表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

1−3

「むぅ……。確かに強い光だな」


 持ち帰った精霊核をみたギルマスは神妙な顔をしている。


「ひとまず、王都のギルド本部に連絡をとる。ま、神に指示を仰ぐ形になるだろうな」


 そう言い残すと、精霊核の入った瓶をもって支部長室に戻っていった。


 神と人類は同盟関係にある。そして神と交信できるのは教皇、ギルド本部長、各国の国王だけだ。天使は神の眷属的な存在なので、精霊核の処置については神は無関係ではないのだ。


 とはいえ、後の事は僕のような末端の職員には関係のない事だ。ちょっと大きめの仕事もしたし、今日は好きなものを食べよう。

 なんて考えていたらトントンと肩を叩かれた。


「先生、少しよろしいですか?」

『ジーク君か。何かな?』

「ぜひ先生に使って欲しい魔道具があるのです」

『僕に?』


 話を聞くと、運良く発明出来たアイテムらしく、僕が一番上手く使えるだろうからということだった。つまりはテスターになれば良いのかな? 彼の研究に協力出来るなら僕も嬉しい。喜んで使わせてもらおう。


「これなのです」

『これは……バッグ?』


 手渡されたのはショルダーバッグだった。見た感じは普通だけど……。いや、確かに魔力を感じるな。


「これは見かけの体積以上に物を収納できるアイテムです。このバッグはこう見えて100リットルまで収納出来ます」

『そりゃすごい!』

「さらに重さも軽減させているので、持ち運びにはいいですよ」

『へぇ……』


 きっと先生なら誰よりも有効に使ってくださるでしょう、と彼は言った。妙に期待した眼差しに、僕はとりあえず苦笑いで返しておいた。


「ジルさん、仕事も終わったし男同士で飲みに——ひぃっ」


 僕に話しかけてきたガランさんが僕の後ろの方を見て息を飲んだ。どうしたのかな?


『飲みですか? オルトさんも一緒ですけどいいですか?』

「い、いや、いいんだ。そういや用事があったわ。じゃ、またな。ジルさん」


 ガランさんはそそくさとギルドを後にした。急に慌てだして……相当急な用事だったのかな?


 ガシッ、ミシミシ——。


(痛っ)


 突然肩に痛みが走った。


「ジル君? 今日は二人で(、、、)ご飯食べにいく約束だよね? ね? ねぇ?」

『そうだったね。今はっきりと思い出したよ』


 そこには笑顔のオルトさんがいた。

 うぐぐっ……! さすがは一流冒険者。肩が砕けそうだぜ……!


「今日はジル君がお店選んでね」

『はい』


 やっとプレス機——もといオルトさんの手から解放された僕の肩はあとで冷やしてあげよう。


「今日の夕方、第三広場で待ち合わせね?」


 満面の笑みに僕もぎこちない笑顔で答える。オルトさんの笑顔に一片の曇りもないのが恐ろしい。


 念のため言っておくが、かわいい娘と二人で飲めるというのはやはり男として嬉しい。僕も決して嫌ではないのだ。

 でもオルトさんとだと、僕が良いように転がされるビジョンしか見えない……。一人の冒険者に変に肩入れするのも(明確に禁止されている訳じゃないとはいえ)良くないしなぁ。

 いろいろ気を遣うのである。


 


 冒険者の皆が帰ると、僕はギルドの仕事に戻った。ふぅ、とため息が溢れる。


「お誘い、良かったですね」


 犬の獣人のヴェリアちゃんが隣の受付から、正面を向いたまま僕に声をかけた。ヴェリアちゃんは実に素直な後輩で、とても良い子だ。なのだが……なぜか妙に刺のある言い方だった。


『どうだろうね……。すごく高いものを奢らされそうな予感がするよ』


 すっ、とメモを返す。


「…………」


 つーん、とまるでメモが見えていないかのように、ヴェリアちゃんは前だけを見ている。


『あの、ヴェリアちゃん?』

「すみません。仕事中なので」


 ええ……。

 おかしいなぁ。こんなツンツンした娘ではないはずなのだが。何か彼女の機嫌を損ねるような事をしたのだろうか。考えてみたが答えは出なかった。





………………

…………

……





 第三広場、初代国王の銅像の前。

 褐色の肌に、煌めく銀髪を夜風に揺らす少女がいた。質素な白いドレスは褐色の彼女に良く映えた。

 陽も落ちた街を照らす街灯は彼女をより妖艶に演出する。


「ねぇ君、暇なら一緒に……」


 そんな彼女に声をかける男が出てくるのも必然であった。だが……


「何?」

「げっ、”狼”じゃねぇか……!? や、なんでもないです! 人違いでした!」


 また一人、別の男が声をかける。


「一人でどうしたの? よかったらお兄さんが……」

「何か用?」

「ん? ……お、”狼”!? え、えっと、なんでもないです。はい」


 男は急いでその場を後にする。この繰り返しだ。少女は下心のある男に声をかけられては、自身の”一流冒険者”という肩書きで撃退していた。


「はぁ……」


 少女はついため息を漏らす。そうしている内にもまた一人男が近づいてくる。


『どうしたの? ため息なんてついて』


 俯いていた少女の前に突然メモ帳が現れる。少女は顔を俯かせながらニンマリと笑った。


「まったく、女の子を待たせるなんて。ジル君はそれでも紳士なの?」

『はは……、ゴメンね』


 ちなみに今は待ち合わせ時間の十分前である。それでもその男、ジル=フラッドは頭をかいて苦笑いをしながら謝る。


『じゃ、行こっか』

「ん」


 二人が入ったのはシックな雰囲気のレストランだった。店内は暖かいランプの光で照らされている。適度に薄暗く、雰囲気を大事にしている店のようだ。

 安い店でない事は一目瞭然だった。


「ジ、ジル君。この店高いんじゃない?」

『まあ多少はね。でも今日くらい、いいんじゃない?』

「ジル君……」


 少女は嬉しさにほのかに頬を染める。

 少女、オルト=レクリエが自分のために(、、、、、、)この店を選んでくれた、と考えるのはなんらおかしくはなかった。それも真実ではあるのだが……


(いやぁ、今日はでっかい仕事だったし、ご褒美に高いの食べたくなるよね)


 それ以上に彼自身のためであった。


 席に着くと、ウェイターがメニューを持ってくる。


「高っ……。ジル君て、いつもこんなの食べてるの?」

『まさか。それで、どれにする?』

「ん〜……。じゃあ、ジル君とおんなじのにする。でも本当にこんな高いお店で大丈夫?」


 二人とも歳にしては稼ぎは良い方だが、根っからの庶民である。


『それが大丈夫なんだよ』

「???」


 したり顔でメモ帳を掲げるジル。


 ここでジルは呼び鈴をならす。するとすぐにウェイターが来て、オーダー(メインが薫製肉の、スタンダードなコースにした)を取ると戻っていった。


『まず、今日は何日?』

「海の月、30日だけど……」

『そう、つまり月末なんだ。この店は薫製肉は週初め、穀物類は月初めに仕入れている』

「は、はぁ……」

『つまり、月末は食材を使い切りたいわけだよ。だからこの店は月末は割安で提供しているんだ』

「へぇ〜」


 オルトは素直に感心した。もっとも、ジルも得意げに話しているが、これは以前読んだ雑誌から仕入れたにわか知識である。

 何気ない会話をしてジルはふと思った。


(思えば、オルトさんとも随分親しくなったな)


 ジルもオルトも、この街に来た当初はあまり周りから快く思われていなかった。

 オルト=レクリエの両親は既に他界していて身寄りがない。今では一目置かれる冒険者だが、かつてはできれば関わりたくない孤児の少女だった。

 彼女に比べればジルはマシではあったものの、”筆談でしか会話できない変人”に近寄ろうとする人は少なかった。

 変人の新人ギルド職員と孤立した孤児の新米冒険者。実のところ、当時のジルは厄介なオルトを押し付けられたのだったが、今では二人ともこの街に欠かせない存在となっていた。


「あ、あの、そんなに見つめられると……」


 ジルは感慨深く彼女を見ていた。いろんなことがあったなぁ、と。


『ああ、ゴメン』

「べ、別にいいけど……」


 頬を染めながら前髪を直すオルト。


 ここで料理が運ばれてくる。まずは前菜。


「おいしい。普通のサラダを極めたみたいな」

『そうだね』


 次にスープ。コーンスープだ。


「うん。いつも食べてるのよりずっとおいしい」

『うんうん。良い味だ』


 ジルは目を瞑って、ゆっくりとスープを喉に通す。ジルは非常に満足げだった。

 続いてメインの肉料理。


「ん〜〜!! 肉は柔らかくて、舌の上で旨味が踊るように……!!」

『まさか、これほどとは……!!』


 肉料理にテンションがあがる。普段、安肉ばかり食べている二人には刺激が強すぎた。


 その後も談笑を続けてばかりで二人の食事のペースは遅かった。オルトは虫型の魔物が気持ち悪くて潰したら緑の液が出ただの、魔物の腹を切ったら内臓がダガーにくっついてきただのと冒険の愚痴を食事中でも構わず話した。

 周りの客は若干気分を悪くしていたが、ジルはうんうんと微笑みながら相づちを打って聞くのであった。


 ようやくデザートを食べ終わったところで、オルトが口を開く。


「なんだか飲み足りないなぁ」

(え…………?)


 この国では十五歳(成人)以上で飲酒が認められている。


(これはマズい。撤退だ)


 ジルは成人祝いにオルトに酒を奢ったのを思い出していた。いや、忘れる訳がない。彼女の酒癖の悪さを。すかさずジルは先手を打つ。


『さて、明日も仕事あるし、ここらで帰ろうか?』

「えぇ〜……」


 あからさまに不満そうな顔をするオルト。


「ねー、もう一軒行こーよー。安い居酒屋でいいからさー」

『で、でもほら、あまり飲むと明日に響くから……』

「ちょっとだけ。ちょっとだけだよ」

『むむむ……』


 ジルが渋っていると、ふいにオルトが俯いてそっと呟いた。


「ひどいよ……」

『え……?』

「久しぶりにジル君と飲めると思ったのに……。期待した私が悪いの……? そんなに私と一緒が嫌なの?」


 目を潤ませながら、不安そうにじっとジルの目を見つめる。これにはジルもたじろぐしかなかった。


『いや、そういうわけでは……』

「こんな些細なお願いも聞いてくれないの……?」

『え、えっと……』

「……ジル君?」

『まぁ、ちょっとくらいなら……』

「やった!」


 パァッ、っと急に明るくなった彼女。ジルの気が変わらないうちにと、ジルを立たせると手を引いて店をでる。ちなみにお代はジルが先払いしている。

 騙されていると分かっていても、足を踏み入れねばならない時がある。ジルは覚悟を決めたのだった。




★☆★☆




「うい〜〜、いい夜だにゃ〜〜」

『ほ、ほら、まっすぐ歩いて』


 結局、彼らは三軒ハシゴしたのだった。意外と酒に強いジルはともかく、オルトは既に酩酊状態だった。


『今日はもう家に帰ろうか』

「んん〜〜? わかった! 家飲みだ〜〜!!」


 オルトに肩を貸しながら、ジルはオルトのアパルトメントを目指す。


 どうにかこうにか、ジルは目的地に到達する事が出来た。


『部屋の鍵、出してくれる?』

「んう? あい〜〜」

(!?!?)


 オルトはヒモを通した鍵を首にかけていた。すなわち、鍵は彼女の谷間から出現したのである。ついでに、ジルは童貞であることも伝えておく。


「ほい、ジル君が開けてぇ」

(か、鍵があったかい……)


 ジルはごくりと唾を飲み込みながらも、人肌温度の鍵でその扉を開けた。ジルは何度かこの部屋に招かれた事がある。だから部屋の造りはある程度理解していた。

 中に入ると、ジルはオルトをそっとソファに寝かせた。


『じゃ、僕は帰るね』

「こら〜、どこいくんじゃ〜」

(うわっ!?)


 ジルが去ろうとすると、オルトはガッと彼のシャツを掴んだ。技能の熟練度が上がるほどに身体能力が強化されるこの世界で、オルトの握力はまさに化物クラスだった。ちなみに、熟練度によって身体能力は変化しても身体自体には変化がないので、見た目は華奢な少女である。


『やめてぇ……!!』


 ジルは苦悶の表情を浮かべながら、必死でその魔手から逃れようともがく。だが現実は無情だ。いくら踏ん張っても、彼女の手がジルのシャツから離れる事はなかった。


(うぎぎ……!! あっ——)


 ——ビリビリ。


 ジルの一張羅は唐突にその命を散らした。ジルはその光景に、言葉を発する事ができすにただ立ち尽くす事しか出来なかった。


「いひひ〜〜。コレは私のものだぁ!」


 裂かれたシャツに顔を埋めて、ふんふんと匂いを嗅ぎ始めるオルト。ジルにはその姿は目に入っておらず、膝から崩れ落ちた。


(8000ジェムの……シャツ……)


 ちなみに、ジェムとはこの国の通貨である。

 失意のまま、ジルは半裸で部屋を後にする。外から部屋の鍵をかけ、郵便受けから鍵を部屋の中に入れておいた。彼は機械的に、無心で行動していた。さながら心のないロボットの用であった。ただ、その目は燃え尽きた灰のような目だったとか。


 上半身裸の青年は夜の街を泣きながら走り抜けるのだった。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ