埼玉とバレンタインデーと(前編)
久々の投稿、第4話のテーマは「バレンタインデー」!
構想が固まったのは1月末だったのに・・・・・・。
物語は本章へと動き出す―――――
2月14日、
暖かな日が差し込む通学路を歩く少年、埼玉はどんよりしていた。春先とは思えないような、死んだ昆虫みたいな眼で空の方を見ている。
「うあぁ、イヤだぁ・・・・・・」
変態的な姉の所為でついに理性が蒸発に。というワケでもなく原因は他にあった。
◇ ◇
埼玉は吐き気がするほど二月が嫌いである。
2週間前の節分では、義姉の東京にえげつない速度で豆を投げつけられたばかり。そして今回は、
「・・・・・・バレンタイン、かぁ」
学校には主に二種類の男性がいる。「チョコをもらって胸踊らせる者」と「その光景を見て眼を血走らせる者」である。
クラスでは割と名の知れた、地味顔キャラの代表格のような埼玉だがそんな彼も基本は後者側。キャッキャウフフしているカップルを見るとどうも毛細血管がささくれ立って暴発しそうになるのだ。
「神様!どうか俺の精神力が今日一日もちますように!」
埼玉は劣等感を振り払うように、足早に校門を通った。
◇ ◇
鬼がいた。
唐突だが鬼がいた。それもいっぱい、校庭を埋め尽くしている。
よく見ると鬼達は皆学校の制服を身に纏っており明らかにコスプレの類と分かる。赤や青、一本角に二本角、種類豊富なお面が睨みを利かせている。
呆然としていた埼玉。遅れて思考をフル回転させていく。
なにこれフラッシュモブ!?とうとうこんな形態でチョコ渡す奴でも降臨したのか!?という歪んだ結論に達しそうになる。
ただ鬼達が踊り出す気配はない。水槽の中の熱帯魚みたいにゆっくりと彷徨っているばかりだ。
「あー、全ッ然わかんない。しゃあない、直接聞いてみるか・・・・・・」
◇ ◇
「あのぉー、ちょっといいですか?」
「ヴ・・・・・・あ・・・・・・」
「お聞きしたいことが―――――――」
「・・・・・・ョ・・・・・・コぉ」
「あの・・・・・・だいじょぶで」
「チョ、チョコオ御尾ォ雄男お緒於ぉ#$@&うほふ%ぎあああああああ!!!」
「うああああああああ!?」
話しかけた男子生徒が絶叫、埼玉も続けて悲鳴をあげ世紀末的な二重奏が出来上がる。
「ちょこぉ・・・・・・グルルル」
「ぢょっごぉおおお!!」
撒き散らされた咆哮が感染するかの様に広がり、それに共鳴してか鬼達が唸りながら埼玉に詰め寄って来る。その雰囲気やまさにゾンビである。
気がつけば360度見渡す限り鬼、鬼、鬼!校門すら封じられた四面楚歌の状況。
「えっ、チョコ?何!?やめッ、やめろぉ!!」
迫り来る鬼の面。埼玉の姿が黒い制服の渦に呑み込まれていく・・・・・・。
「さああぁきいいぃたああああああ!!!」
その時、校庭を突き進む存在があった。埼玉のわずかな視界の彼方、校舎の方で鬼達が次々に吹っ飛ばされていく。
「あああああああ――――――――まッ!!!」
一撃で薙ぎ払われた鬼の軍勢、埼玉の窮地を救ったのは一騎当千の女傑、東京である。
「姉さん!これって……」
「話は後!逃げるぞッ!!」
埼玉の手を引き、東京は再び鬼の軍勢に立ち向かっていく。槍のようなものを振り回し、居並ぶ生徒達の鬼の面を叩き割る。気絶した生徒を踏み越え、姉弟は鬼の群れを突破した。
◇ ◇
「ハッ、ハァ、ここまで来れば大丈夫だろう」
鬼の追撃を逃れた二人はどうにか校舎へと辿り着いていた。さすがの東京も呼気が乱れ、二人揃って廊下の壁に身を任せる。
「姉さん、一体何があったの?もしくは何をやらかしたの?」
「むぅ、何故私が疑われねばならない?」
「アレ?『第一回 東京ちゃんの1000人斬り鬼ごっこ~!!』とかじゃないの?」
「バカにするな!私だったら1万人規模を相手に」
「ゴメン、聞いた俺がバカでした」
「とにかく、今回の事件は私にもさっぱり、お手上げだ。登校したら奴等が襲ってきてな、他の生徒を教室に避難させていたんだ」
「良かった、まだ全校生徒がゾンビ化、ってワケじゃないんだ」
「まぁ基本C組のメンツだがな」
「恨むぞ運命の神サマ」
◇
「で、これからどうすんの?」
窓の方を見れば鬼の面を被った生徒がヴーヴー唸りながら徘徊している。正門を強行突破するのは自殺行為だろう。
「無論、この面妖なる事件!この魔法少女東京ちゃんが物理的に解決してみせるッ!!」
「やっぱりイヤな予感しかしない!」
◇ ◇
「―――――――というワケで、これより作戦会議を開始するッ!」
大幅な空席を抱えた教室に場違いなまでにハキハキした言葉が響く。
ひとまず1年C組へと戻った東京と埼玉。聞くところでは特別な能力を持つという県達ですら何人かが鬼の餌食となってしまったらしい。
周りを見渡す埼玉。自分も含めて生還者は8人、前途多難だな、と顔をしかめる。
東京はバンっ!と教卓に手を突き、
「諸君が知りうる情報!対策!性癖等々を教えてくれ!!」
「どんな作戦にする気だよ!?」
埼玉はある意味気が抜けない。
「まず、みんなあの鬼の面に操られているみたいだよ。あと静岡が落ち込んでると快感です」と山梨。
「そうね。教室に来るまでに何人か撃退したけどお面を割ったら正気に戻ってたし。あと山梨が富士山の噴火に巻き込まれるところを想像すると興奮します」
山梨に女子とは思えないようなメンチを切る静岡。
「そのお面だけどさ、なんかあれチョコでできてるみたいなんだよねー。やっぱりバレンタインに関係してるのかなぁ。あと滅びろコシヒカリ」と秋田。
「いずれにせよ、そのチョコになんかあるってことだろ?あとお前が滅びろ」と新潟。
「ふむ、そうだな」
「いや半分悪口だったけど!?」
◇
「関係モンによる陰謀、ってゆーんはどないかしら?」
口を開いたのは「お姉さま」こと京都である。
「関係モン?関係者とはどういう意味合いなのだ?」
「要しはるに、うちらC組んどなたかん仕業かも、って事や」
「ちょ待って!仲間を疑うっていうん!?」
机から身を乗り出した大阪が京都に抗議する。久々に真剣な表情である。
「あくまで可能性ん話どしてよ?やけど、こないな超常現象が出来はるんはうちらぐらいしか・・・・・・」
京都の顔に陰りが差し、大阪も口を噤む。
訪れた沈黙と空虚な時間を彼女等はただただ受け入れるしかなかった。
こんな静かなC組は初めてだ、埼玉は目を閉じる。
◇
それから数秒、何もない間が永遠に続くかと思われた。が―――――
「み・・・・・・な、さん・・・・・・」
蚊の羽音にも似た微かな声とノックがそんな時間を終わらせた。
教室のドアは万が一に備えて机のバリケードで塞いであるのだが、東京はお構いなしにそれを一蹴する。
「ヒドい目に・・・・・・ッ!遭いました・・・・・・」
生還したのは疲れ切った香川。その頬からはチョコが垂れており、鬼化した生徒と接触したことが伺える。
「香川!無事か?大事無いか!?」
「平気、です。アイツ等に襲われ、くっ・・・・・・!」
腰が抜けたのか前のめりに倒れそうになる香川。
「逃げて、くださ、い・・・・・・ボ、クから」
呼吸を荒げ、彼女は必死に訴える。涙目に痙攣、ソレが本当に香川なのかすら怪しくなってくる。
「どうしたというのだ!?かがわ!?かがわッ!!」
「姉さん!様子がおかしい!離れて―――――」
「グ、あああああああぁぁ――――――――――!!!」
それは一瞬。香川の頬から滴ったチョコは膨張、変形し、ドロドロと彼女の身体を包んでいく。
色白だった肌は褐色に染まり、手足にかけて堅牢な鎧が凝固する。ショートヘアを掻き分けて一対の角が形成される。
今にも溶けてしまいそうな、甘く妖艶な笑み。開ききった瞳孔がかつての仲間を捉える。
「ねぇ、遊ビましょウ?」
鬼が目覚めた瞬間であった。
◇あとがき劇場◇
埼玉「・・・・・・後半シリアスだなぁ」
東京「闇堕ちキタ―――――!!」
埼玉「姉さんのキャラ崩壊が加速度的だ」
香川(闇)「あはぁ、アハハハハぁ!甘ぁいのはお好きィ?」
埼玉「こ、これが前後編の悲劇・・・・・・!」
東京「・・・・・・さぁて、そろそろ私も本気を出そうかなッ!」