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 バールイストはイコナ王国の中都市、水の豊かな都市だ。

 そこにたたずむ大きめの建物。冒険者ギルド、バールイスト支部である。


 ”技能”と呼ばれる能力を身につけ、生活を豊かにすることが常識となったこの世界。技能を生かして、時に害ある魔物を退治し、時に用心を護衛し……。それが冒険者の仕事だった。

 その冒険者の仕事を管理するのが、冒険者ギルドである。


 この物語はそこで働く青年、ジル=フラッドとその周りの人々の何気ない日常を描いたほのぼの(稀にシリアスな)日常ラブコメである。




………………

…………

……





「では皆、今日も一日頑張ってくれ」


 ギルドマスターのいつもと変わらないそんな一言と共に、僕の仕事は始まった。


「ジル先輩、今日もよろしくお願いしますね!」


 勤務一年目の後輩、犬獣人のヴェリアちゃんが書類を片手に僕の顔を覗き込むように挨拶をしてくれる。


 彼女がギルドに入りたての頃、僕が仕事を教えていた。そのため、少し僕に懐いてくれているかわいい後輩だ。彼女は物覚えも速く、今では一人前のギルド嬢だ。


『うん。よろしくね』


 僕はいつものように筆談で返す。


 筆談——。

 なぜかというと、僕は自分の声にひどく自信が無いのだ。僕がしゃべると、不快感からか皆がこっちを見る。それが恥ずかしくてしゃべるのを止めてしまった。

 それに、無理にしゃべろうとすると変に上ずった声が出たり、吃ったりする。故に筆談、である。


 午前八時。扉の札がcloseからopenに変わる。

 と、同時に数十人の冒険者がなだれ込んでくる。


 冒険者にはそれぞれ担当のギルド職員がいる。冒険者登録をした時にに決められるのだ(担当が変更になる事も稀にある)。ギルド職員がしっかりとカルテのようなものを取ったり、その人にあったアドバイスをして”冒険”の管理をするのだ。


 おっと、僕が担当する冒険者も来ているようだ。


「ジル君〜、今日はオーガ行きたいな〜」


 僕の窓口に真っ先にやって来た銀髪褐色肌の彼女はオルト=レクリエさん。16歳にして”クラスB-”の実力者だ。本当なら僕なんかよりも、もっと優秀な職員さんに回されるような凄腕冒険者だがなぜか僕が担当している。


 ちなみに、冒険者のクラスはF~A,S,SSとなっている。さらに+や-も付いて、細かく段階分けされている。Fが最低、SSが最高ランクとなる。ランクDで一人前という扱いだ。


『北部の森のオーガ討伐?』

「そそ。ここらでぱーっと儲けたいのよ」


 オーガは近接特化の魔物で、討伐レベルは25。彼女の実力なら問題なく倒せる相手だ。


『北部の森ではアシッドスネイクも目撃されてるから毒や酸の対策も忘れずにね』

「はいはい。わかってるって」

『では持ち物を検査させてもらいます』


 持ち物検査はポーション等のアイテムがちゃんと補充されているか、武器の状態が悪くなっていないかを確認するためのものだ。検査は推奨されているだけで必須ではない。けれど、僕は毎回行っている。


『クリアです。依頼の処理はこっちでしておくね』


 やはり一流というべきか。彼女の持ち物は完璧だった。メインアームとサブの手入れはもちろん、雑用ナイフまでしっかり研いであったしアイテムも使いやすい配置にされていた。うむ、完璧だ。


「ども〜。あ、今日夕方から御飯でもど? ジル君暇っしょ?」


 グイとカウンターに乗り出してオルトさんが言う。褐色肌に無造作ながらも綺麗な白髪。そしてスピードを重視する彼女は軽装である。すなわち、僕には大変に毒であった。


『いいね。僕で良ければご一緒させてもらいます』


 即答です。決して誘惑に負けた訳ではない。本当だ。担当する冒険者と交流を深め、人柄を知る事は大切なのだ。僕は担当冒険者と飲みにいく事もよくあるのだ。


「っし! じゃ、行くとしますか〜」

『気をつけて』

「あ、そだ。そーいや、北部の森でこの前、水色の光る水晶みたいの見つけたよ。アレ、なんだろ? まいっか。じゃ、行ってきま〜す」


 光る……水晶……だと!?

 なんだって!?

 僕はあわててオルトさんの肩をつかむ。


『待って!』


 そして眼前に筆談用のメモ帳を突きつけた。


「ひぇっ!? な、何?」

『ギルマスに話しを通してきます。オルトさんも付いて来て』


 水色の光る水晶。もしかしたら”精霊核”かもしれない。だとしたら一大事である。悪用される前に回収しないと。

 僕はオルトさんを連れてギルマスの部屋に行った。


 ——コンコン。

 二回ノックをする。


「誰だ」


 中から初老の男の声がした。もちろんギルマスの声だ。


『冒険者支援科、ジル=フラッドです』


 僕はドアの前にメモ帳を掲げた。


「ジ、ジル君……。その行為に意味があるとは思えないけど」


 オルトさんがあきれ顔でツッコミを入れる。しかしながら僕にはこれ以外手段がないのだ。


「ジルか。入れ」

「なんでわかんの……」


 オルトさんが呟く。

 ギルマスはちゃんと僕を感じ取ってくれたようで、僕はオルトさんの手を引いてギルマスの部屋へと入った。


「で、用件は?」

『精霊核が発見されたかもしれません』

「なんと……。場所は?」

『北部の森です。彼女がそれらしきものを見たと』

「ほほぅ……」


 ギルマスはあごひげを触りながら悩んでいるようだった。

 しばしの沈黙。だがそれもすぐにオルトさんによって崩された。


「あの、精霊核って何?」

「うん? そうだな……。まぁ、精霊の卵みたいなものだよ」


 ギルマスが答える。

 精霊核は秘匿された情報というわけではないものの、人生で一度巡り会うかどうかの稀少なもの。一流冒険者のオルトさんが知らなくても無理は無い。 


 精霊核は卵のようなもの、というのは正しい。だが生まれてくるものは精霊とは限らない。環境によって変化するのだ。

 邪気を帯びれば悪魔が生まれたり、穢れの無いところなら精霊、聖気を帯びれば天使、穢れた地だと怪物が生まれたり。

 共通するのはとても強力な存在が誕生するということ。


 悪魔と怪物は人に害をなす。だから生まれる前に精霊核を整った環境に置く必要があるのだ。


「ではジル。回収班を編成し、準備が出来たら早急に精霊核を回収しろ。人員はお前が選べ。お前が部隊の隊長を務めるのだ」

『僕が、ですか? いいんですか?』


 僕のような平凡な奴がこんな重要な任務の責任者になって良いのだろうか。自分で言うのも悲しいが僕はそんなにデキる職員ではないのだ。


「ああ、期待しているぞ」

『わ、わかりました!』


 びしっと背筋を伸ばす。なるほど、こういう大きい仕事を経験して一皮剥けろって言いたいんだろう。頑張らなくちゃ。

 僕は礼をして、ギルマス部屋を後にした。

 

 班編成か……。

 案内兼護衛としてオルトさんは確定だ。でも、オルトさんだけではさすがに荷が重かろう。オルトさんは非常に珍しいソロプレイヤーだから本人の身の安全については心配ない。だが今回は僕を守ってもらわないといけないのだ。情けない話しだけど。

 普通、ギルド職員の戦闘技能は冒険者の足下にも及ばない。僕もその例に漏れない。そのかわり知識は冒険者よりずっと豊富だけどね。


 とりあえずオーガを倒せるクラスC以上を当たってみるかな。精霊核は悪用されると非常にまずいものなので、防衛できるだけの戦力は必要だ。


 ガランさんとジーク君に頼んでみよう。





★☆★☆





「ジル君……いいでしょ?」


 オルトさんが上目遣いで僕を見る。彼女はこの辺り上手い。男を理解しているというか。息がかかりそうなほどに顔が近い……。


「二人だけで行こうよ。ね?」


 他に冒険者を集めると言ったらこう返されたのだ。


『今回は足手まといの僕がいるから』

「え〜……。ジル君なら大丈夫だよぉ。私の”師匠”なんだし」


 確かに僕は彼女の師匠、なのかもしれなかった。

 どういう事かというと、彼女に武器や冒険者技能の指導をしたのは僕というだけの話しだ。


 彼女は12歳のときにギルドにやってきた。まだまだ新人だった彼女の指導員として僕が選ばれたのだ。もっとも、僕自身新人職員だったけど。ギルド職員は初心者指導のため、複数の武器・戦闘スタイルを中級レベル以上で身につけている。

 

 多くは3種だが、僕は16種だ。一見優秀に見えるが、ただの器用貧乏というだけ。

 事実、どの技能も中級。他の職員では上級や超級の技能を持っている人もいるらしい。そこまでいくと冒険者に引けをとらない。


 まあ、僕がショボいという話しは置いておくとして。

 僕は当時新人だった彼女にダガーの二刀流スタイル【ツインダガー】を教えた。彼女の筋肉量、骨格、体格からそれが最適だと思ったのだ。基本的な動きを教えて、冒険者の常識を教えて。

 それ以来、彼女は僕を師匠扱いしている。


 当然今では彼女の方がずっと強い。昔から彼女は身体能力は抜群だったのだ。僕はその動きを最適化できるようアドバイスしただけ。


「ね? きっと二人でも大丈夫だよ」

『ダメです。今回は小隊で行くからね』


 彼女は雑魚が一人増えることの危険性を分かっていないのだ。才能があるが故に他人も同様に動けるとおもっているのかもしれない。

 きっぱりと断り、クラスCのガランさんとクラスC+のジーク君の家に向かう。二人とも僕の担当で、今日は依頼を受けていないはずだ。


 道中、せっかくなのでオルトさんと雑談でもすることにした。


『オルトさんはパーティは組まなの?』

「う〜ん……。あんまりいい人がいなくて」


 彼女はソロプレイヤーだが冒険者の友人がいない訳ではない。むしろ社交的で、僕の数倍はいるだろう。ただ同じ実力層で合う人がいないのだ。低いレベルに合わせるのを良しとしない彼女はずっと一人で冒険を続けている。

 僕もパーティを組んだ方が良いと何度も言ったのだがいつもはぐらかされている。


『これから会う二人はどう? 二人とも強いし、性格も悪くない方だよ』

「……遠慮しとく」

『でも』

「ジル君、その話題はもうしないで」


 いつもこうなってしまう。

 彼女はこの話をすると機嫌を悪くしてしまう。何か事情があるんだろうけど。しかしながらソロは死亡率が高い。僕がちょっと嫌われて彼女が死んでしまう危険が減るならそのほうがいい。そう思って僕は説得を続けるのだ。


「……そんなに言うならジル君が相棒になってくれたらいいのに」

『僕はギルド職員だし、なにより弱いからなぁ……』

「……ふんっ」


 う〜ん……。

 任務前にする話題じゃなかったか。

 その後、なんとか彼女のご機嫌を取る事に努めた。といっても串焼きを奢ったくらいだ。彼女は結構単純なので、これでニコニコしだすのである。将来悪い男に騙されないか心配だ。


 そうこうしているうちに、ガランさんの家についた。さすがはクラスCというか、立派な家である。貴族の豪邸ほどではないがデカい。

 早速呼び鈴をならす。


『ギルドから来ました。ジル=フラッドです』


 メモ帳を掲げると、中から人が出て来た。


「うい〜……って、ジルさんかよ。どしたよ」

『依頼です』

「へぇ……」ニヤリと口を歪ませ、偉丈夫は顎に手を当てる。

 

 この目の前のガタイの良い男がガラン=ローランドさん。バツイチの28歳である。大盾とロングソードを使うタンクだ。身長は195センチととても大きい。良い奴なのだが浪費癖から奥さんに捨てられてしまったらしい。


「ジルさんのご指名とは嬉しいねぇ。それに”狼”と一緒とは……」


 ”狼”とはオルトさんのあだ名みたいなものだ。その強さと素早さと、一匹狼なスタイルからそう呼ばれている。ちなみに本人非公認である。本人曰く、「かわいくない」とのこと。


 そりゃオーガよりずっと強い冒険者がかわいいわけないだろう。などと突っ込んだ瞬間、棺桶に突っ込まれかねないので気をつけて欲しい。


『内容は後で話します。ジーク君も誘いますので』

「了解だ」


 二人を引き連れて、今度はガランさんの家とは趣の違う、それでも同じくらいの大きさの家に向かう。ジーク君の邸宅だ。

 

 程なくして禍々しい雰囲気のある家についた。黒い壁にはツルが張り巡らされている。


 呼び鈴をならしたが錆び付いていてほとんど音が鳴らなかった。


『ギルドから来ました。ジル=フラッドです』


 数秒すると玄関の扉がかすかに光った。彼が出てくる合図だ。


「おや、フラッド先生ではないか。何用か?」


 赤髪のイケメンが邸の中から姿を現した。巨大な杖を二本、背に担いでいる。彼こそがジーク=ノイン、魔術師だ。年齢は21歳。僕の二つ上だ。


『依頼です』

「なるほど。先生の頼みだ、本来なら見返りが欲しいが特別にタダ働きしようじゃないか」

『報酬はちゃんと出ますので』

「金などいらない。無報酬で良いのだよ」


 彼の報酬は後で考えるとして、ひとまず依頼内容を全員に話す事にした。

 

 今組める即席パーティだとこのメンバーが最適だろう。

 まず前衛火力のオルトさん。前衛サブ兼盾役としてガランさん。後衛火力にジーク君だ。そして回復役は僕。一応【回復術師】の技能もある。ポーションも併用すればなんとか回復役として機能出来る。


「…………」

『オルトさん、どうかした?』

「べっつにぃ〜〜?」


 おや、オルトさんの機嫌がまた悪くなってしまった。ちょっとだけ。なぜだろう。

 でも彼女は仕事はきっちりこなすタイプだ。きっと大丈夫だろう。


『さて、これでみんなそろったね』


 僕は必要な情報を話した。ブリーフィングでメモを取らないあたり、皆優秀であると実感した。任務が重要になるほど記録に残るようなことはすべきでない。

 一度で頭に入れてしまうのだ。


『……というわけなんです』

「なるほどねぇ」

「承知。我々は先生を護衛すれば良いのですね?」

『よろしくお願いします』


 出発は明日の明朝。難易度は高くない任務とは言え、責任は大きい。なんせ森の中に転がっている巨大な魔力の塊を拾いに行くのだ。


 今日は早く寝て、明日に備えよう。

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