1−2
翌朝。
城門の前には既にメンバーが集まっていた。
『おはようございます』
「おうよ。……って」
「先生、それはなんです?」
「ジル君が杖? なんで?」
そう。僕は今日、杖を持参しているのだった。無論、回復魔法を使うためだ。基本的に魔法系技能は杖が無いと行使できない。【魔術師】のジーク君も背丈より大きいのを持っている。
普通は一本で事足りるんだけど、彼、ジーク君の場合は二本を同時に使う。一流にしかできない所行だ。ホント、本職の人は羨ましい。
ジーク君の魔術技能は超級の上の真級のさらに上の王級なのだ。
『これは回復魔法用ですよ』
「なんと……ジルさんは【回復術師】もあるのかよ」
ガランさんが呟く。他二名も驚いた顔をしている。
『あれ? 僕が回復役って言いませんでしたっけ?』
「いや、先生が回復支援というのは聞いた。しかし……」
「てっきりジル君はポーションをバッグにたくさん詰め込んでくるのかと……」
なるほど。そういえば僕の技能を全部話した事はなかったなぁ。まあ、数が多いだけでショボい。なにより僕は本来戦わないギルド職員だしな。
ちなみに今日持って来た杖は人工エメラルドを魔法触媒(魔力を魔法に変換するのを助ける素材)として使っているタイプだ。
エメラルドは回復魔法と親和性が強い。天然エメラルドのほうが効果が高いけれど、ギルドの貸し出し用の杖ではこの人工エメラルドの杖で精一杯だ。天然、高いんだよね。
何はともあれ、僕たちは隊列を組んで早速北部の森に向かう事にした。
ジーク君が常時半径2kmの感知魔法で魔物の位置を把握する。それに加え、前衛のオルトさんが気配察知のスキルで感知魔法から逃れた、隠密スキルを持つ魔物を感知する。気配察知は有効半径が30m程度だけど有用なスキルだ。
ついでに僕が意思伝達系統のスキル、《コネクト》を使う。
このスキルは対象同士(今はパーティメンバー)の考えや感情、情報を共有するスキルだ。熟練度があがると念話ができたり、あるいはその人物が持っている脳内の情報を読み取ったり出来るというものだ。
残念ながら僕のスキルはたいしたことなくて、なんとなく相手の気持ちがわかるという程度だ。イメージで言うなら心拍数が分かる程度。
まあ、メンバーの一人が危険を感じれば、タイムラグなしでメンバー全員が危機を感じ取れるというだけだ。僕の持つ【テレパス】の技能でできるのはこれくらい。
オルトさんが腰の後ろに手を持っていき、指を二本立てた。”止まれ”のサインである。
魔物がいるのだろう。僕は音を立てないように注意した。
直後、オルトさんが姿を消す。
(相変わらず敏捷特化……速いなぁ……)
「速ぇな……。俺じゃあ、あのガキには敵わねえな」
ガランさんが僕と同じ感想をポツリともらす。
本当に速い。スピードだけならクラスAに引けを取らないな。
数分もするとオルトさんが戻って来た。
「ハイディングウルフよ。もう片付けたわ」
ダガーの血を拭いながら淡々と語る。
ハイディングウルフは個体としての力は強くないが、隠密スキルで身を隠して背後から襲ってくる上に知らない間に仲間を呼ぶ。だからいつの間にか群れに囲まれていたりするのだ。
倒し方を間違えると、死に際に仲間を呼ばれて大変な事になる。
彼女の様子をみるに、そんなヘマはしなかったようだ。心強いものだ。
「水晶を見たのはこの先の小川のほとりよ」
どうやら目的地も近いらしい。
僕たちは再び歩みを進めた。
「ところで先生。精霊核はどうやって見つけるのですか? 魔力感知をしていますが、それらしい反応は半径2kmにはありませんよ」
小川までは500mほど。精霊核が魔力感知に引っかかるなら、反応していないといけない。なのに反応が無いのは、このあたりには精霊核が無いからではないか、ということか。
『精霊核は周りの魔力を吸収するのです。逆に微弱な魔力さえ感知出来ないポイントを探してもらえますか?』
「なるほど……。ふむ、確かにそのような点があります」
ここからはオルトさんに変わりジーク君に案内してもらう事にした。
精霊核の直径は5cmほど。光っているとはいえ、簡単には見つからないかもしれない。
「しっかしジルさんよぉ……。その精霊核ってどれくらい危険なんだ?」
ガランさんがふと口を開く。
『火山の噴火よりはずっと危険です』
「そんなにか……」
『意図的に悪魔を誕生させたという記録も300年前に残っているんですよ。その時は主天級の悪魔が生まれて4つの都市が滅んだそうです』
「俺は天使も悪魔も、精霊も怪物も見た事がねぇからなぁ……。いや、いるのは知っているんだが」
精霊核がカルト教団にでも渡れば、国が滅びかねないのだ。
「先生、この辺りだ。だが……見当たらないな」
ジーク君の言葉で雑談を中断させる。
ここは僕の出番だな。
僕は【陰陽道師】の技能を使って、呪符を半径2mほどの円状に配置し、陰陽魚太極図を描く。
これは円内部の”気”を読むスキル、《流ノ理》で自然から外れたものを見る能力だ。
(五行ノ理、其レ自在ニシテ地ニ非ザル有リ——)
心の中で呪文を唱えると陣の一点が光りだした。一発で見つかって良かった。
僕は先に精霊核を回収してしまう事にした。
光った点の草木をかき分けても見つからなかった。となると地面の中か……。ナイフを使って地面を少し掘ると、まばゆい光の玉が見つかった。
(強い光だな……。知識でしか知らないけど、これは熾天級じゃないか?)
想像以上の大物に緊張する……。
僕は土を拭き取り、瓶に入れた聖水中に沈めた。瓶に蓋をして、回収用のカバンに入れて【陰陽道師】の封印術を施す。
これで一安心かな。
ここでオルトさんが口を開いた。
「ねぇ……。ジル君っていくつ技能を使えるの?」
『16種だよ。あれ? 言うの初めてだっけ?』
「聞いたけど……てっきり冗談だと思ってたよ……」
ジーク君とガランさんもうんうんと同調する。
だ、誰にも信じられていなかった……。若干ショックを受けた。
『さて、では帰りますか』
僕の合図とともに、一同が街に向かって進みだす。帰り道こそ慎重にいかないとね。他のメンバーはともかく、僕なんかオーガの攻撃を受けたら一瞬でバラバラになりそうだ……。実際に戦ったことはないけど。
というより、魔物と戦った事自体がほとんどないんだよなぁ、僕。
「先生、ひとつ聞いてもよろしいですか?」
『何?』
なんだろう。ジーク君は魔術オタクだから、もしかしたら精霊核を研究したいのだろうか。
「先生はなぜギルド職員になられたのですか?」
……え?
予想外の質問に返事が遅れてしまった。なぜって……。そりゃあ、安定していて安全だから。それと僕でもなんとか出来そうな仕事だったから。
という何とも情けない理由なのだが。
『りょ、両親に勧められてね』
「……ふむ、まあ、先生には私では理解出来ないような考えがあるのでしょう」
えっ。そんな意味深にとらえないで。本当に両親に勧められたのも理由の一つなんだから。
「……っと、雑談はここまでですね」
キッと引き締まった顔になるジーク君。何が起きたかは僕でも分かった。アシッドスネイクだ。
三匹が固まってこちらを見ている。
「ここは私が」
ジーク君がそう言って杖を振ると、地面が隆起してアシッドスネイクたちをドーム状に覆った。さらにそのドームに小さな穴を開け、器用に火炎魔法をドームの中に注いでいく。
「なんか……地味だけどエグい攻撃ね……」
「毒をもつアシッドスネイクを倒すにはこれがいいのです」
表情を変えずに、淡々と蛇を蒸し焼きにしていくジーク君。確かに接近せず倒せるなら、それにこした事は無いのだが。
まんま調理されているスネイクにちょっと同情する。
「キシャァ……ァァァ……」
くぐもった声が釜の中で木霊している。
こうしてアシッドスネイクも無事討伐できたのでした。
歩みを再開した僕らは順調に森を進む。森は当然ながら木々で視界は悪いし、草木が足に絡み付くようで歩きにくい。レンガで舗装された道しか歩いていないような僕には辛いところだ。
それからしばらく魔物に遭遇しない時間が続いた。
この”北部の森”は魔物が少ない場所ではない。むしろ多いくらいだ。
だが今は小鳥の声さえ無い。ファサファサと僕たちが草をかき分ける音だけが聞こえる。誰もしゃべらないから余計に。
この違和感は僕よりも皆の方がよく分かっているだろう。事実、皆少しだけ緊張している。
でも”少しだけ”なんだもんなぁ。さすがは一流の皆さん。僕は心臓バクバクである。
オルトさんが止まる。今度はサインもしない。伝える必要がないからだ。周りの魔物がいなくなったのはすなわち、この森の頂点たる存在が近いからということ。
「グォァァアアアアッッ!!」
体高4mのオーガが僕らに向かって咆哮する。ひぇぇ……!
石の斧を高々と掲げる姿は、いかにも強力なモンスターといった感じだ。
すぐに皆が配置に付く。
僕は一歩退いて、【スカウト】の技能でオーガを観察する。ふぅむ……。さすがというべきか、筋力はここの誰よりも上だ。
オルトさんがスピードでオーガを翻弄し、相手の攻撃で出来た隙にジーク君が火力のある魔法を叩き込んでいる。
「はぁっ!」
オルトさんのダガーがオーガの脚の腱を切り裂いた。いやはや、ほれぼれするテクニックだ。
「グォォ……!」
オーガが膝をつく。
うん、これで勝ちが見え……ん? あれは……?
と、僕が疑問を感じている間にもオルトさんはオーガに向かって駆け出した。
「とどめっ!」
(まずい……! 《耐毒》……!)
急いでオルトさんに【回復術師】のスキルでバフをかける。
その瞬間にオーガは隠し持っていたアシッドスネイクをオルトさんに投げつけた。
「ぐっ……!」
寸でのところで躱すものの、蛇の牙が肩に掠ってしまった。
(《毒抜き》、《ヒール》!)
僕のような二流ではこうやって、毒を受ける前と後の両方にスキルを使わないと完全には防げない。そして忘れないように【暗殺者】のスキル、《投擲》でアシッドスネイクの注意をこちらに引きつける。
「シャアアッ!」
身体をバネのようにしてアシッドスネイクがこちらに飛びかかってきた。
【ツインダガー】のカウンタースキル、《流切り》で首を落とす。
(ふぅ……、なんとかなったか)
オーガの方を見ると、オーガも既に事切れていた。オルトさんが頸動脈をバッサリやったようだ。
「ジル君♪」
『何?』
「さっきは回復魔法かけてくれてありがとぉ! ジル君の愛を感じたよぉ……」
オルトさんはグイと腕を絡ませ、目を閉じて僕の肩にトンと頭を預ける。
まったく、この娘は自分が何をしているか正しく認識出来ているのだろうか。オルトさんは冗談のつもりでも、今まで一度も彼女が出来た事のない僕には刺激が強すぎる……。
胸、当たってるんだぜ?
オルトさんの担当になってから僕の理性はかなり鍛えられたと思う。
ジーク君は興味深そうに眺めているだけだし、ガランさんはおもむろに盾を磨き始めた。
『どういたしまして。じゃ、さっさと帰るよ』
「つれないな〜」
オルトさんを引きはがし、僕たちは帰路についた。
その途中、僕は少しだけガランさんと話した。
「今回、俺、全然活躍出来なかったな……」
『いえいえ、ガランさんのおかげでオーガは攻撃をしあぐねいていましたよ』
事実だ。オーガは僕やジーク君も狙っていたが、巨大な盾に阻まれて行動に出られずにいた。他にもガランさんはオーガの逃げ道を塞いだりと、確実にオーガの選択肢をせばめていたのだ。
「そういってもらえると助かるがよ……。それとジルさん、ひとつ忠告しとくぜ」
『何です?』
「”狼”を嫁にしたらジルさんは確実に尻に敷かれるぜ」
…………。
ノーコメント。