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無自覚系で日常系。【ギルド】  作者: 枇杷
職員生活篇
4/5

2−1

タイトル変更しました。

「ジル、話しが……って、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

『大丈夫です。僕はまだやれます』

「そ、そうか。台詞が無理してる奴の台詞だったが……」


 ギルマスに言われるくらい調子悪そうにみえるのか……。


 オルトさんと飲んだ次の日、当然ながら僕は朝からギルドの仕事があるのである。自分に疲労回復の魔法をかけたけど、僕の実力じゃ気休めにしかならない。


「いや、それはともかくだ。話しがある。私の部屋に来てくれ」


 むむ? なんの呼び出しだろう。まったく心当たりがないぞ。この場で言えないことなんだろうか。

 支部長室に入ると、見覚えのあるものが目に入った。


『それは僕が回収した精霊核ですか?』


 テーブルのうえにあったのは、聖水の入った瓶の中に沈められた光る水晶。てっきりもう王都に輸送されたものと思っていた。


「そうだ。神からの指示があってな。この精霊核は回収したお前が育てろとのことらしい。生まれた天使もお前が保護しろ、と」


 はぁ!?

 そんな例聞いた事がないぞ!? そもそも、精霊核って育てられるものなのか? 天使を保護って……意味が分からない。


「お前の困惑はわかる。だが神からの指示だ、上手くやれよ。それと午後から私は出かけるのでお前に支部長代理を頼む。ま、なにもないとはおもうがな」

『あの』

「どうした?」

『精霊核の育て方が分からないんですが……』

「なんだ。そんなことか」


 そんなことって……。

 ギルマスはひと呼吸置くと、きっぱりと言い切った。


「そんなこと、誰も知る訳ないだろう」





★☆★☆





 昼休み、ギルドの控え室で僕はテーブルにぐでっと突っ伏しながら、精霊核の入った瓶をつついていた。


「ジル先輩、大変そうですね」


 隣でヴェリアちゃんがお弁当をテーブルの上で開ける音がする。チラリと顔を上げると、ヴェリアちゃんの微笑んだ顔が目に入った。


『大変というか、どうしたらいいのか分からなくてね』

「先輩がどうしたら良いか分からないって……じゃあ誰にも分からないですね」


 僕は苦笑いをする。ヴェリアちゃんは時々こういう冗談を言う。

 ぎゅるる〜〜……。

 と、僕のお腹が鳴った。昨日はアレだったし、今日は弁当作ってないんだよなぁ。


「先輩は食べないんですか?」

『はは……。食べるものがあったら食べてるんだけどね。今日は弁当作ってないんだ』

「そうなんですか……。へぇ……」


 そう言うと、ヴェリアちゃんはじっと考え込むような仕草をした。


「なら……もしよければ、私の食べます?」

『え? いや、さすがに悪いよ』

「えっと、私も作りすぎちゃったので……食べてくれると、助かります……」

『そう? なら遠慮なく』


 すす、とヴェリアちゃんが僕の方に可愛らしい弁当箱を寄せてくれる。僕はその中身を見て……呼吸が止まるかと思った。


『これはヴェリアちゃんが作ったんだよね?』

「そうですよ? でも——」

『どうかした?』

「あ、いえ、なんでもないです」


 何か言おうとしてたみたいだけど……まぁ、気にしないでおこう。それよりも問題はお弁当の中の一品。



 ——卵焼きだ。



 他の料理も綺麗ではあるがまだまだ一般の域をでない。だがこの卵焼きはどうだ? 正直僕も料理はそれなりの腕だと自負していたが、目の前の卵焼きを前にすると身震いがする。

 言っておくが、まだ僕は一口も食べていない。食べずともわかる。ムラなく均等に火が通っている。いいフライパンを使っている証拠だ。

 料理の味を決めるのは食材だけじゃなく、その環境も——


「やっぱり、いきなり人のお弁当押し付けられても、迷惑ですよね……」


 ——しまった!

 震えてばかりで、一向に食べる気配のなかった僕の様子を勘違いしたヴェリアちゃんが、あろうことかお弁当を引っ込めようとしている……!


「なんだか出過ぎたことをしてしまったようで——ひゃっ!?」


 お弁当箱を持つヴェリアちゃんの手をがっしりお掴み、ゆっくりと僕は首を横に振った。目の端でヴェリアちゃんの尻尾がピンと立っている。


 無言で卵焼きを一つつまむと、そのまま口の中へ放る。

 これは……!?


『なめらかな舌触り、卵の濃厚さを感じさせながらもしつこさがない。適量に加えられた砂糖が、甘さを主張しない程度に全体をまろやかにしている。おまけに、最後の処理も完璧だ。卵のフワフワ感を崩さないように配慮されている』

「???」

『要するに、とてもおいしい』

「よ、良かったです……」


 僕の腕ではこの味は出せない。なるほど、ヴェリアちゃんは想像以上の大物だったらしい。これまで「僕が仕事をフォローしてあげなくちゃ」なんて思っていたけれど、とんでもない。これほどの芸術品(たまごやき)を作る人間が並の器であるはずがない。


 “その人の人柄を見たければ、卵焼きを作らせろ”とは、今僕が考えた名言である。


 あらゆる料理の基本であり、それゆえにごまかしが効かない。僕は改めてヴェリアちゃんの誠実さと優秀さを実感したのだった。


「あの、卵焼き以外もどうぞ」


 そう言ってヴェリアちゃんは慎ましげにお弁当箱を差し出す。


『いただきます』


 今度は煮物を頂いた。だが僕は内心首を傾げた。


(卵焼きとの完成度に差があるな)


 おいしいのだが、まだ荒削りだと思った。野菜の切り方がすこし雑で、それにより火の通り方にもばらつきがでてしまっている。

 そこで僕は思い至ったのだ。


 ——彼女は天才ではない。たゆまぬ努力によりあの卵焼きを完成させたのだ、と。


 天性のセンスがある輩は、たいていどんな物を作らせてもほぼ完璧に作ってしまう。だが、この煮物はまだまだ発展途上だ。つまり彼女は、基本である卵を努力によって極め、次のステップに進んでいる途中なのだ。


 僕は己を恥じた。

 卵焼きを食べた時に、僕は彼女の努力に目を向けていたか? ただその出来にだけ注目して、理解した気になっていなかったか?


『ありがとうヴェリアちゃん。すごくおいしかった。それに、いろいろな意味で打ちのめされたよ』

「おいしかったですか? あんまり自信なかったけどよかったです」


 ほんのりと頬を染め、犬耳をぺたんとさせながら言う。初々しさを感じさせる彼女の所作は控えめに言って絶景であった。

 いかん、邪念に心が浸食されかけた。


『特に卵焼きが良かった』

「そ、そうですか(卵焼きだけおばあちゃんが作ったんだけどな……)」


 なぜかヴェリアちゃんはどこか不満げだった。あのクオリティでまだまだ満足していないとは痛み入る。

 

「あ、そうだ先輩。ちょっと相談したい事が——」


 ——ガタッ。


「「!?」」


 僕とヴェリアちゃんしかいないはずの控え室で、突然僕でもヴェリアちゃんでもない音がした。


「今、その瓶動きました?」

『うん……』


 ヴェリアちゃんの言う通り、精霊核の入った瓶が動いたのだ。もうすぐ生まれるのだろうか。

 聖水に入れているから、悪魔や怪物にはならないはずだが不安はある。


 と、目の端に時計が映るとその針は午後一時を指していた。


『ごちそうさま。そろそろ仕事の準備しないとね』

「お粗末様です」


 僕たちの昼休憩もあと10分で終わる。僕は精霊核をかばんにしまう。


『それで、相談したい事って?』

「あ、えっと——」


 だがヴェリアちゃんの声はまたも遮られた。今度はさっきよりもずっと大きな音によって。音はギルドの窓口の方からしたようだ。


「……いったいなんでしょうか?」

『あまり良い事じゃなさそうだ。ちょっと行ってくるよ』

「私も行きます」


 僕とヴェリアちゃんが駆けつけると、そこには青ざめた職員達と、大柄な【剣士】の男。それに壁に打ちつけられ、弱くうめき声をあげているメガネの少女がいた。


『何があったの?』

「あの少女と男がすこし言い合いをしていたんですが……しびれを切らした男が突然……」


 近くの職員に事情を聞くと、そんな答えが返ってきた。

 これでも支部長代理を任された身。僕の出番だろう。そう思って一歩踏み出そうとしたが、僕よりも先にヴェリアちゃんが動いた。


 ヴェリアちゃんは少女と男の間に立ちふさがる。


「ギルド内での暴力行為は禁止されています! おとなしくしなさい!」

「黙れっ!! 邪魔だ!」


 男がヴェリアちゃんに殴り掛かる。かろうじてヴェリアちゃんは体勢を崩しながらもそれを躱す。だがそれが男の神経を逆撫でした。

 男は舌打ちをすると、剣を抜いた。


 その瞬間、僕は【侍】のスキル《縮地》を発動する。


 体勢を崩したヴェリアちゃんの前に立ち、振り下ろされた剣を片手版の《白刃取り》で受け止める。右手で剣の刃をつまんでいるような形だ。

 

「クソッ! 離せ!」


 幸い技量のない相手で良かった。【合気士】の能力で抑えているので、剣はピクリとも動かない。相手の力も利用しているので、力任せにやっても剣は動かせないのだ。

 器用な相手だったら僕のこんな小手先の技術じゃどうにもならないけど、どうやら筋力重視の冒険者だったようだ。


 さらに僕は左手で胸ポケットから万年筆を取り出す。それを剣に突き立てる。


 剣の手入れが甘いのは一目瞭然だった。毎回魔物の血を拭き取っていなかったんだろう。脆くなっている箇所に万年筆で軸を作り、【合気士】の技術で力の流れをコントロールすると……


 ——バリンッ。


「なっ…………!?!?」


 剣は崩れ、鉄くずになった。


 僕はすかさず、動揺する男の額に手を当てる。当然相手はすぐに振り払うが、一瞬触れられれば十分だ。


「このヤロォ……!!」


 突然、男は誰もいない壁に向かって突進をした。

 【テレパス】の力を使って、奴の認識を少しずらしたのだ。奴にはあそこに僕がいるように見えているんだろう。


 男は壁に激突するとそのまま気を失った。

 ふぅ、今のうちに憲兵さんを呼ぼう。


 いやしかし、本当に強くない冒険者で良かった。おそらくクラスFだろう。これがE以上なら僕じゃひとたまりもなかった事だろう。

 壁に叩き付けられた少女の事はヴェリアちゃんに任せ、僕は憲兵の詰め所へ駆けるのだった。

バトル少なめとはなんだったのか。

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