編)

 その日の香川はどうも調子が悪かった。壊れたトラクターみたいな足取りで、よろよろと教室に一番乗りを果たしていた。

というのも、それは今日、バレンタインデーの所為である。

(ボーイッシュではあるが)チョコをあげる側である香川にとっては気が気でなかった。


「はぁ・・・・・・参りました・・・・・・」


 無論香川は手作りチョコを鞄に忍ばせている。

しかし、彼女に「好きな相手」などいなかった。何故なら、


「うどん粉が人数分持って来られないなんて・・・・・・」


うどん普及、及び布教が目的だったからである。

今日こそC組をうどんの、うどんによる、うどんの為の、うどん伏魔殿パンデモニウムとすべく、東京らにチョコをコーティングしたクレイジー麺を振る舞おうとしていたのである。


「しかし! 私は負けませんとも!」


それでも香川は諦めなかった。いつになくハキハキとしているのは東京を見習っているからである(方向性は心配だが)。


「いざかん! 家庭科室キッチンへ!」


 うどんは新鮮さが命――――出来立てを皆に食べてもらいたい香川はチョコと大量のうどんの材料を持って家庭科室へと駆けていった。



 しかし、彼女は行く先に「先客」がいることを知らなかった。



                ◇       ◇


 そうして時間は現在へと戻る。

 

「・・・・・・ん。こ、こは・・・・・・?」


 目を覚ました香川が最初に見たのは彼女を覗き込む仲間の笑顔であった。

床からゆっくりと上体を起こし、香川はボーっと辺りを見渡す。ひび割れたタイルと散らばった机。教室の前では波の如く押し寄せる鬼達を大阪や山梨がどうにか食い止めている。


彼女は「誰かが何かをやらかしたのだろう」と理解した。


「・・・・・・何かありました?」


「「「あったわ!!!」」」



「何も覚えて無いのか!?」


「ん―――・・・・・・うどん?」


「アハハハ。ちっくしょう!」


「香川、ちょっと私と百葉箱の裏に来ようか」


「あんたら落ち着きぃや?

 香川、今朝なんがおしたか思い出せる?」


 香川は暫く首を捻り、そしてぼんやりした記憶にたどり着いた。


「そういえば今朝、ボクは家庭科室に行きました。そうしたら、先客が居て・・・・・・」


「先客? 誰なのだ?」


「分かりませんけど・・・・・・見たことない子でした。金髪で、肌が絹みたいな女の子で、

 鍋を使っていて、甘い匂いがしたので後ろから覗き込んだんです」


「それはチョコだな?」


「はい。そのまま見ていたらその子がチョコを勧めてきて・・・・・・思い切って一口食べて――――――」


 そこまで言い終えた瞬間、香川はふらりと糸の切れた人形の様に倒れ、再び京都の腕に収まった。


「ごめんなさい・・・・・・何だか頭が痛くて・・・・・・」


涙目で首をすくめる香川をそっと寝かせ、京都は慈しみを込めて言った。

「よういいから、今はお休みよし」


安堵の表情を浮かべた香川は眠りに就いた。



「さて、ひとまず黒幕の姿は分かったワケだ」


「金髪ねぇ・・・・・・。一都学園ウチって留学生とかいなかったよね?」


「うむ。誰かが髪を染めたか、もしくは外部犯の二択だろうな。

 京都、香川を任せていいだろうか?」


「別にいいやけど。体は大丈夫どもないなん?」


「無論、すぐ『復興』したさ。

 行くぞ、弟よ」


「えっ俺も!? ちょっと待って、自慢じゃないけど俺くっそ弱いよ!? あの鬼の右角だけと相打ちになる自信ならあるけど!!」


「これは修業だぞ? 能力のコツを教義しようというのだ、付き合え」


 埼玉は喰い気味に頷いた。

 息を整え、再び刃を顕現させた京都は廊下に向かって言い放つ。


「山梨、静岡!! あんたらなら風穴空ける程度造作もあらへんやろ?」



「―――あらへんやろ?」


 鬼達が入り乱れる最中、京都の言葉は一直線に2人の県に届いた。


「・・・・・・だってさ。どうする? 別に俺だけでも東京の道程度作れるけど?」


裏拳でまた1つ鬼面を叩き割った山梨は近くで構えていた静岡と背中合わせになる。苦虫を噛み潰したような表情で鬼に蹴りを決めた静岡はあえて気取った口調で言葉を返す。


「あら、よく聞こえなかったのかしら? 抜け道は2人用なのよ? ホント学習ってモノを知らないんだから」


「お前こそさっきから動きに無駄が多いんだよ。ま、俺がいなきゃ即死だったね」


「は? 何言ってんだか。話を転換するなんて、頭も盆地になったのね」


この山梨と静岡は正真正銘のライバルであった。ギリリと奥歯を擦らせ、2人の拳がぶつかり合う。手の甲と甲によって。


「お前とまた『コレ』をやる日が来るなんてなぁ。ひょっとして厄年なのかも」


「うっさいバカ! フルパワー、出し惜しみ無し! いいわね!?」


示し合わせた様に突き合わせた2人の腕は熱を帯びる。あまりの高温に彼等の視界は既に陽炎と化していた。小さな火の粉が生まれ、やがて炎の渦がゆらりと2人の手を撫でた。

あとは、解き放つのみ。2人の声は重なる。



「「爆ぜよ、『原初の富士』」」




 埼玉はその瞬間に何が起こったのか推測するしかなかった。山梨と静岡が攻撃らしき「何か」を終えたときには彼等の前に居並んでいた鬼達が皆倒れていたからである。

よく見ると倒れた生徒達には溶けたチョコがべったりと付いている。そして廊下の天井はひしゃげた様に抉れ、3階の廊下が露わになっている。おそらくは熱線の様なもので「溶解」したのだろう。


「あれが富士の管理者たる2人の能力チカラさ。あれでも威力は『下の中』といったところだな」


 あんな力ですらあるのか。埼玉は戦慄ですら感じる気になれなかった。

静岡に呼ばれなければ彼はこのままエラー状態に陥っていただろう。


「ほら! 私がせっかく本気出したんだから早く行きなさいよ駄埼玉!」


「いや9:1で俺の実力だろうが」


喧嘩を続けつつ、2人は圧巻の体さばきをもって唯一の退路を守らんとしている。

 東京が決意の眼差しで埼玉の手を引いた。


「行くぞ?」


だらり、と下がっていた右手に力を入れ直し、埼玉は姉の背を追った。


                           ◇        ◇


 廊下を走る姉弟にすら鬼となった生徒達は追撃の手を緩めなかった。曲がり角を抜ける度に、待ち構えていた鬼の波状攻撃を受けてしまう。


「ヂョッゴォオオ―――!!」


「姉さん! ダメだ囲まれた!」


 埼玉が呂律ろれつを絡ませるなか、東京はいつも通りの戯曲じみた口調を並べる。


「なぁに、丁度良い機会じゃないか。埼玉よ、今から私が能力をコーチして進ぜよう!

 まずはへその辺りに力を込めるッ! この時、湧きあがる妄想イメージ等々を内包する感じで息を吐く!

 そうしたら全身の三分の一の純情な劣情を前衛的なマッスとして捉え」


「いやどうしろと!!?」


「要するに『想像する』のだよッ!!」


 轟!! と煙に混じった熱風を巻き上げ、東京は炎に似たオーラを可視化させる。小さな粒子がその手に集約されていく。

空色の鋼が滑らかな螺旋を描き、得物それは現れた!


「『激槍・スカイツリー』」


「何やってんのこの人!?」


東京が握りしめていたのは「お前ソレ模型から引き千切ってきただろ」と言わんばかりのスカイツリーだった。


「何って、今朝も見ただろう?」


「今までスカイツリーでぶん殴ってたの!?」


東京は躊躇うことなく鬼の群れへと跳躍し、その姿は制服の黒に吸い込まれた。次の瞬間、ボッ! という音と共に、さながら花火の如く鬼達は床や壁に四散する。その中心では澄ました顔の女傑が微笑みを浮かべていた。


埼玉は痛感した。

「スカイツリーやべぇ」



「さあさあさあ! 弟よ!! 君もレッツトライッ!」


「そんな学習塾っぽく言われても・・・・・・」

 

迫り来る脅威は埼玉を待つことなく攻撃を繰り返す。前から、横から。窓から、排気口から。湯水の如く鬼が溢れ出てくる。このままでは東京一人の処理速度を上回るのも時間の問題と言えよう。


「埼玉――――ッ!!」


鬼達の怪力によって徐々に後退していく姉の背を前に、もはや埼玉は迷うことすら許されなかった。

臍に力を込め、息を吐き、己の右腕にマッス(?)と思しきエネルギーの循環をイメージしていく。そしてなけなしの勇気を振り絞るように、叫ぶ。


「オイ鬼共ォ!! 俺が相手だあああああああ!!!」


全力で駆け出した埼玉の拳は弾丸の如く直線軌道を描き、鬼の群れへと飛んでいく。


「必殺ッ!! 『サキタマ古墳群デリカット』ッ!!!」


撃ち出された右の拳が一体の鬼の面を捉え、触れた瞬間、ゴッ――――――ズドンッ!! 衝撃によって吹っ飛んだ鬼は空中で再び殴られたように加速し、他の鬼を巻き込みながら後方の壁に叩きつけられた。

さらに、左の拳でもう一撃。東京に纏わり付いていた鬼を同様に二段打ちする。


もうそこに、あの平凡な少年の影など無かった。


「埼玉!! ついにやったのだな!!」


「すごい・・・・・・!! 俺にこんな能力チカラが・・・・・・!!」


中二病患者のように震えている掌を見下ろす埼玉。

なんということだ、こんなスナック感覚でサクッと出来てしまうなど! と思いつつ歓喜しているのだ。

と、そんな埼玉に東京は言った。


「そういえば埼玉、君は何をイメージしたんだい?」


「いや・・・・・・ただ攻撃出来ればなーって思っただけだけど・・・・・・」


東京は少し考えた後、


「ちょっとシャドーで撃ってみてくれないか?」


「いくよー? 『古墳群デリカット』!!」


空中で突き出された拳が行き詰まった瞬間、埼玉の手先から何か黒い影が超高速で撃ち出された。丸っぽい形のそれは校舎の壁にぶつかるとキュリリリリ!! と金属らしき音で拮抗し、やがて重力に負けて床に転がる。





それは―――――――煎餅だった。




「埼玉、『草加』って言ってみ?」


「『草加』?」


ボッ―――キュリリリリィィ―――



「草加せんべいかよ!!」


こうして埼玉は『古墳群デリカット』改め『草加』を覚えた。


                        ◇       ◇


 首謀者を見つけるべく疾走する姉弟。

 鬼が跋扈ばっこする3階を突破し、東校舎の4階、突き当たりの手前へ。痕跡を求め目指すは家庭科室である。


「見えたよ姉さん!」


埼玉が指差す廊下の末尾には案の定鬼がこれでもかと配置され、IHの新設ついでに修理された真新しいドアが見え隠れしている。


「このまま突破する! 犯人ホシと鉢合わせになるやもしれん、気張ってゆくぞッ!!」


助走をつけ高く跳躍する東京。スカイツリーもとい激槍を大きく振りかぶり、その肢体を鞭の如くしならせる。瞬間、歪んだ大気は逃げ場を失い、分厚い壁となって鬼達に叩きつけられた。

 露わになったドアが勢いよく開かれる―――――



「――――――、」


 埼玉が、その空間に抱いた感情は、「感動」に近いものだった。

 開け放たれた窓に広がる一面の青空を背景に、整然と並べられた銀の鍋と改装されたピンクのテーブル群がキラキラと輝いている。



そして、その中心たる窓辺に「彼女」がいた。



金髪で、肌は波飛沫のように白く、姉弟を見つめる瞳は紺碧に染まっていた。

呆気に取られる2人を見渡した少女はクスッと笑い、確かではないがこのようなことをつぶやいた。


「・・・Bye」


「まて! なぜこのような――――――」


東京はかざした手で少女をつかもうとした。しかし、彼女の言葉が届くことはなかった。 

目を見開き、東京と埼玉は言葉を失った。

カーテンが揺れ、吹き込んだ風を合図に少女が窓から身を投げたのである。


即座に窓辺へ駆け寄り外を見下ろすが、あの少女は何一つ残さずに消えていた。


「・・・逃げられた、と考えるのが妥当か・・・」


口をつぐんだ東京に、埼玉はかけるべき言葉が見当たらなかった。


                        ◇        ◇


 その後、謎の少女の失踪により事態は不自然なまでに早く終息していった。


学校中を彷徨っていた生徒達の鬼面は消滅し、皆何事もなかった様子で一時間目の用意や教室移動を再開したのである。


残されたものといえば、溶かし終えた大量のチョコ、そして半壊した校舎程度しか無かった。


                        ◇        ◇


「はてさて、どうしたものかな」


ため息混じりに、東京はらしくなく呟いた。

 その日のホームルームにて再集結を果たしたC組の面々。幸い東京以外にも広島などが『復興』を行使出来たため、彼等以外がこの事件について言及することは無かった。


「ごめんなさい・・・ボクの所為で・・・」


「香川が謝ることはないよ。ホラ、姉さんも! 落ち込まないで、さ?」


「む? 私が落ち込む理由がどこにある? 考えてただけだ、今日の夕飯とかを!」


「あ、姉さんらしいね」



 それでもなお東京の心情を察し、県達はいつもの活気を取り戻せないでいる。 


「しかしだ。我々には備える必要がある、ということだ」


「せやな~。犯人ホシと残尿感は現場に戻るって言うしなぁ」


「こら大阪、冗談てんごは顔と駄乳けにしいや?」


「言ったそばからそこ!! 昼間からキャットファイトとは――――――――――――う、羨まし過ぎるぞおおお!!!」


すぐさま教室を飛び交う拳、消化器、喘ぎ声――――――既視感のある光景と熱狂する県達がここはやはりC組なのだと埼玉に教えてくれる。


――――C組みんなとなら、きっと大丈夫。


「ほら姉さん! 頼むから脱ぐのはやめぐはあああああああ!!!」


巻き添えをくらう埼玉であった。













                ◇      ◇



「あーあ、ものの見事に解決しちゃってるねぇ」


とあるビルの屋上にて、古めかしい双眼鏡を覗き込む人物がいた。一都学園の一室、C組で繰り広げられる茶番を俯瞰ふかんしていたその人物は残念そうに振り返り、


「みんなはどう思う?」


背後に控える複数の人影へと問いを投げかけた。


「んー面白いんじゃない?」


ある者は直立不動。またある者は貯水槽の上から、一人、また一人と口を開き始める。


「以下同文デース!」


「くだらねぇな」


「非効率的すぎです」


「企業の売り上げに利用されるだなんて、セントヴァレンティヌスも迷惑でしょうね」


「おいおい、その辺どーなのよ指揮官サマ?」


「・・・・・・When in Roma , do as the Romans do」


「あんだそりゃ?」


「『郷に入っては郷に従え』デスヨ?」


「そう、あくまでここは極東かれらの管轄らしいからね。それに仕事にはやりがいが必要だ。これが彼女にとって少しでもの愉悦になればこそ、そこに需要と供給は成り立つものさ」


ひときわ論理的な話を展開した人物はここでポケットをまさぐり、細やかな金細工が施された懐中時計を取り出した。


「さて、じき本日の功労者が戻ってくるはずだよ。ほら、3、2、1――――――」


「ゼロ」が発せられるその時、一筋の風が空を撫で、


「・・・・・・ただいま」


夏の終わりの麦畑を思わせる金髪から紺碧の瞳を見え隠れさせ、少女は一人、避難はしごの手すりに佇んでいた。

後ろに組んだその手には丁寧に包まれたチョコレートが握られている。


「ご苦労様だったね。おや? それは僕等へのお土産かな?」


「いいえ。あの子が怒ってて渡せなかったの」


「うん、確かに彼等の戦闘能力は僕等の予測や電子演算を上回っていたからね。やっぱり君一人が間接的に、というのは得策じゃないみたいだ」


眩しい日差しの中、少女は校舎を惜しむように見下ろしている。


「ぽかんとした顔、可愛かった。・・・・・・仲良く、なりたかったな・・・」


「君のチョコの鬼ゴブリン状態じゃダメなのかい?」


「・・・・・・」


「すまないけど余計な情は抱いちゃいけないよ。何せこれは僕等自身のため。正義は成されなくてはならない。

 そのために、みんなで手を取り合おうじゃないか! それこそが民主主義というものだろう? 今度こそ彼等を負かしてやろう!」


「そうね!」


「賛成デス!」


「メンドくせぇ・・・」


「All right」



「全ては! 我らガイネンメイトのために!!」




「「「「「「ガイネンメイトのために!!!」」」」」」



 


◇あとがき劇場◇

埼玉「長い!!!」


東京「気持ちは分かる! だが落ち着け!」


埼玉「あとなんか出てきた!」


東京「ほっとくのだ!!」


埼玉「そして煎餅!!」


東京「お、結構いけるじゃないかコレ」


埼玉「それな!(泣)」

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