2−2
〜ヴェリア視点〜
暴れだした冒険者はひとまず憲兵に連れられて行った。
私はその男に突き飛ばされた少女(名をルルという)の容態を見る。気を失ってはいたが少し外傷がある程度で済んだようだ。【回復術師】の《ヒール》で傷を治し、ギルドにあるベッドに運んだ。
目が覚めたら事情を聞かなければいけない。
といっても、ある程度の想像はつくのだけれど。
男は最近この街に来たばかりの冒険者で、あまり素行が良くない事で前々から有名だった。噂では貴族の出らしいが詳しくはわからない。
性格はアレかもしれないが実力がない訳ではなかった。あの男はクラスD+で、純粋な筋力だけで言うならこの街で一、二を争うだろう。
目の前に大剣が迫った時はさすがにもうダメかと思った。先ほどの光景はまだ鮮明に頭に残っている。
絶体絶命の中、目を開くとジル先輩の背中があった時の安心感。安心と同時に、心臓の鼓動が速くなったのを覚えている。
武器破壊なんて高等技術をクラスD+相手にやすやすと成功させるなんて……。相当実力が離れていないと武器破壊はできない。さらに言えば、ジル先輩は直接の攻撃を一切していないのだ。
「すごいなぁ……」
先輩が本当はとても強いという話しは聞いた事があったけれど、あんなに凄いとは思わなかった。
先輩の第一印象は「ちょっと変わってるけど優しい先輩」だった。先輩は仕事ぶりは真面目だけどなんというか覇気がない。なよっ、として見えるのだ。本人も謙虚で……というよりあそこまでいくと卑屈だと思う。
仕事も丁寧に教えてくれて、何度も助けられた。彼の人柄に触れると、彼に好意を寄せる子がそれなりにいることも納得出来た。
私がその’好意を寄せる子’の一人になるには時間はかからなかった。
「んんぅ……」
「目が覚めた?」
ベッドがモゾモゾと動き、ルルが瞼を開いた。ルルは私が担当している【回復術師】の冒険者で、クラスはE-だ。
「あの、彼は?」
「このギルドのNo.2が直々に成敗してくれたわ」
「そうですか……」
ジル先輩はちょうど憲兵に状況を説明しているところだ。直にここにもどってくるだろう。
「それで、何があったの?」
「実は……」
話しは単純だった。ルルと件の男、ビルは同じパーティの仲間だったらしい。
報酬の配分で揉めていたようで、等分すべき報酬を独占するビルを咎めていたようだ。
それ以外にも素行の悪さを注意し、直さないようならルルを含む他のメンバーは全員パーティを抜けるつもりだと伝えたらしい。
それに激怒したビルは感情のままにルルを突き飛ばしたらしい。そのあとの展開は私も見たとおりだ。
ちなみにジル先輩に相談したかった事はまさにルルのことだったのだ。
「残念だけど、パーティは組み直しになっちゃうわね。組む時は私にも一言お願いね」
「はい。今度はちゃんとした人と組みます。……ところでヴェリアさん」
「うん? 何?」
「ヴェリアさんはあのぱっとしな……じゃなくて、穏やかそうな職員の人が好きなんですか?」
「ええっ!?!?」
いきなり言われたのでびっくりした。返事に迷ったけど、ここは素直に頷いておいた。
「あの手の人間は典型的な草食系ですから、ヴェリアさんから行かないと振り向いてくれませんよ!」
「ル、ルル?」
「でも大丈夫! ああいう人はこっちからアタックしたら簡単に落ちますから。ヴェリアさん、頑張ってくださいね! では私はこれで」
こんな事件の直後だというのにルルは元気だ。
そそくさと荷物を取ると、彼女は帰って行った。
自分から、か。
…………。
よし。
★☆★☆
休みの日。
私は思い切って先輩を演劇に誘ってみた。
巷で流行っている悲劇だ。敵対している貴族家同士の子息と令嬢が恋に落ちてしまうというものだ。最後には二人とも死んでしまうのだが、そのラストが涙を誘われると話題だった。
今日は私も気合いを入れている。綿密に計画も立てた。服も新しいものを買った。
大丈夫、大丈夫。
落ち着け〜、私。
今までもちょっとずつアプローチはしているのだが、先輩は一向に気付く気配がない。今日はちょっと大胆に行くくらいにしないと。
ルルに言われて改めて考えたのだ。
(のんびりしてると先輩を誰かに取られる——。具体的にはレクリエさんあたりに)
私は恋愛マニュアルを書店で買って、何度も繰り返し読んだ。今では諳んじられるほどだ。
『やあ、待たせたかな? でも珍しいね。ヴェリアちゃんが遊びに誘ってくれるなんて』
「いえ、日頃のお礼です! さ、行きましょう!」
先輩の腕を引いて自分の腕を絡ませる。そうだ、確かマニュアルではこの後胸を押し付けると……効果…………てき……め…ん。
む、胸を……。
(出来るかぁ!!)
『どうしたの? 少し顔が赤いよ。日に当てられたのかな』
「へっ!? だ、大丈夫です! お構いなく!」
私は足早に劇場へと急いだ。
劇場に入ると、周りはカップルばかりだった。私たちもカップルに見えているんだろうか……。
『いやぁ、見たかったんだよねコレ』
「私もです」
本当はそこまで興味があった訳ではないが、ジル先輩が見たかった劇だったとは僥倖だ。マニュアルでは恋愛劇を見せて相手のテンションを上げて……どうするんだっけ?
そうだ。その勢いのまま宿に……。
「だから出来ないって!」
『ど、どうしたの?』
突然私が叫んだので先輩がビクっとしていた。は、恥ずかしい……。
「い、いえ。なんでもないです」
私が読んだ恋愛マニュアルは本当に恋愛初心者用なのだろうか。交際経験のない私にはハードルの高いものばかりだ。
しばらくすると劇場内の魔力灯(魔石をつかったランプのようなもの)が消え、ステージだけが照らされる。劇が始まるようだ。
そして劇のラストシーンが来た。
「ああルミオ! どうして貴方はルミオなの!?」
「どうしてと言われても……。そう名付けられたからとしか……」
「貴方なしでは生きていけないわ!」
「うん? 人の生存に必要なのは食事と睡眠、それと空気だ」
なんだこれ……。
ヒロインはいい。家同士の敵対で叶わぬ恋を嘆く姿には同情してしまう。
だがヒーローの方がヤバい。「どうして貴方はルミオなの」とは、どうして対立している家に生まれてしまったのかと不運を嘆く台詞だ。誰もお前の名前について言及しているわけじゃない。
そんなかんじに、ヒーローはトンチンカンな返答をする場面が多い。
正直、あの主役のせいで一気に萎える。演目を選び間違えたかもしれない。コレは失敗したか……? と、思って横目で先輩をみると、
すぅっ、と。
一滴の涙が先輩の頬を伝った。
(え!? 泣いてる!? どこで!?)
先輩は震える手でハンカチをポケットから取り出してそっと目に当てた。
…………。
いや、先輩が満足しているなら何も言うまい。
劇も終わり、客席が明るくなる。
複雑な気持ちで私は先輩とともに劇場を後にした。
『すごく面白かったね』
「え、ええ……」
たしかにある意味興味深かった。
『この後はどうしようか?』
「この後……?」
そうだ。この後は……どうしよう。
宿は却下として、ここでお開きにしたくはない。したくないのだけどアイデアがない。うぅ〜、困った……。
『そうだ。ちょっと行きたい場所があるんだ。いい?』
「? はい」
先輩が行きたい場所があるというのはちょうどよかったけれど、どこだろう。先輩は料理と読書以外趣味がない(※私調べ)。だから調理器具か本を買うのかと思ったけれどどうも違うようだ。
本屋も雑貨屋も通り過ぎ、先輩に手を引かれ私は雑踏を抜けていく。
人混みだというのになぜか私たちは人にぶつかる事は全くなかった。ぶつかりそうになる直前で、自然と私の身体と相手の身体が離れるのだ。まるで誰かの意志で、人々の力の流れがコントロールされているみたいだ。
私たちがついたのはなんとアクセサリーショップだった。
『どれでも好きなものを選んで』
「えっ!? 買ってくれるんですか?」
先輩は柔らかい笑みで頷く。
私は顔がにやけそうになるのをなんとかこらえ、先輩からの初めてのプレゼントを選ぶ。あんまり高いのを選ぶと図々しいって思われちゃいそうだし……。かといって安物すぎるのもなぁ……。
先輩からのプレゼント……。
「やっぱり、ジル先輩が選んでくれませんか?」
『僕が? もちろんいいけど、あまりセンスは期待しないでね』
先輩はそう言う(書く)と、すこし逡巡したあとに青い宝石のあしらわれた指輪を手に取った。おお、かわいい……。
『僕はコレが良いと思うけど、どう?』
「はい! いいです、それでいいです! それがいいです!!」
早速買って店を出る。が、先輩はすぐには渡してくれなかった。先輩はなにやら指輪を手の平に乗せ、もう一方の手をかざしている。
私はこのとき、先輩のこの動作をさほど気に留めていなかった。それよりも好きな人からの贈り物にテンションが上がっていた。
このとき15,000ジェムの指輪は、先輩の手によって要塞に匹敵する防御力を備えた魔道具に変えられていたのだが、私がそれに気付くのはずっと後になってからのことだった。
先輩から指輪をもらい、私はほくほく顔で先輩に送ってもらいながら帰路につくのだった。すごく充実した一日だった。
……ん?
帰路についちゃったよ!
先輩をおとす作戦が……。